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総額2700億円という巨額の研究費の行方が注目されている。
補正予算に盛り込まれた「最先端研究開発支援プログラム」だ。研究者30人に平均90億円ずつ配り、「3〜5年で世界のトップをめざす」という。かつてない大胆な研究支援である。
鳩山新政権の発足を前にした今月初め、麻生前政権がまさに駆け込みで、対象の研究者30人を決めた。
これに対し、当時、民主党幹事長だった岡田克也氏は「政権発足後に精査の対象にする」と述べた。新政権はいま補正予算見直しを進めており、文部科学省はその執行を止めている。
独創的な科学技術は、日本の将来にとってきわめて重要だ。ましてや、巨額の予算を振り分けるのだから、公正で、かつ効果的でなくてはならない。
だが、今回の選考はあまりに拙速ではなかったか、という声が学界などからわき上がっている。
公募期間は3週間で、構想を練る時間は少なかった。600件近い応募に対して、選考期間はわずか1カ月しかなく、専門家の意見を十分に聞くだけの余裕も少なかった。
この計画はもともと緊急経済対策の一環として提案されたが、法案審議のなかで、先端研究の推進は決して臨時の措置ではないとクギを刺したうえで民主党も賛成し、可決された。
付帯決議には、件数を30件程度と限定しないこと、難しい課題に挑戦するいわゆるハイリスク研究にも目を向け、分野間のバランスも勘案して適正に資源配分することなどを盛り込んだ。より多様な研究を、より柔軟に支援する狙いといっていい。
こうした意図は尊重されたといえるだろうか。
選ばれた30人を見ると、うち11人が東大に集中している。ノーベル賞受賞者など著名な研究者も多く、実績重視の傾向もうかがえる。
研究の分野や、研究がどの段階まで進んでいるのかによって、必要な費用は大きく異なるし、政府がどこまで支援すべきかも変わってくる。新政権の責任できちんと再点検すべきだ。
一方、最先端研究を育てるうえで忘れてならないのは、すそ野を広げることだ。若手の自由な発想を生かした研究を進めてこそ、思いもかけないような画期的な成果が生まれてくる。
オバマ米政権は補正予算で2兆円規模の破格の研究費を計上し、「長期的に基礎研究を育てる」ことに力を入れる。既存の支援計画の予算を増やし、より多くの、とりわけ若い研究者を支援するのもその一つだ。日本も視野を広げ、同様の工夫をしてはどうか。
独創的な研究は一朝一夕には生まれない。どう育てていくのか。今回の支援事業の進め方は、鳩山政権の科学技術政策の試金石にもなるはずだ。
熊本、鹿児島両県の不知火海沿いの各地で先週、水俣病被害の実態を調べる「住民健康調査」が被害者団体や医師らによって実施された。
20代から90代までの1051人が受けた。千人規模のこうした住民検診は、水俣病訴訟の原告団が1987年に行って以来22年ぶりである。
早ければ月内にも症状を分析して中間発表する予定だが、受診者が訴えた、メチル水銀の影響が疑われる健康被害の広がりは衝撃的だ。
受診者の大半は、これまで公害健康被害補償法(公健法)に基づく水俣病認定や救済措置には名乗り出ていない人たちである。にもかかわらず、その9割以上は手足のしびれなど水俣病の典型的な神経症状が見られるとして、救済措置を求める方針という。
357人が手足の先になるほど感覚が鈍る四肢末梢(まっしょう)優位の障害などがあるとして認定を申請する予定だという。603人は一定の神経症状があるとして保健手帳の交付を請求する意向だ。
調査には、環境省が被害の全体像を把握しないまま水俣病患者を決めてきた「二つの線引き」の不合理さをあぶり出す狙いもある。
線引きの一つは、チッソ水俣工場が不知火海への有害物質の排水を止めた翌年の69年以降に生まれた世代には水俣病の症状はないとする考え方だ。もう一つは、公健法で水俣病発生の地域を熊本県水俣市や鹿児島県出水市などに限定した地域区分だ。
実際には、排水しなくなっても海底のヘドロなどによる汚染は残った。汚染魚が行商を通じて指定地域外に広く出回ったことも周知の事実である。
今回は、69年以降の出生で政府の救済措置から外れている世代から27人が検診を受けた。救済の対象地域外に住んでいる人も多く受診した。
7月に成立した水俣病被害者救済法の実施に向けた作業がこれから始まる。救済の対象者を3年以内をめどに確定させるとしているが、どういう人を救済するかまだ詰まっていない。
環境省は今回の検診について「水俣病と同じ症状があったとしても、メチル水銀汚染だとは証明できない」と主張して調査の必要性を否定した。地元の医師らは「これほど健康被害が集中する原因はチッソの汚染以外に考えられない」と反論している。
被害者の高齢化を考えれば、救済は急がねばならない。だがその前に鳩山政権は、水俣病の実相を究明しないまま問題を終わらせようとしてきた従来の姿勢と決別する必要がある。被害の全体像に真摯(しんし)に迫ってほしい。
政府はまず腰をすえた健康調査に着手すべきだ。そのうえで、患者の年齢などによる機械的な線引きや、被害地域の指定についても、それが妥当なのか検証することが不可欠だ。