<リプレイ>
●鳥の住処―外世界― まるで絵本の片隅へ迷い込んだかのような、新緑に埋もれる赤レンガの洋館。 急ぎ現場を目指した能力者達を迎えたのは説明にあった通りの、厳重な警備に守られた貴種ヴァンパイアの根城だった。 「では、宜しくお願いします……」 声を潜め、水無月・露(花に降る・b01410)は不破・赤音(白鬼・b22569)と森澤・泉美(腹黒紳士・b03656)の両名に小さく頭を下げる。他の者は扉に付いた覗き窓の死角に回った。空は既に赤く、遠くで鴉の鳴く声がする――。 (「嬲り殺しなんて、やってることは猫と同じなのにな……」) 瞬時に猫の姿に変化した泉美は露の足元にぴたりと寄り添い、その時を待った。黒燐蟲の群れと化した赤音は露の内に潜伏。一見しては年頃の少女が独り、という状況を作り出した。 急がねば捕らえられた霞の身に危険が及ぶ。露はごめんください、と必死な声と仕草で門の扉を叩いた。 「わたし、森に迷い込んで……足を挫いてしまったんです。少し此方で休ませていただけないでしょうか……?」 一拍置いた後、覗き窓の向こうから黒いフードを被った男が顔を見せる。 懸命に、露は弱った様子を演じた。すると男はもう一人の門番と何やら小声で相談を始める。 「誰か連れはいないのか?」 「いいえ……ひとりきりで、もうどうしようもなく……」 お願いしますと繰り返せば、覗き窓がいったん閉じられた。それから鍵を開ける音がして、扉が開く。氷采・亮弥(青藍ヴィエチニー・b16836)とウィル・アルトリオス(灯志樹・b29569)は互いに小さな目配せを送り合った。飛び出すタイミングをぎりぎりまで計る。 そして、押し開けられてゆく扉に充分な余裕が出来た瞬間。露は思い切ってその端を掴んだ。同時に泉美が扉の内へ滑り込み、赤音が人型へと戻る。 「な……っ!?」 「甘かったな」 旨過ぎる餌には罠がある。自分達の求める獲物がのこのこやって来たからといって簡単に信じてしまうとは、戦士として失格だ。赤音は殊更大きな動きで大鎌を振りかざし、手前にいた従属種ヴァンパイアへと奇襲の一手を加える。 従属種ヴァンパイアは咄嗟に反撃へ出るが、亮弥のナイフが赫光を放つ方が早かった。 「悪いが、時間がない」 ――こいつから行くぞ、と。扉の中に身を滑り込ませた亮弥は後ろを振り返らないまま標的を定めた。 「ふふ、腕が鳴るねぇ」 「速攻でぶっ倒すってえわけだな」 御影・忌(狂気の花嫁・b14628)の手元でチェーンソー剣が耳障りな音を立てる。ウィルの身体を白い雪が覆い尽くし、凍れる鎧と化した。 「たばかったな!?」 「そりゃこっちの台詞だぜ」 従属種ヴァンパイアのうち一人が増援を呼ぼうと屋敷に引き返そうとする。だが、上山・誠示郎(駆け出しの剣士・b05167)はその身を壁にして逃走を阻んだ。怒りを秘めた瞳で敵を見つめるその隣に、日本刀を携えた榊・那由多(蒼炎纏いし影法師・b02112)が並んだ。 「逃がしませんよ」 「くっ……」 逃走を諦めた従属種ヴァンパイアは懐から笛のようなものを取り出し、一息にそれを吹き鳴らした。緊急の合図なのだろう。 「これで、襲撃者の存在は貴種ヴァンパイアの知るところとなったはず……」 けれど、それだけでは不十分だ。九重・美珠(土蜘蛛クノイチ・b23706)は回復を得意としながら、も今は攻撃手の一員として力を奮う。 「鬼ごっこに興じている場合ではありませんよ」 「ああ、一気にカタをつけてやる」 貴種ヴァンパイアに、宴を中止して迎撃せねばならないと決断させるだけの力を。泉美は前衛の動きに合わせて雷弾を射出。