舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

愛しい彼女

今日は久々にSSを一本投下します。
ちょっと軽めの変わったSSかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

それではどうぞ。


「はあ・・・」
何度目かわからないため息をつく。
「買っちゃった・・・」
俺は目の前に広がった衣装を前に複雑な思いを抱く。
「はあ・・・」
着てくれるわけないよなぁ・・・
またしてもため息をつく。

目の前には両手両脚を広げた豹がいた。
いや、違う。
正確には豹柄の全身タイツだ。
ナイロンでできたすべすべの衣装。
足はつま先まで一体で作られ、背中のファスナーを閉じれば手首から先と首から上しか出ないようになっている。
黄色に黒の豹柄模様がプリントされ、見た目にもとても綺麗だ。
きっとこれを着た理沙(りさ)はすごく綺麗に違いない。
スタイルのいい理沙には絶対似合うはずだ。
着てさえくれれば・・・だけどな・・・

「はあ・・・」
何度目かプラス2回目のため息をつく。
「何で買っちゃったんだろう・・・」
俺はそうつぶやく。
安かったから・・・
全身タイツが一万円以下なら安い部類だろう。
特にこのような縫製もしっかりした奴なら二万や三万したっておかしくない。

どうかしていたのかもしれない。
いくら俺が全身タイツやレオタードが好きだからって、いきなり豹柄全身タイツはないだろう。
まずはこう、ワンピースの水着あたりから褒め殺して、レオタードのよさなんか語ったりしてその気にさせて・・・なんてのが普通だろう。
普通・・・か?
ま、それはともかく、いきなり彼女に豹柄の全身タイツを見せて、これを着てくれって言ったところで着てくれるはずなどないよな。
「はあ・・・」
俺はやっぱりため息をついた。

何の気なしに見たサイト。
特撮ヒーローモノのサイトだった。
ただそこは、ヒーローよりも悪の手先側の応援サイトのようで、全身タイツ系の女戦闘員なんてイラストが画面を飾っていた。
レオタードや全身タイツに興味がある俺としては、こういった黒レオタや黒い全身タイツを着込んだ女戦闘員なんてのも大好きで時々覗きに来ていたが、たまたまそこで広告されていたのがこの豹柄の全身タイツだったのだ。

モデルさんが着込んだ素敵な豹柄の全身タイツ。
俺はすぐにクリックした。
もちろんそのときは買うなんて考えもしなかった。
ただ、全身タイツの綺麗なモデルさんの画像を見たかっただけだった。

モデルさんの画像はとても素敵だった。
まるで女性が豹になってしまったかのような錯覚さえ覚えるほどだった。
この全身タイツを理沙が着てくれたら・・・
そう思うとこれがほしくなった。
今宵の彼女はとてもワイルド。
こんなキャッチコピーも素敵だった。
今がマンネリとは言わないけれど、理沙とのセックスに刺激があるかもしれない。
そう思った。

全国送料無料。
サイズはSから3Lまで。
商品名は表示せずにお届けいたします。
そういった表示の下をクリックし、気がつくと俺は申し込んでいた。
ネットの通信販売なんて利用するのは久しぶりだ。
せいぜいアマゾンなどで本を買ったりするぐらいだったからな。

で、届いたのが今日だった。
箱には俺の宛名が書いてあるだけ。
いや、裏に通信販売のゴッドレス通販って書いてあった。

箱を開けると、丁寧に折りたたまれた全身タイツが入っていた。
ビニールから丁寧に取り出して広げてみた。
とても綺麗。
豹柄が美しい。
すぐにでも理沙に着てほしい。

「はあ・・・」
どうしよう・・・
なんて言おう・・・
どうやって理沙に着てもらおう・・・
難しいかなぁ・・・
猫耳も恥ずかしがって付けてくれなかったもんなぁ・・・
全身タイツなんて顔真っ赤にして二度と来ないって言うかもなぁ・・・

ピンポンとチャイムが鳴る。
心臓が口から飛び出しそうになる。
やばい!
もうこんな時間。
理沙のバイトが終わったんだ。

俺はとりあえず豹柄の全身タイツと箱やビニール袋を押入れに押し込んだ。
なんだかエロ雑誌を隠しこんでいるような気がしたが、とにかく今は見られたくない。
俺は押入れの戸を閉めると、すぐに玄関のドアを開けに行った。

「真(まこと)君、こんばんはー」
いつものようににこにこ顔の理沙が立っていた。
栗色の長めの髪に栗色のくりくりした瞳。
鼻はすっと鼻筋が通り、小さめの口が笑みを浮かべている。
いつも通りの可愛い笑顔。
ちくしょー!!
どうしてお前はそんなに可愛いんだよ。

「お邪魔しますねー」
そう言って靴を脱いで入ってくる。
スカートからすらりと伸びた脚が素敵過ぎるだろ。
「ああ」
俺はなんとなくそう言って理沙を迎え入れる。
「お腹すいたでしょ? 今すぐ作るから待っててね」
買い物袋を置き、ハンガーからエプロンを取って身につける。
理沙はこうして週に二三度夕食を作りに来てくれるのだ。
「なんだったらビール飲んでていいよー」
「いや、待ってるよ。飲むならいっしょに飲みたいし・・・」
俺はぶっきらぼうにそう言った。
「ん、ありがと。じゃ、ちゃっちゃと作っちゃうね」
台所から笑顔で俺を振り返る理沙。
もう、それだけで俺は地に足がつかなくなっちまう。

「お疲れ様」
「真君もお疲れ様」
そう言って二人でビールを傾ける。
この季節はやっぱり冷たいビールが美味しい。
俺は理沙の作ってくれたおかずを肴にビールを飲み、二人で他愛ない話をしてすごす。
なんていうか、彼女がいてよかったーって思う瞬間だ。

「ねえ、真君。あれ、何?」
ふと俺の背後を指差す理沙。
俺は何の気なしに振り返る。
その瞬間俺は血の気が引いていった。
なんと、押入れから豹柄全身タイツの袖が覗いていたのだ。
「ねえ、何なの? 見せてぇ」
理沙が甘えた声を出す。
こいつは何か興味があるものを見つけると、絶対にしっかり見るまで引き下がらない。
俺は天を仰いだ。

「いや、その・・・」
どう言ったものかと思っていると、理沙がきょとんとした顔をしていた。
まさか自分が着るように言われる全身タイツだなんて思いもしてないんだろう。
ええい、どうせ着てもらおうと思っていたんだし、こうなりゃやけだ!
俺は立ち上がると押入れのところに行き、豹柄全身タイツを取り出した。

「これ・・・」
俺はそう言って豹柄全身タイツを理沙に見せる。
「うわぁ・・・これって全身タイツ? 真君が着るの?」
目を丸くしてそんなことを言う理沙に、俺はぶんぶんと首を振る。
「違うの? 見ているだけ?」
俺はもう一度首を振る。
「それじゃ誰が・・・?」
首を傾げた理沙の顔が、みるみる赤く染まっていった。
「や、や、や・・・だめ、だめだから。着れないから。無理だから。絶対絶対無理だから」
両手を突き出して必死に左右に振り、同時に首もぶんぶんと振っている。
「だ、だってだって・・・そんなの着たら躰の線出ちゃうじゃん。着れない。絶対着れないよぉ!」
う〜・・・そこまで否定するかぁ?

これを見せて着られないからって言われて、ハイそうですかと引き下がることなどできるかっ!
もう、理沙になんと思われてもいい!!
絶対絶対着てもらうんだ!!

「お願いします!!」
俺はいきなり土下座した。
理沙はわりと頼まれると断れない娘だ。
先日も大学祭の実行委員に推薦され、仕方なく引き受けていたそういう娘だ。
だからここは俺はとにかく拝み倒しで行くしかない。
「理沙がこれを着た姿が見たいんだ。きっと似合う。いや絶対似合う。だから、だから、お願いします!!」
「だ、だめ。だめだよぅ。こんなの着るの恥ずかしいよぅ」
理沙はぶんぶんと首を振る。
だが俺は引き下がらない。
「恥ずかしくなんかない! 絶対理沙はこれが似合う。それに俺しか見ないから大丈夫だから。お願いします!」
「真君に見られるのが恥ずかしいんだよぅ。私、スタイルよくないし・・・」
「そんなことない!! 絶対そんなことない!! 俺が保障する!! 理沙はスタイルいいよ。これ着たら絶対似合うって!!」
俺は必死になって床に頭をこすり付ける。
俺だってこんなに恥ずかしい格好しているんだぞ。

「う〜・・・」
「お願いします!!」
「一回・・・だけだよ」
俺は思わず顔を上げた。
理沙は恥ずかしそうに赤くなってうつむいている。
「一回だけで・・・いいです」
俺はこくこくとうなずく。
心の奥底では一回だけですますつもりなんてないのに、とにかく着てもらいたい俺はその提案を呑むしかなかった。
「一回だけで・・・一回だけでいいです。理沙がこれ着てくれたら俺はもう死んでもいい」
「ば、バカ。死んじゃ困る」
理沙が思わず顔を上げ、俺は彼女と目が合った。
「もう・・・しょうがないなぁ・・・」
苦笑する理沙に、俺は天にも昇る思いだった。

と、なれば善は急げだ。
理沙の気が変わらないうちに着替えさせるに限る。
明日になればいやだって言うかもしれないからな。

「う〜・・・恥ずかしいよぅ。今日じゃなきゃだめ?」
「だめ。一回だけだから覚悟決めなさい」
「覚悟って言われても・・・う〜・・・」
なんとなくまだ渋る理沙に、俺はすべすべの豹柄全身タイツを手渡して風呂場に向かわせる。
「うわぁ・・・すごくすべすべしてるんだね。手触りが気持ちいい・・・」
豹柄全身タイツを手に取った理沙は驚きで目を丸くした。
「さ、入った入った」
「う〜・・・絶対見ないでよ」
「見ません。見ませんって」
俺は理沙の肩を押して風呂場に押し込む。
はあ・・・
これでどうやら着てくれるだろう。

「絶対見ないでよ」
「だから見ないって」
風呂場の狭い脱衣所から理沙の声がする。
俺は見たいのを必死でこらえてドアに背を向ける。
我慢我慢。
でも、きっと理沙があの豹柄全身タイツを着た姿は似合うだろうなぁ・・・

「ひゃあっ」
風呂場から理沙の声がした。
「り、理沙?」
「な、なんでもない。なんでもないの。ちょっとあまりの肌触りのよさにびっくりしただけ・・・」
俺がびっくりして声をかけると、すぐに理沙の声が帰ってきた。
「お、脅かすなよ」
「ごめん」
俺はなんでもなかったことにホッとした。

「ふ、ふわぁっ! な、何これぇっ!」
またしても脱衣所から理沙の声だ。
「またかよ。今度は何なんだ?」
俺はさっさと着替え終わらないかとやきもきしていたので、ちょっとむっとしてしまった。
「いやぁっ! か、躰が、躰がぁっ!!」
な、何だ?
俺はすぐに立ち上がり、風呂場のドアを叩く。
「どうした? 理沙? 何かあったのか?」
「だ、だめぇ・・・入って・・・躰の中に入ってこないでぇ・・・」
なんだか少し苦しそうな理沙の声。
でも、入るなと言われれば入るわけにはいかないよな。
「ああ・・・だめぇ・・・躰がぁ・・・躰がおかしくなっちゃう・・・」
な、何だ?
いったいあいつは何しているんだ?

「理沙、俺だ、入るぞ。いいか?」
俺はドア越しに声をかけた。
「理沙? 理沙?」
返事が無い?
「ああ・・・私は・・・私は・・・」
いや、中で理沙が何かつぶやいている。
いったい何がどうなっているんだ?
開けたい・・・
今すぐにドアを開けたい・・・
でも・・・
でも、開けたら理沙に怒られそうだしなぁ・・・

「理沙? 理沙?」
「・・・ハイ・・・私は・・・」
よかった、ちゃんと返事してくれる。
「理沙? 大丈夫なのか?」
「・・・ハイ・・・ゴッドレスに忠誠を・・・」
はあ?
何を言ってるんだ、あいつは?
「理沙? 開けるぞ? いいか?」
俺はドアノブに手をかける。
「・・・ハイ・・・仰せのままに・・・私は豹女・・・」
「理沙? 開けるぞって! いいのか?」
俺はドアノブをグッと回した。

いきなりドアが開いて、俺は押し返されてしまう。
「な、何だ?」
「もう、うるさいわね。少しはおとなしくしてられないの?」
ドアの向こうに腰に手を当てた理沙が立っている。
その姿はまさに俺が夢見た豹柄全身タイツ姿だった。
「理沙・・・だって、なんだか変な様子だったから・・・」
俺は理沙の姿に見惚れながら、ちょっと言い訳を言ってしまう。
「仕方ないでしょ。改造を受けていたんだから」
腰に手を当てたまま、ちょっと口を尖らせる理沙。
はい?
今なんとおっしゃいましたか?
“改造”ですと?
イッタイソレハナンノコトデスカ?

「改造って?」
「改造は改造よ。私の躰をゴッドレスの女怪人にするための改造に決まっているでしょ」
ぽかんと口を開けた俺に、決まりきったことを聞くなという感じで理沙が言う。
「ゴッドレスの女怪人?」
「そうよ。私は秘密結社ゴッドレスの女怪人豹女に改造してもらったの。どう? 似合う?」
くるりと一回転する理沙。
すると彼女のお尻から全身タイツにはなかったはずの尻尾が垂れ下がっている。
さらには頭に猫耳までも付いていた。
「いや・・・その・・・似合う・・・けど・・・」
「けど?」
どうしたのと言わんばかりに顔を近づけてくる理沙。
「その・・・尻尾や猫耳なんて付いていたか?」
「ああ、これ? 言ったでしょ? 私は豹女なの。尻尾や豹耳がつくのは当たり前でしょ」
「ああ・・・そうなのか・・・」
俺はなんとなく納得する。
いや、納得するのか?
違うだろ!

