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犬を殺さないドイツの常識

AERA9月 1日(火) 12時55分配信 / 海外 - 海外総合
──日本の常識はやはり非常識だった。「私たちは1匹も殺さない」と
動物保護施設の職員はいう。そこに気負いはない。
それがドイツでは当たり前のことなのだ。──

 ベルリン市中心部から車で約20分、住宅街に隣接して突然、緑あふれる空間が現れる。
「静かな環境、たっぷりの採光、そして十分な遊び場」
 それがここの売り。
 サッカーコート約30面分もの敷地内に人工の池を配し、管理が行き届いた芝生を敷き詰め、外観を白系に統一された建物が余裕を持って並んでいる。
 人間が住む高級マンションの話ではない。ここは動物保護施設「ティアハイム・ベルリン」。元は1901年に設立された施設だが、2001年に約50億円かけて建て替えられた。

■恵まれた施設・スタッフ

 犬たちは庭付きの個室で思い思いに過ごしている。明るい日差しの下で昼寝をしている犬もいれば、屋内でエサを食べている犬もいる。床暖房が完備されているから、厳しいベルリンの冬でもこごえることはない。
 順番に数匹ずつ、直径約50メートルの円形ドッグランに出してもらえる。ほかの犬との追いかけっこを楽しみ、おもちゃで遊び回る。ここでの暮らしに退屈することはないし、運動不足とも無縁だ。約100人のスタッフが世話にあたり、病気やケガをしたら十数人いる獣医師がすぐ治療する。かみ癖やほえ癖があればしつけも施される。
 そんな日々を送りながら、新たな飼い主がやってくるのを、犬たちは待つ。期限はない。
「犬を見に行こうか」
 犬を飼いたいと思うドイツ人がそう考え、まず目指すのがここティアハイムだ。取材で訪れた5月中旬の日曜日も、多くの来訪者が犬を見て回っていた。
「いつも眠そうにしている。この犬は性格がよさそうだ」
「このくらいの大きさなら家でも飼うことができる」
 家族で意見を交わしながら、1匹ずつ檻ごしに見ていく。
 日本のペットショップで目にする、子犬を抱えた子どもが「かわいい!」と歓声をあげるような場面には出くわさない。捨てられた成犬を、家族として迎え入れることが可能か、あくまで冷静に検討する場なのだ。
 希望の犬を決めたら管理棟内にある受付に行き、質問票に記入する。現在の住居が賃貸か持ち家かなど飼育環境を明らかにし、労働時間や家族構成、過去の動物飼育歴などを詳細に答える必要がある。その犬の年齢や健康状態に応じて保護期間中にかかった経費の一部を支払い、ようやく受け取ることができる。1、2カ月後には、ティアハイム職員によるアポ無し訪問検査も行われる。

■高い個人や企業の意識

 こうして平日は3匹程度、週末には8匹程度の犬が新たな飼い主と出会い、施設を後にする。年間の譲渡数は約2000匹、収容した犬の実に98%がもらわれていく。広報担当のエバマリ・ケーニッヒさんはいう。
「私たちは1匹も動物を殺しません。病気で亡くなってしまう残念なケースもありますが、たとえ新たな飼い主がみつからないような犬でも、提携している終生飼育施設に譲渡して最後まで面倒を見ます」
 一連の取り組みはすべて「ドイツ動物保護協会」によって行われている。運営には年間約8億円かかるが、ほとんどが寄付でまかなわれている。行政ではなく民間の動物愛護団体によって、これだけの体制ができあがっているのだ。施設があるベルリン市リヒテンベルク区のクリスティーネ・エメリッヒ区長はいう。
「動物を守ることに対して、国や自治体からの資金援助はほとんど必要ありません。各個人や企業の意識が高いからです。日本では年間約10万匹の犬が捨てられ、ほとんどが行政によって殺処分されているそうですが、先進国として考えられない行為です。動物を殺すのは悪いことだという、基本的な啓蒙が必要ですね」
 ドイツ各地には、規模の大小こそあれベルリンと同じようなティアハイムが約500あり、相互に連携して犬の譲渡に努めている。国を挙げて動物を守る、まさに犬にとって天国のような環境がドイツにはあるのだ。
「犬の保護に関する規則(Tierschutz-Hundeverordnung)」
 ドイツの動物保護法のもとには、そんな規則がある。
 散歩をしなければいけない、長時間の留守番をさせてはならない、屋外で飼う場合は小屋の床に断熱材を使用しなければいけない、檻で飼うなら1匹あたり最低6平方メートルの広さを確保しなければならない──。飼い主が守らなければいけない事項がきめ細かく定められているのだ(下のチャート参照)。