意表をついた攻撃は従属種ヴァンパイアの神経を麻痺させ、その動きを止めた。 「今だ!」 「っ!!」 一糸乱れぬ動きで、亮弥とウィルの攻撃が敵を屠る。呪言を託したナイフは脇腹を深々と抉り、絶対零度の吐息は魔氷の猛威を振るう。鷹原・星司(ヤドリギ使い・b05146)の使役するケットシー・ワンダラーの杖先から放たれた衝撃波が止めとなって、従属種ヴァンパイアは呆気なく倒れた。 「観念して下さい」 霞の事を思えば、出来るだけ早くここを突破したい。誠示郎と那由多に足止めを食らっていたもう一人の横合いに回りこみ、星司は手袋に包まれた拳で直接攻撃を加えた。反対側からは美珠の破魔矢が従属種ヴァンパイアのこめかみを掠める。 「ちっ……」 「往生際が悪い」 誠示郎の日本刀は彼の弱点を撃ち、追い詰める。従属種ヴァンパイアとて弱いわけではない。けれどかち合う相性を逆手に取って盾となる那由多を打ち倒すには力が足らず、また高火力の攻撃を惜しげもなく注ぐ亮弥、泉美、忌らの猛攻に耐えられる程の体力も有してはいなかった。 「宴の、終焉の時間だ」 やがて血を吐き、大地に倒れる従属種ヴァンパイアの身体を乗り越えて、能力者達は問題の中庭へと侵入を果たす。 「森よ、どうか私を導いて下さい……」 露と星司が先導となり、彼らの願いを聞き入れた木々はまるで主人を迎え入れるかのようにその道を開けてゆく――。
●鳥の住処―巣― 「おかしいわね……」 貴種ヴァンパイア――名をイゾルデという。小鳥を追い詰めて愉悦に浸っていた彼女の耳に警笛が届いてから、数分。すぐに曲者を捕らえたという報告が成されるかと思ったのだが、一向に部下は現れない。 しかし、彼らが苦戦するほどの相手が果たしてこのような場所を訪れるだろうか。 「今、とてもいいところなのだけれど」 この先は行き止まりだ。 そして、追い詰めた小鳥がそこで震えているのをイゾルデは知っている。この庭を作ったのは彼女の他ならない。どのように逃げようとも、それは所詮イゾルデの手のひらの上だった。 「どう思う、ユリカ?」 中庭の入り口から聞き覚えのない声が聞こえて来たのは、寄り添う少女に意向を尋ねた時の事である。
「霞さん、何処ですか? 助けに来ました!」 「必ず助ける、返事を!」 「助けに来たぞ!」 むせかえる血の匂いも、地獄絵図のような光景も彼らの歩みを緩めたりはしなかった。口々に霞の名を呼べば、泣き声のような悲鳴が奥から発せられる。 「誰? 助けて、助けて……!!」 露と星司は顔を見合わせ、足を早める。 だが、彼女の元へ駆けつける前に妖艶な美女が立ちはだかった。まるで人形のような少女を従えた女は、突然の来訪者を歓迎するかのように笑う。 ――そして、その奥。色づき始めた木々の根元に座り込んだ霞が両耳を塞ぐようにしてすすり泣いていた。 「あら、素敵な方々。あなた達も鬼ごっこに加わりたいの?」 「よく言うぜおばさん。若くて可愛い女の子に嫉妬した結果がこれか?」 イゾルデの問いなど無視して、誠示郎はすぐさま霞を庇うような位置取りを試みる。彼が気を引いている隙に露は霞の元へと駆けた。イゾルデの眉が跳ね上がる。露の護衛に回っていた忌がそれに気づき、彼女を守るように立ち塞がった。 他の面々も霞とイゾルデの間に立ち塞がろうとするが、狭い園内ではそこまでの身動きが取れない。クロスシザースを構えた少女が彼らの行く手を阻んだ。 「ふふ、面白い事を言うお方」 ドレスの裾を翻し、白い生足が露わになる。そこに隠されていたのは小型のレイピアだった。誠示郎の挑発を受けたイゾルデは望むままに手加減無しの攻撃を繰り出そうとする――まずい、と最後方から様子を窺っていた星司が眉をひそめた。 