ハリウッドを呑み込む日本映画:桐山秀樹(ジャーナリスト)(1)
世界金融危機をリアルに描く
多くの産業、業種で閉塞感が強く漂うなか、日本映画がいま、元気である。
6月上旬、東京・六本木の六本木ヒルズ。リーマン・ショック以降、多くの金融、IT企業が去ったこの超高層ビルで、敷地内のある一画だけは、平日の午後という時間にもかかわらず、思ったより人が溢れていた。最新のシネマコンプレックス・スタイルで、好きな上映作品を選んで見られる「TOHOシネマズ六本木ヒルズ」である。
この日、TOHOシネマズ六本木ヒルズには、洋画の『ターミネーター4』『スター・トレック』『天使と悪魔』という強力ヒット作品に交ざって、企業買収という斬新なテーマを扱った日本映画の話題作『ハゲタカ』が上映されていた。
「ファンドによる企業買収」という硬いテーマにもかかわらず、館内は7分の入り。平日の昼間という状況を考えると、興行的にはかなり健闘しているといっていいだろう。男女は、ほぼ半々。若いカップル客に交ざって、ビジネスマンやビジネスウーマンの1人客も目についた。
作品は前評判どおり、厚みと深みのあるスタイリッシュな映像で、冒頭からグイグイ押していく。ライバルの赤いハゲタカが刺されて死ぬラストシーンまで、一気にドラマが展開する骨太な作品だ。三和銀行、金谷ホテル、東ハト、足利銀行、カネボウ、花王、キヤノンをモデルにしたと思われる設定もあり、あらかじめ経済知識を入れておくと、さらに深みが出るという筋立てだった。
従来の日本映画にありがちだった下手なお色気シーンもなく、外国人俳優も含めて、背広服の男たちがきわめて美しく描かれていた。しかも、ターンアラウンド・マネジャー(企業再生家)やバルクセール、マネジメント・バイアウト等、経済の専門用語も豊富に登場し、現代の経済状況を再考するうえでもたいへん参考になる、まさに「大人の映画」だった。
こうした「骨太な映画」を、市場原理のきわめて厳しい街の映画館に堂々と登場させるとは、なるほど、日本映画はいま元気だ、と実感させられた。
この『ハゲタカ』はどのようにして映画化されたのか。製作した東宝映画企画部の遠藤学チーフプロデューサーはいう。
「『ハゲタカ』のドラマ自体は最初、2007年2〜3月に土曜ドラマとして放送され、視聴者のリクエストにより同年8月、12月に再放送されたのですが、その際、私は一視聴者として見ていました。真山仁さんの原作も読んで面白いなと思っていたのですが、ドラマを見たとき、これまでにない衝撃を受けました」
いままでに見たことのない経済ストーリー。これを映画のテーマとしたのは、これからわれわれ日本人はどう生きていくべきか、日本人は変わることができるのか、あるいはもう変わることはできないのか。遠藤氏ら製作サイドが狙ったのが、そうした「現代の日本人論」だった。
ところが、映画の準備を進めていた2008年9月、時代背景そのものが大きく変わった。米サブプライムローン破綻に端を発した昨年末のリーマン・ショック以降の「100年に1度の世界不況」である。リーマン・ブラザーズに代表される外資系金融関係者は、牙城であった六本木ヒルズから次々と姿を消し、単純なファンド脅威論も成り立たなくなった。通常なら、映画づくりを根底から覆さなくてはならない状況だったが、遠藤氏らは、この世界的な経済パラダイムの大転換を、むしろ「好機」と捉えた。
「サブプライムローン問題が起こり、100年に1度の経済危機が始まった。ならば、経済危機そのものを取り込んだ世界で初めての映画にしよう。リアルタイムに起こっている金融危機を、映画という虚構のドラマのなかでどこまでドキュメンタリー的に追求して描けるか。絶えず動く現実とドラマとのせめぎ合いをギリギリまでやってみようと考えたのです」
『ハゲタカ』全編に漂う現実感覚を表現するのに大きな効果があったのは、日本橋の日銀本店に隣接して建つホテル「マンダリンオリエンタル東京」でのロケだった。通常、ホテルでの一般撮影は、他の顧客のプライバシーに抵触するため厳しく制限されているが、今回はマンダリンオリエンタル東京側の協力で、長期にわたる館内ロケが実現した。
「製作される『ハゲタカ』が、企業買収・金融危機という、いま最もホットなテーマを取り上げ、現在の日本経済に正面から向き合った社会派映画であること。また、映画のもつ世界観、クオリティ、監督をはじめスタッフの方々のリアリティを追求するプロフェッショナリズムに賛同し、ホテルとしてこの作品の製作に全面協力いたしました」と同ホテルの早川千恵コミュニケーションズ部長。
マンダリンオリエンタル東京は、日本銀行を見下ろすロケーションにあるため、現実に世界の金融関係者、銀行の頭取クラスが滞在し、居も構える超高級ホテルだ。経済のグローバル化にともない、日本国内にもハイエンド・ハイクラスの人々が集う場所が現実に存在している。それを映画に直接収めたことにより、セット撮影では絶対不可能な、インターナショナルな雰囲気が画面に生まれた。
映画上では、記者会見場その他で、実際に働くホテルマンがそのまま登場した。サービスの仕方、受け答え1つとっても、「本物」のもつ力は大きかった。外資系ホテルでの異例の長期ロケで「本物」がもつ迫力が生まれ、世界同時不況、労働争議といった題材にも緊迫感が伴った。その結果、現実と映画とのあいだに「地続き感」が生まれ、多くの観客が足を運ぶようになった。こうした日本映画がタイムリーに製作されたこと自体、日本映画が元気な「証拠」だろう。
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2009年10月号のポイント
民主党政権誕生。「日本をこう甦らせて欲しい」と、一言述べたい人も多いだろう。そこで、緊急特集「民主党にこれだけは言いたい!」と題し、李登輝氏、竹中平蔵氏、花岡信昭氏など9人の論客に日本国民の気持ちを代弁して提言いただいた。日本再生へ思いを民主党に託す、力のこもった意見の数々を是非お読みください。
その他、ビル・エモット氏の中国論(力作50枚)、大前研一氏の日本経済展望など、注目論文満載です。
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