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産経「下野宣言」とメディアの行方

AERA9月22日(火) 12時52分配信 / 国内 - 政治
──気持ちはよくわかる。ついつい出てしまった「本音」。
歴史的な政権交代は、メディアの側にも変化をもたらすのか。──

〈産経新聞が初めて下野〉
〈民主党さんの思うとおりにはさせないぜ〉
 産経新聞社社会部の選挙取材チームがネット上に設けている記者の投稿サイト「ツイッター」にこんな記者の書き込みがされたのは、記録上は投開票日当日の8月30日のことである。

■現場冷ややか

「ツイッター」は140字以内の短文を投稿し合うサイト。産経は選挙報道現場の臨場感や記者の思いを読者に伝えるために選挙期間のみ実験的に開設した。
 書き込み時間は午後1時34分。各種出口調査などで民主党圧勝による政権交代が確実な情勢と見当がつき始めたころで、「保守・正論路線」の代表メディアの記者として、つい本音も出たのだろうが、ネット上で物議を醸し、「炎上」した。
 産経側は翌日未明、同じツイッターの中で、〈軽率な発言で反省しています〉〈産経新聞は保守系の「正論路線」を基調とする新聞です。発言は、新政権を担う民主党に対し、これまで自民党政権に対してもそうであったように、社会部として是々非々の立場でのぞみたいという意思表示のつもりでした〉
 と謝罪・釈明し、ネット上の書き込みに十分注意するよう社内通達も出たらしいが、関係者によると、
「問題はつぶやいた記者より、つぶやくように仕向けた幹部なんじゃないかと現場は冷めていますよ」
 確かに、この姿勢はすでに選挙告示以降の紙面から表れていた。1面にある見出しだけ見ても、反民主色が日に日に強まっている。
〈民主『連立』ズレあらわ〉(8月18日)
〈『嫌悪』と『危うさ』の狭間で〉(8月19日)
〈この国はどう変わるのか 薄気味悪い風〉(8月30日)
 開票翌日には〈あえて言う『消えるな!自民』〉と題した政治部長の署名入りコラムで、「民主党がつまずく可能性はかなり高い、と私は思う」と断言した。
 産経に取材を申し込むと、「国益重視の判断基準に是々非々の姿勢で社論を展開している」(広報部)という答えが返ってきたが、元論説副委員長の花岡信昭氏は社内の様子をこう推し量る。

■一度は勝ったと…

「論壇では朝日新聞の『論座』が消え、田母神ブームが起き、保守論壇が勝ったと思っていたところにこの結果。動揺はしているんじゃないかな。一時の自民党にのめりこみ過ぎて時代が何を望んでいるかまで思いが及んでいないのでしょうが」
 その例として花岡氏が挙げたのが31日朝刊1面の政治部長名のコラム。麻生元首相が終戦記念日に靖国参拝しなかったことを自民敗因の一つに挙げた。根拠は不明なのだが、
「背景には、産経ならではの忘れられない『成功体験』があるんですよ」(花岡氏)
 その成功体験とは小泉政権に行き着く。小泉元首相は総裁選で、「靖国公式参拝」を公約し、実際に政権獲得後も、中国などの反発にもめげず、参拝を続けた。これが地方の保守層を引き付け、小泉劇場を5年余りのロングランに仕立てたという解釈であり、また、それが部数で苦戦が続く産経にとって、マーケティング戦略でもあったという。

