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谷垣自民党―変革への本気を見せよ

 全員野球か思い切った世代交代か。党運営のあり方が根本から問われたきのうの自民党総裁選で、谷垣禎一・元財務相が新しい総裁に選ばれた。

 重要閣僚や派閥会長も経験した谷垣氏は、議員票、地方票ともに6割を得る戦いぶりだったが、注目に値するのは、河野太郎氏の得票だ。

 議員票では西村康稔氏を下回る18%の得票率だったのに、地方票ではその倍、36%の票を得た。河野氏は、森喜朗元首相ら党の重鎮を名指しで批判し、徹底した世代交代を訴えた。

 議員の中には、過激な批判に眉をひそめる向きもあった。これに対して谷垣氏は、従来の党内秩序の激変はさせないというメッセージを発した。谷垣氏を選んでおけば、世代交代の歯車が極端に回ることはなさそうだし、党内の混乱も避けられる。そんな安心感が支持を呼んだのだろう。

 だが、党内秩序を根底から揺さぶるほどの大手術なくして、果たして今の自民党を立て直すことが可能なのだろうか。河野氏に対して草の根党員たちが3割超の票を寄せたところに、そうした危機感が表れている。

 党の変革より当面の安定を優先したツケは、新総裁が払うことになる。来夏の参院選挙に向けて、有権者に「自民党は変わる」と納得させることができるかどうか。

 まずは、党執行部の人事で鮮明な姿勢を見せる必要があるだろう。中堅・若手を抜擢(ばってき)し、派閥への配慮を抜きにした大胆な登用を考えねばなるまい。

 政策の軸も再構築を迫られている。

 これまで自民党にとって「政権維持」が何にも勝る価値基準であり、霞が関の巨大な官僚機構がそのための具体策を練ってきた。

 その政権を失った今、自民党は自らの存在目的、アイデンティティーを再定義しないと、民主党政権への対抗軸を定めるのは難しい。

 谷垣氏は、行きすぎた市場主義を戒め、家族や地域社会の結びつきを大切にする「絆(きずな)」の理念を訴えている。鳩山首相の「友愛」とどこがどう違うのか。その差異を際だたせることができなければ、もともとの保守層の支持も失いかねない。

 野党としての主戦場は国会だ。政権の誤りを突き、説得力のある対案をぶつけなければならない。これまでのように官僚機構を頼るわけにはいかない。政策立案能力が問われる。

 谷垣氏は政策に明るいベテラン議員を国会質問にたてる方針を打ち出している。建設的な政策論争は歓迎だが、「変わる自民党」を印象づけるには清新な人材を育てる努力も欠かせない。

 全員野球の結束だけで再生への展望は開けまい。「変革」への本気をどう見せるか。それが谷垣新総裁の最初の課題である。

返済猶予―亀井大臣に再考を求める

 亀井金融相が返済猶予法案の検討をぶちあげた。中小企業の借金やサラリーマンの住宅ローンについて、元本や金利の返済を3年間猶予する法案を臨時国会に出すという。

 金融の担当相で連立の一翼を担う立場とはいえ、政権内の合意もないまま、金融機関に猶予を強制する政策を進めていいものか。鳩山新政権の見識が問われる場面だ。

 たしかに、世界同時不況は経済と国民生活を苦境に立たせている。円相場は90円を突破し、平均株価も一時、1万円の大台を割り込んだ。失業の増加に歯止めがかからず、底入れの兆しを見せた景気の先行きも危うい。

 デフレの悪循環や二番底を避けるため、景気対策には万全を期す必要がある。ただそれにしても、打つべき策は吟味しなくてはならない。

 返済猶予の法制化は、私的な契約である金銭貸借の内容に国家権力が踏み込むことであり、本来、市場経済を甚だしくゆがめる手法だ。

 国内では、1923年の関東大震災や27年の昭和金融恐慌の際に、対象を限定して臨時に行われた。3年間の長期にわたり広く返済を猶予するのは、けた外れの措置である。

 亀井氏の発言の裏には、3党連立合意に「貸し渋り・貸しはがし防止法」が盛られた経緯がある。ただ、これとは「趣旨が全く違う」との声が民主党閣僚からも出ている。

 実施すれば弊害や副作用は大きい。関連融資の総額は280兆円。利ざやが1%なら、銀行界全体から3兆円近い利益が消える計算だ。銀行経営を圧迫し、むしろ貸し渋りを助長する恐れすらある。

 亀井氏は「本来の社会的機能を果たしていない」と銀行を強烈に批判する。だが、「国は企業に資金が回るようにする責任がある」からといって、返済猶予の法案というのは、あまりに短絡的ではあるまいか。

 中小企業には売り上げの激減に苦しみ、銀行融資に頼って当座をしのごうとしているところも少なくないに違いない。勤労者も賃金が減るなか、ローン返済は大変な苦労だ。

 そうした痛みを緩和し雇用と生活を守るためのきめ細かな措置を工夫しつつ、経済を回復軌道に戻す政策に力を注がなければならない。

 銀行側にも至らぬ面はあろう。だが、それを正すには手段や手順を総合的に検討することが大事だ。政府は危機対策として公的金融機関も活用しつつ信用保証や融資に取り組んできた。これらを拡充する中で銀行にもさらなる努力を求めるのが正しい政策ではないか。

 「首相が反対なら私を更迭すれば」などと言う前に、亀井氏にはもっと取り組むべきことがあるはずだ。

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