眠狂四郎の美学を取り戻せ

　今も根強い人気を誇る伝説の映画俳優・市川雷蔵が、３７歳で夭折（ようせつ）してから今年で４０年。ハマリ役といえば、やはり「眠狂四郎」だ。孤独の中に生きる虚無の剣士の「無頼の美学」――。雷蔵ファンで脚本家の市川森一氏は「今の時代が失った貴重な人生観を取り戻せ」と訴える。

〈自由を説くことと、自由であることは違う。人は自由を叫ぶが、実際に自由である人を許さない〉――。まだ無名だったジャック・ニコルソンが吐いたセリフだ。ヒッピー文化が華やかな頃の米国で、自由を求める若者の悲劇を鮮烈に描いた映画「イージー・ライダー」（１９６９年公開）の名シーンである。

　市川氏は雷蔵演じる狂四郎から、このセリフを思い浮かべるという。

「雷蔵さんが逝去した年の公開映画に描かれたヒッピー像と、狂四郎の生きざまは同じ精神に根差しています。社会の規範から外れた生き方をしながら、かたくなに〈自分が信じる規範〉は守ろうとする。そのためには、社会全体を敵に回すこともいとわない。死の影を踏んだ切迫感がヒリヒリと伝わってくるのです」

　狂四郎の生きざまを表す言葉が「無頼」だ。誰も頼りにしない生き方を裏返せば〈頼れるのは自分だけ〉という人生観に到達する。その自分はどこにも属さず、誰にも支配されない。原作者の柴田錬三郎氏も、生前に週刊誌の人生相談の中で〈おれは“無頼の徒”という言葉をよく使うけどね〉と、こう語っていた。

〈大切なのは自分の規律でね。ここまで自分の規律を守った行動だが、ここからは無頼と決めていく。つまり知性のコントロールだな。（中略）だから、そこで必要となってくるのはプライドなんだ。世間がなんといおうと、己は正しい規制のもとに行動しているんだというプライド。このプライドを持った行動が無頼なんだ〉

　己の信じる道を選んだ以上、人生の決断はすべて自分で下す。孤独に強いことが絶対条件。孤独に勝つには、誇りを持って頼れる〈自分づくり〉＝確立された人生観が必要ということだ。

●無頼のココロは「頼れる自分づくり」

　既成の結婚観に縛られず、自由な生き方を模索する独身男にも求められる姿勢だろう。だが、市川氏は「今の社会は、狂四郎のような生き方を許しません」と嘆く。

「情報化社会の宿命で、全員が同じ方向を向き、社会の規律と秩序に絡まれています。踏み外せば、ホームレスにしかなれません。社会の枠から一時的に解放されるのは、ひとりでＤＶＤやパソコンと向き合った時のみ。そんな精神の二重生活を過ごして、ようやく心のバランスや、ささやかなプライドを保っている。〈誰にも頼れない〉という意味では〈無頼の徒〉があふれていますよ」

　ただ、そこには大事な〈自分の規律〉は存在しない。うわべだけ狂四郎を真似ても、今では周囲から浮いてしまうだけだ。

「それでも時代に逆らって、内面に人生の規律をつくり、プライドを持って生きる人が増えてほしい」

　まずは、雷蔵作品を見て、独身男は〈頼れる自分づくり〉の第一歩を始めるべし。

▽「市川雷蔵没後４０年特別企画　大雷蔵祭」１２月１２日（土）から、角川シネマ新宿、梅田ガーデンシネマ他にて全国順次開催　配給：角川映画（（電話）０３・３５１４・１５５５）

（日刊ゲンダイ2009年9月28日掲載）