■焦点は「核密約」後

 保守寄りと見られている、という点では、読売新聞も選挙中から民主党に手厳しい論調が目立った。
〈日本の安全 守れますか〉(8月21日)
〈経済成長の道筋示して〉(8月22日)
 などと各部長の署名記事で注文。投票日前日には、特別編集委員の署名入りで、〈『醒めた目』で吟味を〉という見出し。読売の考えは、トップの渡辺恒雄氏インタビュー(22ページ)を読んでいただくとして、政権交代に対する大手紙の姿勢は個別のテーマ別に社説を読むと、確かににじみ出てくる。
 例えば、鳩山由紀夫氏の温室効果ガス「90年比25%削減」表明を、毎日、朝日、日経の社説は評価、産経、読売では懸念。3党連立については、産経、読売が日米同盟維持に不安を示し、朝日と毎日は連立によるバランス感覚に期待を表明している。
 作家の佐藤優氏はすでに見える論調の小さな差異から、国論を二分する争点が生まれることを期待している。それが肥大化した民主党の暴走を抑えるチェック機能にもなるからだ。
「政権発足から100日経つころには論調の違いがより鮮明になるでしょう。私は核密約問題に注目しています。民主党は端から国論一致は得られると踏んでいますが、おそらく一致しているのは、そういう大事なことを、『密約』として国民に隠し続けていた点。核持ち込みそのものについては、『安全保障上やむなし』という見方も、あってしかるべき。そうでないと、『総与党体制』になってしまう。こうした争点を紙面で鮮明にできるかが、新聞にとって長期的に信頼性や生き残り策を考える上でも重要になる」
 一方、テレビは自民党政権でメディアを巧みに使いこなす小泉流の恩恵も受けてきた。特に首相がテレビカメラに向かって報道陣の質問に定期的に答える「ぶら下がり取材」を小泉氏が1日1回から2回に増やしたことが大きい。直接国民に語りかける手法として積極採用したぶら下がりは、小泉劇場をも演出し、「ワイドショー政治」を生み出した。
 しかし、政権交代でその形も変化を迫られることになりそうだ。民主党はぶら下がりを1回に減らすよう内閣記者会に申し入れた。小泉以降の政権では失言や発言のブレが連日報じられることにもつながり、対応に苦慮してきたからだ。
 新政権では事務次官会見や官僚による事前レクチャーも廃止する方向を打ち出し、より「政治」主導の情報公開を進めようとしている。
『大統領とメディア』の著者で学習院女子大教授の石澤靖治氏は、こうした流れがテレビ作りに与える影響をオバマ大統領と米国テレビ局の関係を引き合いに出して解説する。
「テレビ局は大統領主催のイベントやパフォーマンスを毎日期待して、追いかけるようになる。そういう『プライムタイム・プレジデンシー』と呼ばれる相互依存関係では、リベラル系だろうと保守系だろうと、テレビ局は思想的な切り口を強めたところで視聴率に反映されにくい。それをいかにドラマチックに演出するかで競い合います」

■ネットは期待外れ

 数々の政治討論番組で司会を務めてきた評論家の田原総一朗氏も危惧する。
「すでに出演交渉は自民党より民主党のほうが難しい。ますます支持率や小沢一郎さんの顔色を気にして、都合が悪ければテレビには出て来なくなるということも増える。そうなると取材報道の域に達していないテレビニュースはより楽な方向に流れるでしょう。視聴者が付いてくるかは疑問ですが」
 ネットはどうか。民主党の「ネット重視」もあってか、ヤフーでは選挙特集ページの閲覧数は07年の参院選の1・7倍に達したがヤフー・ニュース責任者の川邊健太郎氏は既存メディアとの「共存共栄」を強調する。
「コンテンツ作成や信頼性は既存メディアにかないません。ポータルサイトは配信に特化すべきで報道参入は考えていません」
 ただ、ネットで活動するジャーナリストは心待ちにしていたかもしれない。民主党は2002年から党幹部の記者会見をフリーの記者やネットメディアにも門戸を開いてきたからだ。
 ネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」の神保哲生氏は7月に民主党がマニフェストを発表した席で「記者会見オープン化」方針を確認すると、鳩山氏は答えた。
「マニフェストに入れるまでもない」
 しかし、神保氏が選挙後に党本部や官邸に何度問い合わせても返事がない。ようやく政権発足前日の15日に出席できないことを知らされた。神保氏は言う。
「フリーが同じ土俵に立って記者会見が真剣勝負の場になれば、既存メディアもゲリラ戦を強いられる。官邸と既存メディアの利害が一致したのでしょう」
編集部 常井健一
(9月28日号)
  • 最終更新:9月22日(火) 12時52分
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