いやぁ、ビールだ、ビール、ビールの季節だ!
今は2002年1月、南半球なので当然ながら真夏。
見事なまでにビールの季節。
いやぁ、こたえられん!
ワハハハハ、カンパァ〜イ!チァ〜ズ!!
日本にいた頃からビールは好きだった。
ただ、「夏はビール」といわれても、完全にはうなずけないものもあった。
むしろ
「ビールって湿度が下がってきた秋に呑む方が美味くないか?冬に鍋つつきながら呑むビールとか、美味いぞぉ。」
などと思っていたものだった。
確かに蒸し暑いビアガーデンに座っているとき、ウェイターがほどよく霜をまとったジョッキを運んでくると、ソワソワと手をこすり合わせたし、乾杯の声ももどかしく口をつけ、清冽なる金色の酒精がノドを引っかき駆けおり、胃の腑におさまったとたん、「アァ」と無言で息を吐いたものだった。
しかし、そのすぐ後にドッと噴出してくる汗のネバツキ加減は、どうにも不快でならなかった。
「これはやはり湿度の低い国の酒だからなぁ。亜熱帯の湿潤な暑熱の中で呑むようには出来てないんじゃないかなぁ?」
いつもそう感じていた。
かといって、真夏はこれ!といえるほどのお気に入りの酒があったわけでもなく、元来酒呑みというほどでもないため、真夏もビールを呑んでいたわけだが。
が、ニュージーランド(NZ)にやってきてから、すっかりビールにハマッた。
もう、とことんハマッた。
はからずも、「ビールは湿度が低い方が美味いのではないか?」という自前の仮説を証明してくれることになったようで、カラッと爽やかな涼風の吹きぬけるここの夏は、黒ビールのホドよい苦味とコクがピッタリ。こいつがね、汗がにじみ出る日本で呑むものとはまったくの別物でしてな、いやぁ、ワハハハ、これですがな、これ。
NZの場合、うれしいことにビールの種類がべらぼうに多い。
日本では酒屋の店頭には目もくらむような種類のビールが並んでいるものの、実はドイツ式のラガーが圧倒的主流独占排他状態で、目をつぶって呑むとどれがどれだかわからないような微差しかない。
微差を嗅ぎ分けて通ぶる楽しみ方も否定はしないが、私自身は丸っきり違う多種多様な味を楽しめる方が好みだ。
こちらではラガー以外にもチェコ発祥のピルスナー、英国式のエールやスタウトなど、よりどりみどり。
そもそも英国式エールやスタウトが大好きで、アイリッシュパブに通ってはギネスだキルケニーだを楽しんでいた我々夫婦には、たまらない国である。
そういえば開高健師のエッセイの中に、佐治敬三氏の
「個性はあるが普遍性はない」
という英国ビール評があるが(なるほど、だからサントリーには黒ビールがないのか)、私はその後の師のセリフ
「しかし、飲み慣れたらやめられんそうやでえ」
の方に大きくうなずくのであった(『地球はグラスのふちを回る』開高健 新潮文庫)。
この国にはブリューワリーも多い。
日本でも「地ビール」は増えてきているが、まだまだNZの比ではない。
NZには、日本酒の酒蔵に匹敵するほどの数のブリューワリーがある。
人口は横浜市とどっこいどっこいの国だというのに。
さらにうれしいことに、値段も安い。
ビールは通常350mlの缶か330mlのビンで売られており、日本のような大きな缶やビンは見かけない(その代わり、タップからペットボトルにビールを詰めて売るという量り売りサーヴィスがある)。
このサイズ、確か日本だと本物のビールで\220、発泡酒で\145くらいではなかったかと記憶しているのだが、NZの場合はおおむね$1前後。
今のレートだと\50少々か。
安いビールだと$0.80くらいのものもあるかわりに、高級品になると$1.50程度のもあり、この辺の価格のばらつきも日本との大きな違いだが、高級品といっても日本円にすれば\100足らず。
こちらの生活感覚からすれば$1=\120程度の値打ちがあるのだが、これで計算しなおしたところで\200程度だから、日本のビールより安いくらい。
たまの贅沢で呑む「モンティース・ブラック」なんていう絶品の高級ビールがこの値段なのだから、もうとてもとても・・・。
蛇足だが、もちろん、NZには発泡酒などというシロモノはない。
あれは酒税法対策として、日本のビール会社が編み出した苦肉の傑作なのだから。
で、最初のうちは「安い、安い」「美味い、美味い」と大喜びだったのだが、どうしても気になっていたのが「手作りビール」。
実は、渡航前に日本でNZ情報を仕入れていた頃から聞いていた噂があったのだ。曰く、
