2005年12月

2005年12月15日

陸上競技。

私は小学生時代から陸上競技をしていた。
兄の影響もあり、一緒に市の小学生陸上クラブに入ったのがきっかけ。
中学・高校・そして大学と、私の生活は陸上競技と共にあたっと言える。

大好きな兄は、全国レベルの選手だった。全国インターハイにも行ったし、インカレにも出ていた。400mハードラー。
私も同様、中学からハードルを始めた。高校からは400mH。フラットで走っても速くないことと、ハードルが好きという理由からだ。兄の姿も影響を与えた。

今秋、岡山国体があった。
10年前、岡山にいた頃、将来は国体選手になれたら…なんて夢見ていた。
中1時、県新人戦で100mH、3位。
あのまま、良い環境で続けられていれば、もっと優れたアスリートになれただろう…と、今でも思う。

父親の転勤で中2からは京都で生活した。
部活なんてさっぱりの学校。自主練習でも、やはりハードルは向上できず。
私の芽は潰れた。
その後、高校からも冴えた記録も出さず、大学では楽しく部と競技に臨んだ。
大学は、やはり有意義で、それなりに大変な面は多かったが、楽しかった。

もう、取り戻せない、過去の栄光と夢。


renxi at 12:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!回想 

2005年12月14日

華道。

私は華道を習っている。
かれこれ三年近くになるだろうか。
嵯峨御流という流派で、中枢は京都・大覚寺である。

先ほどもお稽古に行ってきた。
花というのは、季節により、時間により、光の加減や温度により、見せる表情が違う。
その時期その時期の旬の花を花材として生ける。
一回のお稽古で、2花体ほど勉強できる。

私が一回生のときの四回生が習っていて、私も花が好きなので、紹介してもらい通い始めた。
いろいろと難しい理念や花体がある。
けれど、いつも新鮮な発見や、発想を目の当たりにする。

嵯峨のお花が他の流派と違うのは、伝統や型を重視しているにもかかわらず、斬新で、凛としているところだと感じている。
清楚で、優雅で、シンプルなのに上品。
ときには自然に帰化し、荒々しい逞しさを見せる。

そんな華道が、好きだ。

年明けには、書道研究室の作品展で、花を飾る。
花材やイメージを膨らませるのが、楽しみだ。


renxi at 22:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戯言 

好きな人。

bb835dac.jpg年上の後輩に、恋をしている。
もう、二年半くらいになる。

告白もした。
げど、先輩だから、とか、今は恋愛に興味が無いので、という言葉を返された。
普通、フラれた、というのだろう。
だけど、いまの私にはその人以外には想う人も無く、いつもその人と一緒にいられる環境なので、とくに進展も後退も無いが、仲良くしている。
一緒に帰ったり、出かけたり、食事に行ったり。

少し、ちゃんと告白してからは、気を使ってくれたり、優しくしてくれることが増えたかな。
ちょっと嬉しい。

今は、一番愛しいと感じる人。
放っておけない人。
優しくて、頼れるところもあって、私を包んでくれる空気を持った人。

同じ学科の子は、彼のことをそこまでよく言わないけれど、私にとっては、大切な大切な、想い人なのです。



renxi at 15:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!恋愛 

2005年12月12日

蓮華在水。

a038641f.jpgこのブログのタイトルは、私自身の座右の銘からあてた。
『蓮華在水』蓮華水に在り。
蓮華は泥水に咲いても汚れに染まない、という意味の言葉である。

この社会において、私は小さくても、決して汚れに身を染めない、凛とした華でいようと誓っている。
そして、あの可憐で優美な蓮の花のように、美しくありたいと思う。

個人的にはバラ大好き人間だが、これはこれで、心に咲かせている花の一つである。



renxi at 23:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!信念 

ホテルの裏側。

派遣先で色々なホテルに行った。
京都・大阪が主なものだが、やはり場所によって様々。
ホテルという華のある職場の裏側を知ったことは、人生においても貴重な経験であると感じている。
様々なホテルを自身の目で評価するひとつのモノサシが身についた気がする。
綺麗なところ、不衛生なところ、広いところ狭いところ…。
そうした面も大事だが、やはり一番は職場の人間性であろう。

