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オバマ政権のグリーン・ニューディール政策

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いま米社会が本当に必要としているのは短絡的な景気刺激策ではなく意識改革
〜Mindset Reformation〜

就任後の経済政策第1弾として、省エネ対策により250万人のグリーン雇用創出構想を打ち出したオバマ政権の環境エネルギー政策に注目が集まる。グリーン・ニューディール政策は、バブル景気をもたらしたブッシュ政権の住宅政策やクリントン政権のIT政策とどう違うのか、そして、どんな"CHANGE"をもたらすのか――。

バラク・オバマ氏とヒラリー・クリントン氏

大統領選でのバラク・オバマ氏。


オバマ政権誕生に高まる期待
どうなる?景気回復と地球環境保護

米国初の黒人大統領として、いよいよ第44代バラク・オバマ大統領が誕生する。大統領選で幾度となくメディアから聞こえてきたメッセージ「Yes, we can. Change we need.」は世界の人々の耳に焼きついた。米国の支持者だけでなく、世界中の人々が就任演説に注目している。 注目は、雇用創出と環境・エネルギー政策を結びつけた「グリーン・ニューディール政策」だ。再生可能エネルギーへの1500億ドルの投資(10年間)や500万人のグリーン雇用の創出を公約に掲げ、昨年末には経済チームによる公共施設の省エネ化に伴う250万人の雇用創出策を打ち出した。
オバマのグリーン雇用戦略

バラク・オバマ氏とヒラリー・クリントン氏

米ワシントンD.C.にあるホワイトハウス。これからはホワイトハウスのHP(http://www.whitehouse.gov/)でオバマ氏の演説を聞くことができる。


前任のブッシュ大統領は就任早々京都議定書からの離脱を宣言し、地球温暖化を否定してきた。政権中枢に軍産複合体の利益を代表するラムズフェルド氏やチェイニー氏を迎え、自らも石油産業の利益を代表するブッシュ大統領とは正反対の政策をオバマ新政権の政策に、世界中の期待が集まっている。

最大の温室効果ガス排出国のアメリカが、本当に変わろうとしている。中国やインドもアメリカの京都議定書からの離脱を言い訳にできなくなる。世界は温室効果ガスの削減にわれわれは歴史的な大変革を経験しようとしているのではないか――。

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ジョージ・W・ブッシュ氏(中央)と閣僚たち
第43代米大統領のジョージ・W・ブッシュ氏(中央)と閣僚たち


グリーン・ニューディールは新たなバブル政策なのか

国内の製造業が空洞化し、慢性的貿易赤字体質の米経済は実態経済主導の経済成長は不可能、したがって米経済の回復には新たな"バブル"が必要なのではないか。だとすれば、オバマ大統領が打ち出したグリーン・ニューディールも新たなバブル政策に過ぎないとは考えられないか。とはいえ、地球温暖化防止に貢献する省エネや再生可能エネルギーによるバブルなら、歓迎すべきかもしれない。

バラク・オバマ氏とヒラリー・クリントン氏

第42代米大統領のビル・クリントン氏


ところが、環境政策に詳しい米ジャーナリストのスティーブ・クック氏からはまったく違う答えが返ってきた。
「米国民はバブルには辟易している。クリントン政権とブッシュ政権の4期16年間の経験で、バブルを引き起こす経済政策は誤りだと考える国民は増えている。政治家は支持率を上げるためにマジックのような景気刺激策を打ち出すのが仕事だと考えているが、国民はもっと地に足のついた経済政策を求めている」

不倫で弾劾裁判を受けたクリントン前大統領は、政治生命を絶たれることはなかった。ブッシュ大統領はテロに対する戦いと称し、国連決議を無視してイラクに武力侵攻したが2期8年大統領をつとめた。クリントンはITバブルで好景気をもたらし、ブッシュ大統領は住宅バブルで好景気をもたらしたからだ。アメリカは「景気さえよければすべてよし」の国、だから国民は次期大統領にも新しいバブルのアイデアを求めているに違いないという先入観をもっていたため、スティーブ・クック氏の言葉に少なからず驚きを覚えた。

実体経済が空洞化し、金融市場が肥大化した米経済にとってバブルは"生命線"であるかのように見えるが、実は米国民の多くは、本質的に異なる別の何か〜CHANGE〜を求めているようだ。

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250万人のグリーン雇用創出は"焼け石に水"

では、「グリーン・ニューディール政策」は、本質的な変化をもたらすことができるのだろうか。就任を前にしてオバマ氏の経済チームが打ち出した250万人のグリーン雇用はその第一弾として、世界の期待に応えるものになるのか――。

