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NIKKEI NET

社説 新政権はまっとうな成長戦略を描け(9/23)

 新政権は「生活支援」を掲げ、閣僚たちが具体的な政策に言及し始めている。失業が増え、賃金も下がる一方、社会保障制度への不安が高まるなかで、国民の期待は大きい。

 しかし経済を持続的に成長させなければ、子ども手当などの生活支援策も長続きはしない。財政の健全化や高齢化に伴う問題の解決、安全保障のためにも経済の拡大は必要だ。民主党のマニフェスト(政権公約)では成長のための戦略が明確でなかった。政権の最初の仕事として、まっとうな成長戦略を示してほしい。

競争力の強化こそカギ

 企業が世界中で競い合う今日、経済成長には国際競争力の向上が何より重要だ。その競争力で日本は今年、世界の8位(世界経済フォーラム調査)と前年より1つ順位を上げたものの、1位のスイス以下、米国、シンガポールなどに及ばない。

 その内容をみると「技術革新力」「生産工程の先進性」など民間絡みの項目では日本が世界一の座を保った。だが「政府規制の負担」では22位、「教育制度の質」は31位、「農業政策経費」は128位、国内総生産に対する公的債務比率は132位と政府が絡む分野で遅れが目立つ。

 規制や教育・農業政策の見直し、財政健全化がこの国の長期的な競争力強化に欠かせないことを示す。

 新政権は月2万6千円の子ども手当支給や高速道路の段階的な無料化などによって内需主導型の成長を目指すという。経済効果の低い歳出を削って家計にゆとりを与えれば、景気を温められるかもしれない。

 とはいえ財政資金(税収)は経済活動の結果であり、財政支出で経済成長を続けるというのは順序が逆ではないか。やはり競争力の強化が経済を成長させるための本道だ。

 民主党の公約のなかでも、補強しまとまった政策にすれば強力な成長戦略となりうるものがある。例えば温暖化ガスの大幅な削減。それが経済成長の大きな足かせになると考えるのは早計だ。米中など主要排出国を巻き込んだ厳しい削減目標で合意できれば、優れた環境技術を持つ日本企業は有利になる。そのためにも排出量取引制度の具体的な設計や原子力政策を含め、大幅な削減をどう実現するかの道筋を描くべきだ。

 藤井裕久財務相は公約通り中小企業の法人税率を18%から11%に下げるという。国際的にみて高い大手企業への法人税実効税率も下げれば、競争力はさらに高まる。

 子ども手当は長い目でみると子どもの数を増やすのに役立つ。手当だけでなく保育所の充実を含む働く女性への広範な支援策を出せれば、立派な長期の成長戦略だ。

 あと50年ほどで人口が3千万人以上減り、高齢化も進む。働き手の減少を多少とも緩やかなものにすることが成長を続けるために重要だ。

 その意味では少子化対策と並行して、外国人の労働者をより幅広く受け入れるための体制作りも急ぐ必要がある。民主党は党内の作業部会が日系外国人らの労働環境の改善などを提言したが、外国人労働者の大幅な受け入れにはなお慎重だ。

 看護、介護、農業など日本の若者が就きたがらない仕事にも外国人が関心を示してくれるよう、外国人を今より厚く遇する制度や施策を早く決めて始めなければならない。

 世界市場での競争を勝ち抜くためには関税を互いに下げる自由貿易協定(FTA)を含む経済連携協定(EPA)の拡大が欠かせない。民主党が掲げる農家の戸別所得補償制度が農業の生産性向上にどの程度、効果があるかは読めないものの、その政策をもとに農業者を説得して内容の濃いFTAの輪を広げることができるなら、前進となる。

しがらみのなさは強み

 これらの政策を実施するうえでの新政権の強みは、特定業界や官僚とのしがらみのなさであろう。自民党政権の下で族議員と官僚や業界が固く結びついていた農業、医療、教育、保育といった分野は、強い規制などが企業の新規参入を阻み、効率も低いままだ。政治主導の政権運営によってこれらの分野での改革を進めることができれば、新しい収益機会も生まれて、潜在的な成長力を高めるはずである。

 ただし民主党内に今でもいる族議員が勢力を増したり、特定業界との関係を強めたりすれば自民党政権と同じ姿になる。それを防ぐために強い自制が求められる。

 新政権の司令塔となる国家戦略室はこうした問題を含め、幅広くかつ長期的な成長戦略を作ってほしい。同時に、社会や経済の混乱を防ぎ成長の基盤を固めるには、行き詰まりつつある年金・医療制度の改革や財政の健全化も進めたい。

 民主党は来年夏の参院選までは有権者に厳しいことを言いにくいという見方がある。だが激しいグローバル競争は改革を待ってはくれない。責任ある成長戦略を求めたい。