■流行犬の大量生産せず

 違反すれば数百万円から数十万円の罰金が科される。著しい虐待が認められれば、二度と動物と接することができなくなることもある。ペット法制に詳しい帯広畜産大の吉田眞澄特任教授(法律学)はこう指摘する。
「ドイツでは、かつては使役犬として、いまは精神的に貢献してくれるペットとして、犬は人と身近に暮らしてきたということがよく理解されています。それにふさわしい、犬がストレスなく適正に生活できる環境は飼い主が用意すべきものであるという考え方が、当然のように浸透しているのです」
 こうした法制度はペットショップにも適用される。
 だからドイツでは、ショップの店頭に子犬が並ぶことは基本的にない。日本のように店頭で数十匹の犬を販売しようと思えば、毎日すべての犬の散歩をし、長時間の留守番を避けるために店員が毎晩泊まり込み、さらには決められた広さの檻を用意するための広大な土地が必要になる……。コストがかかり、ビジネスとして成立しないのだ。
 ブリーダーも例外にはならない。そのためドイツでは、流行にあわせて子犬を大量生産するいわゆる「ペットミル」は見られない。販売する際には、飼い主の飼育状況をよく確認するのも常識だ。フランクフルト近郊でダルメシアンのブリーダーをしている男性はいう。

■ドイツに比べ日本は

「この犬種を愛しているからやっている。買いに来た人が2部屋しかないようなアパートに住んでいたら、さようなら。仕事で昼間4時間いないという人にも、すぐ帰ってもらった」
 ドイツには「犬税」もある。地方自治体によって税額は異なるが、都市部では犬1匹につき年1万〜2万円が相場。自治体によっては2匹目からは年2万〜4万円を課すところもある。
 元は犬を飼うことが貴族のステータスシンボルだった時代に贅沢税として徴収されていたものが、地方税としていまも残っているのだ。この犬税は法制度とともに、安易に犬を飼うことへの抑止力になっていると、吉田特任教授は指摘する。
「ドイツでは、なまじの気持ちでは犬を飼うことができません。社会全体が犬を飼うことについて成熟しているのです」
 ドイツに比べて、日本は犬にとって地獄、かもしれない。
 全国各地の地方自治体に持ち込まれた捨て犬9万8556匹(07年度)が殺されている実態について、本誌では2度取り上げた。衝動買いを促すペットショップは取り締まられることなく営業を続け、そこで安易に子犬を買い、安易な理由で犬を捨てる飼い主は後を絶たない。
 日本でも、企業や団体などによる捨て犬引取事業ともいえるものが行われるようになっている。だが、ドイツのティアハイムとはほど遠い現実がある。
 北海道・新千歳空港から車で40分ほど。北広島市内に入って側道を折れ、しばらく行くと砂利道になる。すると、プレハブ小屋がいくつか見えてくる。かつてそこに「ワンちゃんの里親ホーム」と称する、捨て犬引き取り施設があった。
「これ以上悲しいわんこが増えないように(中略)共に暮らせなくなった愛犬を引き取る(中略)民間施設ができた」
 そんな広告が08年初夏、札幌市を中心に配られるフリーペーパーなどに載るようになった。

