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2009年06月26日
0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ クールアニメ・マーケティング・ヒストリー ]
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」

第9回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(5)
ティーン向けアニメ映画の路線化 「宇宙戦艦ヤマト」=後編-1

斉藤守彦

[後編の前に…]
 前回のこの連載で「宇宙戦艦ヤマト」について原稿を執筆していたちょうどその頃、東宝が「宇宙戦艦ヤマト・復活編」の配給と12月公開を発表。同時に「復活編」のオフィシャルサイトがオープンした。
 この件、タイミング的に見ると、いかにもこの「クールアニメ・マーケティング・ヒストリー」が「復活編」のプロモーションのように見えるかもしれないが、当方にはまったくそうした意図はない。掲載のタイミングが「復活編」の発表と重なったのは、まったくの偶然である。

 早速「復活編」のオフィシャルサイトから、プロモーションDVDのプレゼントに応募してみると、6月上旬に現物が到着した。差出人を見ると「西崎義展」と、個人名。1977年の「宇宙戦艦ヤマト」公開にあたり、「まず、ファンのためのインフォメーションを行った」西崎プロデューサー。今回もまた、そこからスタートするようだ。
 
【話題性を中心にした宣伝。】 徹夜組の存在など社会現象に。
 
 公開をいよいよ間近に控えた「宇宙戦艦ヤマト」のために、メイジャー・徳山雅也は奔走した。本来の映画宣伝とは、作品の試写を見せて、その紹介や批評記事をメディアに露出してもらうのが仕事だが、「『ヤマト』の場合、マスコミ試写は行いましたが、ほとんどその成果は期待しませんでした」という。「ヤマト」という作品の内容よりも、その存在がティーンの間で大きなムーブメントとなりつつある。いわゆる“話題性”を広めることで、「ヤマト」の知名度の浸透と拡大を狙おうというのである。
 新聞、雑誌などへのアプローチの結果が出始めたのは、7月も半ばに入ってからだった。「“戦艦ヤマト”ヤングに過熱」という見出しで、「ヤマト」のファン・クラブ動向や映画公開、TVシリーズのサントラ盤(当時はまだ、レコードであった)の売れ行きなどを取り上げたのが、7月19日付の読売新聞(夕刊)だ。続いて公開前日となる8月5日(夕刊)には、朝日新聞が「異常人気『宇宙戦艦ヤマト』」の見出しで、読売同様、映画の公開やサントラ盤の売れ行き、TVシリーズ再放送の人気をレポートしている。

 個人的にも記憶しているが、この時我が国は「実態のないSFブーム」のまっただ中にいた。1977年5月25日にアメリカで公開された「スター・ウォーズ」が大ヒットを記録するものの、日本公開は翌78年の夏。これは映画館の編成の都合によるものだが、「スター・ウォーズ」を配給するフォックスとしては、この1年間、なんとか「スター・ウォーズ」の話題を盛り上げて、期待感を持続させなくてはならない。
 フォックス日本支社宣伝部としては、「スター・ウォーズ」を筆頭に、当時まだ日本未公開だったアメリカのSF映画を一緒くたにして、「今、世界的なSFブームが到来している!」と、メディアにアプローチしたのである(このあたりの経緯は、「スター・ウォーズ」関係書籍などで、当時の宣伝関係者が語っている)。 
 ところがメディアとしては、「スター・ウォーズ」をはじめとするアメリカ製SF映画は、日本で見ることが出来ない。何か手近な題材は…という時に「ヤマト」があった。つまり、「スター・ウォーズ」のために仕掛けられた、にわかSFブームが、「ヤマト」が登場することで実態化し、メディアの手で本格的なブーム現象と化して行ったというのが、この時代を経験した筆者の実感だ。
 
【徹夜組とファンの自主的管理】 初日セル画プレゼントなど…
 
 後にアニメ映画が公開される際、ほとんどレギュラー的に行われるようになったいくつかの現象やイベントは、すべてこの「ヤマト」公開の時に行われた試みが原型となっている。いずれも、それまでのアニメ映画ならぬ“まんが映画”の興行では、考えられなかったことの数々だ。
 まずは「ヤマト」公開初日を待つファンたちが、銀座東急など都心の映画館前に数日前から行列を作り、徹夜も辞さない姿勢で上映開始を待った。ただしこれは、映画館サイドとしては決して歓迎すべきことではない。「数年前『エクソシスト』の公開時、徹夜組が出て、当時の新宿ピカデリーの外部ガラスが割れたりの騒動が起こり、警察が介入した事件があった。だから徹夜組が出ることはうれしかったけど、その対応をどうしたら良いのか分からなかった」とは、当時の興行を知る関係者。
 ところが並んだファンのうち、大学生や高校生が、自発的に大学ノートを回して、初日を待つ観客たちの名前や住所などを記載し、ファンの自主管理を始めたというのだ。これもまた、従来の映画興行には見られなかった光景だ。すかさず徳山が、そうした様子をメディアに売り込んだのは言うまでもない。

 そうした徹夜組の観客が出現した理由のひとつに上げられるのは、アニメ制作に使用したセルロイドの原画=セル画を「初日から3日間、各劇場70名様にプレゼントします」と告知したことだ。「当時はセル画なんて、捨ててたわけだからね」(徳山)。
 サントラ・レコードなども含め、初期の入場者にはプレゼントを進呈するという、この戦略の発案者も東急レクリエーションの堀江興行部長であった。これが「さらば宇宙戦艦ヤマト」以降になると、人気声優による舞台挨拶なども加わり、公開初日のイベント化は、さらに過熱して行く。

第9回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(5)「宇宙戦艦ヤマト」=後編-1
第9回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(5)「宇宙戦艦ヤマト」=後編-2
第9回 クールアニメ・マーケティング・ヒストリー(5)「宇宙戦艦ヤマト」=後編-3

[筆者の紹介]
斉藤守彦

1961年生れ。静岡県浜松市出身。
映画業界紙記者、編集長の経験の後、映画ジャーナリスト、アナリストとして独立。「INVITATION」誌で「映画経済スタジアム」を連載するほか、多数のメディアで執筆。データを基にした映画業界分析に定評がある。「宇宙船」「スターログ日本版」等の雑誌に寄稿するなど、特撮映画は特に得意な分野としている。

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posted by animeanime at 2009.06.26
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