「未来の子供たちのために世界の政治指導者が大きな決断をした、と言われるように努力しよう」。国連気候変動サミットで鳩山由紀夫首相の演説に各国首脳から拍手が起きた。日本の首相が国際舞台でこのような存在感を示したことに心が躍った国民は多かったかもしれない。だが、温室効果ガスを「2020年までに90年比で25%削減する」という公約は経済界を中心に慎重論が根強く、国内合意を得るのは容易ではなさそうだ。現実的な政策を積み上げるよりも、高い理想を掲げてトップダウンで施策転換を図る鳩山内閣の手法は、八ッ場(やんば)ダム中止、中小企業向け融資の返済猶予などにも共通している。鳩山演説をどう評価するかは民主党政権の今後を占うことにもなるだろう。
24日の各紙社説は一斉に鳩山演説を取り上げたが、評価は分かれた。日経は「交渉の弾みを保つ一定の役割を果たした」、東京は「新首相の外交デビューは、成功だった」と前向きに評価した。毎日は麻生太郎前首相が6月に表明した中期目標(05年比で15%削減)に比べ、「鳩山首相の意思表明は国際的に存在感を示したといえるだろう。政権交代を印象づける効果は、ねらい通りだったはずだ」とした。
批判的なのは読売と産経だ。「国内的な合意ができていない中、内閣発足直後にこれほど重要な国際公約を一方的に宣言する必要があったのか、疑問である」(読売)、「実現に極めて問題の多い数字を国際公約として約束したことは遺憾としか言いようがない」(産経)と手厳しい。
鳩山首相の公約は05年比に直すと30%削減となり、麻生政権の中期目標はもとより、米国の14%減、欧州連合(EU)の13%減と比べても突出している。これを実現するためには「1世帯当たり年36万円の負担が必要とも試算されている」(産経)という。麻生内閣の試算では、太陽光発電の導入量を現状の55倍に増やし新車販売の9割をエコカーにし、産業界でも工場の二酸化炭素排出量を90年比で2~3割削減しないと実現できないとされた。国内削減分だけで賄おうとすると、製油所から出る二酸化炭素をゼロにしないと達成できないという指摘もある。
これに対し日経は「(麻生内閣の)試算は技術革新に伴う新産業の創造を考慮しておらず、今の産業構造を前提に対策コストを積み上げた結果だとも指摘されてきた。政府が明確な目標を掲げれば、企業は確信をもって関連分野での技術開発や設備への投資を推進できる」「負担の多寡だけの議論は的はずれになる」と正反対の見解を示した。
世界全体の中で日本の排出量は約4%に過ぎず、米国と中国はそれぞれ約20%を占める。米中両国が前向きに取り組まなければ温暖化防止はおぼつかないわけで、鳩山演説が両国にどう影響を与えられるのかも評価の分かれ目になる。オバマ大統領は「風力など再生可能エネルギーを3年以内に倍増する」と演説したが、具体的な削減目標は言明しなかった。胡錦濤国家主席は「20年までに全エネルギーの15%を再生可能エネルギーなど非化石燃料で賄う」「GDPあたり二酸化炭素排出量を20年までに05年レベルよりかなり減らす」と述べたが、先進国の資金援助の必要性も強調した。
朝日は「中国が大量排出国であることを自覚し、一歩を踏み出したとすれば歓迎する」としたが、毎日は「結局のところ、いずれの国も『他の国が責任を果たすなら』という条件付きで、自国の取り組みを表明しているのが実情だ」と指摘した。
また、鳩山演説を称賛するEU各国は、再生可能エネルギー分野での先行投資を進め、域内企業間の排出量取引市場を創設している。主要排出国に削減義務を課す国際合意によって先行投資が実利を生むとの思惑が背景にあるとも指摘される。産経は「『友愛精神』だけでは通用しないのが、国際交渉の現実である」と批判する。
もっとも、日本の削減目標も米中など「すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意」を前提としている。鳩山首相は、途上国への資金援助や先進国の企業が途上国の省エネ技術に直接投資できる仕組みを育てることなどを目指した「鳩山イニシアチブ」を提案した。日経は「『鳩山イニシアチブ』は『全員参加』への足がかりになりうる」と前向きにとらえたが、「イニシアチブの具体的な内容を詰め、早期に各国に示す必要がある」と注文も付けた。
今回の気候変動サミットは、新たな地球温暖化対策の枠組みを決めるポスト京都議定書の交渉期限が12月に迫る中で開かれた。交渉が難航している現状を打開するには強力な政治的リーダーシップの発揮が求められるという点は各紙に共通している。
厳しい現実に軸足を置き、できるだけ損をしないように歩むのか、リスクを背負っても理想を掲げて突き進むのか。慎重になれば今後の排出量取引制度や技術革新で後れを取る恐れもある。理想を追求して喝采(かっさい)を浴びても、米中が付いてこなければ国内経済が大きなダメージを被る可能性もある。いずれにしてもリスクを避けて通ることはできないのだ。
東京は「鳩山公約にはもう一つ、国民へのメッセージが込められた。それが『政治の意思』である」と指摘する。温室効果ガスだけでなく、民主党政権はこれから数々の難題に直面するだろうが、従来の官僚主導の施策では突破できないものに挑んでいる「政治の意思」を国民がどう受け止めるのかも問われているのだろう。【論説委員・野沢和弘】
毎日新聞 2009年9月27日 東京朝刊
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