「いや、理沙、そりゃ俺がそんなの着せたのは悪かったけど、冗談はよせよな。いくら俺が特撮好きだって秘密結社だの改造だのってのはさすがに引くって」
「冗談なんか言って無いわ。真君信じてないのね? 私はもう人間なんかじゃないのよ。ゴッドレスの豹女なの。理沙だなんて呼ばないで」
腰に手を当てて怒っている理沙。
いや、そりゃ信じないでしょ、普通。

「わかった、わかったよ。そういう設定なら付き合うよ。俺だって嫌いじゃないからさ」
俺は苦笑しながらそう言った。
まあ、確かに豹女にはふさわしい豹柄全身タイツだしな。
「ふーん・・・信じてなさそうだけど、まあ、いいわ。今日からここも我がゴッドレスの前線基地にするわね。いいでしょ?」
「拒否できるのか?」
理沙は少し首をかしげる。
「拒否してほしくないけど・・・真君がいやならあきらめるわ。私のアパート使えばいいし・・・でも、できれば真君といっしょにいられたらなあって思うの」
ちょっと悲しげな顔をする理沙。
全身タイツのせいかすごく可愛い。
「いや、聞いただけ。理沙が望むならここ使っていいよ」
「もう、また理沙って呼んだ。私は豹女なの。ちゃんと呼んでくれないと殺しちゃうぞ」
赤くマニキュアの塗られた尖った爪をぺろりと嘗める理沙。
なんというか理沙ってこんなにノリがよかったっけ?
とにかく俺は豹柄全身タイツをまとった理沙を存分に観賞させてもらったのだった。

                     ******

でも、俺にもわかってきた。
理沙は本当に豹女になっちゃったんだ。
あの豹柄全身タイツは特殊な繊維でできていて、着用者をゴッドレスの怪人にしちゃうらしい。
無論、素質のないものには作用しないらしいんだが、幸か不幸か理沙には素養があったわけ。
千人に一人ぐらいだそうだから、理沙は選ばれたってことなんだろう。

豹柄の全身タイツは理沙の皮膚と一体化し、もう脱ぐことはできない。
彼女自身脱ぐなんてことは考えもしない。
夜は理沙に求められるままに彼女のリードでセックスする。
豹女になった理沙は性欲が解放されたのか、俺を頻繁に求めてくる。
セックスの時にはちゃんと股間に性器が形成され、俺のモノを飲み込むのだ。
なんというか、すごく気持ちいい。
ああいうのを名器というのかもしれないな。

理沙はもう大学にもバイトにも行ってない。
昼は俺の部屋で過ごし、夜は呼び出しがあればゴッドレスのために任務を果たす。
彼女が夜出て行った次の日は、何らかの事件が報道されるので、きっと彼女はその事件に関わっているのだろう。

先日、俺が大学から戻ると、彼女の仲間だという娘が来ていた。
白黒ぶちの全身タイツをまとった娘で、牛女さんと言うことだった。
牛女の名にたがわぬ巨乳で、俺はちょっと惹かれたものの、手を出したら殺すわよとの豹女の一言におとなしくしているしかなかった。
でも、その夜はたっぷりサービスしてくれたけどね。

今では俺も彼女のことを豹女と呼ぶようになった。
ゴッドレスの女怪人のくせに、彼女は俺にとても優しくしてくれる。
豹柄の躰にエプロンをつけ、尻尾を振りながら食事の準備をしてくれたりする姿を見ると、俺はもうたまらずに彼女を抱きしめちゃったりする。
そんなときは彼女も甘えたように喉を鳴らし、俺とのセックスをせがんでくる。
結局俺は、豹柄全身タイツをよろこんで着てくれる彼女を手に入れたってことなんだろう。
まあ、こんな彼女も悪くない。

END
  1. 2009/08/13(木) 21:29:31|
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久しぶりの改造SS

久しぶりに二次創作改造短編SSを書いてみました。
楽しんでいただけるとうれしいです。


「先生! 急患お願いします」
「先生、ICUの患者さんが・・・」
次々と看護婦たちが彼女の元にやってくる。
「わかったわ、すぐ行きます」
「そちらは大前先生に頼んでちょうだい、彼なら大丈夫よ」
てきぱきと指示を下し、自らも急患を診察するために救命センターの方へ走って行く。
いつものようにあわただしい総合病院の激務が彼女を襲っていた。

「ふう・・・どうやら今日も無事終わったようね」
夜になり、ホッと一息つく。
当直の場合はこれからまた夜間診療に当たらなければならないが、今日は当直勤務ではない。
冷たいジュースを自販機で買い、ゆっくりと喉を潤した。
「瑞希先生、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
看護婦たちがにこやかに挨拶してナースステーションに向かって行く。
これからの夜勤につくのだろう。
「ご苦労様」
彼女は看護婦たちに何か違和感を感じたものの、それが何かわからない。
結局ジュースの空き缶を空き缶入れに放り込むと、尾久坂瑞希(おくざか みずき)は帰り支度のために更衣室に向かうのだった。

自宅への帰路、瑞希は先ほど感じた違和感がなぜだったのかに思い至る。
彼女たちは看護婦だというのに毒々しいアイシャドウと黒っぽい口紅をつけていたのだ。
寒々とした病院の廊下では一瞬気がつかなかったのだろう。
それにしても、看護婦のする化粧ではない。
きっと昼間にどこかで遊び歩いて、そのままの化粧で来てしまったのだろう。
今頃は婦長にしっかりとお説教を食らったのではないだろうか。
遊びかぁ・・・
最近カラオケにも行ってないなぁ・・・
瑞希はそんなことを思い苦笑する。
総合病院の救命医になったのだから激務は覚悟していたものの、これじゃ恋する暇もありはしない。
友人たちは次々と結婚式の招待状を送ってよこすが、お祝いの電話をかけるのが精一杯。
披露宴で新郎の友人をゲットしようと誘われても、行く暇もありはしないのだ。
あ〜〜あ・・・
お酒でも少し飲もうかな・・・
瑞希はコンビニの明かりが見えてきたことで、ワインでも買って帰ろうかと思うのだった。

携帯の着メロがなる。
ポケットの中で携帯が振動する。
やれやれ・・・
自宅まであと十数メートルだというのに・・・
ワインとチーズの入ったコンビニの袋を片手に瑞希は携帯を取り出す。
着信先は思ったとおり総合病院。
きっと急患だわ・・・
瑞希はそう思いながら携帯に出る。
「もしもし」
『あ、瑞希先生ですか? すみません、大至急戻っていただけませんでしょうか』
切羽詰ったような看護婦の声。
やはり急患が入ったのだろう。
「何かあったの?」
それでも瑞希も人間だ。
戻らずにすむものなら戻らずに済ませたい。
「交通事故が重なったようで重傷者が数名運ばれてきたんです。当直だけでは正直手が足りなくて・・・」
ハア・・・
内心でため息をつく瑞希。
「わかったわ、すぐに戻ります」
瑞希は携帯を閉じると、すぐに通りに向かいタクシーを拾うのだった。

「変ね・・・」
病院に戻った瑞希だったが、意外に病院内が静かなことに気がついた。
重傷患者が数名運び込まれたのであれば、もう少し騒然としていてもいいはずなのだ。
しかもどことなく薄暗い。
明かりはついているというのに寒々としているのだ。
どうしたんだろ・・・
いつも見慣れている病院内のはずなのに、今は見慣れない別の場所にいるみたい。
「とりあえずこうしてはいられないわね」
瑞希は更衣室で白衣を身に纏うと、コンビニの袋を押し込んで救命センターの方へ向かった。

救命センターの方へ向かっても、静けさはそのままだった。
いったい重傷者が運び込まれたというのは本当なのだろうか?
なんとなく不気味さすら瑞希は感じてしまう。
「瑞希先生、お待ちしておりました」
突然背後から声をかけられ、飛び上がるほど驚く瑞希。
どこかの部屋からでも出てきたのだろうか。
一人の看護婦が瑞希の後ろに立っていたのだ。
「仁木原さん、驚かさないでよ。びっくりしたわ」
瑞希はその看護婦がいつもにこやかで茶目っ気のある知り合いの若い看護婦だということで胸をなでおろす。
だが、次の瞬間、瑞希の表情が険しくなった。
看護婦の目の周りには毒々しい黒のアイシャドウが引かれ、唇は黒っぽい口紅で染められていたのだ。
「仁木原さん、あなたそんな化粧をして、どういうつもり?」
「うふふふ・・・さあ、瑞希先生、患者がお待ちです。第一手術室へどうぞ」
瑞希の指摘をまったく意に介した様子もなく、看護婦はくるりと背を向けて歩き出す。
「ちょ、ちょっと、第一手術室って手術が必要なの? いったい何がどうなっているの?」
「来ればわかります。さあ、瑞希先生、ついて来てください」
にやりと口元に笑みを浮かべ、瑞希を促す看護婦。
「な、何なのよ、もう・・・」
瑞希はやむを得ず彼女のあとについていくのだった。

第一手術室の扉が開く。
中には数名の看護婦たちが手術台を取り囲んでいた。
おかしい・・・
瑞希はとっさにそう思う。
医師の姿が誰一人としていないのだ。
他の手術にかかりきりとも考えられるが、それにしてもおかしすぎる。
しかも看護婦たちは手術着ではなく普通の白衣のままではないか。
「瑞希先生。お待ちしておりました」
「こちらへどうぞ」
看護婦たちがいっせいに瑞希の方を向く。
「ひっ」
瑞希は息を呑んだ。
看護婦たちはみな一様にアイシャドウをし、唇を黒く染めているのだ。
あまりの不気味さに瑞希は言葉を失った。
「な、何なの、あなたたち」
思わず後ずさりする瑞希。
だが、入り口はすでに二人の看護婦が固めていた。
「瑞希先生、怖がることは何もありません。先生は栄光あるデストロンによって選ばれたのですわ」
瑞希をここへ案内した仁木原看護婦がそっと背後から腕を取る。
反対からももう一人の看護婦が腕を取り、瑞希を手術台に連れて行く。
「ちょ、は、離して」
「これから手術が始まります。瑞希先生が必要なんです」
瑞希は抵抗しようとしたものの、両腕をがっちりと押さえつけられ、逃げ出すことはできなかった。

「な、何よこれ?」
瑞希は思わず声を上げる。
手術台の上に載せられていたのは重傷を負った患者ではなかったのだ。
そこには一台のテレビが置かれ、まるで瑞希の方を見上げるかのように画面が瑞希を向いていた。
「て、テレビじゃない? いい加減にふざけるのはやめてよ! あんたたち、いたずらも度が過ぎているわ!」
瑞希は怒りが湧き起こった。
こんな時間に呼び出しておいて、急患だと思うから来てみれば、手術台にテレビを載せて手術させようというのか?
ふざけているにもほどがある。
瑞希は必死で両腕を振りほどこうとしたが、まるで人間とは思えないほどの力が看護婦たちにはあるようで、まったく振りほどくことはできなかった。
「「これより手術を行います」」
看護婦たちが唱和する。
「ふざけないで! テレビの手術なんかできるものですか!」
「いいえ、手術を受けるのは瑞希先生。あなたです」
にやりと笑う看護婦たち。
彼女たちはいっせいに白衣を脱ぎ捨てると、驚いたことに全員が黒いレオタードを着込み、網タイツを穿いていた。
そしてその黒いレオタードには、白くサソリをモチーフにしたであろう文様が記されているのだ。
「あ、あなたたちはいったい・・・」
「「私たちは栄光あるデストロンの女戦闘員。この病院の看護婦の中より選ばれ、改造を受けたのだ。イーッ!!」」
右手を高く上げ、奇妙な声を上げる看護婦たち。
瑞希はもうあまりのことに何がなんだかわからなかった。

「い、いやぁーっ!!」
無理やり両肩を押さえつけられて手術台に近づけさせられる瑞希。
目の前には一台のテレビのブラウン管が瑞希の恐怖に満ちた表情をうっすらと反射している。
突然そのブラウン管が明るくなったと思うと、ザーッという何も写さない荒れた画面が表示された。
えっ?
な、何なの?
見たところ手術台に置かれたテレビには電源コードがついていない。
電池で作動するとも思えないが、いきなり電源が入ったのだ。
しかも、何も映し出していなかった画面はすぐに切り替わり、彼女の顔を映し出す。
「ええっ?」
驚きの声を上げる瑞希をよそに、黒いレオタード姿になった女戦闘員たちは瑞希の両腕と両肩を押さえつけ、瑞希は正面から画面を見る羽目になってしまう。
やがてテレビ画面には奇妙なうずまき模様が表示され、それはぐるぐると回転して瑞希の目を惑わせる。
いけない・・・これを見てはいけない・・・
瑞希はとっさにそう思ったものの、彼女の目は意思に反して画面を見続けてしまう。
やがてうずまきを見入っていた瑞希は、意識が朦朧となり、躰の力が抜けていく。
「あ・・・ああ・・・」
ガクンと首をうなだれ、ぐったりとなってしまう瑞希。
それを見た女戦闘員たちの口元に笑みが浮かんだ。

ぐったりとなった瑞希は手術台に乗せられると、テレビと一緒に白いシーツをかけられる。
そしてデストロンが誇る改造手術が、彼女の肉体の改造を始める。
手術台の脇に設置されたボックスには、さらに彼女の躰に融合させるべく用意されたアフリカ産のヒトクイバエが入っており、液体によって溶かされたヒトクイバエのエキスが瑞希の躰に流し込まれる。
いつの間にか病院の手術台は、デストロンの自動改造手術台となっており、女戦闘員と化した看護婦たちの目の前で、瑞希の躰は異形の存在に変えられていくのだった。

やがて手術台は静かになり、ゆっくりと白いシーツが取り払われる。
ゆっくりと起き上がる異形化した瑞希。
その姿はまさにテレビとハエを取り込んだ女の姿。
両目の位置にはハエの巨大な複眼の代わりにテレビモニターが左右に置かれ、触角の代わりにはアンテナが額のあたりから伸びている。
喉元にはスイッチが並び、形のよかった瑞希の胸はハエの腹部を思わせる節に覆われたものへと変化していた。
背中にはハエの翅が広がり、躰全体を黒い毛が覆うその姿はまさに異形。
だが、かつての瑞希はその姿を見せつけるように誇らしげに立ち上がる。
「うふふふふ・・・なんてすばらしいのかしら。私は栄光あるデストロンの改造人間テレビバエ。今日からこの病院の院長は私が務めます。邪魔者はすべて始末するのよ。いいわね」
冷酷に言い放つ改造人間テレビバエ。
「「イーッ!!」」
誕生したテレビバエの前に勢ぞろいし、女戦闘員たちは右手を上げて敬礼した。

「テレビバエ」END
  1. 2008/04/25(金) 19:47:54|
  2. 改造・機械化系SS
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すでに「海」祭りの会場でご覧になっている方も多いでしょうが、こちらにも投下させていただきます。

どうかよろしければ感想をいただければと思います。


頬にあたる心地よい風。
髪が翻り風になびく。
足元から伝わる力強いエンジンの響き。
絶えず上下動する床はしっかりと踏ん張っていないと跳ね飛ばされてしまいそう。
「すごいすごーい!」
後部デッキではしゃいでいるヒー子の声。
うんうん。
そうだよねー。
すごいよねー。
わくわくしちゃうよねー。
こんな素敵なクルージングタイプのプレジャーボートで海の上にいるなんて経験、滅多にできるものじゃないもんね。

潮の香りがする。
波しぶきが時折船室の窓を叩く。
蒼空がどこまでも抜けるような青さで、私たちを歓迎しているかのよう。
夏の日差しが輝き、二階の操舵席は暑いに違いない。
「ねえ、これってどのくらいのスピードが出てるの?」
ヒー子の隣で冷たいコーラに口をつけている麻理香(まりか)が二階の操舵席に声をかける。
たぶん・・・25ノットぐらいかしらね。
私は何となくだけどあたりをつける。
この手のプレジャーボートは最大速度が大体30ノット前後。
エンジンはまだ余裕あるみたいだから、きっとそのぐらいだろうと思ったのだ。
「ん? 今24ノット」
操舵席で間の抜けたような声がする。
エンジン音と波の音が結構うるさいので、少し聞き取りづらい。
「そっかー、24ノットか〜・・・それってどのくらいの速さなの?」
あらら・・・
麻理香の言葉に私は苦笑した。
「しらねー」
ちょっと、オーナーの樹村(きむら)君が知らなくてどうするのよ。
船舶免許持っているんでしょ。
まあ・・・冗談だとは思うけど・・・
「1ノットは時速約1.85キロメートル。だから24ノットで・・・えーと・・・時速44キロぐらいか」
私は素早く暗算する。
「えっ? 嘘ぉ! これ絶対もっと出てるよ〜」
プレジャーボートのスピード感は並じゃない。
だから麻理香が信じられないのも無理は無い。
「そんなものよ。車で走るほうが速いわよ」
私は自分も冷たいものを飲もうとキャビンに入る。
合皮と合板とは言え、いかにも豪華なキャビンの内装は私にはちょっと戸惑いを感じさせてしまう。
乾いてきているとは言え、先ほどまで泳いでいた水着のまま座ってもいいのかしらね?

