ここから本文エリア 企画特集3
京都地検検事 大久保健司さん2009年07月31日 弁護人から学んだこと 事件捜査や公判を担当していると、弁護人から学ぶこともあります。私は事件捜査の際、かつての勤務地で担当した否認事件の弁護人だった甲弁護士のことを思い出します。 「甲弁護士がこの事件の弁護人であったら、どのような弁解・反証をするだろうか」と考えるのです。すると、一見問題点がないと思われる事件でも問題点が頭に浮かんでくることがあるのです。 甲弁護士と出会った事件は、客観的な物証はほとんどなく、多数の関係者の目撃供述によって外形的な状況を立証した上、被告人がその外形的状況を認識していたことを証明して犯意を立証するものでした。 ■ □ ■ まず、起訴状と冒頭陳述を読んで概要を把握し、立証の柱となる多数の関係者の検察官調書などを読みました。その時点では、問題点が分かりませんでした。続いて、公判記録を読みました。甲弁護人が起訴状に対する釈明を求めていました。釈明の内容を簡単に言えば、被告人が「Aと認識した」のか、または「Aかもしれないと思った」のかをただすものでした。 この事件は、構成要件上、単に「Aかもしれないと思った」だけでは犯意を認めることができない事件でした。この公判記録を読んで初めて事件の問題点を認識できましたが、その時点では、まだ危機感まではありませんでした。 その上で、証人尋問調書などを読みました。被告人の認識内容を立証する事項について、検察官調書では「Aと認識した」と供述していた検察官請求証人の大半が、甲弁護人の反対尋問では「Aかもしれないと思った」と証言するに至っていました。 公判記録の検討が終わった時、私は被告人が「Aと認識した」ことの立証が不十分であることに気づき、がくぜんとしました。 改めて甲弁護人の弁護活動を見直すと、求釈明と冒頭陳述で争点を設定した時点から、公判の推移と結果まで見通していたのではないかと思いました。また、開示された証拠を詳細に読み込んで検討し、各証人の立場、経歴、目撃状況などを十分踏まえ、関連証人の証言との整合性なども念頭においた上で、効果的な反対尋問をしていたことも改めて分かりました。 私は素直に「すごいな」と思いました。 ■ □ ■ 私が甲弁護士と出会って10年目になる今年の5月21日から、裁判員裁判がスタートしました。裁判員裁判では、争点整理、分かりやすい主張・立証などが求められています。甲弁護人の弁護活動はその意味でも時代を先取りしていたのだなと思っています。
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