ここで攻撃に転じられたら、霞を巻き込む可能性がある。 「まあまあ、そう気を急かなくともいいだろう」 一瞬即発の気配をまるで無視して、赤音が口を開いた。 イゾルデは片眉を跳ね上げ、その手を止める。 「こんなことはやめてくれないか?」 「それはこちらの台詞よ」 勝手に踏み込んでおいて、要求ばかりを突きつける。理不尽だと機嫌を損ねる貴種ヴァンパイアが作り出した一瞬の隙、それだけで充分だった。 「さあ、こちらへ……」 露は霞の手を握り、安心させるように微笑む。そして一気に離脱を試みた。気づいたイゾルデが蝙蝠の群れを解き放った時には既に、垣根を突っ切った二人の姿は視界から消え失せている。 赤音は平然な顔で成功だなと呟いた。 隣で忌が、濡れた舌で唇をなぞる。 「さぁて、鬼ごっこはもう終わりだよぉ」 「!?」 唐突に突っ込んで来た忌に、イゾルデの反応が遅れた。その隙をついた亮弥の蹴撃が冴え渡り、下弦の軌跡は忌の獣撃拳と共にイゾルデのすべらかな肌を傷つける。間を置かず、泉美の雷弾が宙を疾駆――着弾。一瞬とは言え貴種ヴァンパイアの動きを制する。 主人の危機に、従属種ヴァンパイアの少女がその身を盾として投げ出した。だが、1対10では盾足り得ず。 「俺たちの相手はお前では無い」 「ああ、どきなっ!」 旋剣の構えを発動しながら、誠示郎はイゾルデに狙いをつけた。挑発の間に力を高めていた那由多は構わずダークハンドを疾駆させる。少女は誠示郎の一撃こそ防いだものの、那由多の闇までは食い止める事が出来ない。 美貌を歪ませたイゾルデは蝙蝠を介して体力を回復する。その時、屋敷の方から残る従属種ヴァンパイアが駆けつけた。それぞれチェーンソー剣と棘付き鉄球を提げている。 「イゾルデ様!!」 彼らは主人を救おうと、その傍らへと駆ける。 だが、それは半ば罠だった。 「――さぁ、今だ」 嘯くように軽い亮弥の声が、風に乗る。 刹那、ウィルの手元で寄られた植物の槍と誠示郎が解放する黒燐蟲の群れが、イゾルデを中心に爆ぜた。目をすがめるウィルの金髪を爆風に近い風が薙いで行く。 「なんだか犠牲者のお返しみてえだな」 槍と化した枝葉がヴァンパイアの身体を貫くのを見て、独り言のように呟く。唇を口紅よりも赤い朱に染めた女は恨み言のように告げた。 「意趣返しのつもりなの?」 「さあ? 鬼ごっこにしろ、早贄にしろ……自分達だけでどうぞ」 どれほど従属種ヴァンパイアがイゾルデを守ろうと動いても、能力者達がそれに惑わされる事はない。彼らはただ一点、イゾルデに狙いを絞って攻撃を与え続けた。 「ぎゃははは……!!!」 果たして、狂っているのはどちらなのか――。忌は深紅の薔薇を刻んだチェーンソー剣を思うさま振り回し、血をまき散らす。 「ほぉら、ボサっとしてると、お前さんたちのご主人様がやられちまうよぉ」 「くそ……っ、イゾルデ様を貴様らなどに……!!」 追い詰められればられるほど、挑発は容易く敵の心中をかき乱す。再び見舞われる黒燐弾と森王の槍。 「一網打尽、ってな」 「もうあと一息ですね」 ウィルの背中に、星司が声を掛ける。ケットシー・ワンダラーからの魔力供給を受けた彼は祝福を用い、仲間の援護に務めた。おかげでウィルの魔力は極限まで高められている。誠示郎には美珠が、薙刀を振るって祖霊を降ろす。 「先人の魂よ。かの者に降り立ち、大いなる力と祝福を与え給え」