私たちは大学二回目の夏休みを、この離島で過ごしているのだ。
ここにはこのボートの持ち主である樹村君のお父さんの別荘がある上、こうしてボートでダイビングもできるとあって、私たち三人は誘われたのをいいことにお邪魔しているというわけ。
樹村君は船が似合う好青年・・・とは言いがたいタイプだけど、彼の友人の大濱(おおはま)君と仲西(なかにし)君はルックスもそう悪くない。
つまり私たちは三対三の合コンをやってるようなもの。
ヒー子と大濱君が一緒のサークルという縁で、こうして私も誘われたというわけ。

「ねえねえ、ダイビング楽しみだねぇ」
麻理香がニコニコしながらキャビンに入ってくる。
「そうね」
私も思わず釣られてにこっとしてしまう。
麻理香の笑顔は天性のもので、見るものを微笑まさせずにはいられない。
そう、私たちは、この島の沖合いでダイビングをするためにボートに乗ってきたのだ。
この日のためにダイビングスクールで講習も受け、綺麗な海底に潜れる日を指折り数えていたのよ。
すでにキャビンの片隅にはエアボンベが置かれ、私たちはそれぞれ好みの水着の上にパーカーを羽織ってその時を待っている。
もっとも・・・
ヒー子はショッキングピンクのビキニだし、麻理香もパステルグリーンのビキニだというのに、私はオレンジ色のワンピース。
し、仕方ないのよ。
私は彼女たちのようにスタイルもよくないし、おへそ出せるほどの勇気も・・・なかったんだから。

「そう言えばさぁ」
麻理香がふと口にする。
後部デッキではヒー子が大濱君の腕にしなだれかかって甘えていた。
「何?」
私は麻理香の表情がいたずらっぽくなったのを見て、少し警戒する。
この娘がこんな表情をするときはろくなものじゃないわ。
「島の人に聞いたんだけど・・・」
「うんうん」
私は適当に相槌を打ち、冷たいコーラを取ろうと冷蔵庫の中に手を伸ばす。
「最近ウエットスーツの女の幽霊が出るらしいよ」
「ええっ?」
私は思わず手が止まる。
うう・・・
ひどいよぉ・・・
麻理香は私が昔から怖い話が大嫌いなこと知っているのにぃ・・・
「夜とかにぃ、真っ黒なウエットスーツを着た数人の女性がふらふらと海岸を歩いているのが何回か目撃されたんだって。足引っ張られるかもよぉ」
腕を胸の前でだらんと下げ、いわゆる“うらめしや”の格好をする麻理香。
「いやぁ!! やめてよぉ!!」
私は耳をふさぎ目をつぶって必死になって悪いイメージを振り払う。
そんなこと言われたら潜れないよぉ・・・
「あはははは・・・ごめんごめん。詩織(しおり)ってホントこの手の話に弱いよねぇ」
「ひどいよぉ・・・」
私は半ば泣きそうになりながら麻理香をにらみつけた。
怖くて楽しみにしていたダイビングができなくなったら、訴えてやるぅ・・・

「なあに? また麻理香が詩織を怖がらせているの? もしかしてあの話?」
大濱君にぶら下がったヒー子がキャビンに顔を出す。
体格のいい大濱君はヒー子がしなだれかかっているのがちょっとうれしそう。
「何だい、あの話って?」
「ウェットスーツの女の話よ。どうせ、夜に漁に出た海女さんでも見たんでしょ」
あ・・・
そうかそうか・・・
海女さんなら幽霊じゃないよね。
なーんだ・・・
よかったぁ。
私はホッと胸をなでおろす。
「でも、この島の海女さんは夜漁なんかしないって言うわ。それになんか無表情で不気味だったって・・・」
麻理香がまだ言っている。
やめてよもう・・・
「夜見たらなんでも不気味よ。夜間ダイビングを楽しんでいた人たちかもしれないし」
「でも、そんなんじゃこんな幽霊話になるわけないわ」
「もうやめてよ!! いいじゃない、なんだって!!」
私はいい加減にして欲しくて思わず声をあらくする。
「あ、ごめんごめん。もうやめる」
「うんうん、詩織は怖がりだもんねぇ。どうせなら仲西君に怖ーい助けてってしがみつけば好感度アップなのにねぇ」
二人が笑っている。
ひどい。
二人して私をからかっているんだわ。
まったく・・・
「ボクがどうかしましたか?」
操舵席の隣にいたはずの仲西君がひょいと顔を出す。
私は何となく気恥ずかしくなってしまい、顔をそらす。
「お、これは脈ありですかな姫子(ひめこ)さん」
「うむうむ、晩熟の詩織にも春の到来かにゃ」
二人は顔を見合わせてニヤニヤしている。
くぅー・・・
「いい加減にしてー!!」
私は先ほど手に取ったコーラの缶を思いっきり投げつけた。

「痛たたた・・・」
「ごめんなさいごめんなさい」
私は一所懸命に謝りながら、濡らしたタオルで仲西君の額を冷やす。
やけくそで投げた缶コーラがまさか仲西君に当たっちゃうなんて・・・
「もういいですよ。大丈夫ですから」
そう言って笑う仲西君。
三人の男性の中では一番子供っぽく見えるのは、一人称がボクだからかもしれないけど、この笑顔が少年っぽいのも事実だ。
「本当にごめんなさい」
私はもう恥ずかしいやら情けないやら何がなんだかわからない。
「おーい、そろそろ到着だぞ。あれだ」
操舵席の方から声がする。
「あの島?」
「うわぁ」
ヒー子と麻理香も声をあげる。
私も前方を見ると、ボートの行く手に近づいてくる小島が見えてきた。
島と言っても小さなもので、岩礁と言った方がいいかもしれない。
てっぺん付近に樹がいくつか生えていて、鳥がその近くを飛んでいる。
そそり立つ岩肌は切り立っていて、海岸なんてものは無く、まさに海から突き出た岩という感じ。
たぶん周囲にはごつごつした岩が海底にいいアクセントを与えているだろう。
ダイビングにはもってこいというところだわ。

「おい、樹村」
心なしか小島の方を見ていた大濱君の顔が曇っている。
「何だい?」
「あれって・・・神隠しの島じゃないのか?」
神隠しの島?
それっていったい?
「そうだよー。だからいいのさ。手付かずで自然が残っているし、島の連中は誰も来ない」
「あそこには近づくなって言われているだろ。二週間前にもボートが帰ってこなかったじゃないか」
操舵席の樹村君に苦々しい表情で訴える大濱君。
ボートが帰って来なかったって・・・ホント?
「あはははは・・・あれは沖合いに流されたんだって話だよ。ダイビングしててボートを見失うんだ。よくある話しだし、救助もされたじゃないか。神隠しなんて迷信だよ」
「だけど、助かった奴らだってウェットスーツの女の幽霊を見たって言ってたそうだし・・・」
「幻覚でも見たんだよ。窒素酔いでもしたんじゃないのか?」
樹村君はまったく気にして無いみたい。
でも大濱君は気乗りしていないようだわ。
「なあ・・・別のところにしないか? あんまりいい気分じゃねえよ」
「大丈夫だって。俺も先日潜ったし、すっげえ綺麗なんだって。なんなら大濱だけボートに残っててもいいぞ」
バカにしたような樹村君の言葉に大濱君はむっとしたよう。
「わかったよ。あんまり女性を怖がらせたらかわいそうだと思ったから言っただけだよ。別に迷信なんか信じちゃいないし、俺は潜るぞ」
「あ、それじゃ最初はボクが残るよ。誰かはボートに居た方がいいだろうし、二級免許あるからさ」
額に右手を当てたまま仲西君が左手を上げる。
そっかー。
彼って船舶免許もっているんだ。
いいなぁ。
私も取ろうかなぁ・・・
「お、いつの間に取ったんだ、このヤロー」
「つい先日。今年はみんなで船に乗るって話だったからね」
大濱君が仲西君を小突いている。
「わ、私も残ります。ちょっと船酔いしたみたいで・・・」
私は自分でも驚いたことに手を上げていた。
船酔いなんかしていないし、綺麗な海底も見たかったけど・・・
やっぱり何となく神隠しの島ってのが気になるし・・・
缶コーラをぶつけちゃった私が仲西君を置いてってのも悪い気がするしね。
「うんうん、詩織、せいぜい仲西君といちゃいちゃするんだよー」
「そうそう。『缶コーラぶつけちゃってごめんなさい。お詫びは私の躰で』ってね」
「そ、そんな」
ヒー子と麻理香のからかいに私が何か言う前に、仲西君が真っ赤になってしまう。
私もすごく恥ずかしくなって、何も言えなくなってしまった。

「それじゃ行って来るね〜」
「留守番お願いなー」
「仲西君、詩織をよろしくねー」
「ま、麻理香!」
思い思いの言葉を残し、後部デッキから海に入って行くみんな。
カラフルな水着にボンベを背負っているだけなので、透明度の高いこの海ではしばらくは船上からも姿が見える。
でも、みんなが遠ざかるにしたがってやがてそれも見えなくなり、私は一休みするためにキャビンに入った。
もう・・・
ヒー子や麻理香があんなこと言うから・・・
仲西君の顔がまともに見られないじゃない。
幸いと言うかなんと言うか、仲西君は操舵席に上がってしまったので、キャビンには私一人。
みんなはしばらく戻ってこないだろうから、少しゆったりと寝そべっていようかな。
私はキャビンのソファーに横になる。
エンジンはアイドリング状態なので、とても静か。
波もほとんど無いようなものなので、ゆらゆらと気持ちいい。
夏の強い日差しもキャビンの中までは入ってこない。
はあー・・・
気持ちいい・・・

「いやぁー! た、たすけ・・・」
な、何?
私はまどろみの中から引き戻されて飛び起きる。
「仲西君! 何なの?」
私はキャビンをでて外を見る。
ヒー子?
あれはヒー子だわ!
「た、助け・・・ガボボッ」
海面に顔を出したヒー子が助けを求めている。
おかしい・・・
ヒー子は泳ぎは得意だったはず。
あれはまるで海中に引き込まれていくような・・・
「待ってろ! 今行く!」
操舵席から仲西君の声が響き、ボートのエンジンが轟音を立てる。
ヒー子のいる位置はちょっと遠い。
飛び込んで助けに行くよりも、ボートを近づけた方が早いのだ。
「たす・・・おんあ・・・ガボガッ」
必死に海面でもがいているヒー子。
でも、ボートが回頭すると、その姿が海面から消えてしまう。
「ヒー子ぉ!」
私は声を限りに叫んだ。
な、何なの・・・何があったの?
他の人は・・・他の人たちはどうなったの?
何で誰も上がってこないのよぉ・・・

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」
すざまじい悲鳴が上がる。
「な、何?」
私にはもう何が何だかわからない。
何が・・・何が起こっているの?
いやだよぉ・・・
もういやだよぉ・・・
「大濱!」
仲西君が叫ぶ。
海面に姿を現した大濱君が見える。
あれは・・・
あれは何なの?
大濱君にしがみついている人がいる。
真っ黒でつやつやのウェットスーツのようなものを着ている人。
こげ茶色の髪が海面に広がって、胸の膨らみと腰の括れがその人が女性であることを示している。
ウェットスーツの女の幽霊・・・
私はぞっとした。
作り話なんかじゃなかったんだ・・・
こんな昼間だというのに・・・
「た、助けてーーーー」
大濱君の絶望に満ちた声が夏の空に響き渡る。
「大濱、待っていろー!」
ボートを旋回させ、大濱君に向かわせる仲西君。
違う・・・
あれは幽霊なんかじゃない・・・
もっと・・・
もっと性質が悪いものだわ・・・
「ああああ・・・・・・」
「大濱ー」
大濱君にしがみついた女がこちらを見た。
その目も口も全てが無表情。
まるで生きている人とは思えない。
でも・・・
幽霊じゃないわ。
女の周囲でぼこぼこと海面が泡立つ。
白い煙が周囲で立ち昇る。
「ぎぃやぁーーーーー」
苦悶の表情で大濱君が悲鳴を上げた。
「な、何なんだよ・・・なんで海が沸騰するんだよ!」
仲西君の声も震えている。
そうか・・・
あれは海が沸騰していたのか・・・
熱いんだろうな・・・
私はデッキにへたり込んでしまった。

「しっかり・・・しっかりしろ! ダメか・・・」
あ・・・
私はあれから意識が遠くなっていたらしい。
ボートの後部デッキには、仲西君が屈みこんで何か声をかけている。
「あ・・・仲西君」
私は立ち上がると、そっちで何をしているのか見に行こうとした。
「来るな!」
「えっ?」
「・・・ごめん。そこのバスタオルを取ってくれないか?」
仲西君が振り返ったその向こうには、真っ赤に焼け爛れた・・・
「ヒッ」
「見るな!」
「う、うん」
私はキャビンからバスタオルを取り、仲西君に手渡した。
「大濱はダメだった。死んだよ」
バスタオルを後部デッキに寝かせた大濱君に被せ、仲西君はそう言った。
「死ん・・・だ?」
私は膝がガクガクした。
何で?
何で人が死ぬなんて・・・
「樹村も戻ってこない。それに神無月(かんなづき)さんも綾城(あやしろ)さんも」
そんな・・・
ヒー子も麻理香も戻ってこないなんて・・・
「一度戻ったほうがいいかもしれない。ここはやっぱり神隠しの島だったんだ」
私は言葉が出なかった。

「とにかく谷島(たにしま)さんはキャビンに入っていて。無線で助けを呼んでみるよ」
「はい」
そう言って私がキャビンに入ろうとした時、ボートの周囲の海面から勢いよく何かがジャンプして来た。
まるで特撮映像でも見ているみたい・・・
膝を抱えた人間がくるくると空中で回転し、タンという音とともにボートの上に着地したのだ。
その数三人。
いずれもが真っ黒でつやつやなゴムのようなウェットスーツに首元からつま先まで覆われていて、胸の膨らみも腰のくびれもまったく隠そうとはしていない。
驚いたことに、三人のうち一人は金髪の白人であり、無表情な青い目が不気味に輝いていた。
「な、なんだ! お前たちは!」
いきなりキャビンの天井や後部デッキに降り立った彼女たちに対し、仲西君が精一杯の声を上げる。
「オトコニハヨウハナイ。ソノオンナヲツレテイケ」
まるで機械が発声したような声で金髪の女が言い放つ。
いったい彼女たちは何なの?
私たちをどうするつもりなの?

