江戸が明治に変わる。それはいかなる体験だったのか。士農工商が消え、四民平等。それまでの当然が、悉(ことごと)く、そうでなくなる。<あたかも一身にして二生を経るがごとく>とは、三十代で維新を迎えた、かの福沢諭吉の表現(『文明論之概略』)
▼一九四五年、戦争が終わって、平和と民主主義がやってきた。価値観はがらりと転換。その後の時代を、やはり、戦前と戦後の<二生を経る>ような感覚で生きた日本人も多かったに違いない
▼昨日、この国に生じた変革も歴史的である。総選挙で民主党が圧勝、ついに政権交代が実現することになった。元首相ら大物候補も次々落選、自民党は目を覆わんばかりの惨敗である
▼自民時代の“終焉(しゅうえん)”を、維新や敗戦に比すのは大仰としても、それが長かったのは確か。新首相となる鳩山・民主党代表も「日本を大掃除する」と言っており、国民は今後、<二生を経る>ような感覚を味わうことになるのかもしれない
▼それにしても有権者は気前よく民主党に議席を与えた。「二大」を通り越して「一大政党」の気配さえ漂うが、「わが党の実力だ」などと浮かれないでほしい。今回はことに米国のジャーナリスト、フランクリン・アダムスの言がふさわしかろう
▼「選挙に勝つのは主に、誰々がいいからではなく、誰々はいやだからという理由で票を入れてもらった人々である」