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不況風、格差あらわ 株式会社国家シンガポール(2)

2009年4月11日

    写真カジノリゾートの建設現場で働く労働者ら。出身地はバングラデシュや中国など国際色豊かだ=シンガポール、杉井写す地図グラフ

     「最悪の場合、景気回復には4〜6年かかるかもしれない。我が国の経済が輸出に依存しているからだ」。リー・クアンユー顧問相は3月21日、講演でシンガポール経済の先行きについて厳しい見通しを示した。

     国内市場が小さく、石油化学、電子機器、医薬品など産業の大半が輸出向けだ。世界不況の直撃を受け、独立以来最悪の不況となるとの見方が強まっている。国民への職の確保を使命とする「株式会社国家」。しかし、10年半ばまでに10万人近くが失業し、失業率が過去20年で最悪の5%になるとの予測も出ている。

         ◇

     西部にある集合住宅に暮らすライ・シュークアンさん(36)はパソコンや携帯電話などのケースを機械で成形する仕事をしていたが、昨年4月、失業した。給料の安い中国やインドネシアからの労働者が担当するようになったためだ。実はライさんが教育係だった。「私の知識や技術を一生懸命に教えたら、自分がクビになってしまった」

     以前は2千シンガポールドル(Sドル、1Sドル=約65円)の月収を得ていた。今はフードコートで働く妻(35)の月収と、住居の一部屋を貸して得る収入を合わせても半分に満たない。食べ盛りの8歳と7歳の息子を抱え、「好きなだけ食べさせてあげられないのがつらい」と妻。貧しくても教育だけは受けさせたいと夫婦は願う。

     ライさんは、なぜ他国から来た人が職を奪うのか、と憤る。「国民に仕事を保障するのが政府の役割じゃないのか。外国人が私たちの仕事を奪い、より広い家に住み、ぜいたくに暮らすのは納得がいかない」

     世界から富裕層や人材を集めてきたシンガポールは、貧富の格差が激しい。所得格差を示す08年のジニ係数は0.46。社会不安定化の警戒ラインと言われる0.4を超えている。

     ライさん一家は、子供をこれ以上産まないことを条件に、政府が5万Sドルの一時金や就学費用などを援助する「HOPE」という支援策を受けることにした。妻は2月末、政府の補助で不妊手術を受けた。「自分が稼げれば、妻にこんな手術を受けさせることもなかった」とライさんは悔やむ。今年1月時点でのHOPE受給世帯は前年より約300増え、1700世帯を超えた。

     「とにかく必要なのは仕事。国民が安心して働けるようにしてほしい」。ライさんは訴えている。

    ●「外国人労働者は調整弁」

     南部のマリーナ地区では、年末の一部開業を目指したカジノを併設した総合リゾートの建設が急ピッチで進んでいる。10年開業予定のセントーサ島の総合リゾートと合わせ、2万人の雇用を計画。政府は雇用の下支えと観光収入増に期待をかける。

     その建設現場の労働者の大半は、バングラデシュやインド、中国などからの出稼ぎだ。外国人建設労働者は約20万人、外国人労働者全体の3分の1を占める。1日10〜12時間働いて月収1千Sドル前後。シンガポール国民の平均収入の5分の1以下とはいえ「故郷の10倍は稼げる」(中国から来た労働者)。

     しかし、昨秋からの景気後退で、雇われ先から突然解雇され、給料ももらえぬまま宿舎を追い出される外国人労働者が急増している。

     「お金も故郷の家も、何もかも失った」。インド系の人々が集まる「リトルインディア」の一角、外国人労働者向けのシェルター(避難所)で、バングラデシュの首都ダッカから来たモハマドさん(27)は涙ぐんだ。

     昨年6月から建設現場で働き始めた。時給2Sドル。それでも仲介業者からは、ダッカでタイヤ修理工として働くより稼げると説明されたという。仲介業者への手数料1万Sドルは家を担保に借りた。

     9月半ば、18人の仲間とともに突然解雇を言い渡され、宿舎も追い出された。3カ月分の給料、約2千Sドルが未払いのまま。故郷への仕送りはできず、借金も返せない。

     公園や知人の宿舎を転々とし、12月からシェルターで暮らす。父親(61)は担保の家が差し押さえられたショックで心臓発作を起こして亡くなった。「父さんに謝りたい。でも、帰りたくても帰れない……」

     定員20人のシェルターで、行き場を失った50人以上が雑魚寝している。運営するNGO「HOME」の代表ブリジッド・ルーさん(59)は「外国人労働者を送り出した国が対策をとらなければ、数万人が行き場を失う可能性がある」と話す。

     給料未払いなどで悪質な企業や経営者は訴追されることもある。だが、政府は「基本的に外国人労働者と雇用者で解決すべき問題」(所管の人的資源省の担当者)との姿勢だ。

     「外国人労働者はバッファー(雇用の調整弁)に過ぎないと認識している」。リー・シェンロン首相は昨年12月、外国人記者団との会合で、国民の雇用確保を優先する姿勢を強調した。

     一方で、ライさんのような境遇に置かれた国民も昨年以降増え続け、政府は国民への職を確保しきれてはいない。

     政府は今年1月、総額1兆円を超える過去最大の景気・雇用対策を発表した。だが、リー首相は「世界経済の回復まで危機の影響を和らげるためのもの」と述べ、つなぎの対策にすぎないことを認めた。(シンガポール=杉井昭仁)

         ◇

     〈シンガポールの外国人受け入れ政策〉 少子化が進む中で外国人の受け入れを進めているが、富をもたらす者を優遇する一方、単純労働者を厳しい管理下に置く。

     政府は03年以降、企業への出資や住宅購入などシンガポールでの投資額が100万〜200万シンガポールドルに達した人に永住権を与える制度を設けた。先端技術研究者にも優先的に永住権を与える。

     建設労働者やメードなど約50万人とされる単純労働者は住む場所を限られ、永住権保持者との結婚は禁止。女性は年2回の検査を受け、妊娠がわかれば帰国させられる。

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