「クッ。もしもし、もしもし」
仲西君が無線機に取り付いて必死に呼びかけを始める。
これで誰かが来てくれれば・・・
「ムダナコトヲ・・・」
キャビンの天井に立った金髪の女が操舵席に入り込み、いきなり仲西君の腕をひねり上げた。
「うわあっ」
「仲西君!」
「な、なんて力だ・・・」
マイクを取り落とし、あらぬ方向に捻じ曲げられた仲西君の腕を見て、私は胸中に絶望感が沸いてくるのを止められなかった。
「仲西君!」
叫ぶ私を両側から二人のウェットスーツの女たちが取り囲む。
「あ、ああ・・・」
膝がガクガクする・・・
怖い・・・
誰か・・・誰か助けて・・・
「谷島さん! 逃げろ!」
仲西君が叫んでいる。
でも、逃げろって言われても・・・
私は動けない。
足が言うことを聞いてくれないよぉ・・・
助けて・・・
両側からがっしりと捕らえられ、私は二人の女に取り押さえられてしまう。
彼女たちのスーツからゴムくさいような香りが私の鼻腔に流れ込んだ。
「た、谷島さん!」
「オトコハフヨウ」
そう言うと金髪の女は仲西君を抱きしめる。
「えっ? ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
仲西君の激しい悲鳴。
熱い風が私の顔にまで流れてきて、操舵席は一瞬にして炎に包まれる。
女に抱きしめられた仲西君は見る間に焼け爛れ、身につけていた海水パンツが燃え上がる。
「ああ・・・いやぁぁぁぁぁぁ」
どこかで悲鳴が聞こえた。
それが私の悲鳴だと気がつくのにそれほど時間はかからなかった。
ああ・・・そうか・・・
あの女は自ら熱を放出するんだわ・・・
その熱で周囲を焼き尽くすんだ・・・
きっと私も焼かれるんだわ・・・
私は両側から抱きかかえられるままに、ボートから海に転げ落ちるように引き込まれる。
海水が目や鼻、口から入ってくるけど、そんなのはもうどうでもよかった。
遠くで焼けたボートが爆発する音を聞きながら、私は暗い深淵に飲み込まれていった。

******

ひんやりとした空気に目が覚める。
ここはどこ?
オレンジ色の淡い照明が部屋の中を照らしている。
誰もいない。
四角い部屋には私一人。
硬く冷たい金属でできた壁は、少々のことでは傷付きもしないだろう。

あれからどうなったのだろう・・・
ここはどこなのだろう・・・
私はいったいどうなっちゃうのだろう・・・
心細いよぉ・・・
誰か助けて・・・
助けてよぉ・・・
私は水着の上にパーカーを羽織った姿のままの自分を抱きしめる。
私を拉致したあの女性たちは何者なんだろう・・・
私は殺されちゃうんだろうか・・・
それとも男たちに・・・
外国に売られちゃったりするのかな・・・
怖いよぉ・・・
ヒー子ぉ・・・
麻理香ぁ・・・
誰でもいいから助けて・・・

「デナサイ」
音も無く扉が開く。
スライド式のドアはこちら側には取っ手も無い。
入り口にはウェットスーツを身につけた女性が立っている。
「えっ?」
私は驚いた。
無表情で私を見下ろしているのは、ヒー子なのだ。
「ヒー子? 無事だったの?」
「コタイメイ“タニシマシオリ”。デナサイ」
私はぞっとした。
この声はあの金髪の女と同じ電子の声。
ヒー子は機械の声をしゃべっているの?
「ヒー子、ヒー子なんでしょ? しっかりして! いったいどうしたって言うのよ!」
私は立ち上がると、ヒー子の両腕を握り締める。
ゴムのギニュッという感覚が伝わってくるものの、その下にはずっしりとした重たいものが詰まっているよう。
これって・・・
ヒー子はどうなってしまったの?
「ワタシハコタイメイRW-221。ヒーコナドデハナイ」
無表情で私を見据えるヒー子。
その目はただ冷たく感情がまるで無い。
「あ・・・ああ・・・」
私は恐ろしくなって後ずさる。
違う・・・
これはヒー子じゃない・・・
ヒー子は・・・
ヒー子だったモノにされちゃったんだ・・・
「キナサイ」
「いやー」
私は差し出された手を振り払おうとしたけど、ヒー子の手はがっちりと私の手首を握り締めて離さない。
「離して! 離してよぉ!」
必死に振りほどこうとしたけど、ヒー子は無表情のまま私を引き寄せる。
「助けてー!」
そう叫んだとたんに、ヒー子の腕から電流が走り、私は再び意識を失った。

「・・・り・・・」
「し・・・り・・・」
「けて・・・おり・・・」
えっ?
私は耳にした声に目を覚ます。
えっ?
あれ?
私は起き上がろうとして起き上がれないことに気がついた。
両手と両脚が固定されているのだ。
「嘘・・・」
私は首を回して周囲を確認しようとする。
「詩織ぃー! 助けてぇー」
えっ?
見ると、私の右側に同じように手足を固定された麻理香が十の字に磔にされているのだ。
両腕を左右に広げ、両足は揃えるように固定され、パステルグリーンの水着も脱がされて、きちんとお手入れされた叢がはっきりと晒されている。
「麻理香。麻理香! 無事だったの?」
私はまったく相応しくない言葉をかけてしまっていた。
麻理香は無事なんかじゃない。
これから何かをされるんだわ・・・
まさかあのヒー子と同じに?
「詩織ぃー、助けてよぉー。誰かぁー! お願いやめてぇー!」
必死にもがく麻理香。
でも私はそれを黙って見ているしかできない。
私の両手も両脚も固定され、首を動かすぐらいしかできないのだ。
「やめて、お願いだからやめてー!」
私も必死に叫ぶ。
でも、ここには誰もいないのだ。
ここにいるのは私たちだけ。
あのウェットスーツの女たちも、ウェットスーツを着てしまったヒー子もいない。
いったいここは何なの?
私たちはいったいどうなるの?

グングンと音を立て、麻理香を固定した台が動き始める。
垂直に吊り下げられた麻理香の足元が左右に開き、ムワッとするゴムの臭いが広がってきた。
「いやぁっ!」
ええっ?
麻理香の足元に広がったのは、真っ黒な液体ゴムのプールのようなもの。
その上で麻理香を固定した台が吊り下げられているのだ。
「お願い。お願いよぉ。何でもするから助けてぇ!」
必死に身をよじり助けを請う麻理香。
私は次に起こる事を考えて目をそらしたかったが、目をそらすことができない。
やがて、麻理香を固定した台がゆっくりと下がり始め、麻理香の足元が液体ゴムのようなものに浸けられていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
麻理香の悲鳴が上がり、私は唇を噛み締めた。

麻理香を固定した台は、麻理香の首までを液体に沈めた。
腰のあたりが浸かるまで叫んでいた麻理香だったけど、胸のあたりが浸かる頃には叫び声を上げなくなっていた。
やがて、麻理香の周囲にいくつもの管がぶら下がり、麻理香の首筋や耳、口などに器用に侵入していった。
私は必死で吐き気をこらえながら、麻理香がどうなるかを見ずにはいられなかった。
おそらく次は私なのだ。
たぶん・・・麻理香も私もあのウェットスーツを着た女性たちのようにされてしまうのだろう。
改造?
そう・・・たぶん私たちは改造されるのだ。
そして無表情で人を焼き殺すようになるのかもしれない・・・
私は悲しかった。
でも、どうすることもできなかった。

麻理香の躰が引き上げられる。
彼女の首から下は漆黒のゴムが覆い、つま先までウェットスーツを着たようになっていた。
麻理香は一言も発せず、差し込まれた管のなすがままになっている。
時々麻理香のお腹の中でうねうねと動き回っているのが見える。
ひどい・・・
こんなのってひどすぎる。

管が外れ、麻理香を固定した台が床に横になる。
手足を固定した枷が外れ、漆黒の躰にぴったりしたスーツを纏った麻理香がゆっくりと起き上がった。
「ワタシハコタイメイRW-222。コレヨリドウサカクニンヲオコナイ、ハイチニツキマス」
麻理香の目は何も見ていないかのように正面を向いたまま、私には何も言わずに歩き出す。
私はただ悲しくて、涙があふれるのを止められなかった。

「うあ」
私の腕につきたてられる管。
そこから何かが私の中に注入される。
「うああ・・・」
躰がじんじんと熱くなる。
な、何なの?
ああ・・・
始まるんだわ・・・
私もヒー子や麻理香と同じゴム人間になってしまう・・・
でも、もうどうしようもないよ・・・
お母さん・・・お父さん・・・
ごめんなさい・・・

私を載せた台が頭を上にして引き上げられる。
張り付けられた躰が空中に持ち上げられ、徐々にゆっくりと動いていく。
始まったわ・・・
私は半ばあきらめの境地で、されるがままになっている。
どちらにしろこの手枷足枷がはずれるわけじゃないのだし、誰も助けてくれる人もいやしない。
麻理香やヒー子と同じになるのだと思えば、そう恐ろしくも・・・
いや・・・
いやよ!
「いやよぉー!」
私はどうしようもなく手足をばたつかせる。
はずれっこないけど、このままはいやー。
「おかあさーん! 助けてー!」
私は声を限りに叫ぶ。
足元には真っ黒な液体のプール。
吊り下げられた台はゆっくりと下降し始める。
みるみると近づいてくる漆黒のゴムのような液体の海。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
私はただのどの奥から泣き叫んだ。

ひた・・・
私のつま先が、そして踵が黒い液体に浸けられる。
「いやぁっ」
そのまま私はずぶずぶと黒い液体に沈んで行く。
全裸の私にネットリと纏わり付いてくるゴムのような液体。
でも・・・
意外と気持ち悪いものではないわ。
むしろ・・・
一度躰にへばりつくと、そのあとは躰を優しく包んでくれるような感じ・・・
暖かささえ感じるわ。
私は何かホッとしたような緊張がほぐれて行くようなそんな感じを受けていた。
何かしら・・・
なんかとても気持ちがいい・・・
首まで液体に浸かっていると、躰に液体が沁み込んでくる感じだわ・・・

やがて私の周囲には幾本ものチューブが下がってくる。
私は躰を覆う脱力感とともにそれらをぼんやりと眺めているだけ。
首筋や肩口にちくっとした痛みが走ったものの、その周囲からもたらされる鈍痛も今の私には心地いい。
耳からはぎりぎりと何かを差し込んでくる気配を感じるのだけれども、それが何なのかもわからないし、気にしようとしても気にならなくなっていく。
口が勝手に開いて一本のチューブを咥えると、それはのどを滑り落ちてお腹の中をかき混ぜる。
ただただ躰がだるい。
目を開いているのも億劫だわ・・・
私は私自身が何か得体の知れないものに変わっていくのをうっすらと感じていたけれど、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
私の躰は作り変えられ、マスターの目的に沿うように変わっていく。
皮膚は全て皮膜と同化し、内臓は全て金属質の細胞に置き換えられる。
およそあらゆるところで活動でき、エネルギーの変換効率も生物とは及びもつかないものになっていく。
目は高解像度のカメラとなり、視覚情報を的確に伝えるセンサーとなる。
耳は音波ばかりではなく電波もキャッチできるアンテナとなり、マスターからの命令を余すことなく伝えてくる。
口からは音波を衝撃波として放射するシステムが備えられ、腕や足などの物理攻撃とともに相手を粉砕する手段となる。
体内の発電システムと発熱システムによって、一時的に電流を流すことも高温をもって周囲を焼くことも可能だ。
全てはマスターのため、その目的をただ達成するための機能。
私はマスターの道具となる。
あと1分42秒で脳の変換も終了する。
私はドールWR-223に生まれ変わる。

突然躰が揺れた。
地震?
激しい揺れが起こり、私はまどろみから引き戻された。
薄暗いホールの各所に赤いランプが輝き、何か緊急事態が起こったことを知らせてくる。
私はどのように行動すべきかをマスターに・・・?
違う。
違う違う。
私はマスターの道具なんかじゃない。
私は個体名谷島詩織。
ドールなんかじゃないわ!

私は夢中で手足の枷を引きちぎり、いくつものチューブを引きちぎる。
口の中にもぐりこんでいたチューブも引っこ抜いて、黒い液体の中に飛び込むと、そこを泳いで縁から体を引き上げる。
赤いランプが明滅する中、周囲にはドールの姿はなく、いずれもがマスターからの指令待ちの状態が窺えた。
チャンスだわ。
今ならこの基地から脱出することができる。
再び人間の世界に戻ることができるんだ。
私は急いで脱出口を探しにホールを出た。

幾人かの立ち尽くすドールたちのそばをすり抜ける。
みんな自律行動をとれないでいるんだわ。
マスターの命令は絶対。
マスターの指示が無ければドールたちは動けない。
私はこの幸運に感謝して通路を走りぬける。
躰が軽い。
筋肉はエネルギーを存分にパワーに変換して私の躰を力強く運んで行く。
この基地内の構造はわかっている。
私の頭に蓄積されたメモリーが私を正しく導いている。
一人での操作には難のある転送システムを避け、私はカモフラージュされた立て坑式の非常脱出口へ向かう。
そこがなぜ作られ、どうして必要だったのかはわからない。
けれど、そこからなら確実に外へ出ることができる。
私はパネル状のシャフトの入り口をこじ開けると、ひしゃげた金属の板を放り出して中にもぐりこんだ。

ゴム状に覆われた私の外皮はしっかりと金属の梯子を握り締めることができる。
足の指など無くなったつま先も滑ったりすることは無い。
全てにおいて行動しやすい形に作られたドールのボディ。
それが私を確実に地上へと導いている。
私はそれが心地よかった。

昇り始めて2分14秒後、私は脱出口のハッチにたどり着いた。
脱出口のハッチは二重構造になっている。
手前のハッチは簡単に開いたけど、最後のハッチを開ける前には手前のハッチを閉めなくてはならない。
ハンドル式のハッチはロックされていたけれど、私は指先に電極を形成して電磁ロックを焼ききる。
無駄なこと。
ドールの行動をとめることはマスターにしかできはしないのだ。
私はハッチを開けて外へ飛び出した。

『わぁ・・・綺麗・・・』
私は思わずつぶやいていた。
そこは満天の星空の下だったのだ。
しーんとした静けさの中、そよとも吹かぬ風の下に白い砂漠が広がっていたのだ。
周囲には樹はおろか草すら一本も無い。
寒々とした荒涼たる大地に私は立っていた。
『ここは・・・どこ?』
私はメモリーを探る。
しかし、書き込み途中だったのかこの場所についてのデータは見つからない。
『とにかくここにいては追っ手に見つかってしまう』
私は砂漠を走り始めた。
遠くに人工物のようなものが私のカメラに捕らえることができたのだ。
とにかくそこへ行ってみよう。
そうすればここがどこかもわかるかもしれない。
躰が変にふわふわするのを補正して私は走る。
きっと家ではお父さんとお母さんが心配しているに違いない。
せめて電話の一本も入れなくては。
私は両親の姿をメモリーから引き出して映し出していた。

『トマリナサイ。RW-223』
私の受信機に声が流れる。
私はその声に思わず立ち止まった。
私の行く手には二体のドール。
RW-221とRW-222が立っていたのだ。
違う・・・
違う違う。
ヒー子と麻理香が立っているのだ。
無表情の冷たい目。
マスターの命令が下ったのだろう。
私を捕らえに来たのだろうか・・・
『私はRW-223なんかじゃない。二人とも目を覚まして! 一緒に家に帰りましょう』
『オマエハRW-223。モドルノハマスターノモト』
『オトナシクシタガイナサイ。オマエハセイゾウトチュウ』
二人はまったく私の言葉を受け付けない。
当然だわ。
ドールはマスターに従うもの。
ドール同士といえども、マスターの命に反するような提案を受け入れるはずが無い。
私は覚悟を決めた。

勝負はあっけなかった。
ドールとしての能力を使いこなせていない私と、すでにドールとして完成したヒー子や麻理香とは勝負にはならなかったのだ。
私は躰のあちこちに機能不全を起こしながらも、必死で逃げた。
あの人工物のところに行けば・・・
それだけを考えて私は逃げた。
ヒー子も麻理香もすでにこちらに反撃の余力が無いと見てゆっくりと近づいてくる。
もう少し・・・もう少しで助けてもらえ・・・
えっ?
あれは何?
私は映像をズームする。
奇妙に角ばった構造物。
そばに旗が立っている。
赤と白の縞模様の旗。
一画に青地に白い星がたくさんある。
星条旗だ。
ここはアメリカだったの?
いや・・・ちがう・・・
あれは・・・
あれは・・・

『あははははははは』
私は笑い出してしまった。
補正をしないと躰がふらついたのは当たり前だ。
ここは・・・
ここは・・・
私はその奇妙な人工物のところにたどり着く。
四本の足を持つ金色の物体。
側面には星条旗が描かれている。
足の一本には梯子がついており、その下には奇妙な足跡がいくつも残されていた。
折りしも地平線の向こうから巨大な青い星が昇ってきた。
私は笑いが止まらない。
青い海に白い雲がかかった巨大な星。
ああ・・・
あれは地球だわ・・・
ここは月。
ここは海。
そう・・・ここは「静かの海」だったんだ。

******

「コタイメイ“ニシハラユミカ”。デナサイ」
私はマスターの命じるままに新たなドールを作り出す。
マスターが新たなドールをどのくらい必要としているのか私は知らない。
そのようなことは考える必要がない。
私はただドールRW-223としてマスターの命令に従うだけ。
私はがっくりとうなだれた女を抱きかかえるように連れ出すと、プラントで待っているRW-221に引き渡す。
これでまた新たなドールが生み出されるのだ。
私は次の指示をマスターに求めるべく通信を試みた。