●鳥の住処―終わりの音色― 二重に強化された森王の槍と黒燐弾の猛威は筆舌し難い。元より力の無い従属種ヴァンパイアには到底耐え切れるものではなかった。 「情けないね」 ワンダラーの踊りに支配されたままくず折れる二人に、泉美はただ一言言い捨てる。 「罪のない人を弄んだ罰です」 忍装束を纏める紐を揺らし、舞を踏む美珠の唇からは噛み締めるような言葉が漏れた。 「……本当に、許せません」 睨み付けるようにイゾルデを見据え、見せるのは声音と裏腹に優雅な舞い。回復技を持たない亮弥へは星司が祝福を紡ぐ。僅かに顎を引いてそれに応え、繰り出す蹴りが百舌鳥と化した女を追い詰める。 「百舌鳥が百舌鳥足りえるのは、自然界の理の中だけだ」 見上げれば、地獄。 一体どれだけの少女が犠牲になったのだろうか。 黄昏に染まる芝生に複雑な影が落ちている。歪な柄の闇はまるで助けを求めているかのようだった。 けれど、そのような光景も赤音の平静さを失わせるには至らない。冷静に、作戦通り。呪髪を操りイゾルデだけを狙い撃つ。 「馬鹿な……」 ありきたりな台詞と共に、イゾルデは両目を見開いた。 徹底的なまでの集中攻撃は貴種ヴァンパイアの想像を絶した。他の敵に振り回される事なく、一つに寄り合わされた力が遂にイゾルデをねじ伏せる。 「……!」 それまで何も叫ばなかった少女が、小さく主人の名を呼んだ。助け起こそうとする彼女の前に忌が身を乗り出す。少女を挟んだ向かいから露が駆け戻って来た。 「紅い悪夢はもう……、終わりにしましょう 」 放たれた茨が、少女の細い体を縛る。 その瞬間、と忌はにやりと極上の笑みを浮かべた。 「そろそろおねむの時間だよぉ」 チェーンソー剣が従属種ヴァンパイアの少女に迫る。回復から攻撃へと転じた星司が、森王の槍を呼び起こした。目が眩むほどの緑の中にあってもその存在感は他を上回る。 イゾルデが倒れると同時に前へ出たウィルが亮弥の隣に並んだ。氷の時が魔氷を誘い、氷雪を散らして蹴撃が穿たれる。 「終わりだよ」 射手を使うまでも無い。美珠の祖霊に癒されながら泉美が放つ雷弾の軌跡は、どこまでも鮮烈だった。 那由多と誠示郎、赤音の刃が交差するように振り下ろされる。 それは即ち、幕引きの合図だった。
(「もう二度と、あの子の路が闇に迷い込みませんように」) 振り返らず、駆け出していった少女の背中を思い出して露は祈る。姉と々名を持つ少女の未来に幸あれと。……間違ってもまた、このような事件に巻き込まれる事のないように。 「無事に逃げられたようですか?」 「ええ。大丈夫です……きっと」 望む答えを得て、美珠はほっと胸を撫で下ろした。 「できることならこの記憶を失い、トラウマなども残らないで欲しいですが……」 「まあ、少しずつ記憶は消え失せるだろう」 起動を解きながら、赤音は星司の呟きに前向きな言葉を返す。 「こんなもんか?」 「ああ、後は任せよう」 外には仲間のヴァンパイアが待機している。一通りの捕縛作業を終えた亮弥は、今だ作業を続けるウィルと泉美を振り返った。 百舌鳥はもう、この地を去る。 ここが鳥の住処であった証拠を消すように、彼らは丁寧に遺体を木から降ろしていった。 「いつか、樹々も緑に戻るといいな」 血に染まった枝葉はいつしか雨に洗い流され、元のような静謐さを取り戻すだろう。 それを願い、祈り。 ――今はもう、主のいない静かの庭を後にする。
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参加者:10人
作成日:2009/09/27
得票数:カッコいい3
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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