「250万人のグリーン雇用は、1.5億人の労働人口を抱える巨大なアメリカの労働市場にとっては"焼け石に水"といわざるをえない」と、ブルース・ストークス氏の答えはけっして楽観的なものではない。同氏は、オバマ大統領の環境政策ブレーンの1人で、環境政策提言を行ってきた米有力シンクタンクを創設したジャーナリストだ。

同氏のいうとおり、2008年の下半期、アメリカの失業率は5.5%(2008年6月)から7.2%(同12月)へと1.7%上昇した。ちょうど250万人あまりの労働人口が職を失ったことになる。同時に、過去40年間でアメリカの人口は1億人増加している。アメリカでは毎年250万人の人口が増えているということだ。

アメリカがいかに膨大な雇用を必要としているか、それを考えれば、確かに250万人の雇用創出は世界のメディアが書き立てるほどのものではない。

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目先の景気刺激策だけにとらわれれば本質を見失う

ストークス氏は、オバマ氏が掲げた公約の本当の意味は「数字だけで評価されるべきものではない」という。事実、オバマ氏が大統領選への出馬を決めたときから、1500億円の投資と500万人のグリーン雇用の創出を掲げてきた。この公約はマスメディアやインターネット、そしてオバマ氏自身の遊説活動によって、繰り返しアメリカ国民のもとに届けられた。

1970年代から省エネに取組み、1990年代から京都議定書の温室効果ガス6%削減を耳に焼き付けられてきた日本人には理解しがたい面があるが、アメリカ国民のなかには、オバマ氏を通じて初めて地球温暖化対策に目覚めた人もいるかもしれないのだ。その意味で、オバマ氏はすでにアメリカに「CHANGE」を巻き起こしていることになる。ブッシュ政権と180℃異なる方向性を打ち出したこと、それ自体に重要な意味があるということだ。



省エネの先にある思想・哲学とは

1人当たりのエネルギー消費量を比較すると、日本人はアメリカ人の半分、つまりそれだけエネルギー効率がいいということだ。アメリカのエネルギー効率を日本並みにするだけで、世界のCO2排出量の12%を削減できる。日本と同じエネルギー・システムにするだけでアメリカは簡単に50%ものCO2削減ができるのだ。

省エネは、石炭、石油、天然ガス、再生可能エネルギーに次ぐ"第5のエネルギー"という人もいる。このことを知識として知ってはいても、高効率なエネルギー社会の基礎となる"省エネ"の意味を深く考えたことのある日本人は少ないのではないだろうか。

省エネの意味は、単に使用するエネルギーの量を減らすだけに止まらない。社会変革をもたらすようなスケールのイノベーションも、もとを正せば生きていくのに必要な基本的欲求に始まっていることが多い。膨大な資金と最新の研究設備がイノベーションを生むとは限らない。むしろ、のっぴきならない必要性があって開発されたものこそ、説得力をもって社会に受入れられていく。

1970年代、日本の産業界は生産活動においてエネルギー効率を高めること、恒常的に高め続けることが生き残るために不可欠だと認識した。だから、本気で省エネに取組んだ。
「もっと少ないエネルギー資源で、同じだけのものをつくれないだろうか」
「明日はもっといいものをもっと速くつくろう」
「もっと効率のいい方法はないか」
「もっとムダをなくすにはどうしたらいいか」
「もっといいアイデアはないか・・・」

イノベーションが生まれる現場を精査していくと、日々のささやかな改善のなかにその萌芽を見出すことができる。生産活動においては、構成メンバーがこのマインドセットを共有しているかいないかで生産性に大きな差が出る。

こうした"カイゼン"の好循環を組織的に行っているのがトヨタ自動車だ。いまやトヨタ生産方式を取り入れる企業が国内外で増え続けている。トヨタ自動車が世界に広めるべきなのは、「ハイブリッドカーをつくる技術ではなく、カイゼン活動である」といわれるが、これはけっして誇張ではない。

資源の枯渇に直面する世界は、イノベーションを必要としているが、それは少数の天才によって創造されるものではない。省エネに始まる"カイゼン"のマインドセット(習慣的な心のあり方・ものごとに臨む態度)をインストールされた組織や社会によって生まれるものではないだろうか。

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特集「目標引き上げ・削減量表示へ動く リサイクルで実現するCO2 削減」
特別企画「改正法で対策強化が急務 実践手法に学ぶビルの省エネ」


同2008年4月号
特集「隠れた廃棄物を丸見えにするトヨタ式カイゼン・MFC会計」

2007年8月号
大特集「省エネ」



「死の谷」を越え、「ダーウィンの海」を越え

研究開発のレベルでいえば、現在社会が直面している資源エネルギー問題を解決するテクノロジーはすでに多数ある。地球温暖化対策に取組む日本やそのほかの国々にとっての課題はそれをどのように実用化させるかだ。