「海」祭り開催中です。
会場はリンク先から行けますので、どうぞ足を運んで下さいませー。

それではまた。
  1. 2007/09/08(土) 20:28:06|
  2. 改造・機械化系SS
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蛇足

先日掲載いたしました短編SS「サボテンバット」に登場しました女怪人サボテンバットのイラストを、いつもお世話になっておりますg-thanさんが描きあげてくださいました。

いつものごとく見事なデザインで、素晴らしいものでしたので、ここに掲載させていただきます。

g-thanさん、いつもありがとうございます。


サボテンバット



さて、あくまで蛇足なんですが、先日のサボテンバットで最後にただサボテンにされてしまった娘の鮎美ちゃんを、彼女も改造してほしいというご意見がございましたので、エンドBという感じで書いてみました。

よろしければこういうエンドもあると言うことで、楽しんでいただければと思います。


サボテンバット・エンドB

「サボテンバットよ。心からゲルショッカーに忠誠を誓うお前に会わせたい人物がいる」
ブラック将軍のムチがアジトの出入り口をさす。
「会わせたい人物?」
「そうだ。連れて来い!」
ムチが振り下ろされると出入り口が開き、戦闘員に両腕を掴まれた少女が入ってきた。
「いやぁっ! 離してぇ!」
「鮎美?」
入ってきたのは彼女の娘の鮎美だった。
両手を掴まれた鮎美は恐怖に打ち震えていた。
「クックック・・・そうだ、お前の娘だ。会いたかっただろう」
「キキィ。はい。会いたかったですわ」
サボテンバットが前に進み出る。
「キャァー! 化け物ぉ!」
だが、鮎美はサボテンバットの姿に悲鳴を上げる。
久し振りに会った娘に近づいたサボテンバットは悲しかった。
ああ・・・
鮎美・・・どうして怖がるの?
この姿は素晴らしいと思わないの?
ゲルショッカーによって私は最高の躰をいただいたのよ・・・
それがわからないの?
サボテンバットはあまりのことに立ち尽くしてしまっていた。

「娘よ。お前の母親は我がゲルショッカーによって改造手術を受けたのだ。この姿を見よ。美しい最高の姿ではないか」
ブラック将軍が恐怖に顔をそむけた鮎美の顎を乗馬ムチで向き直らせる。
「えっ?」
鮎美はその言葉に驚いた。
改造?
お母さんが・・・?
この化け物が・・・お母さんなの?
「い、いやぁっ!」
鮎美は再び顔をそむける。
そんなバカな。
お母さんがこんな姿のはずが無い。
この化け物がお母さんだなんて嘘だ。
「嘘、嘘よ」
「嘘ではない。お前の母親は我がゲルショッカーのサボテンバットに生まれ変わったのだ。そうだな? サボテンバットよ」
「キキィ、その通りですわブラック将軍。私、咲田景子はゲルショッカーによってサボテンバットへ生まれ変わりました。鮎美、何も怖がることはないわ」
サボテンバットが両手を広げて敵意の無いことを示す。
鮎美がいまだ人間であることは悲しいことではあるが、抱きしめてあげれば鮎美はすぐに彼女の手で素敵なサボテンに変えてあげられるだろう。
「いやぁっ! そんな・・・ひどいよぉ」
あまりのことに鮎美は泣き出してしまう。
お母さんが・・・
お母さんが化け物になっちゃった・・・
ひどいよぉ・・・
がっくりとうなだれる鮎美。
すすり泣く声だけが室内に響く。

「娘よ、そんなに悲しむことは無い」
ブラック将軍がいやらしい笑みを浮かべる。
「母親と一緒に暮らしてきたお前は、やはりサボテンのエキスを多少沁み込ませている。人類総サボテン化計画を推進するためにも、お前も母親と同じく我がゲルショッカーの改造を受けるのだ」
「えっ?」
鮎美が驚いて顔を上げる。
改造?
私を改造?
愕然とする鮎美。
「ブラック将軍、それでは鮎美も?」
「うむ、サボテンバットジュニアへと改造するのだ」
ブラック将軍はそう言うと顎をしゃくり、戦闘員たちがすぐさま鮎美を手術台に固定する。
「キャァー!」
鮎美の叫びを耳にしながらも、サボテンバットは鮎美のそばに足を進める。
「サボテンバットジュニア・・・ああ、なんて素晴らしいのかしら。うふふ・・・鮎美、あなたもこれからゲルショッカーの改造人間になるのよ」
鮎美に語りかけるサボテンバット。
もはや彼女に鮎美の悲鳴は耳に入らない。
ああ・・・鮎美も改造されるんだわ。
なんて素晴らしいのかしら。
鮎美もすぐに改造されたことを喜ぶようになるわね。
うふふ・・・
サボテンバットは喜びに打ち震えた。

「イヤァッ! 助けてぇ!」
鮎美の悲鳴が部屋中に響く。
しかし、手術台に固定された手足はまったく動かない。
「ギィ、手術準備完了しました」
技術戦闘員が腕をクロスして報告する。
「よし、改造を始めろ」
ブラック将軍のムチが振り下ろされ、スイッチが入れられる。
「いやぁぁぁぁぁ」
鮎美の腕につきたてられたチューブに液体が流れ込み、鮎美の躰に沁み込んで行く。
「サボテンバットよ。この娘の体内にはサボテンのエキスが不足している。お前のエキスを注ぎ込むのだ」
「キキィ、かしこまりました、ブラック将軍」
サボテンバットは嬉しそうにうなずくと、鮎美の首筋に左手を這わす。
そしておもむろにとげを突き刺し、エキスを流し込み始めた。
「あぐぅぅぅぅ」
全身を覆う激痛とともに鮎美の姿が変わり始め、徐々に景子と同じくサボテンの表皮とコウモリの剛毛に覆われて行く。
両手は鋭い爪となり、両脚は靴を履いたような形に変容する。
やがて気を失った鮎美の姿は、母親である景子と同じサボテンバットに変容していた。
「ふふふ・・・可愛いわ、鮎美。いいえ、あなたはもう鮎美という名ではなくなったのよ。あなたはサボテンバットジュニア。わがゲルショッカーの改造人間になったの。これからは一緒にゲルショッカーのために働きましょうね」
生まれ変わったわが子を愛しむように、サボテンバットは手術台に寝かされたサボテンバットジュニアの頭をゆっくりと撫でる。

「目覚めるのだ、サボテンバットジュニア」
ブラック将軍の命令にゆっくりと目を開ける鮎美。
母親の心をゆがめた改造された肉体は、幼い少女の心をもあっという間にゆがめてしまう。
ほんのわずかの間に鮎美は改造された肉体に喜びを感じてしまった。
そして、鮎美という人間であることを捨て、サボテンバットジュニアであることを選んだのだ。
手術台から降りたサボテンバットジュニアは、すぐにブラック将軍の前に立つ。
「キキィ、私はゲルショッカーの改造人間サボテンバットジュニア。ブラック将軍。何なりとご命令を」
「クックック・・・これよりお前はサボテンバットとともに人類総サボテン化計画を実行するのだ」
「キキィ、お任せ下さいませ」
冷たい笑みを浮かべるサボテンバットジュニア。
もはや鮎美の持っていた愛らしさは微塵も無い。
「キキィ、さあ、行きましょうサボテンバットジュニア。人間どもをサボテンにするのよ」
「キキィ、はい、サボテンバット。私もお手伝いいたします」
二人の女怪人は、そう言って誇らしげにアジトを後にした。
  1. 2007/02/24(土) 22:05:13|
  2. 改造・機械化系SS
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サボテンバット

2chの「おにゃのこが改造されるシーン」及び、「おにゃのこ改造 byアダルト」スレに、最近またSSが投下されているのを見て、私も触発されてしまいました。

ということで、仮面ライダー初代より、ゲルショッカーの怪人にお出ましいただきました。

「おにゃのこ改造 byアダルト」にもイソギンジャガーのSSが載っていましたが、どうも似たような展開になってしまい申し訳ありません。

それではどうぞ。


ガラスに囲まれた温室。
年中南国の気温に設定されている温室内には、鮮やかに花を咲かせたサボテンの鉢植えが多数置かれていた。
そのサボテンをかいがいしく面倒を見ている一人の女性。
三十代後半の熟れた肉体を白衣に包んで書類にデータを書き込んでいる。
咲田景子(さくた けいこ)。
父の後を継いでサボテンの研究を続けていたのだ。
そのためこの温室には世界中から各種のサボテンが集められている。

「お母さん、ただいまー」
温室に一人の少女が入ってきた。
三つ編みにしたお下げ髪が可愛い少女だ。
「お帰りなさい、鮎美。あら? それは何?」
景子が鮎美の持ってきた小包に気が付いた。
「あ、これ? 知らなーい。玄関においてあったわ」
鮎美は白い箱を母親に差し出す。
何かしら?
景子は首をかしげたが、送り主も書いていない上に包装すらされていない。
「まさか爆弾ということは・・・無いわよね」
苦笑しながら中身を確認するために箱を開ける。
「あら、これは?」
「わあ、綺麗」
箱を覗き込んだ二人の前には、オレンジ色の丸い形のサボテンが入っていたのだ。
「見たこと無いサボテンだわ」
「きっと新種なのね」
二人が顔を見合わせた時、そのサボテンからいきなり白いガスが噴出してくる。
「えっ?」
「きゃぁー」
白いガスはすぐに二人の意識を遠くさせていく。
「あ・・・あゆ・・・」
くたっとなった娘に手を伸ばすものの、景子の目の前も暗くなっていってしまった。

『クックック・・・聞こえるか? 咲田景子よ』
箱の中のサボテンから声が聞こえてくる。
すると、倒れていた景子の目がゆっくりと開かれた。
『さあ、来るのだ。我がアジトへ来るがいい』
景子は無言でゆっくりと起き上がると、サボテンの箱を持ち、その指示に従って歩き出す。
倒れている鮎美を振り返りもせず、景子はそのまま温室を出て姿を消した。

いずことも知れぬ地下のアジト。
その正面にはかつてのワシのマークに新たにヘビがまきついて、より精悍となったマークが飾られている。
その前に立つのは全身を黒い軍服で固め、顔の左右に頬当ての付いた黒いヘルメットを被った男だ。
肩からは赤い飾り帯をかけ、胸には幾つもの勲章をつけている。
相当な実績を戦場で上げてきたのだろう。
その顔には自信が窺えた。
『ブラック将軍よ』
ワシとヘビのマークの中央が輝き、アジト内に声が響く。
「ハッ、お呼びですか首領」
ブラック将軍と呼ばれた男が乗馬ムチを振る。
『このような女を改造してどうしようというのだ』
首領の言葉にブラック将軍は背後を振り返る。
そこには手術台に寝かされた景子が手足を固定されていた。
「ご安心を。この咲田景子という女はサボテンの研究者。この女の肉体にはサボテンのエキスがたっぷりと沁み込んでいます。つまり、我がゲルショッカーの改造人間にうってつけの素体」
ゆっくりと景子の脇にやってくるブラック将軍。
その顎を乗馬ムチで持ち上げる。
「お前はこれより改造手術を受け、我がゲルショッカーの怪人となるのだ」
「えっ? そ、それは一体?」
目が覚めたときには手術台に寝かされていた景子には、何がなにやらさっぱりわからない。
「お前が気にする必要は無い。お前は黙って手術を受ければいいのだ」
「ええっ? い、いやです。いやぁぁぁ」
必死に首を振って逃れようとする景子。
だが、逃れられるはずも無い。
『ブラック将軍よ。改造を始めよ!』
「ハハッ。始めろ!」
ブラック将軍が大きくうなずき、配下の技術戦闘員たちに命令を下す。
「ギィッ」
両手を大きく交差するゲルショッカーの敬礼をして、技術戦闘員はスイッチを入れた。

「いやぁっ!」
景子の両腕にチューブが差し込まれ、緑色の液体が流し込まれていく。
そのチューブの先には機械が接続され、その内部では南米の吸血コウモリが溶かされていた。
「あああ・・・」
全身を貫く痛み。
躰が全部バラバラになるような感じだ。
「あぐぅ・・・」
景子の躰がガクガクと痙攣する。
「クックック・・・この女の体内のサボテンのエキスと、南米の吸血コウモリが合わされば・・・クックック・・・」
満足そうにブラック将軍は笑みを浮かべた。

やがて景子の躰が変化を始める。
服が引き裂け、形のよい胸がとげのある緑色のサボテンの表皮に覆われていく。
すらっと伸びた脚はストッキングが破れ、茶色の剛毛が生えてくる。
右手はコウモリのような鉤爪ができ、左手は胸と同じようにサボテンの表皮と鋭いとげが生えてくる。
つま先とかかとは靴を履いたような形に変化し、美しかった顔は大きな耳を持つコウモリの顔へと変化していった。
咲田景子はゲルショッカーの改造人間になってしまったのだ。

「クックック・・・起きるのだ、サボテンバットよ」
両手両脚の戒めが解かれ、景子の躰が自由になる。
「う・・・あ・・・」
サボテンバットと呼ばれた景子がゆっくりと起き上がる。
「あ・・・あ・・・こ、この躰は一体?」
すっかり変わってしまった両手両脚に景子は愕然とした。
サボテンとコウモリの合いの子のような姿。
これが今の自分の姿だというのか?
「い、いやぁぁぁぁぁ」
両手で顔を覆い泣き崩れる景子。
あまりのことに言葉も出ない。
『むぅ、どうしたことだ。ブラック将軍よ、脳改造は行なわなかったのか?』
首領も驚いたような声を出す。
「クックック・・・ご安心を首領。この女には脳改造は必要ありません。いずれそれがわかってもらえるでしょう」
神経質そうに頬をひく付かせるブラック将軍。
だが、彼には彼の計算があるらしい。
『なるほど。では任せよう』
「お任せ下さいませ、首領」
恭しく一礼するブラック将軍。

「さて、いつまでも泣いていても仕方あるまいサボテンバットよ」
「わ、私はそんな名前じゃありません。私は咲田景子です。お願い・・・元に、元に戻して」
すがるようにブラック将軍を見上げる景子。
「クックック・・・その姿では娘に会うこともできまい」
ハッと息を飲む景子。
鮎美・・・
鮎美に会いたい・・・
でも・・・
でもこんな姿では・・・
「お願いです・・・元に戻して・・・」
「よかろう。お前が我が命令を果たせば姿を元にもどしてやる」
「えっ?」
景子の心に光がさす。
ブラック将軍は乗馬ムチでサボテンバットとなった景子の顎を持ち上げ、いやらしく笑みを浮かべた。
「どうだ? 悪い取引ではあるまい」
「・・・・・・わ、わかりました」
景子はうつむいてしまう。
けれど、元の姿に戻してやるという申し出には抗えなかった。
「クックック・・・なに、簡単なことだ。世界平和科学者委員会の会長と副会長を始末するのだ」
「世界平和科学者委員会の会長と副会長?」
「そうだ。どちらもお前には何の関係も無い人間だ。それをこなせばお前を元の姿に戻してやろう」
ブラック将軍の言葉に景子はうなずいた。
うなずくしかなかったのだ。
「・・・・・・わかりました。それが終われば元の姿に戻していただけますね?」
「約束しよう」
ブラック将軍は再びいやらしく笑った。

世界平和科学者委員会とは、ゲルショッカーの脅威に対するために、世界の平和を愛する科学者の力を結集しようという目的で作られたものだ。
その会長と副会長はゲルショッカーに一番抵抗している日本から選ばれた。
ゲルショッカーとしてはどうしても始末したい相手である。
サボテンバットに改造された景子がその始末を命じられたのだ。
『お前の左手のとげからは毒液が出るようになっている。その毒液は人間を生きたままサボテンへと変えてしまうのだ。殺すわけではないから安心しろ』
ブラック将軍の言葉が景子の脳裏によみがえる。
例えサボテンになっても生きている。
その言葉は景子をすごく精神的に楽にさせていた。
殺せと命じられれば、景子はどうしても躊躇うだろう。
苦しんだ挙句に任務に失敗しかねない。
ブラック将軍はそれを見越していたのだ。

