富士重工業が9月初め、防衛省に対して約500億円の支払いを求め、受け入れられなければ訴訟も辞さない構えを見せた。政権交代のタイミングで、なぜこのような出来事が起きたのか。その背景を探っていくと、防衛政策が曲がり角を迎え、巨大防衛産業の戦略転換が余儀なくされている姿が浮かび上がる。
事の発端はこうだ。防衛省は2001年に米国製戦闘ヘリコプターとして有名な「アパッチ」を62機購入する計画を立てた。これを受けて富士重工は米国製のヘリを日本国内で生産できるよう米ボーイングからライセンスを取得、その代金として約400億円を支払ったという。ところが生産体制に入ったものの、これまでに防衛省は10機しか発注せず、今後も発注の見込みがない。
ライセンス料や生産基盤の確立のための費用は1機当たりのヘリ代金に上乗せして回収する計画だったから、10機で購入を打ち切られれば大損害は免れない。この損害は防衛省の計画の変更によるから、その分を支払えというのが富士重の主張である。
本来、あってはならない事態
こうした計画の行き違いによるトラブルはビジネスの世界ではよくあることだと思われる方も多いだろう。ところが、防衛産業では異例のことなのである。
そもそも防衛産業は、国防・軍事を支える基幹産業であり、世界中どこの国でも安定産業である。生産は国家計画に基づいており、軍事機密を取り扱うから国家の厳重な監督下に置かれている。
つまり、一種の国策会社であり、国家と企業は強い絆で結ばれている。一般企業間のように、状況が変わったから「契約は撤回、違約金を払えば問題なし」というドライな形態では成り立たないのだ。
日本ではいまだに防衛産業を白眼視して「死の商人」のように思っている人たちもいるようだが、それは大きな勘違いと言える。「戦争になれば儲かるから戦争を引き起こそうとする」といった防衛産業は、少なくとも先進国ではありえない。戦争などによって生じた利益は国に報告しなければならず、その分の利益還元を求められるのが先進国の通例であるからだ。そこでは議会もマスコミも鋭い監視の目を光らせており、戦争で巨利を貪るなどということは、事実上、不可能である。
戦争で利益が上がらない代わりに、平時には損害が生じないように国家計画により生産が管理されているのが防衛産業なのである。安定産業と呼ばれて当然だろう。
従って契約をめぐるトラブルなどは滅多に表面化しないはずだし、まして防衛産業が国を訴える事態は、本来あってはならないのである。
にもかかわらず、富士重工は提訴も辞さずの構えをとった。一体いかなる理由なのか? この背景には長期にわたる防衛費削減の影響が考えられる。
日本の防衛費は2003年から毎年約1%ずつ減り続けている。これは小泉純一郎内閣が削減方針として決定したことで、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎内閣でも変わらずに継承された。
2003年に4兆9265億円だった防衛費は、今年は4兆7028億円であり、2237億円減額されている(4.5%減)。特に兵器などの購入費は同時期9028億円から8252億円に776億円減(8.6%減)、防衛費全体に占める割合も18.3%から17.5%に落ち込んでいる。つまり兵器などの購入費の減額の割合は、ほかの削減に比べて著しいことが分かる。
防衛省が戦闘ヘリ「アパッチ」を62機購入する計画を立てながら発注できないでいるのは、兵器などの購入費の減額幅が大きいためと考えるのが自然だ。
防衛費のこうした一律一方的な削減が危険だと指摘する声はかねてからあった。中国の軍事費は公表されている額だけでも21年間に20倍に膨らんでおり、今後も軍拡の方針に変わりがない。ロシアも1990年代の軍縮時代は終わりを告げ、この数年は平均3%以上の軍拡となっている。核ミサイルの開発に余念がない北朝鮮の暴走振りは言うまでもない。
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