2009年9月8日
1本のつまようじがプールを進むように、入江陵介(19)の背泳ぎは進む。身長177センチ、体重62キロ。2メートル前後の選手が戦う世界レベルの大会に登場すると、場違いなほど、華奢(きゃしゃ)で、小さい。
入江の強みは、なんと言っても「世界一美しい」と称されるフォームだ。身体が不必要に上下に揺れず、軸が一本ずっと通っている。額にペットボトルを載せて50メートルを泳ぎ切る。がむしゃらに水しぶきを上げて突き進むという泳ぎではない。抵抗力を極力少なくして「進ましてもらっている」という感じである。
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大阪・天王寺の自宅近くのスイミングスクールに通い始めたのは、幼稚園に入るまえ、3歳ごろ。姉の南緒(なお)(25)と兄の晋平(しんぺい)(22)が行っていたから、が理由で、自分から言い出したわけではない。
久美子(51)は話す。
「手のかからない子でした。あの子に『ダメ』ということを言ったことはないんじゃないでしょうか。水泳スクールにしても、楽しそうでしたが、親が勧めたから通っているという雰囲気で」
入江の背泳ぎと同じく、自己主張せず周囲に溶け込む子どもだった。
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入江に大きな影響を与えたのが、3歳年上の兄晋平だ。バタフライで小学校時代から注目され、大阪府では敵なし。イトマン招待など全国レベルの大会でも何度も優勝している。
その晋平が小学5年生のときに名門イトマンスイミングスクールの「育成選手」に選ばれて、大阪市住之江区の玉出校に通い出した。「じゃ、ついでに、陵介君も来れば」と言われ、小学2年生の陵介も同じ学校に行くことになった。
「陵介は、コネ入社なんです。同じ2年生でも育成選手に選ばれている子は、体格も泳ぎも陵介と格段に違うんです。陵介はいつも、育成選手の最後尾を泳いでいましたよ」
父親の智英(ともひで)(53)も話す。
「最初は、ぜんぜんでした。まぁ、晋平を車で送っていくので、ついでに、陵介も乗せていくという日々でした」
そんな陵介が初めて自分から「背泳ぎをやらせて」とまわりにアピールを始めた。中学に入る直前である。そして、大化けする。
(敬称略、石川雅彦)
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