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二つの故郷 言葉が結ぶ2009年09月25日
◆scene5 FUTURE 東池袋に本社があるIT企業「シンクシステム」の社長中山千恵さん(48)は、10月1日を心待ちにしている。 中国政府の中国語能力認定試験「HSK(漢語水平考試(ハン・ユイ・ショイ・ピン・カオ・シー))」を受ける日本人向けの対策ソフトを販売する日だからだ。6千を超える問題が網羅され、発音なども含め総合的に学べるシステムで、約2年がかりで開発した。 「第2の故郷、日本で中国語を学ぶ人たちを助け、中国を理解してくれる人を増やしたい」。そんな思いを込めた初めての自社製品だ。 中山さんは中国東北部の吉林省でプラスチック工場の工場長だったが、93年に日本企業に派遣されたIT技術者の夫(47)と来日。働くうちに居心地がよくなった。00年、夫が独立して会社を設立。中山さんが社長になった。仕事を国籍で判断されたくないと家族で日本国籍を取得した。 郷に入っては郷に従う。社員50人の8割以上を占める中国人にも社員教育を徹底している。声の大きさから近所づきあい、「ニンニクは金曜の夜だけ」と注意もする。 「好きで来たのなら日本の常識を身につけなくては」。それが口癖だ。 ◇ 新華人たちは日本と中国をつなぎ、その先に新しい未来の姿を描く。 在日華人向けに週1回、12万部発行する中国語新聞「東方時報」や携帯サイトを手がける「東方インターナショナル」(豊島区)社長の何毅雲(ホー・イー・ユン)さん(53)は88年に中国造幣局を辞めて、上海から就学生として来た。山口百恵や中野良子のファンで日本の歌や映画にひかれた。戦後の日本の発展を学びたいという使命感もあった。 翌89年、天安門事件が起こる。ショックだった。言論の自由がある日本で新聞を発行しよう。そう心に決めた。 日本語学校や大学に通いながら工事現場や清掃などのアルバイト。94年に池袋駅北口近くのビルの一室で本などを扱う雑貨店を開き、翌年、念願の新聞を創刊した。通信事業も手がけ、現在社員は30人。年商は約40億円という。 「日本は素晴らしい。自民から民主に政権交代しても、暴動も動乱もなかった。精神的な民主理念を伝えていくのも在日メディアの使命です」 ◇ 池袋で飲食店を開く中島菊さん(51)は、豊島区日中友好協会の中国人初、そして唯一の会員だ。通訳を依頼されたのがきっかけで95年に会員になった。翌年日本国籍を取り、はや13年。北京で女優としてテレビや映画に出ていたが、30歳で来日し、人生が変わった。 協会では、会員と中国人留学生らとの旅行や「春節(中国の正月)を祝う会」を企画・運営する。 なかでも大事にしているのが、9月末に開かれる「ふくろ祭り」の国際交流みこしの世話だ。中国や世界各国の留学生ら100人が参加する。「外国人は自己主張が強いからおみこしのバランスが悪くなる。そこを注意するの」 みこしを担ぐと、肩に1週間は消えないアザができる。それでも今年も27日に、法被姿で担ぐつもりだ。 「縁起物だから。それでまた1年順調に頑張れる」 外国人と日本人が仲良く安全に暮らし、文化交流のモデルになる街。池袋にはそうなってほしいと願っている。 (編集委員・大久保真紀) ◆「本場」の味<犬肉>
マイタウン東京
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