一番酷かったのは、京橋まで派遣に行ったときのこと。
豪華絢爛なホテルだが、そこに働く人々は冷たく、険しい。
京都と大阪のギャップなのかもしれない。
そこへ行った時には、仕事は何処で何でもできるレベルに到達している状態の時期で、サービスには問題は無かった。
しかし、終始そこの上の従業員に精神的ダメージを与えられ、もうそのホテルには行きたくないと思った。
指示を出す言葉の端々や、注意の言葉が、非常に痛かった。
今直面したら、また感覚は違うかもしれないけれど…。

自分がホテルの宴会やレストランを利用する時には、価格も評価基準だとは思いますが、やはり人間性を重視したいものだと思いました。
他の飲み屋さんやショップも同様。

この社会、人間性が、一番です。
信頼も、名声も、そこに在る人々が創り、そしてお客様にいただけるものなのです。
リピーターが多いということは、その神髄が素晴らしい場所だという事です。



renxi at 08:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!仕事 

2005年12月11日

自分を破る。

人見知りで、作り笑いができない女。
初対面の人には自分を表現することができなくて、引っ込み思案。
数年前までの私。

今は。
人と接するのは怖くない。作り笑い(※営業スマイル的な)も器用に。
自己表現は下手だけど、いろんな人と親しくなれるようになった。

私を変えたのは、私に他ならないけれど。
その助けをしてくれたのは、仕事で出会った沢山のお客様と、何よりも、私を暖かく、そして厳しく育ててくれた上司さんたちである。




renxi at 22:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戯言 

幸せづくり。

私は人を幸せにするのが好きだ。昔からそうだった。
自分の損得よりも、人が喜んでくれることや、感謝してくれることが喜びだった。
もちろん、沢山理不尽な思いや、損はしてきたけれど、それが悪かった経験だとは感じていない。

誰かの為に、何かの為に生きていることに幸せを感じる。
傷ついても、叱られても、そんな自分に誇りと充実感を覚えだしたのは、将来を決めるきっかけとなったウェイトレスのアルバイトの影響であろう。

現在、派遣配ぜんアルバイト歴3年と9ヶ月。
私の人生は、この仕事と出会って、変わり始めた。
色々な意味で。


renxi at 00:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戯言 

2005年12月09日

岐路に立って…

私は教育大学に通っている。この3月に卒業予定だ。
幼少から好きだった書道という芸術の世界に飛び込み、充実した学生生活を送った。
楽しい思い、苦い思い、沢山あった。

しかし、書道の教員というものは狭き門。全国の教員採用を調査しても、毎年5件前後あるかないか。
今年度受験はしたものの、最終の二次試験で敗退という結果だった。

教員になりたい、という熱意はあった。元地元での採用募集というめぐり合わせもあった。しかし不合格になったということは、私の使命は、教員という道ではないのかもしれないと、感じ出した。
何年講師をしてでも、他教科を教えながらでも、試験合格を目指す人は沢山いる。
しかし、私はその肌ではないし、それにもうひとつ、教員以外にも目指したいものがあった。
その為に、教員採用試験前は就職活動にバタバタしていた。

卒業後、私はたくさんの人々の幸せのカタチを創造する、ウェディングプランナーの道へと向かって歩き出す。



renxi at 21:57|PermalinkComments(1)TrackBack(0)この記事をクリップ!戯言 

スタートライン。

始めます
前々から作成したかったけれど、PC等々の知識に乏しく、ブログさえ手をつけられなかった(笑)
ぼちぼち、日記として、日々を綴れたらなぁと思います。

もう一つの日記→http://www.enpitu.ne.jp/m/v?id=63306


renxi at 21:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!戯言