「NZではビールの自家醸造が盛んで、招かれるとたいてい『我が家の自慢のビール』を振舞われるのだが、たいていは呑めたものではないシロモノで、往生する」
というものである。
これはかなり恐ろしい情報だったのだが、NZ渡航後3年半たつ今もって、自家醸造ビールを振舞われた経験は、実際にはない、幸か不幸か。
その代わりといってはなんだが、手作り派の我々夫婦が手作りビールの誘惑を振り切れるはずもなく、ついに手を出してしまったのは、当然のなりゆきであった。
最初は、大家の持っていた道具を借りた。
まだ振舞われた経験こそないものの、ビールの自家醸造が盛んだという話自体は本当で、道具もビールの元もそこらじゅうに売っているし、道具は多くの家庭に転がっているのだ。
最初に借りたアパートの大家も例外ではなく、我々が興味津々なのを知ると、快く一式を貸してくれたのだ。
しかし、最初からうまくいくはずもない。
詳しくは書かないが、よくいえば試行錯誤、悪くいえばデタラメな作り方の末に出来上がった『自家製スタウト』は、気の抜けたコーラとショーユをまぜてアルコールを添加したような、とんでもないシロモノであった。
泡なんか立ちゃしない、ただの黒い苦くて甘くてベチャベチャして香りが悪くて風味が変でそのくせアルコール度だけはいやに高くて悪酔いして・・・、もう書くのがいやになってきたので以下割愛するが、あれは断じてビールなどとはいえないゲテモノであった。
しかも、ボトルごとに味が違うので、新しいビンを開けて口に含むたびに、そのつど新しい味覚の発見に爆笑せざるをえなかった。
店でこんなものを出されたら、一口でコップを置いて金も払わずに店を出るしかないのだが、自作となるとやっぱり捨てられない。
市販のビールで割って呑んだ。
「やはり、自家醸造ビールは呑めたものではないという噂は、本当であったか。」
我ながら感心した。
せっかくだから、例の噂をちゃんと実現すべく、メーリングリストなどで知り合った日本人に、どんどんおすそ分けした。
アレ以来「Ryuのビールは、死ぬほどマズイ」と、もっぱらの評判である、ワハハ。
これが99年のこと。
その年8月に、深く反省しつつ一時帰国した我々夫婦は、図書館に駆けつけてビールや酒の自家醸造の本を調べまくった。
なるほど、ヒドイビールが出来るはずだわ。
我々は、やってはいけないことばかりやっていたのだ。
まったく無知というのはおそろしい。
情報を手にした我々は、NZに戻ると今度は自前の道具一式を購入し、マニュアル片手にバシッとしたビール作りにとりかかった。
いや、「我々」ではなく、「妻Ryoko」というのが正確なところだ。
私が仕事から戻るたびに、ビール製造工程は着々と進展していた。
前回はケチってスクリューキャップのペットボトルをつかったりしたが、これも敗因の一つだと分かっていたので、今回はちゃんとした打栓器を買い、ビンの口に一つ一つ王冠を打ちこんだ。
ともあれ、我が家の自家醸造ビール第2段は仕上がった。
今度はスタウトではなく、ダークエールである(キットも、色んな種類があるのですぞ)。
2週間前に打った王冠を抜く。
ビンの口からほのかな蒸気が立ち上る。
うん、やっぱりビールはこうでなくては。
恐る恐る、ビンを傾けてグラスに注ぐ。
うん、色は見事なダークエールだ。
泡立ちも市販品と遜色のない量、色、きめの細かさ。
香りは・・・。
うん、大丈夫じゃないか。
ではでは。
グビリ。
「!!」
「!!」
思わずRyokoと目を見合わせた。
こ、これは見事じゃないか。
誰だ、自家醸造ビールなんて呑めやしない、なんていったのは。
ちゃんと作れば、安物の市販品以上になるじゃないか!
親の欲目かと思いきや、今度は他人に呑ませてもちゃんと呑んでもらえる。
やはり、ちゃんと出来ているのだ。
で、気になる原価計算。
これがまた抱腹絶倒ものなのだ。
最初にそろえる道具代を抜きにして、王冠とビールの原料代だけ計算するならば、一本なんと$0.20以下なのだ。
ビール一本\10以下。
ビールでっせ、ビール、日本だと同じサイズのウーロン茶が120円するってぇのに。
こりゃ笑いが止まらない。
これなら最初にそろえる道具代も、2回も作れば簡単に元が取れてしまう。
こりゃ、店で売ってるビールなんて、たまの「特別な日」だけでいいや。
普段は自家醸造でOK、OK、これで十分!