夜。
世界平和化学者委員会の会長宅は、当然のように厳重に警戒されている。
ゲルショッカーに狙われるのはわかりきっているのだ。
最大級の警備をするのは当然だ。
「ギィ、会長は自宅におります。しかし、門にも外周にも警備の人間がうろついております」
青紫の全身タイツに身を包んだゲルショッカーの戦闘員が景子に報告する。
「キキィ。そう・・・わかったわ。お前たちは警備員を引き付けなさい」
景子は戦闘員たちに指示を下す。
この任務は彼女が中心となって行なわなければならない。
そのため、戦闘員たちへの命令も彼女が行なえるのだ。
「ギィ」
腕をクロスして戦闘員たちが散らばっていく。
やがて、警備員たちの動きが慌ただしくなり、その気配が少なくなっていく。
ふふ・・・上手く行ったようだわ。
自分の考えが上手く行くのは気持ちがいい。
戦闘員たちは彼女の命令に手足のように従ってくれるのだ。
彼女は心置きなく任務に専念できるだろう。

塀を簡単に飛び越える。
すごい・・・
こんなに躰が軽いなんて・・・
景子は改造された自分の躰にあらためて驚きを感じた。
こんなにすごいとは思わなかったのだ。
塀を越えた景子はそのまま建物の屋根に飛び移る。
そして窓をこじ開けて侵入した。
うふふ・・・簡単なものね・・・
何か気分がいい。
こんなに簡単だとは思いもしなかった。
これなら何度やってもいいかもしれない。

天井からぶら下がるようにして会長の部屋に入り込む。
ふふ・・・
まったく気が付いていないようね。
初老の会長はデスクに向かって一心に何かをやっていた。
背後の天井にぶら下がる景子にはまったく気が付いていない。
ふふ・・・
ゲルショッカーにとってあなたは邪魔なの。
殺しはしないからおとなしくサボテンになっておしまいなさい。
景子はスッと会長の背後に立つ。
さすがに気が付いたのか、会長は振り返った。
「な、何者だ、君は?」
驚いて椅子から腰を浮かせる会長。
「キキィ! 私はゲルショッカーの改造人間サボテンバット。おとなしくサボテンになっておしまい!」
驚くほど素直に景子は自らをサボテンバットと名乗ることができた。
もちろんこれから会長を始末しようという時に咲田景子などと名乗るつもりもなかったが、サボテンバットと名乗ることが、これほど簡単だとは思わなかったのだ。
私は・・・サボテンバット?
違う違う・・・
でも今はそんなことを考えている場合では無い。
命令に従い会長をサボテンにする。
今の彼女にとってはそれが全てだった。
「キキィ」
景子は会長に掴みかかると、右手のコウモリの爪でがっちりと押さえ込み、左手のサボテンのとげを突き刺す。
あ・・・
景子の躰に快感が走る。
とげから毒液が流されるとき、景子は言いようも無い快楽を感じたのだ。
「うわぁっ」
会長の躰が痙攣し、とげを刺されたところからみるみる緑色に変色して行く。
嘘・・・
景子はあまりのことに驚いた。
サボテンにするとは聞いていたが、これほど劇的な変化を起こすとは思わなかったのだ。
やがて会長の躰はとげの生えたサボテンとなってしまう。
それはまさに人間の形を保つかのように丸い頭部と手足を持ったサボテンであった。
ああ・・・
それを見た景子は名状しがたい感情が沸き起こってくるのを止められなかった。

素敵・・・
サボテンになった会長はすごく素敵だった。
サボテンの研究をしていた彼女にとって、サボテンは愛すべき存在だった。
わずらわしい人間関係よりも、サボテンに熱中している方が好きだったのだ。
その彼女の目の前には人間である事をやめ、サボテンとして生まれ変わった会長が転がっていた。
生きているのは間違いない。
だが、物も言わず動くこともできない植物のサボテンとなった。
会長はもはや何も考えることも思い悩むことも無い。
ただのサボテンとなったのだ。
なんて素晴らしいのかしら・・・
景子は思わず屈みこんでサボテンを愛撫する。
とげがちくちくするのがなんとも言えず素敵だ。
ああ・・・
なんて素敵なの・・・
人間をサボテンにする。
それはなんて素晴らしいこと。
もはや苦しみも悲しみも感じることは無い。
太陽の光を浴びてただただ立ち尽くせばいいのだ。
これほど素晴らしいことがあるだろうか・・・
うふふふ・・・
景子の中で何かが歪んで行く。
彼女の唇が釣りあがり、妖しい笑みが浮かぶのだった。

「会長、お茶が入りました」
ドアがノックされ、秘書と思われる若い女性が入ってくる。
だが、サボテンバットの姿を見て持っていたトレイを取り落とした。
「キャー!」
「見たわね? お前もサボテンになるがいいわ」
景子は躊躇いもなく秘書を捕まえるととげをさす。
秘書はあっという間にサボテンへと変わり果てた。
「うふふ・・・うふふふふ・・・」
静かになった室内にサボテンバットの笑い声が響いていた。

                 ******

数日後、会長に続いて副会長もサボテンに変えたサボテンバットがアジトに帰還する。
「キキィ。ただいま戻りました、ブラック将軍」
誇らしげに胸を張り、ブラック将軍の前に跪く。
「よくやったぞサボテンバット。これで世界平和化学者委員会は無力化した」
満足そうに目を細めるブラック将軍。
「キキィ。お褒めの言葉、ありがとうございます」
サボテンバットが嬉しそうに答える。
「これでお前は我が命令を遂行した。こちらも約束を果たさねばならないが、まだ元の躰に戻りたいかな?」
サボテンバットはしばし黙った後、首を振った。
「いいえ。これほどすばらしい躰にしていただいて、今では感謝しております。元の躰になど戻りたくはありません」
サボテンバットの言葉にブラック将軍はうなずいた。
「そうだろう。お前は人間などを超えた改造人間なのだ。その躰を誇りに思うがいい」
「はい。私はゲルショッカーの改造人間サボテンバット。これからもゲルショッカーのために身も心も捧げます」
景子はこの数日で変わってしまっていた。
改造された肉体に酔いしれ、その能力に惚れ込んでいた。
人間をサボテンにする能力が何よりも彼女を喜ばせた。
彼女は副会長襲撃の際は警備員も全てサボテンにしてしまうほどだったのだ。
もはや咲田景子としての意識はなく、サボテンバットであることに喜びを感じ、そう呼ばれることに誇りを持つようにすらなっていたのだ。

「サボテンバットよ。心からゲルショッカーに忠誠を誓うお前に会わせたい人物がいる」
ブラック将軍のムチがアジトの出入り口をさす。
「会わせたい人物?」
「そうだ。連れて来い!」
ムチが振り下ろされると出入り口が開き、戦闘員に両腕を掴まれた少女が入ってきた。
「いやぁっ! 離してぇ!」
「鮎美?」
入ってきたのは彼女の娘の鮎美だった。
両手を掴まれた鮎美は恐怖に打ち震えていた。
「クックック・・・そうだ、お前の娘だ。会いたかっただろう」
「キキィ。はい。会いたかったですわ」
サボテンバットが前に進み出る。
「キャァー! 化け物ぉ!」
だが、鮎美はサボテンバットの姿に悲鳴を上げる。
「鮎美・・・・・・ふふ・・・うふふ・・・」
一瞬戸惑ったサボテンバットだったが、すぐにある感情が浮かんできた。
可愛いわ・・・
この娘もサボテンになれば・・・
もっと可愛くなるに違いないわ・・・
「助けてぇ! 誰か助けてぇっ」
「キキィ。おとなしくしなさい、鮎美。すぐにあなたもサボテンにしてあげるわ」
サボテンバットの左手のとげが鮎美に向けられる。
「クックック・・・娘をサボテンにすることができるまでになったか。これでサボテンバットの完成だ」
「キャァーッ!」
ブラック将軍の目の前で、サボテンバットのとげが鮎美に突き立てられるのだった。
  1. 2007/02/21(水) 21:46:31|
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黒薔薇女

昨日予告したとおり、本日はSSを投下いたしますね。

まずは下の画像を見ていただけますでしょうか。

20070124210811.jpg

20070124210854.jpg


これは、私がいつもお世話になっているg-thanさんが、以前(と言っても二年ぐらい前)に描いたイメージラフと、それに繋がる黒薔薇女のイラストなんですが、先日メッセでお話している時にこの絵を見せていただいたんです。

それで、ちょうどその時メッセで一緒にお話していたEnneさんと会話がはずみまして、お互いにこのイメージイラストから受けた印象に基づいて、私ならこんな話にする、私ならこうするよといった会話になったんです。

で、それならばお互いにSSを書いてみようという事になりまして、今回g-thanさんのブログと同時公開させていただくことになりました。

私がこのイラストから受けたイメージを元にしたSSは以下に掲載し、Enneさんが受けたイメージを元にしたSSは、g-thanさんのブログで同時公開されます。

よろしければ、ぜひg-thanさんのブログにもお立ち寄りいただき、同じイメージイラストからインスピレーションを受けた二つのSSの違いをお楽しみいただければと思います。

最後に、イメージイラストを見せてくださったg-thanさんと、この企画に賛同して下さり、SSを製作してくださったEnneさんに改めて感謝いたしたいと思います。
どうもありがとうございました。

それでは「黒薔薇女」お楽しみいただければと思います。

薔薇・・・
庭の一角に咲いている薔薇・・・
美しい薔薇・・・
その色は黒。
闇のように黒い黒薔薇。
これは珍しいこと。
普通の黒薔薇は深紅色。
ここまで真っ黒なのは珍しい。

「先生」
私はその声に振り向いた。
そこにはセーラー服にプリーツスカートを身に纏った少女が立っていた。
確か・・・
「あなたは一年C組の香葉村さんだったかしら?」
「はい。香葉村美穂(かわむら みほ)です。先生、どうなさったのですか? 気分でも・・・」
私の方を心配そうに覗きこんでくる小柄な少女。
きっと私が薔薇を見てぼうっとしていたのを気に掛けてくれたんだわ。
「あ、なんでもないのよ。この黒薔薇は珍しいでしょ。だから見入ってしまったのね」
私は笑顔を浮かべて心配している香葉村さんにそう言った。
「ああ、そうだったんですか。私てっきり・・・何か思い悩んでいらっしゃるのかと・・・」
香葉村さんの表情がほころぶ。
よかった。
生徒に心配掛けさせるなんて教師としては失格だわね。
「それにしても珍しいですよね、この黒薔薇って」
「ええ、ここまで黒いのは珍しいでしょうね」
香葉村さんは私の横までやってきて、庭の黒薔薇を見渡している。
「この黒薔薇って、先生がお育てになったんですよね?」
「えっ? ええ、まあ・・・」
私は少し気恥ずかしくなる。
育てたと言っても、実際に手を加えているのは私以外に庭師の方とかいるし、私がしたことはこの苗を持っていたことぐらいだろう。
そう・・・
私はこの苗を持っていた・・・
「レッドアイって言うんでしたっけ? この黒薔薇」
香葉村さんの言葉に私はうなずく。
「そう。黒薔薇なのにレッドアイだなんて変な名前でしょ。でも、この花の名前だけは覚えていたの」
「そうなんですかー。それにしてもいい香り」
香葉村さんはすうっと胸いっぱいに香りをかいでいる。
そう、この花はとても香りがいいのよね。
私もこの花の香りを嗅ぐととても心が落ち着くの。
だから先ほどのようにぼうっとしちゃうんだけどね。
「シスターローゼ、お手伝いいただけますか?」
校舎の方で私を呼ぶ声がする。
この学院の学院長であるシスターマーサだわ。
「はい、今行きます」
私はそう返事をして、香葉村さんに別れを告げる。
何となく名残惜しそうな表情で、香葉村さんは私を見送ってくれた。

「せっかく生徒とお話していたのにすみませんね」
学院長が本当にすまなそうに頭を下げてくる。
とんでもないことだわ。
私こそ学院長にはお世話になりっぱなし。
このお方がいなければ私は一体どうなっていたことか・・・
「ちょっと放課後でぼうっとしていたのを心配させちゃったようでして・・・」
私は我ながら情け無い事実を打ち明ける。
「そうでしたか。あまり思いつめないで下さいね」
学院長の優しさに私は胸が熱くなる。
私のような得体の知れない者を雇っていただいているだけでも、申し訳ないというのに・・・
「これからの授業で使う教材が届いたんですが、大きくて重くて・・・歳は取りたくないものですわねぇ」
そう言ってにこやかに微笑んでいる学院長。
無論お歳だなんて言っても、まだ五十代のはず。
まだまだこれからですわ。
「お任せ下さい。私が運んでおきますから。どこへ運びましょうか?」
私は学院長について、教材の届けられた玄関へ向かう。
業者さんもどうせなら中まで運んでくれればいいのに。
そう思った私だったが、玄関には両手で抱えられるほどの大きさの箱が一個あるだけだった。
「これを運べばいいのですか?」
「はい、理科教室までお願いします」
「わかりました」
私は尼僧服の袖をまくって箱を持ち上げる。
あら?
それほど重いものじゃないわ。
よかった。
「すみませんねぇ。助かりますわ。それにしてもシスターローゼは力がおありなんですね」
学院長が頭を下げる。
「そんなたいしたものでは、私こそ学院長にいただいたご恩はこんなものではすみませんから。どうぞいつでもこき使って下さいませ」
「まあ、うふふふ」
私と学院長は思わず笑いあう。
「それじゃお願いします。理科教室の鍵は開いていますから」
「はい。お任せ下さい」
私は学院長に一礼すると、理科教室へ向かった。

そう・・・
私が学院長に受けたご恩はとてもこんなものでは返せない。
二年前・・・
私はどうしたわけかこの学院の前で倒れていた。
ここは私立聖エレーヌ女学院。
宗教法人により設立されたミッション系のお嬢様学院である。
高原の静かな環境で、周囲からある程度隔離し、次代を担う才女やしとやかな妻となる女性を育み愛しむ場所。
そんな場所の門前で、早朝私は倒れているところを発見された。
その時の私は、衰弱が激しかったらしく、学院長の呼びかけにも、薔薇が・・・黒薔薇が・・・とうめいていたらしい。
私にはそれ以前の記憶はまったく無い。
覚えているのは、レッドアイという名の黒薔薇の苗を大事に抱え、ベッドの上で目覚めてからのことだけ。
私が誰なのか・・・
どこで何をしていたのか・・・
私は一切覚えていなかった。

学院長はそんな私を暖かく迎え入れてくれ、しばらく滞在することを許可してくれた。
黒薔薇の名前は覚えているのに、自分の名前すら思い出せない私に、シスターローゼという名を与えてくださり、補助教員としての待遇まで与えてくださったのだ。
衰弱していた私だったが、回復は目を見張るほどで、数日後にはもう問題なく活動できるようになった。
警察の事情聴取も形式的なもので、捜索願に該当者が無ければ後はどうしようもないようだった。
私は学院長の行為に感謝し、この身を神に捧げることでこれからを生きていこうと思った。
幸い、私は教員としての素質のようなものがあったのか、今まで特に問題も無く勤めることができたのだった。

