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なぜ記者はバカになるか
この数日、色々な所で色々な人から「記者って何であんなバカな質問ばかりするのですか」と聞かれた。鳩山内閣が誕生した16日の深夜、新閣僚の初の記者会見がテレビで生中継されたが、それを見ていた人達がそうした感想を抱いたのである。普段は記者会見など見ない人もあの日だけは見たらしい。すると何より記者の質問のバカらしさに気付いたのである。前に「頭が悪くないと新聞やテレビの記者にはなれない」とコラムに書いた私は、「だから新聞やテレビの報道を信ずる方がおかしいのです。新聞やテレビを見ないようにして、潰れる寸前まで行かせないと、彼らはまともにはなれないのです」と答える事にしている。
戦後の日本は「ものづくり」に力を入れ、自動車や家電を中心に製品を輸出して外国から金を稼いだ。その構造で日本は経済成長し、賃金を増やし、生活水準を押し上げてきた。では稼ぎ頭である製造業労働者が賃金で優遇されたかと言えばそうではない。熾烈な国際競争を勝ち抜くためにはコストを抑える必要があり、製造業労働者の賃金は相対的に低かった。
では誰が高い給与を得ていたか。高度成長の時代には「銀行とマスコミ」が高給取りであった。だから学生の就職希望では銀行とマスコミが人気の的だった。なぜ「銀行とマスコミ」の給料が高いのか。それは「護送船団」と呼ばれ、政府が新規参入を認めずに特別に保護する競争のない寡占体制の業界だったからである。
政府が新規参入を押さえてくれるから製造業のように血のにじむ競争はない。そのくせ「社会の公器」と呼ばれ、世間からは一目置かれる特権的な地位を保ってきた。しかし特権階級は必ず腐敗する。銀行はバブル期に利益追求に狂奔し、暴力団に食い物にされて巨額の不良債権を発生させた。政府は後始末をするため国民の税金を投入して再建と再編を図った。銀行はもはや従業員に高給を支給出来ない。
残ったのはマスコミである。こちらも利益追求に狂奔し、部数至上主義と視聴率至上主義で報道内容の劣化を招いた。しかし銀行とは違い破綻の淵の一歩手前で未だに高給を払い続けている。銀行業界が破綻した時、「大蔵省に手取り足取り指導されてきたため銀行員はバカばかりです」と言った人がいたが、新聞とテレビも同様である。記者クラブ制度を維持して新規参入を阻止する以外に自分で生き延びる術を知らない。
当たり前の話だが、高給の記者が真面目に仕事をするはずはない。嫌われても他人と競争をし、リスクを犯して真相に迫るより、右を見て左を見て、みんなと同じ事をした方がずっと楽だ。世間が羨ましがる地位と収入を捨ててまで危険な事はしたくない。何よりも記者はサラリーマンなのである。
20年ほど前にある政治家がこう言った。「俺が話をした後、記者達はみんなで輪になって話の内容を付き合わせる。同じ記事を書くためだろう。昔はそんな事はなかった。一体最近の記者はどうなっているんだ」。しかしその政治家は腹の中で記者をバカにしながら、その方が都合が良いと思っている。
記者は「誰かがこう言った、ああ言った」と書き連ねるのが報道だと思っている。しかし世の中に本当の事を言う人間はいない。都合の悪い事は控えめに、都合の良い事は大声で言う。政治家ならなおさらだ。政治は毎日が戦いの連続である。地元にも党内にも国会にも敵がいる。それらの敵に勝たない限り、自らの理想は実現できない。
そして戦いの武器は情報である。敵に不利な情報を流し、自分に有利になるよう情報を操作する。それは当然の話である。だから悪意はなくとも政治の世界は嘘だらけである。記者の仕事は嘘から真相を読み解く事だが、新聞にもテレビにも、読み解いた報道にお目にかかった事がない。誰かの話を鵜呑みにして政治解説が作られている。
権力は常に世論を意識する。だから報道機関を世論操作の道具と考える。思い通りの情報を流す報道機関は有り難い。しかし権力の言いなりになっている事が見破られては意味がない。だから論説委員、テレビ司会者、コメンテーターはバカな方が良い。言いたいように権力を批判させながら権力の思い通りに操作する。バカは最後までその操作に気がつかない。「年金未納問題」も「居酒屋タクシー」も権力がリークして、それにバカな報道が乗せら、未だにそれに気づいていない。
「この世に正しい報道などあるはずがない」と私は思うが、この国には「正しい報道をすべきだ」と考える国民が多い。独裁国家ならいざ知らず、アメリカやイギリスなど普通の民主主義国家で新聞やテレビを頭から信じ込む国民はいない。ところが日本人は新聞やテレビを信じたがる。外国と何が違うのかを考えるとNHKの存在に行き着く。
この放送局は日頃から「不偏不党で公正中立の報道」を宣伝している。養老孟司氏が「バカの壁」で喝破したように、この世に「不偏不党で公正中立の報道」などない。しかし日本人はそれを信じ込まされている。NHKがそう宣伝するのは国民全員から受信料を徴収するためだが、それによって国民はこの世に「不偏不党で公正中立な報道」があると信じている。
NHKの予算は国会で承認されないと執行できない。つまりNHKにとって国会は株主総会である。企業が大株主の意向に逆らえないのと同様にNHKは国会で多数を握る与党の意向に逆らえない。逆らったら予算の執行を止められる可能性がある。だからこれまでNHKは自民党の意向を汲みながら、決して戦わないよう報道に配慮してきた。そこがイギリスのBBCと異なる。
BBCは王室から放送免許を与えられ、政治の介入は排除されている。だからしばしば政府と真っ向対立する。その姿勢でBBCは国民から支持されてきた。これとは逆にNHKは政治に監督されている。しかし権力の言いなりだと思われては受信料不払いが起こる。そこで「不偏不党と公正中立」という「嘘」を国民に刷り込み、政府と対立する問題はなるべく取り上げないようにしてきた。災害報道やスポーツに力が入るのはそのためである。こうして日本国民に「報道は正しい」という幻想が植え付けられた。
その幻想で新聞とテレビは国民から一目置かれてきたが、自民党長期政権が官僚機構に依存して切磋琢磨を忘れ、気がつけば組織の力を失っていたように、新聞とテレビも官僚の庇護の下、特権的地位に甘んじてきたため、バカな質問しか出来なくなった。それが国民の目にも明らかになった。
もはや新聞やテレビを目にしなくても困ることは全くない。むしろ目にすると判断を誤る事が多く有害である。実社会から得る教訓を政治と重ねてみる方が政治を正しく読み解く事が出来る。記者達には自民党と同様に再生の努力をして貰うしかない。一番良いのは競争に身を晒すことだ。記者クラブ以外の人間と質問を競い合うようになれば、バカな質問は出てこなくなる。そうしないと銀行と同様の破綻が待っている。
田中良紹
(ジャーナリスト)
1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同年(株)東京放送(TBS)入社。 ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。 1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。「国会探検」のほかの記事を見る
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