バラク・オバマ氏とヒラリー・クリントン氏

2004年に製作された8輪駆動の電気自動車「エリーカ(Eliica)」


研究開発と実用化とのあいだには「死の谷」があり、99%のテクノロジーは資金不足で死の谷を越えることができないといわれる。たとえ死の谷を越えられたとしても、その先には「ダーウィンの海」が待ち受けている。新しいテクノロジーは、ダーウィンの海で"市場競争における淘汰の波"にさらされるのである。
「カネと技術があっても『死の谷』と『ダーウィンの海』を越えることはできない」と「エリーカ」の開発者、清水浩慶応義塾大学教授の氏はいう。エリーカは時速370kmで走る夢の電気自動車だ。2004年にエリーカが完成し、いま、ようやく電気自動車(EV)が一般道を走る時代が始まろうとしている。EVの未来は前途洋洋として見えるが、EVが本当にダーウィンの海を越えられるかどうかは、「政治」と「民意」にかかっている。

政治には補助金や優遇税制などによる政策誘導の役割が求められる。一方、政治家は国民の支持を得られなければ、そうした政策誘導もままならないだろう。また、どんなにCO2削減に貢献できるといっても、多くのユーザーのライフスタイルや趣味嗜好に合わなければ、EVは"好事家のおもちゃ"で終わってしまい、地球温暖化防止の役割を果たすことはできない。

だからこそ、オバマ大統領の"CHANGE"が引き起こす意識改革が重要な意味をもつ。

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巻頭特集「EV導入宣言企業続々!」

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取材協力

スティーブ・クック氏
BNA(The Bureau of National Affairs, Inc.)記者。BNAは1929年創立、本社:ヴァージニア州アーリントンの最大規模の独立系報道・情報サービス会社。法律や会計に明るく専門性の高いレポーターを擁し、企業法とビジネス、福利厚生、労働法、環境、健康管理、安全、人材活用、知的財産権、訴訟、税務といった幅広い分野をカバーする。政財界の専門職に購読されている。
http://www.bna.com

ブルース・ストークス氏
ナショナル・ジャーナル誌の国際経済コラムニスト。環境エネルギーに関する政策提言を行ってきた米有力シンクタンクの創設者。ドイツのマーシャル基金のジャーナリズム・フェロー。50カ国、4万8000人が加盟する国際化や近代化、民主化と外交政策、世界におけるアメリカの役割に関する価値観や態度の変化・変容に関する調査機関、ピュー調査センターの主任研究員もつとめる。公共ラジオ放送のマーケット情報番組のレギュラー・コメンテーター。1996年から2002年まで環大西洋政策ネットワークの米国における報告者、外交評議会のシニア・フェローを歴任。共著に『日米経済関係の再構築』、編著に『対アジア貿易における米欧協力―パートナーであると同時に競争者として』などがある。
http://www.eviangroup.org/resources/bio.php?uid=1782

武田修三郎氏
有限会社武田アンド・アソシエイツ代表取締役。現在、日本産学フォーラム事務局長(1992年創立以来)。また早稲田大学総長室参与および早稲田大学大学院公共経営研究科教授、日米戦略アドバイザリーのシニアアドバイザー、世界学長会議(IAUP)理事等を兼務。慶応義塾大学工学部計測工学、同大学修士課程卒業、米国オハイオ州立大学理学部博士号(Ph.D.)取得後、米国ノースカロライナ大学化学部フェローを経て、1975年から2005年3月まで東海大学工学部教授。その間、東京大学生産技術研究所研究員、 米国コーネル大学客員教授(平和研究所)、ジョージワシントン大学(ワシントンDC)客員教授(国際関係学科)などのほか、米国外交評議会エネルギー・セキュリテイーグループ(ミドルイースト・フォーラム)カウンセラーのほか、政府審議会、総合エネルギー調査会等のメンバーなどを歴任。著書に『心を研ぐフロニーモスたち―イノベーションを導く人』(宣伝会議)、『デミングの組織論―「関係知」時代の幕開け』(東洋経済新報社)などがある。

清水 浩氏(慶応義塾大学教授)
コメントは2008年12月に行われた日印エネルギー・フォーラムでのもの。
1947年、宮城県生まれ。国立環境研究所(旧国立公害研究所)を経て、1997年より慶応義塾大学に所属。25年にわたる電気自動車の研究開発で、7台の試作車開発。2004年エリーカ(Eliica)の実現で世界的に著名に。現在、Eliicaプロジェクト技術統括リーダーとして開発チームを率い、市販に向けて研究を進めている。
http://japan.discovery.com/we/we003/index.html



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