■百匹の犬を3人で世話

 犬種や年齢、血統書の有無によって金額は異なるが、ある程度の引取料金を犬を手放す飼い主から集めていた。さらに、それらの犬がほしいという新たな飼い主からも2万円程度を取る、というビジネスモデル。
 09年春先には約100匹の犬がこの施設で目撃されているが、この時点で崩壊の兆しがあった。世話にあたるのは経営者の妻と2人の従業員だけだったと見られ、小型犬は積み上げられたケージのなかに入れっぱなし、大型犬はプレハブのなかに詰め込まれていたようだ。
 3月、地元の動物愛護団体が問題視し、この施設に立ち入った。メンバーらが目撃したのは、多数の死骸だった。ケージのなかで凍りついたゴールデンレトリバー、カラスに食べられた形跡のあるチワワ、あばらの浮き出たフレンチブルドッグ……。約20匹を火葬したという。
 犬たちが生活していた犬舎には糞が約10センチも堆積していて、片付けるとその下からエサ皿が出てきた。生きていた犬たちはポメラニアンやシュナウザー、ダックスフントなど小型犬を中心に約80匹。多くが手足や毛に糞がからみつき、やせ細った状態だった。動物愛護団体メンバーらがシャンプーをし、エサを与え、いまはすべてが新たな飼い主の手に渡った。
 事情をよく知る札幌市内のペットショップ経営者はいう。
「犬を集めることで稼ぐビジネスモデルであり、数多く集めることに集中しすぎた結果だ。ビジネスとしては無理があった」
 北海道の「事件」より少し前から、JR宇都宮駅からほど近い住宅街でも、似たようなことが起きていた。
 05年5月、宇都宮市内に住む男性がNPO法人「動物愛護福祉協会」を立ち上げ、自宅と見られる平屋に捨て犬を引き取る事業を始めた。
「ペットを家庭の事情で手放す方、私たちが最後まで面倒を見ます」「犬・猫を殺せば(中略)それにふさわしい報いがあると思います。殺す前に私どもにご相談下さい」
 地元紙の情報欄やタウンページなどにそんな広告を載せ、捨て犬を募った。引き取る際には、必要経費や引取手数料などとして飼い主から1匹につき1万〜3万円を取っていたという。
 だが飼い主らとのトラブルがすぐに浮上する。このNPOに犬や猫を引き取ってもらった一部の飼い主が、事情が変わったので返してもらったところ、わずか数日なのに糞尿まみれになっていたり、やせ細っていたりするケースが相次いだ。

■犬税導入を検討すべし

 周辺住民との軋轢も生じた。住民らは、例えば07年8月、屋外にいる犬たちが熱せられたコンクリートに足をつけていることができず、常に四肢を上下している様子を目撃した。動物の死骸引取業者の車が男性宅に乗り付け、男性が犬を投げ込んでいる姿も繰り返し確認した。あたりには悪臭が満ち、悲鳴のような犬の鳴き声で住民たちの眠れない日々が続いた。
 08年12月には「負傷した迷子犬を発見した」などという理由で、2度にわたり計8匹の犬を男性が宇都宮市保健所に持ち込んだことも確認されている。同じ月には市議会でも取り上げられ、問題が顕在化した。
 そして今年3月までに、男性は自宅にいた成犬5匹、子犬11匹、猫6匹のすべてを市保健所に引き渡し、活動を停止した。こうしたなかで、年間の引取手数料収入は120万円から150万円に上っていたと見られる。飼い主らに提示された手数料の額から類推すれば年間50、60匹の引き取りがあった計算になるが、最終的に男性宅にいた犬猫はわずか20匹あまり。ほかの犬や猫たちがどこにいったのか、まだわかっていない。
 ドイツのような、民間による「殺さない保護施設」の発展は望めないのか。
 ペット販売チェーン「ペッツファースト」は07年、飼えなくなった犬を引き取る事業を栃木県日光市内の約10万平方メートルの敷地で始めた。獣医師がおりドッグランも備えている。ただ、飼い主の負担は高額だ。終生預かりだと150万〜380万円にのぼり、預かってもらいながら次の飼い主を探すプログラムでも最低15万円かかる。正宗伸麻社長はこう話す。
「私たちには、販売した犬が捨てられるケースまで想定する責任があると思う。ただボランティアでは続けられない。有料にして収益が上がるようにしなければ、多くの命は救えません」
 前出の吉田特任教授はいう。
「寄付に関する税制と国民意識を変えれば日本でも、動物愛護の分野に適切なボランティア・ビジネスが成立するはずだ。犬税を目的税として導入することも真剣に検討すべきです」
(9月7日号)
  • 最終更新:9月 1日(火) 12時55分
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