こういう話をすると、よく日本人からは
「え!?NZって、自分家でビール作っても違法じゃないんですか!!??」
と、驚きのご質問を受ける。
はいはい、その通りなの。
っていうよりね、いまどき自分家で楽しむ酒の自家醸造を禁じている国なんてね、世界的には極めて珍しいのだよ、実をいえば。
日本で酒の自家醸造が禁じられているのは、よぉ〜く知られていることだが、これがどういう法律によっているかご存知の方は、案外少ないのではないだろうか。
きくとたいがいの方は驚くはずだ、『酒税法』なのである。
刑法で禁止されているわけではなく、税法が禁じているのだ。
つまり簡単にいえば、ビールを家で作るのは「脱税」の罪なのである。
違反罰則は、5年以下の懲役または50万円以下の罰金。
理由をきけば、さらに驚くはずだ。
酒税法が自家醸造を禁じたのは明治32年(1899年)。
日清戦争による財政難解消および日露戦争の軍資金調達、つまり『富国強兵政策』のため、当時財政の3分の1といわれた極めて大切な財政源である『酒税』の徴収を徹底するため、という背景があったのである。
その法律が、100年以上も経過し、憲法も経済も何もかも変わってしまった現代社会にも、なぜか生き続けているのだから、たまらない。
もちろん、国民がこの法律に慣れきってしまい、自家醸造など禁止されていて当然、前述のように海外では許されているときいて驚く、などという愚かな状態になっているのだから、いくら悪法であっても、撤廃されるはずなどあろうはずもない。
しかし考えるまでもなく、酒は人間の生み出した偉大な文化である。
これを否定する人は、おそらくいないのではないか?
呑むのが文化なら、造るのはもっと文化に決まっている。
その文化を個人からとりあげ、一部の企業の独占にしてしまうのが、はたして「文化国家」の所業か?
雑想録その4 ヒッピーによる日本文化論で批判した通り、ここでも日本が「文化果つる国」に見えてしまう。
もちろん、現在の日本で酒税の占めるパーセンテージなど、100年前とは比較にならない。
しかしながら、酒税対策として発泡酒を生み出した企業努力を踏みにじるような発泡酒増税策を打ち出してみたり、自家醸造を相変わらず禁じつづけてみたりと、政府の酒税政策はあいからわず極めて前時代的である。
今の日本は、禁酒法時代の米国を笑えるのだろうか?
そもそも、個人の醸造を禁じる法律は、現在の日本国憲法に照らし合わせて、合憲的といえるのだろうか???
どうも違憲である香りがプンプンすると思うのだが・・・。
また、個人の自家醸造が解禁されると、酒税収入が減ると思うのが浅墓だ。
日本人の性癖がわかっていない。
残念ながら、日本人は市販酒の消費が減ってしまうくらいに酒作りに打ち込むほどには、マメでもヒマでもないのだ。
基本的には「面倒だ」っていうので、市販品を買うのをよしとする国民性なのだ。
家で作った方が早いモノでさえ、「面倒だ」ってんでわざわざ出かけて買いに行く人が圧倒的大多数なのである。
私なんか、作った方が早いものを、わざわざ買いに行く方が面倒なたちなのだが。
また、自家醸造すればプロの作るものの値打ちがわかり、かえって市販品の消費は伸びるのではないかという気さえする。
キットが売れ、市販品まで売れるならば、政府の大好きな「消費拡大」にも繋がると思うのは、私だけだろうか?
自家醸造解禁が、国家財政を圧迫するなど、とても想像できないのだけど。
ま、難しい話はともかく、日本でも酒税法に触れない範囲(同法によると、アルコール分1%未満は酒ではない)のレシピでビールキットが売られているわけだし、1度みなさんにも挑戦することをおすすめしておきたい。
日曜大工などよりはるかに簡単で楽しいことうけあい。
味は別として、新たな世界が開けることだけは保証できる。
もちろん、糖分の量を加減すれば、酒税法違反の立派なアルコール飲料が仕上がってしまうのだが、その辺はみなさんの自己責任ということで。
私はアナーキストじゃないので、悪法といえどもわざわざ「無視しなさい、違反しなさい」とおすすめすることはしない。
最後に、手元にある酒類自家醸造の参考書を挙げておこう。
特に最初に挙げてあるものは、マニュアルという意味にとどまらず、読み物として痛快無比。
『趣味の酒つくり ドブロクをつくろう実際編』
笹野好太郎
農文協
『飲んで美味しい!造って簡単! 手造りビールマニュアル』
日本自家醸造推進連盟:編著
日本文芸社
『[遊び尽くし] 手づくりビール教本』
赤澤 泰
創森社
『図解文集 世界手づくり酒宝典』
貝原 浩
農文協
『魚柄仁之助の もてなし楽膳』
魚柄仁之助
マキノ出版
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