ハリウッドを呑み込む日本映画:桐山秀樹(ジャーナリスト)(2)
『踊る大捜査線』が転換期
日本映画のもつパワーを世界に知らしめたのは、今年2月22日、米国アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した『おくりびと』だった。
「僕は『おくりびと』で初めて映画の世界で仕事をしましたが、日本映画の場合、ハリウッド映画などとは製作費や宣伝費などのお金の掛け方のスケールが違いすぎますから、比較にならない。どんなにいい映画をつくっても、製作資金が回収できるかどうか分からない。そんなギリギリのところでつくっているんだなと思いました」と、脚本を担当した放送作家の小山薫堂氏はいう。
「ただ、映画の素晴らしいところは、その送り手と観客の気持ちが一致するとヒットする、というところだと思うんです。派手なだけで、なぜヒットしたのか分からない。そうした映画が多いなかで、派手さはないけど面白くて、いい映画。『おくりびと』というのは、そんな映画だと思うんです」
小山氏がもう1つ、『おくりびと』成功の理由として挙げたのは、映画のロケ地となった山形県庄内地方の人々の、映画づくりに対する純粋な思いと風土、そしてここで営まれている生活の美しさである。
「鶴岡の郊外にある湯田川温泉などは、藤沢周平さんの『蝉しぐれ』のロケ地となったところですから、経験もあり、やりやすかったのかもしれない。でも、それだけでは計算できない、現地の人々の生活のなかにあるピュアなものが感じられて、とても印象的でした」と小山氏。
小山氏が驚いたのは、映画完成後、庄内の小学生が修学旅行の旅先で、自分たちの故郷を舞台にした映画ができたからぜひ見てください、とパンフレットを配って歩いたことだった。
「この映画で自分たちが生まれた庄内に誇りをもつことができ、生と死を身近に学ぶことができた。『おくりびと』は子供たちにとって素晴らしい教材だ、と29歳の小学校の先生がわざわざ手紙を書いてきてくれたのです。お金が儲かる、儲からないではなく、映画をつくってよかったという心が共鳴して、より大きな力になっていくんです」
まさに映画という「総合芸術」の力だ。
映画『おくりびと』は、冠婚葬祭会社に就職した富山在住の青木新門氏が自らの体験を綴った『納棺夫日記』を読んだ主演の本木雅弘氏が、映画化の構想を温め、ようやく実現させた作品である。
「最初、本木さんとお目に掛かって話を聞いたのは、5年くらい前のことでしたかね。直感的に面白いなと思いました。ただし、これを映画にするなら単館程度。つまり、他に誰の力も借りず、自分1人でやる映画になるだろうと思っていました」と『おくりびと』製作プロデューサーであるセディックインターナショナルの中沢敏明代表取締役は振り返る。
「出来上がった小山薫堂さんの脚本を読んだら、現地でのインタビューの1字1字が見事に収まった素晴らしいものでした。よし、これならもう少し大きな規模でやろう、という決心をしたのです」
中沢氏がつくりたい映画とは、一言でいえば「大人の映画」だという。
「僕自身、テレビ局に乗る器じゃないし、皆がやりたくないこと、手を触れたことがないもの、そういうものに触れられる『大人の映画』をつくっていきたいですね。現代の映画製作は、テレビドラマの劇場版が強烈な興行収入を上げ、CGを使った特殊効果撮影のオンパレード。映画の質そのものは下がっている。そこに僕は、あえて『大人の映画』の視点を持ち込みたいと思っています」
いま日本映画の「底力」となるのは、大きな製作リスクを負うことを恐れず、1人の力でもそれを実現しようという、中沢氏のような敏腕プロデューサーが存在していることだろう。
日本映画が元気といっても、たしかに中沢氏が指摘するように、昨年1年間に大きな興行収入を上げた顔触れを見ると、『崖の上のポニョ』『ポケットモンスター』等の人気のテレビアニメや、『花より男子』『相棒』などの人気テレビドラマの劇場版が上位を独占している。邦画で10億円以上の作品の興行収入を集計すると約850億3000万円。これに対し、一時期邦画を完全に圧倒していた洋画は、過去のヒット作のPart2、3といった続編物も多く、10億円以上の作品の興行収入合計は559億3000万円と、邦画が大きく差をつけている。すなわち邦高洋低。これは30年ぶりの現象である。
