第4話「ポジティブは現実逃避の裏返し」
二人は最上階近くまで来た。あともう2、3階登れば屋上に着くだろう。だが、双葉の表情が崩れることは今のところない。幽霊を見ずとも夜中の廃病院を歩くだけで普通なら多少の恐怖を抱くはずなのに。全く、どんな神経しているのか。そう考えているとポンと肩に何かが触れる。銀時は驚きのあまりその場で立ち止まるが双葉は気付かないのか先に行ってしまう。
恐怖で声が出ない。かといってこのままというわけにもいかず、恐る恐る振り向いた。 すると身体の中身を半分むき出しにした人体模型が銀時の眼前に立っていた。 「ん?」 突然の出来事にさすがの双葉も避け切れない。 結果、押し倒す形になったのだがその勢いは止まらず、双葉の目の前に銀時の顔が迫る。 互いの唇が重なろうとしたその瞬間―唐突に双葉の脳裏にあの記憶が浮上する。 抑圧している『獣』を誘うため迫ってきた高杉。 そして今目の前に迫る兄がその姿と重なる。 高杉が万事屋に現れたあの夜から昔の事をよく思い出すようになった。 突然脳裏に過去の光景が浮かび上がり強制的にそれを見てしまう。まるで頭に無理矢理突き刺された様な感覚だ。だが思い出すのは戦場を駆け抜けていた記憶。そう、殺す事を誰よりも楽しんでいた記憶が蘇る。 でも、それは根っこが生え頭に巻きついてもうとれない。無理に抜いたら大切なモノまで消えてしまう。 そんな気がして消す事もできない。 ―高杉の言葉を聞いただけでこんな風になるのはおかしい。 ―それだけじゃない。そうそれだけじゃ…。 そして何事もなかったかのように双葉は先に進もうとしたが、銀時に肩を掴まれ止められた。
「何があったんだよ」
「そりゃ……」 銀時が駆けつけた時、双葉は高杉の策略で飲まされた薬でしびれて動けなくなっていた。 助けるために高杉から渡された解毒薬を飲ませるためだったとはいえ― 「なぁ、兄者いつまで続ける気だ?」 それにこの態度からすると深入れしない方がいい。これ以上空気が淀むのも嫌なので素直に妹の質問に応えることにした。
「決まってんだろ。オメェのビビり顔見るまでだ」
依頼はどうなった、と双葉は思ったが面倒なのでツッコまなかった。
「ま、私はずっとココにいようと別に構わないが」
「……双葉、ホントに怖くねェのか?」
この廃病院に次々と起きた怪現象に双葉がビビった様子は少しもない。
仮に本物の幽霊が目の前に現れてもこの妹には通用しないかもしれない。さっきのチャッキーがそうだ。 思えば双葉が幽霊に怖がっている所を見たことがない。祭りのお化け屋敷や肝試しは見るのも嫌だったし、 そのせいで双葉と一緒に入ることはなかった。
「別に。幽霊なんて所詮は人の《戯言(たわごと)》だ。
私は見えないモノより目に見えるモノの方がよっぽど恐ろしい」 「見えるモン?」 「あえていうなら『人』か。人が同じ人間を殺すコト。それに快感を持ち喜ぶ奴が一番恐ろしい」 「それって…」
銀時は知っている。
闘いの最中で目覚めた感情と感覚。 血の味を誰よりも悦び、殺しを楽しんでいた仲間を。 それは今後ろにいる―
「フギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
何か言いかけた言葉は突然悲鳴へ変わった。
双葉は銀時が驚愕している方向を懐中電灯で照らすと、病室の片隅にあるベットの上にカナヅチを手にした血まみれの少女が立っていた。
【タスケテ…クルシイ…コロス…】
「これ、これ、コレェ!」
震える身体で血まみれの少女を指差し訴えるが双葉の表情は何一つ変わっていない。
「カナヅチか。確かに硬度は高いが簡単に避けられるぞ」
そのズレた発言にブチリと音を立て銀時の額に図太い血管が浮かび上がった。
「お前さァ、どんだけポジティブ?!ポジティブで現実逃避すんなァァ!!」
「やはり兄者はどうかしている」 「どうかしてんのはお前だァァァァ!オメェもオメェだ。なんだよ突っ立ってるだけかよ。 『♪ピーヒャラピーヒャラ』って踊るとか歌うとかしろよ!」
怒鳴りながら銀時は血まみれの少女にズンズン迫っていく。
怒りの余り怖がることも忘れてしまっているらしい。
“ピシ”
「!」
微かに小さな音が響いたのを双葉は逃さなかった。同時に床の至る所、そして銀時の足元からも亀裂が入る。それが何か即座に理解し双葉は反射的に叫んだ。
「兄じゃ止まれ!」
「うるっせー…おわっ!!」
亀裂は瞬く間に広がり部屋を揺るがすほどの轟音を立て銀時の足元は崩壊した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
=つづく=
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可愛い兄妹ですね〜
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2009/8/30(日) 午前 11:24