二酸化炭素(CO2)は、無色無臭、不燃性で、化学的には不活性な気体であり、波長15 µmの赤外域に強い吸収帯があって、強い温室効果を持つ。二酸化炭素は大気、海洋、陸上生物圏の間を循環しており、それぞれ異なる時間スケールのさまざまな過程を通じて、大気中から除去される。大気中での二酸化炭素の滞留時間は、その吸収放出のメカニズムによって変わるため、単一に定めるのが困難である。大気と陸上生物圏及び海洋との間の交換量から見積もられる大気中の二酸化炭素の滞留時間(寿命)は約5年であるが、大気に二酸化炭素が付加されたときに大気・海洋表層間で平衡に近づくには、付加された炭素が海洋表層水から中深層水に移動するために最大200年の応答時間を要するとみられている。そのため、IPCC(2001)では大気中での二酸化炭素の滞留時間は5〜200年とされており、IPCC(2007)では滞留時間を示さず、濃度減少を時間の応答関数で示す方式をとっている。また、IPCC(2007)によると、1750年以降の二酸化炭素の増加による放射強制力は1.66 [1.49〜1.83] W/m2であり、1995〜2005 年の間に20%増加した。これは、少なくとも過去200年間のあらゆる10年間における最大の変化である。また、産業革命以降の長寿命温室効果ガスの増加による放射強制力のうち、二酸化炭素の寄与は約63%と考えられる。
現在の大気中二酸化炭素濃度は、南極氷床コアの分析により決定された過去65万年間の自然変動の範囲(180〜300 ppm)をはるかに上まわっている(IPCC, 2007)。また、過去約2,000年間の濃度変動について、18世紀の産業革命以前の濃度は約280 ppmでほぼ安定していたが、1800年以降徐々に高くなり、特に近年は急速に濃度が増加しており、20世紀における増加率は少なくとも過去2万年間で前例のない値とされている(IPCC, 2007)(図2.1.1)。産業革命以前の大気中の二酸化炭素濃度が安定していたのは、大気と陸上生物圏、大気と海洋との間の交換が、長期的には平衡していたことを意味する。産業革命以降の濃度増加は、人間活動にともなう化石燃料の消費とセメント生産、また森林破壊など土地利用の変化によって、大気中へ二酸化炭素が放出されたことにより起きたとされる。世界の二酸化炭素濃度と濃度年増加量の経年変化(第2.1.2節)で述べるように、おおよそ2000年以降についてそれ以前と比べて濃度年増加量が大きくなってきている。
大気中の二酸化炭素が、実際に季節変化しながらも増えてきていることがわかったのは、1958年に Keelingがハワイのマウナロアで実際に観測を開始してからである。実際に二酸化炭素の変動を目の当たりにして、観測の重要性が明らかになり、世界各地で観測が行われるようになった。しかし、当初は資金的に観測を継続することが難しく、マウナロアの初期のデータには観測が中断された期間がある。2007年にはマウナロアでの二酸化炭素観測50周年の記念セレモニーが開催された(http://www.mlo.noaa.gov/LatestNews/50thanniversary.html)。また京都議定書をはじめとして、世界中が議論している地球温暖化問題であるが、その基盤的な情報となっている温室効果ガス観測は、その地道さゆえの資金的な困難性や評価の低さから未だに抜け出せていない。これについてNisbet(2007)は、Nature誌の中で、マウナロアでの観測を例に出して、本当は素晴らしい価値があるのに評価されないシンデレラに例えてシンデレラ・サイエンスだと述べている。
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図2.1.1 過去2,000年間の重要な長寿命温室効果ガスの大気中の濃度(IPCC(2007)による)。 |
大気中には約762 GtC(炭素換算で7,620億トン)が二酸化炭素の形で存在しているが、人為起源による排出(約6.4 Gt(炭素換算約64億トン)(IPCC, 2007))のほかに大気は2つの大きな貯蔵庫である陸上生物圏及び海洋との間で大量の二酸化炭素の交換を行っている(2005年の日本の人為起源による排出量は、環境省によると炭素換算で約3億7,090万トン)。これらはいわゆる「炭素循環」の大気に関連する部分である。二酸化炭素の濃度年増加量は、それらのそれぞれ毎年200 Gt(2,000億トン)にものぼる放出量と吸収量のバランスで決まっており、現在は、人為起源を含めた放出量のわずかな超過分が毎年大気中に蓄積されて濃度を増加させ続けている(図2.1.2)。大気と陸上生物圏との間の交換は、光合成による二酸化炭素の取り込みと、呼吸及び土壌有機物の分解による放出によって行われており、強い季節依存性がある。また、大気と海洋表層水との間でも、海域や季節で変化する二酸化炭素濃度差に応じて、大気から海洋への吸収、又は海洋から大気への放出が起こっている。これらが、大気中の二酸化炭素濃度の季節変動を作り出す主因となっている。
これまで、地上観測点のデータ解析から、陸上生物圏の吸収は北半球中高緯度の森林が主だと考えられてきた。しかし、Stepheanes et al.(2007)の航空機観測による二酸化炭素鉛直分布を加味したモデル計算によると、北半球森林による炭素の吸収は、従来の2.4 GtC(24億トン)から1.8 GtC(18億トン)へ減少し、熱帯の森林の放出が、従来の1.5 GtC(15億トン)から0.1 GtC(1億トン)に減少して(吸収が増加したことを意味する)、これまで考えられていた以上に熱帯の森林が、陸上生物圏の吸収に貢献していると考えられるようになっている。また、このように航空機観測による鉛直分布を用いたモデル計算は、それまでのモデルごとの大きな吸・放出量の違いを縮めるものと期待されている。