「ふう、ここに置いとけばいいかしらね」
私は理科教室の一角にダンボールを置く。
中身が気になったけど、理科系の担当はシスターマリーだから、勝手に開けるのは悪いでしょうね。
私は好奇心を抑えて教室を出ると、机の上においてあった鍵でドアの鍵を閉める。
後はこの鍵を職員室へ戻せばOKね。
『キャー!』
悲鳴?
一体何事?
私はすぐに鍵をポケットに入れて、悲鳴の方へ走り出す。
尼僧服の長いスカートが邪魔だけど、そんなことは言っていられない。
確か悲鳴は二年生の教室の辺り。
私は普段生徒に廊下を走らないように注意しているのも忘れて、廊下を駆けていった。

二年B組の前には女生徒たちが不安そうな表情で中を覗きこんでいた。
おそらく悲鳴の元はあそこに違いないわね。
私はすぐに駆け寄ると、生徒たちに何があったのかを聞いてみる。
「あ、ローザ先生、田之口(たのぐち)さんが・・・」
「田之口さんが急に倒れて・・・」
生徒たちが口々に訴える。
私が教室の中を覗くと、女生徒が一人床に倒れている。
青白い顔をして血の気が無い。
私はすぐに駆け寄ると、倒れている少女を抱え起こした。
「田之口さん、しっかりしなさい! 誰か? 保健室のシスタールシアに連絡した?」
「今呼びに行っています」
私はそのことにうなずくと、再び田之口さんの容態を見る。
真っ青な顔をして呼吸も心拍も浅い。
まるで大量に血を失ったかのよう。
これは救急車を呼んだほうがいいかもしれないわ。
私は彼女を抱きかかえると、保健室へ走り出す。
とりあえず保健医のシスタールシアに見てもらい、場合によっては病院へ連れて行こう。
「入れ違いになると困るから、もしシスタールシアが来たら保健室にいると言ってちょうだい」
「わかりました、ローザ先生」
私は生徒の返事を聞きながら、廊下を保健室に向かって走った。

ドクン・・・
心臓が突然跳ね上がる。
えっ?
私の足が突然止まる。
あれは・・・
廊下の窓から見える学院の敷地の外。
そこに一人の人影が立っている。
青い髪を後ろでシニョンにした小柄な女性。
黒いサングラスに隠されて瞳を見ることはできないけれど、少女と言ってもいいようなあどけない表情を浮かべている。
ロングコートを纏ったその女性は、たたずむようにして学院の方をまっすぐに覗き込んでいた。
誰?
あれは・・・誰?
私は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
足が震えて動かない。
何かが・・・
私にとって何か良く無いことが・・・
彼女によってもたらされる・・・
私は叫びだしたいのを必死にこらえ、何とか目をそらそうとした。
でも、私の目は彼女に釘付けになる。
抱えている田之口さんを落とさぬように必死に抱きながら、私は廊下に立ち尽くしていた。
サングラスの奥の瞳は間違いなく私を見ている。
彼女は私を知っている。
彼女は一体何者なの?
私に何の関係があるの?
彼女の唇が笑みを形作り、ゆっくりと動き出す。
ミ・・・ツ・・・ケ・・・タ・・・
「イヤァァァァァァァァァァ!」
私は叫んでいた。

「・・・ローゼ・・・スターローゼ」
「えっ?」
私ははっとして振り向いた。
「大丈夫ですか? シスターローゼ」
そう言って私を覗き込んでいるのは、保健担当のシスタールシアだった。
「あ・・・私・・・一体?」
私は田之口さんを抱いたまま意識が飛んでいたらしい。
「保健室で待っても来なかったものですから、すぐに探しに来たんですよ」
「そ、そうでしたか・・・」
私は窓の外をみる。
先ほどの童顔の女性の姿は無い。
「あ、あの・・・」
「なんですか? 彼女をすぐに保健室へ」
「あ、はい」
私はシスタールシアの後に続き、保健室に田之口さんを届ける。
童顔の女性のことはたずねることはできなかった。

「どうやら貧血のようですわね。少し寝かせれば大丈夫でしょう」
ベッドに寝かせた田之口さんを診察したシスタールシアが安堵の表情を浮かべる。
「えっ? それだけ? なんですか?」
私は驚いた。
てっきり何か危険な状態じゃないかと思っていたのだ。
でも、ベッドに寝かせられた田之口さんは、すやすやと落ち着いた寝息を立てている。
顔色も先ほどよりはずっといい。
「時々女の子は無茶なダイエットをしますからね。きっとその影響が出たんでしょう」
それはよくわかるわ。
確かに誰でも美しくありたいし、そのためには食事を取らないぐらいは平気でやるものね。
でも・・・
本当に貧血だけなのかな?
「シスターローゼ」
「あ、はい」
「後は私の方で引き受けますから。お仕事に戻られても結構です」
シスタールシアが優しく微笑んでいる。
本当に天使の微笑みだわ。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
私は一礼して、保健室を後にした。

私は学院の外へ出て、先ほどの女性を探してみる。
彼女が何者かは知らないけれど、さっきは間違いなく私を見つけたと言っていた。
本当なら会いたく無い。
彼女は何か会ってはいけない存在のような気がするのだ。
会った時には私は取り返しがつかないことになってしまうような・・・
そう思いながら私は廊下から彼女が見えた位置に行ってみる。
夕暮れの日が差している道路。
そこには誰もいない。
私は何となくホッとして胸をなでおろす。
神に感謝して十字を切り、私は両手を組んで祈りを捧げた。
ありがとうございます・・・願わくば二度と会わずにすみますことを・・・

学院はその敷地内に寮を持っている。
職員寮と生徒寮である。
私はもちろん職員寮に一室を与えられていて、食事も寮の食堂でとることになっている。
いつもなら美味しい食事を楽しむのだけど、今日は食欲が無い。
あの女性のことが気にかかるのと、なぜか食べたいという気にならないのだ。
私は食事を辞退する旨を告げ、読みかけの本を読んで気を紛らせる。
夜のお勤めを終えた後は早々に寝床につく。
今日は巡回当番。
私は目覚ましを深夜1時にセットして眠りについた。

ピピッピピッピピッ・・・
目覚ましが鳴っている。
私は眠い目を擦りながら起きだし、尼僧服を身にまとう。
重い尼僧服だけど、これを着てウィンプルを頭から被れば気持ちもすっきりする。
神にお仕えするシスターとしての自覚に目覚めるというのかしら。
私は十字を切ってお祈りをすると、まずは職員寮を見回る。
懐中電灯に照らされる廊下は、昼間とは違い不気味だけど、何事も無いことを確認して、私は学生寮へ向かった。

生徒寮の鍵を開け、内部に入る。
ここが数時間前まで女生徒たちの喧騒に満ちていた場所とは思えないほどの静寂。
私は再びドアに鍵をかけ、廊下を歩き出す。
一年から三年までの生徒たちが暮らす生徒寮。
時にはこの時間でも規則を破って起きている生徒がいたりするのだ。
もちろんそんな生徒には厳重注意が待っている。
でも、若い娘たちは羽目をはずしたくなるものなのよね。
私はそんなことを考えながら生徒寮を一周する。
異常なし・・・
そう思って学院の方へ向かおうとしたとき、私は何か引っかかるものを感じて立ち止まる。
私は以前から何か勘というか感覚の鋭いようなところがあった。
もちろん記憶を無くする以前はどうだったのかわからないけど、この学院に来てからは他の人たちが気がつかないような気配とか、物音などを察知することができたのだ。
私は何が引っかかったのかを確かめようと廊下の窓のところへ行く。
「これか・・・」
私は苦笑した。
誰かが開けた窓を閉めたときに留め金をかけ忘れたのだろう。
窓は外からでも容易に開けられるようになっていたのだ。
うっかりミスなのだろうが、無用心には違いない。
私は明日報告することにして、留め金を書けた後にメモを取っておく。

さて、残るは学院ね。
私は生徒寮を出て鍵をかけ、学院の建物に向かう。
学院の玄関の鍵を開けようとした時、私はふと話し声が聞こえた気がして立ち止まった。
気のせい?
私はそう思ってしばし耳を澄ます。
そうすると遠くの物音が増幅されて聞こえることが良くあるのだ。
他の人はそんなことはできないって言うけど、私は普通にそういったことができる。
小さな物音もよく聞こうとすると大きく聞こえるのだ。
聞こえる。
確かに話し声だわ。
それも複数。
どうやら女生徒たちが数人裏庭の方にいるみたい。
この学院の裏庭はあの黒薔薇を初めとした花壇など庭園があり、生徒たちの憩いの場ともなっている。
休み時間を裏庭で過ごす子達も多かった。
私は学院内の巡回を後回しにして裏庭に向かった。

私は目を疑った。
裏庭にいたのは数人の女生徒たち。
驚いたことにそのいずれもが奇妙な姿をしていたのだ。
もうすぐ六月とはいえ、裸なのである。
それもただの裸ではない。
脚から胴体にかけて草の蔓のようなものが巻きつき、ところどころに葉をつけているのだ。
あれは・・・薔薇の葉っぱ?
彼女たちは躰に薔薇を巻きつけているというの?
彼女たちはみなこちらに背を向けて黒薔薇の咲いている場所に集まっている。
どうやら何かを見つめているらしい。
でも何を?
黒薔薇をこんな時間に?
私は彼女たちの奇妙さに何か心惹かれるものを感じる。
美しい・・・
彼女たちの後ろ姿は見惚れてしまうほどに美しかった。
そのうち、彼女たちが一斉に振り返った。
私は思わず壁に身を隠す。
気が付かれただろうか・・・
何となく私は彼女たちが何をしているのか気になっていた。
できれば最後まで見ていたかったのだ。

しばしの間を置いて恐る恐る壁から顔を出して覗き込む。
すると、彼女たちは左右に分かれていて、その足元に横たわっているものが見えた。
「!」
田之口さん・・・
あれは田之口さんだわ。
放課後に倒れた田之口さんがなぜ?
しかも彼女も裸で黒薔薇のそばに横たわっている。
出て行かなきゃ・・・
彼女は貧血で倒れたというのに、こんなところで裸で寝かせておくわけには行かないわ。
でも、私はなぜか動けなかった。
目だけは彼女たちに向けられ、躰はまったく動けなかったのだ。
「うふふ・・・そろそろね」
「彼女もこれで私たちの仲間。素敵ですわ」
「彼女も選ばれた存在。学院の支配者になるのですわ」
少女たちが口々にしゃべっている。
そして再び一人が振り向くと、こう言ったのだった。
「ローゼ先生。こちらへいらっしゃいませんか? 覗き見は趣味が悪いですわ」

私はもう少しで悲鳴を上げるところだったかもしれない。
振り向いた彼女の目は赤く輝き、口元には妖しい笑みを浮かべ、両の乳房には漆黒の黒薔薇が大輪の花を咲かせていたのだ。
「あ、あ、あなたたちは一体?」
私はそれだけ言うのが精いっぱいだった。
続いて振り返った少女たちはいずれも同じような姿をして私に微笑んでいる。
「うふふふ・・・怖がることはございませんわ。ローザ先生は私たちの母なのですから」
「母? 母ってどういうこと?」
「すぐにわかりますわ。さあ、こちらへ。新たな娘の誕生ですわ」
胸に黒薔薇を咲かせた少女たちが私を誘う。
私は奇妙なことに恐怖が薄らぐのを感じていた。
最初の衝撃は無くなり、彼女たちの姿を美しいと感じてさえいたのだ。
私はゆっくりと彼女たちに近づいた。

寝かされているのは田之口さん。
月明かりに照らされた裸身が綺麗。
だけど、躰が小刻みに震えている。
「寒がっているわ。早く部屋へ」
私はようやく彼女を連れ出すことに思い至る。
でも、私が差し出した手はさえぎられた。
「薔薇の娘の誕生ですわ。おとなしくそのまま見ていてください」
私はその言葉に手を引いてしまった。
どうしてしまったのだろう。
どうして私はこんなにドキドキしているのだろう。
だめなのに・・・
この先を見てしまってはだめなのに・・・
そう思う私の目の前で田之口さんに変化が現れる。
月明かりの中、彼女のくるぶし辺りから芽が出たのだ。

それはまさしく植物の芽だった。
芽はすぐに自分のなすべきことをするかのように彼女の脚に巻きついていく。
みるみる伸びて行く蔓は彼女の脚に絡みついた後、さらに胴体へ這い登り、両の胸に巻きついていく。
そして・・・彼女の胸は先端がつぼみのように膨らみ・・・
「ああ・・・」
なんて綺麗・・・
黒い薔薇が・・・大きな黒い薔薇が咲いたのだった。

目を開ける田之口さん。
その目は真っ赤に輝き、口元の笑みは他の薔薇少女たちと同じく冷たくて妖艶だった。
やがて彼女はゆっくりと起き上がる。
「うふふふ・・・」
妖しく笑う薔薇少女。
「新しい姉妹の誕生ね」
「おめでとう」
「おめでとう」
口々にお祝いをいい、彼女を抱き寄せる薔薇少女たち。
田之口さんは、いいえ、田之口さんだった薔薇少女はそれを嬉しそうに受け止めている。

「ローザ先生」
私の脇にいた薔薇少女が私を呼ぶ。
「私たちにお言葉を」
「えっ?」
「ローザ先生の娘たちにお言葉を下さいませ」
微笑む薔薇少女。
「ち、がう・・・私は・・・私はあなたたちの母なんかじゃないわ」
私は首を振る。

「もう、ここまで来てもまだ思い出さないの?」
突然私の背後から声が掛けられる。
私は背筋に冷水を浴びせられたかのように、その声に身を固くした。
「まったくぅ・・・記憶を失っている改造人間なんてぇ。その割りにちゃんとレッドアイを育てているし」
恐る恐る振り向いた私の前には放課後の廊下で見たあの童顔の女性が立っていた。
あの時とは違い、サングラスははずして赤い瞳が覗いている。
衣装はまるで胸を強調するかのような黄色いカップの付いた紺色のレオタード。
太ももまでのエナメルのストッキングに両腕は二の腕までの長手袋。
まるでコスプレのような感じの衣装だけど、彼女には結構似合っている。
「あなたは・・・あなたが彼女たちをこんな風にしたのね?」
私は彼女をにらみつけた。
この女は危険だ。
私の勘が彼女が普通の人間ではないことを告げている。
「ハァ? 何を言い出すの? これはあなたがやったことでしょぉ」
えっ?
私が?
嘘・・・
嘘よ・・・
「アーア・・・もう早く思い出しなさいよ。お前は私が改造したデュナイト“ローズ”なの。もっとも、あの女に命名させれば“黒薔薇女”なんて面白みの無いネーミングになるんでしょうけどね」
少女のような外見に似合わず、冷たい笑みを浮かべる目の前の女性。
私には何のことだか・・・
何のことだか?
私は・・・?
彼女を・・・?
知って・・・いる?
「まだ思い出さないのぉ? 信じられなーい! 私は副官子・・・じゃなくてぇ! お前を改造したときにはクインスと名乗っていたわよ」
クイ・・・ンス?
ああ・・・
いや、いやよ・・・
思い出したくない、思い出したくないよぉ・・・
私は頭を抱えてうずくまる。
「まったくぅ・・・改造後の性能試験の対落下試験で頭打つなんてどういうつもりよ! しかもそのままふらふらとどこか行っちゃうし・・・追跡システムもイかれちゃったらしくて見失ってすごく怒られて・・・」
ああ・・・
やめて・・・
思い出させないで・・・
尼僧服の中で私の躰がじわりと蠢く。
「レッドアイが咲いているっていう報告を受けて急いで来てみれば、記憶を失ったとかで神に仕えちゃったりしているし」
私の頭の中で何かが目覚めていく。
いやだ・・・いやだよぉ・・・
「もうー! こんな過去の不始末をあの女に知られたらどうなると思っているのよぉ」
「いやだぁっ!」
私は叫ぶ。
でも・・・
私は・・・
私・・・は・・・
私の躰が変わっていく。
尼僧服を脱ぎ捨て、私は本当の姿を取り戻す。
私の頭部には黒く巨大な薔薇の花が咲き、胸にも同じような薔薇が咲く。
両手と両脚は茎のように緑色になり、蔓がムチのように伸びていく。
そうか・・・
思い出したわ・・・
私は・・・
私は黒薔薇女。
うふふふふ・・・

