宮崎駿監督に電話で勝訴を報告する原告団事務局長の松居秀子さん=1日午前10時47分、広島市中区、青山芳久撮影
宮崎監督は判決を受けて1日午後、東京都小金井市の「スタジオジブリ」で記者会見した。「今後の日本をどうしていくかという時に、大きな、良い一歩を踏み出した。文化財を破壊するのに、準備も計画もずさんであるとの判決は非常に的を射ていると思う」と喜んだ。
さらに「公共工事で劇的に何かが変わるという幻想を振りまくのは、やめた方がいい。鞆の浦は不便だけれども、愛着がわく」と指摘。「橋を架けることで港の機能がこれ以上広がる可能性はないと思う。税金の無駄遣いになるので控訴はしないほうがいい」と語った。
判決後、松居・原告団事務局長から「勝ちました。ありがとうございました」と電話で報告があった。「おめでとう。これからが大変になるね。住民の方と仲良く、まちづくりを進めてください」と励ましたという。
宮崎監督が鞆の浦に魅了されたきっかけは、04年11月の「ジブリ」の社員旅行だった。05年に再訪した際は約2カ月間、海を望む古民家に滞在。江戸期の港の風情が残る街並みをじっくり見て回りながら「崖の上のポニョ」の構想を練り上げた。昨夏に公開された映画の中には「TOMO」の看板を掲げたスーパーや、地元の神社の名前を書いた大漁旗などが登場する。