また、「対流圏オゾンに関連する最近の知見」のところで述べるように、対流圏オゾンの増加によっては、今後の陸上生物圏への炭素の吸収量が変わる可能性も指摘されている。
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図2.1.2 毎年の炭素換算の全球での二酸化炭素放出量(Emission)と吸収量(Absorption)とその内訳(平均値)。内訳は、セメント生産と化石燃料(Fossil fuel)、海洋との交換(Surface Ocean)、土地利用の変化(Land Use Change)、全球の正味の基礎生産と呼吸(Vegitation, Soil and Detritus)からなる。これらは炭素循環の大気に関連する部分である。単位はGtC(1 GtCは炭素換算で10億トン)。しかし、その値はまだ不確定さが大きいとされている(IPCC 2007をもとに作成) |
二酸化炭素を主体とする炭素循環は定量的に全て把握されているわけではない。図2.1.3は、石油などの化石燃料の消費による二酸化炭素排出量から計算した濃度年増加量と、観測から得られた実際の全球の濃度年増加量の経年変動を示したものである。人間活動により排出された二酸化炭素が、そのまま大気中の濃度増加には反映されていないことがわかる。実際の濃度増加は、排出量による濃度増加より少なくなっている上に、人為起源による二酸化炭素排出量は年によってそれほど大きな変動はないのに、観測された濃度年増加量は大きく変動している。実際の濃度増加が排出量から想定される濃度増加より少ないことは、排出された二酸化炭素が海洋や森林・土壌に吸収・蓄積され続けているとともに、その吸収・蓄積量が年によって変わることを意味している。その二酸化炭素の吸収量は、気温や海水温、気象条件などによって変わるため、どこにどれだけ吸収されているのか正確に見積もることは大変難しい。地球全体における炭素循環の定量的把握が今後の課題となっている。
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図2.1.3 人為起源による排出量から想定される二酸化炭素濃度年増加量(棒の高さ)と実際の観測による大気中CO2濃度年増加量(黄色部分)と自然による二酸化炭素年吸収量(緑部分)の経年変動。排出量は国連のエネルギー統計をもとにCDIAC(米国二酸化炭素情報解析センター)が二酸化炭素放出量に換算したもの(Marland et al., 2007)。観測による濃度年増加量はWDCGGの解析による。 |
二酸化炭素を主体とする炭素循環を定量的に見積もる手法として、炭素の同位体13Cを用いる方法や、酸素濃度の測定から推定する方法、数値モデルを用いて計算する方法などがある。
13Cは炭素(12C)の同位体で、大気中の二酸化炭素のうち約1%を占めている。植物は12Cをより効率よく吸収するため、化石燃料に含まれる炭素は大気中より12Cの割合が高い。したがって化石燃料の燃焼により二酸化炭素が放出されると、大気中の炭素のうち13Cの割合は低下する。逆に植物活動により大気中の二酸化炭素が吸収されると13Cの濃度が高くなる。一方、海洋中に溶け込む二酸化炭素は12Cか13Cかに依存しないので、両者を比較すれば陸上生態系と海洋における二酸化炭素吸収量の割合を推定することができる。
酸素濃度を用いた方法は、海洋が二酸化炭素を吸収する際に大気中の酸素をほとんど吸収しないことを利用する。化石燃料の燃焼による酸素濃度の減少量と二酸化炭素濃度の増加量、及び海水温の上昇により放出される酸素の量は推定可能である。実際の酸素の減少量と二酸化炭素の増加量は観測からわかっているので、これに植物による陸域吸収の酸素と二酸化炭素の交換比率を当てはめれば、二酸化炭素の陸域吸収量と海洋吸収量が推定できる(気象庁, 2005)。
IPCC(2007)では、これらの方法のほか、数値モデル計算によりCO2濃度の観測結果から大気の流れを逆にたどって解析する方法、観測値から平均的な表面海水の二酸化炭素分圧を求める方法、フロンの測定によって割り出した海水の生成年代と過去の大気中CO2濃度の推移から海洋に蓄積された人為起源の二酸化炭素量を求める方法などを総合的に考慮して陸上生物圏や海洋による炭素吸収量を推定している。その結果、1990年代には、化石燃料の使用などにより年平均で6.4 GtC(約64億トン)のCO2が大気中に放出されたのに対し、2.2±0.4 GtC(約22億トン)のCO2が海洋に、1.0±0.6 GtC(約10億トン)のCO2が陸上生物圏にそれぞれ吸収され、残りの3.2±0.1 GtC(約32億トン)のCO2が残って大気中濃度の増加をもたらしたとしている。なお、陸上生物圏への吸収分について、森林破壊や森林再生など土地利用の変化では約1.6 GtC(約16億トン)のCO2が逆に大気中に放出されたと見積もられており、その他の陸上生物圏により約2.6 GtC(約26億トン)のCO2が吸収されていることになる。観測・研究の進展により、この部分の詳細が解明されることが期待される。
内容構成一覧 | 基礎知識 | 最近の知見や話題 | 参考文献
日本における二酸化炭素濃度 | 世界の二酸化炭素濃度 | 二酸化炭素放出量の推定 | 北西太平洋の二酸化炭素濃度 | 北西太平洋の二酸化炭素関連物質 | 大気−海洋間のフラックス推定