なぜ、こうした現象が生まれたのか。東宝株式会社映画調整部の市川南部長はこう語る。
「要因は3つある。1つは映画館市場の変化、つまりインフラの整備が進んだこと。具体的にいえば、シネコン(シネマ・コンプレックス)の全国浸透です。1993年に神奈川県の海老名にあるワーナー・マイカルから始まったシネコンが、15年で1700スクリーンから3400スクリーンに倍増しました。とくに郊外型のシネコンが増えて、家の近くにあって、家庭の主婦でも簡単に利用できるようになったのです」
かつて映画館といえば、繁華街の中心にあった。ところが、現在の映画館、シネコンは、郊外の住宅地のショッピングセンターにあり、平日の買い物帰りにも、週末に家族連れででも気軽に利用できるようになった。
その分、テレビドラマやアニメのように、家族揃って見て楽しめる作品が人気を集めている。映画の質ではなく、人々が映画館に求める内容が変わったのだ。
第2に、やはり邦画自体の内容が面白くなっている、と市川氏は指摘する。
「現在のハリウッド映画は、大作の続編が多く、ブラッド・ピットやジョニー・デップというハリウッドスターが中高年に差し掛かっています。かつてのハリソン・フォードのような若くて新しいスターが生まれず、マンネリに陥っています。逆に、日本のテレビドラマは、近年巨額のお金を掛けてつくられていますから、世界一面白いといっても過言ではない。ドラマ性のある演出も見事で、もう一度、大きな映画館で見たいと思うようになっていると思いますね」
最近では日本映画をハリウッドがリメイクする例も増えた。公開中の『HACHI』(ラッセ・ハルストレム監督、リチャード・ギア主演)は、渋谷駅で飼い主の上野英三郎教授亡きあと、10年間待ちつづけた忠犬ハチ公の物語の米国リメイク版。松竹も製作に協力し、日本配給を決めた。また、高倉健主演の『幸福の黄色いハンカチ』も来年、舞台を夕張からニューオーリンズに変え、『イエロー・ハンカチーフ』として公開される。
これらのハリウッド映画化は、たんにアイデアをアメリカ流にするのではなく、日本の現代文化を忠実に再現した「日本文化」への興味「クールジャパン」がその底流にある。その点でいえば、日本はアニメのみならず一般映画も、世界的にみるとコンテンツの宝庫なのである。
第3は、映画館を訪れる客層が低年齢化しているということだ。
「日本映画をより若い人が見にくるようになりました。映画は産業でもあり芸術でもあります。日本では従来、作家主義の映画が優れているという見方が強かったのです。ところが、98年の『踊る大捜査線』のヒットあたりから顧客本位の企画が次々に生まれるようになってきました。こうして、近年では若者たちは、邦画、洋画という区別なく映画を選ぶようになってきたのです」(市川氏)
音楽の分野でも、すでに洋楽よりJ‐POPというジャンルが主流になっている。市川氏は、アニメの大作がヒットしはじめた2006年ごろがその境界ではないかと指摘する。こうした日本人の映画趣向の変化にいち早く対応したのが、東宝だった。
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2009年10月号のポイント
民主党政権誕生。「日本をこう甦らせて欲しい」と、一言述べたい人も多いだろう。そこで、緊急特集「民主党にこれだけは言いたい!」と題し、李登輝氏、竹中平蔵氏、花岡信昭氏など9人の論客に日本国民の気持ちを代弁して提言いただいた。日本再生へ思いを民主党に託す、力のこもった意見の数々を是非お読みください。
その他、ビル・エモット氏の中国論(力作50枚)、大前研一氏の日本経済展望など、注目論文満載です。
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