経験していないことは、語れない
私はよく
「あなたは苦労したことなんか、ないんじゃありませんか」
なんて言われることがあります。
そういうとき私は
「そうですね。ないと思います」
と答えます。
私は今まで、本当に幸運続きでした。
だから、ある意味
「青臭い夢、理想」
ばかり語るのかもしれません。
私の両親は、私が小学生のときに離婚しました。
それでも私がまともに少年時代を過ごせたのは、女手一つで頑張ってくれた母のおかげでした。
この母のおかげで、私は小学校・中学校と惨めな思いをしないで済んだのです。
そんな母も、私が中2のとき脳出血で亡くなりました。
まだ40にもなっていませんでした。
今の私の年にもなる前に、亡くなってしまったのです。
私は親戚の家で過ごした後、半年位しておじの知人の家に引き取られました。
これも、考えてみればラッキーなことです。
おじは、
「中学を卒業したら高校の金なんか出してやらん。一人で生きていけ」
と私に言いました。
そのとき、高校に行くことを強く勧めてくれ
「私の親代わりになってくれる」
という人が現れたのです。
こんな幸運ってあるでしょうか。
私は、本当に奇跡だと今でも思っています。
私は全寮制の定時制高校に進学しました。
これは、私が
「新しい両親」
に気を遣って選んだ道でした。
でもそのことが、私を気楽な立場にしてくれました。
私は昼間働いて、夜は高校に通うことで
「高校の学費・寮費・生活費」
はもちろん、大学進学の資金も貯めることができました。
また、
「高校4年間という契約」
で入った勤務先も、たまたま理解がある職場でした。
こうした数々の幸運が重なって、私は現役で大学に入学することができました。
私は大学時代もアルバイトに恵まれ、
「滞りなく学費を捻出」
することができました。
そして、最初、食品業界に就職し9年ほど働き、その後学習塾に転職しました。
私がLECの講師になったのは、35を過ぎてからです。
ですから、実務の何たるかを、たった15年足らずではありますが経験させていただきました。
そうした経験が今でも全て役に立っています。
お客様に玄関先で土下座させられ塩をまかれたり、足蹴にされたことも、今はもう、懐かしい思い出です。
こうした思い出は、ささやかながら私の財産です。
ですから、本当にありがたいことです。
「あなたは苦労したことなんか、ないんじゃありませんか」
という問いに、私は
「そのとおりです」
と答えます。
だから私は、本当に苦労された方に頭が下がりっぱなしです。
きっと私は今でも青臭いのでしょう。
でも、本当に苦労していないのだから仕方ないのです。
人は、経験していないことを語ることはできません。
でも、それは仕方がないことです。
私は私のありのままを語ります。
そこから得るものがあれば、得てもらったらいい…
私はただ、そう思うだけです。