ハリウッドを呑み込む日本映画:桐山秀樹(ジャーナリスト)(3)
東宝が生んだ「勝利の方程式」
東宝は、邦画10億円以上の作品の8割近くを占め、日本の映画界で「独り勝ち状態」を続けている。日本映画全体が好調なのではなく、洋画がそれ以上に振るわない。そしてもう1つ、東宝という企業のみが好調なのだ。なぜ東宝は興行成績を上げることができたのか。市川氏はいう。
「映画会社には、製作と配給、興行の3分野がありますが、東宝はかつての製作中心の映画会社から、全国の映画館に映画を売る配給中心の会社に変わっていったんです」
それでは、実際の映画はどこがつくっているのか。それが製作委員会方式と呼ばれる製作システムだ。アニメや映画などのエンターテインメント作品の製作にあたっては、多額の費用とリスクを必要とする。そこで、主導権をもつ幹事会社が複数の会社に対して出資を募り、リスクを分散する。一方で、利益が出た場合は出資比率に応じて分配する。
製作委員会方式を採るのは、リスク回避だけではない。1つの作品がヒットした場合、そのテレビ放映、劇場上映、海外展開、ネット配信、ビデオ・関連書籍の出版、キャラクター版権等が発生する。出資した企業は、この独占使用権を得られることになるからだ。
「90年代は、リスク分散のため、3〜5社に製作費を小口分散する例が多かった。製作委員会方式になってから、自社がもっているメディアをフル活用して、製作した映画を宣伝する。その分、劇場公開時にはヒットする確率が高まる」と市川氏。
大手テレビ局をはじめ、広告代理店、出版社、新聞社、ラジオ、インターネットなど、媒体をもっている企業が製作委員会方式で映画を製作するようになった。東宝では今年の上映ラインアップ34本中、全作品がこの製作委員会方式による製作だ。その製作委員会方式による配給で手堅い収入を上げ、収益が安定したら、映画人の底力を見せる傑作を年1、2本製作する。これが東宝の生み出した映画製作の「勝利の方程式」だ。
昨今の不況で、テレビ局への出稿は減り、その空いた枠を使って、テレビ局製作の映画CMを流す。実際にヒットすると、広告よりも効率的に元が取れる。また、映画製作はテレビ局の製作スタッフの活用にもつながり一石二鳥ともなる。
ちなみに冒頭の『ハゲタカ』は、企画がNHKエンタープライズで、製作プロダクションが東宝映画となっている。
一方で、日本の映画産業はその収益の上に立ち、その「勝利の方程式」をあえてかいくぐって、松竹が製作したような脚本本位の『おくりびと』のような映画を製作する意地と度胸もまだ残っている。そして、個人的にもリスク承知で、製作を引き受けるプロたちがいる。こうした人材の豊富さと、業界の奥の深さが、日本の映画産業の元気の源だろう。
このほかに、大ヒットした『フラガール』に代表されるように、作品単位で「シネマ信託」と呼ばれる映画ファンドを立ち上げる製作方式もある。だが、投資環境が冷え込んだうえに、ファンドを立ち上げてまで投資するいい作品には恵まれず、安定した結果は残せないでいる。
長らく斜陽産業とされた日本映画は、こうしてメディアの多様化のなか、製作委員会方式によるリスク分散で逆に存在意義を見つけ、確実な収益の道を切り開いた。さらに、テレビ、DVD、携帯電話等、映像メディアが街に溢れ返っているなかで、映画は映像、音、言葉が「三位一体」となった完成度の高い「メッセージ力」を最大の武器として生き残るようになった。
この鋭い感覚が、消費者と同じ等身大で、時代を察知し、皮膚感覚で時代のもつメッセージを捉えている。その結果、映画は大ヒットし、次々と意欲的な作品が生み出される。日本映画は長い長い低迷期のあと、こうした好循環を現在も続けているのだ。
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2009年10月号のポイント
民主党政権誕生。「日本をこう甦らせて欲しい」と、一言述べたい人も多いだろう。そこで、緊急特集「民主党にこれだけは言いたい!」と題し、李登輝氏、竹中平蔵氏、花岡信昭氏など9人の論客に日本国民の気持ちを代弁して提言いただいた。日本再生へ思いを民主党に託す、力のこもった意見の数々を是非お読みください。
その他、ビル・エモット氏の中国論(力作50枚)、大前研一氏の日本経済展望など、注目論文満載です。
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