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HIMEKAの物語1(小説)
2.苦闘
「AnimeExpo 2002」の優勝後、この頃から彼女は頻繁にアニメイベントに足を運び始めた。
地元カナダ・モントリオールや、アメリカでのアニメイベントで開催されるカラオケコンテストに積極的に出場した。
結果は、優勝まではしかなかったものの、常に最終選考や審査員特別賞など良い成績を残してきた。
日々の仕事、そしてイベントへの出場。肉体的、経済的に相変わらず苦しかったが、夢をまさに両手に抱いて耐え続けた。そのように繰り返すうち、彼女は自分自身の目指すべき方向が、徐々にはっきり見えてきた。
彼女の求めるものは、もっともっと大きな方向へ、、、日本。彼女の最後に行き着いた答えーそれが日本だった。
”日本で歌手になる”。彼女の人生と想いは、その一点だけに集中していった。
2006年以降、彼女はもうアニメイベントへ参加しなくなっていた。この年は、「Anime Expo 2006」で準優勝した年だが、このイベント以降、彼女の姿はもうなかった。
そして彼女は引越しをする。彼女の親友が長期不在になるということで、契約の元、その家に滞在することとなった。
家賃が安く、出来るだけ早くお金を貯めて日本へ行くために、贅沢を言うことは出来なかったし、どんな犠牲にも耐えることが出来た。さらに、昼間の仕事に加え、夜アルバイトも始めた。
この頃から彼女は、Inter-netを通しての活動へと形を変えていった。時間も経済的余裕もまったくない。だがInter-netでは、多くの同じような夢を持った若者達が全世界にいた。そこで自分の歌をネットで披露し、自己の評価や力量を知ることが出来た。同じような夢を志す友達も増えた。
だが他方、彼女の心の中には常に葛藤、心の迷いが存在していた。
「自分の追っている夢は、果たし現実的なのか?」毎日彼女を襲う、孤独の葛藤。肉体的には疲れているはずなのに、苦悩で夜も眠れない。深夜の街を歩いて気分を紛らわそうと歩いても、次々に襲ってくる迷い。
今まで日本へ行こうと思ったことは何度かあった。だがその度に、この思いは非現実過ぎると頭の中で理解させていた。だが今は、そうやって自分をごまかし、時間だけ無駄に過ぎて現在に至ってしまったという後悔の念のほうが強かった。そして時間的な焦りもあった。
2007年、ワーキングホリデー制度を友人から知り、いよいよ彼女の夢は現実味を帯びてきた。
まだまだ不足していたが、ある程度の貯金も出来た。「後1年もすれば日本へ行く事が出来る」と、現実的に考えられるようになった。しかし、、、時間が迫れば迫るほど、彼女の苦悩もまた増大していった。
経済的、物質的苦しみよりも、この精神的な苦悩は、最後まで彼女を苦しめていたようだ。
「まだ急がなくていい、、、」まるで悪魔のささやきのように、常に頭の中をよぎる。だが以前のように、もう後悔はしたくない。
そんな葛藤の日々の中、決断を迫る出来事は以外にも外部から起きた。それは、様々な事情で、彼女が現在住んでいる家を出なければならなくなった事だ。彼女は最後の決断に迫られる。別にアパートを借りて、またゆっくり将来を考えるか、それとも日本行きを決断するか、、、
彼女はとうとう日本行きを決意する。その動機は、もちろん「日本で歌手になりたい」とう夢を実現させる為だが、完全に理解、納得して決定を下したわけではなかった。心の整理は未だに出来ていなかった。むしろ「もうこの夢を先延ばしにして、後悔はしたくない!」という思いのほうが強かったのかもしれない。
家族の諸事情は万人誰でも持っている。彼女もまた例外ではない。
あまり意思疎通のない父親に事情を話し、別れの挨拶を済ませると、
アパートを整え、不要なものを売り払い、彼女に残された全財産は数個のバッグのみとなった。
ここまで来て、未だに迷っている彼女の心。その心を引きずったまま、彼女はモントリオール空港へと向かった、、、