私はゆっくりと立ち上がる。
周囲には可愛い私の娘たち。
「さあ、咲き誇りなさい。娘たち」
私は娘たちに呼びかける。
娘たちの胸に咲いていた黒薔薇が一斉に更なる変化を迎えていく。
中心が広がり、赤く輝く目が現れたのだ。
「うふふふ・・・レッドアイが咲いたのね」
私は咲き誇る娘たちに微笑みかけた。

                    ******

「ローザ先生、お呼びですか?」
うふふ・・・
私は舌なめずりをして香葉村さんを迎え入れる。
数学準備室はいまや私の拠点。
学院の優秀な娘にレッドアイを寄生させることで黒薔薇少女に生まれ変わらせる。
そして黒薔薇少女たちは日本中へ広がっていくの。
うふふふ・・・
素晴らしいわ。
「いらっしゃい、香葉村さん。さあ、あなたも私の手で生まれ変わらせてあげる」
私はゆっくり立ち上がると黒薔薇女に姿を変えた。
  1. 2007/01/24(水) 21:23:40|
  2. 改造・機械化系SS
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カガミバチ

今日は短編SSを投下しますねー。

私はもちろん仮面ライダーが大好きなんですが、本腰を入れて見始めたのは仮面ライダーV3からでした。

何回か再放送もやってくれたので、そのつど見入っていたのが懐かしいです。

その仮面ライダーV3のエピソードの中でも、第十二話の「純子が怪人の花嫁に!?」は、ヒロインである珠純子に結婚を迫る怪人ドリルモグラという図式が非常に私のツボでした。

作中で犬神博士が言っていたセリフ、「姿ばかりか心も醜いデストロンになる」と言うセリフに子供ながらドキドキしたものです。

純子さんがどんな姿になるのだろう。
悪に染まった純子さんはどんな感じなんだろうと妄想したものです。

もちろん最後はぎりぎりのところで仮面ライダーV3が助けに来てくれますが、余計なことをしてくれたものとがっかりしたのも事実でした。(笑)

今回、その妄想を形にしてみました。
以前掲載した「蜘蛛女仁美」に似ているかもしれません。
あの作品はやはりこの話を元にした部分がありましたからね。

でも、自分ながらにいい感じでまとめられたかなとも思います。
みなさんに楽しんでいただければ幸いです。

それではどうぞ。

「志郎さん・・・」
冷たい牢獄の中で、珠純子(たま じゅんこ)は小さくつぶやく。
それはこのところ急速に彼女の中で形を成してきた愛しい人、風見志郎(かざみ しろう)の名前だった。

立花藤兵衛に手紙を託され伊東にやってきた純子だったが、悪の秘密結社デストロンに襲われ、手紙もろとも連れ去られようとした時、風見志郎は颯爽と現れた。
そして、純子をデストロンの魔手から救ってくれたのだ。

その後手紙を渡すと、デストロンのアジトへ乗り込むという志郎を彼女は止めようとした。
これ以上志郎に危険な目にはあって欲しくなかったのだ。
彼が危険な目に遭っていると思うだけで、純子の胸は張り裂けそうになってしまう。
デストロンが日本のために、いや、世界のために存在してはならない組織であることは判って入るものの、志郎が危険な目に遭うのは耐えられない。
両親と妹の死が、彼を危険に駆り立てる。
ならば純子はそれをなんとしても止めたかったのだ。
そんないい争いをしている時だった。

「見せ付けてくれるじゃないか」
それは最近純子に付きまとっていた黒田だった。
この伊東にまでやってきたのか?
純子は不快感を禁じえない。
見るからに無精ひげを生やしラフな格好をした黒田は、純子には生理的な嫌悪を感じさせるのだ。
だが、黒田は純子がにらみつけるのもかまわずに近づいてくる。
「ふん、いい気なもんだぜ。お前、この男がどんな人間か知っていて付き合っているのかよ」
黒田は吐き棄てるように言う。
「こいつは人間じゃねえ、改造人間なんだよ!」
「な、何言っているのよ?」
黒田の言葉に純子は驚く。
志郎さんが改造人間だなんてあるはずが・・・
「お前は何も知らないんだよ。こいつがV3に変身するのを俺ははっきりと見たんだ」
えっ?
志郎さんが仮面ライダーV3?
本当なの?
純子は思わず志郎の方を振り向く。
だが、志郎はただ黙って黒田をにらみつけ、その場を立ち去ってしまう。
「志郎さん!」
純子は急いでそのあとを追ったが、志郎の背中は彼女を拒絶するかのように遠ざかって行くのだった。

結局純子はモーターボートでデストロンのアジトに向かおうとする志郎に追いついたものの、志郎がV3なのかどうかを聞くことはできなかった。
志郎は純子にこの伊東を離れるように告げ、自らはモーターボートでデストロンのアジトへ向かっていったのだった。
志郎さんがV3なのかどうか・・・
もしV3だとしたら、志郎さんはこれからも危険なデストロンとの戦いに身を投じてしまう・・・
純子は思い悩みながら海岸を歩いていた。
その時だった。

「フェーロゥ」
砂浜の中から突然現れるデストロンの改造人間。
青く硬そうな躰をして、頭部に巨大なドリルがついている。
「キャー!」
純子は慌てて逃げ出そうとした。
しかし、いずこからともなく現れた黒尽くめの男たち、デストロンの戦闘員たちが純子の行方をさえぎってしまう。
「いやぁっ! 助けて!」
必死に逃げようとする純子だったが、腕をつかまれて気を失ってしまうのだった。

気がつくと、そこは四角い牢屋だった。
デストロンの地下アジトの一角に設けられた簡易型の鉄格子でできた牢獄。
改造人間であれば、それほど苦労無く出られそうな牢屋だったが、か弱い女性である純子にとって、そこから抜け出すことなどは不可能だ。
そして、純子をさらに絶望のふちに追いやるがごとく、デストロンのアジトに忍び込んだ風見志郎が、アジトとともに爆死したと知らされたのだ。
「志郎さん・・・あなたは本当にアジトの爆発と一緒に死んでしまったの? あなたがV3なのかどうか、とうとう私には答えて下さらなかったのね」
純子はそうつぶやき、悲しみのあまり全ての気力が失われてしまったような思いを感じていた。

「フェーロゥ」
独特のうなり声とともに、あの全身が青いモグラの怪人が牢屋に近づいてくる。
名をドリルモグラというらしい。
純子は恐怖を感じて、牢の端に身を寄せた。
「珠純子。俺が誰だかわかるか?」
「えっ?」
戦闘員を従えてやってきたドリルモグラが突然そう訊いてきた。
純子は思わず面食らってしまう。
「俺は風見志郎に復讐するためにデストロンによって改造された黒田雄二だ」
「ええっ? いつも私を付回してきた・・・」
驚く純子。
あの黒田が目の前にいるドリルモグラなのか?
「そうだとも。風見志郎が死んだことで、俺の目的は半分は達せられた」
半分?
残りの半分はなんだというの?
「あとは、お前と結婚することだ!」
誇らしげに宣言するドリルモグラ。
「ええっ? 結婚?」
純子はあまりのことに気が遠くなりそうだった。
よりにもよってこの化け物と化した黒田と結婚するというの?
「そうだ。お前はこのドリルモグラの花嫁になるのだ!」
「いやです!」
純子は間髪を入れずに言い放つ。
「絶対にいやです!」
「フェーロゥ」
ドリルモグラが不敵にうなる。
拒否されることは最初からわかりきっていたことなのだろう。
「いくらお前が嫌がっても、この地の底のデストロンアジトの中では、お前は俺に逆らえないのだ」
「ああっ・・・」
顔をそむけて唇を噛み締める純子。
志郎さんが死に、ドリルモグラなんかと結婚させられる。
こんな理不尽な話があるのだろうか・・・
純子は思い切り泣き出したかった。

『ドリルモグラよ』
その時アジト内に威厳のある重厚な声が響いた。
『喜ぶのはまだ早い。風見志郎は死んではおらんぞ』
「何ですって?」
ドリルモグラがうろたえる。
それとは逆に純子の顔には笑みが浮かんだ。
志郎さんが生きている。
それは何にもまして嬉しいことだった。
『それどころか、奴はピッケルシャークを倒したのだ。速やかにV3を殺せ! そうすれば、褒美にお前をこの娘と結婚させてやろう』
重厚な声が指令を下す。
褒美として与えられるなど願い下げだったが、志郎が生きていることは純子に希望を与えていた。
「志郎さん、生きていたんだわ・・・」
純子は神に感謝した。
「黙れ、俺は必ず風見志郎を殺す! 奴を殺した上でお前を俺の花嫁にしてやるわ。待っていろ! フェーロゥ」
苦々しげにしてドリルモグラはその場を去る。
残された純子はただただ志郎の無事を喜んでいた。

目の前で仮面ライダーV3と、ドリルモグラの死闘が繰り広げられている。
純子はそれを見せ付けられるかのように岩場の影につれて来られていた。
岩場の上には純子そっくりの人形が置かれている。
爆薬が詰まった爆弾なのだ。
V3が近づくと起爆するように仕掛けられ、その時を待っている死の罠だ。
ドリルモグラが計ったように適度に戦い引き上げる。
V3は後を追うよりも純子の救出に向かうようで、岩場を上って行く。
ああ・・・だめ、V3、それは罠よ!
純子はそう叫びたかったが、身動きはできず、口も開くことはできなくされていた。
「あ、人形」
V3がそう叫んだ次の瞬間、大音響とともに人形は爆発。
「うわぁぁぁぁぁ」
V3は断末魔の叫びを上げて、爆発に飲み込まれていった。
ああっ・・・
純子は思わず目をそらす。
「フェーロゥ」
目の前で起こった惨劇に打ちひしがれる純子にドリルモグラが近づき、彼女の戒めを解いていく。
「すまなかったな。お前に騒がれるわけにはいかなかったのだ」
ドリルモグラは純子を優しく立たせると、そのスカートについた泥を払う。
「来るのだ」
ドリルモグラに引かれ、純子は岩場に近づいていく。
「今の悲鳴と凄まじい音を聞いたか? あれがV3が地獄へ行く葬送曲だ。さて、いよいよお前と結婚式を挙げるとするか。フェーロゥ」
愕然としている純子の頬をドリルモグラは優しく撫でる。
その行為に純子はただただ身を硬くするだけだった。

薄暗く不気味なデストロン地下アジト。
そのホールでは着々と純子とドリルモグラの結婚式の準備が進められている。
心なしか戦闘員たちも慌ただしく動き回り、この状況を楽しんでいるかのよう。
純子は赤い花をあしらったウェディングドレスを着せられ、頭からは真っ赤なヴェールをかぶせられている。
花婿たるドリルモグラは、その胸にバラの花をあしらい、おめかしをしているらしかった。
ジャーンとドラが鳴らされ、不気味な黒尽くめの司祭が先頭に立ちホールへ向かう。
その後ろを無理やりドリルモグラに腕を組まされた純子が引き摺られるように付いていく。
志郎がV3なのかどうか純子にはわからなかったが、デストロンはそう決め付けて、V3が死んだ今風見志郎も死んだと聞かされた。
一度は志郎の無事を喜んだものの、再び志郎の死を突きつけられた純子は心を閉ざし、すでに抵抗する気力を失っていた。
そのため、ドリルモグラに引き摺られても、さしたる抵抗もしていなかったのだ。

ホールに設えられた祭壇。
その脇にはドリルモグラを改造した犬神博士が立ち、司祭役を務めている。
不気味な顔をした陰湿そうな男だ。
「デーストローン」
再びドラがなり、周囲に控える黒頭巾の者たちが一斉にデストロンを称える。
「赤いヴェールはデストロンの花嫁」
黒頭巾がそう宣言し、不気味な詠唱を始める。
その詠唱は純子の背筋をぞっとさせ、純粋な恐怖を感じさせるものだった。

やがて詠唱が終わると、犬神博士が純子の前に立つ。
そして毒々しい意匠を凝らした指輪を取り出した。
「これはデストロンの結婚指輪だ。これを嵌めれば、お前はいやでもデストロンになる。姿ばかりか、心までも醜いデストロンとなってドリルモグラの妻となるのだ。くくく・・・おめでとう」
そう言って指輪をドリルモグラに渡す。
指輪を受け取ったドリルモグラは、純子の腕を取り、その指を引き寄せる。
ああ・・・志郎さん・・・助けて・・・
必死に抵抗する純子だったが、所詮は人間の女性の力。
改造人間たるドリルモグラにはかなわない。
「ああ、いやぁっ! やめてぇ!」
純子の叫びも空しく、純白の手袋をした薬指にデストロンの指輪が嵌められた。
「あああっ」
その瞬間、まるで電気が走ったかのように純子の躰が痙攣する。
そして純子はその場に崩れ落ちた。

デストロンの指輪は精巧な小型改造装置である。
指輪は嵌められると同時にその内部からナノマシンを注入する。
それらは指輪の指令のもと、純子の肉体を即座に改造し始めたのだ。
肉体の拒絶反応などを最低限にするために、一時的な仮死状態に抑え、その間に細胞レベルで肉体を変化させていく。
純子に対する指輪の活動を確認した犬神博士は満足そうに笑みを浮かべ、ドリルモグラに純子を連れて行かせた。
改造終了まで部屋に寝かせておくのだ。
そろそろ夜明け。
デストロンが眠りにつく時間だ。
早ければ明日の夜には純子はデストロンの改造人間と化すだろう。
ピッケルシャークに優るとも劣らない怪人が完成するはずだ。
首領様の覚えもめでたくなるだろう。
犬神博士は笑いが止まらなかった。

ベッドに寝かされた純子の躰は猛烈な勢いで作り変えられていく。
細胞レベルで強化され、さらにはデストロンの優れたところである機械融合も進んで行く。
改造の邪魔にならないように着ていたものは脱がされ、指輪の下になった手袋も切り裂かれて取り去られる。
全裸になった純子はシーツだけをかけられてベッドに寝かされていたのだ。
その美しく白い肌が徐々に硬く変化して行く。
両腕と両脚は漆黒に染まり、黄色の短い剛毛がリング状に腕と脚を彩って行く。
形の良い胸には金属質のグレーのカバーが上から嵌まり、そのカバーが左右に開くと窪んだ内側が凹面鏡のようになる。
胸そのものは同心円状の模様が浮かび、黄色と黒に色分けされて先端に針が覗くようになる。
まるで蜂のお尻の突起が純子の両胸に形作られたかのようだ。
胸から下は内臓を保護するかのように硬い外骨格が覆い、グレーのボディアーマーのような形状をなす。
背中には薄いが強靭な翅が生え、彼女を空へ舞い上がらせることもできる。
そして、手と足はそれぞれ手袋とブーツを履いたかのように活動しやすい形状に変化する。
躰の変化はやがて頭部にまで及び、長かった純子の髪は形質を変化させてヘルメット状に頭部を覆う。
額からはくの字型に折れた触角が伸び、両目は周囲まで広がって複眼となる。
口元だけが人間の姿をとどめるものの、強化された顎はコンクリートも噛み砕けるほどの力を彼女の口に与えていた。
やがて純子が再び目覚めた時、彼女の躰は蜂をモチーフにした改造人間の躰へと変化し終えていたのだった。

「あ・・・」
純子がゆっくりと躰を起こす。
シーツが落ちて改造人間となった躰が現れる。
「あれ? 私の躰・・・いったい・・・どうしたのかしら・・・」
純子はぼんやりとした頭で考える。
ナノマシンによる改造は肉体を変化させることに費やされ、まだ脳までは達していない。
だが、肉体の改造が完了した今、脳にもナノマシンが改変を施して行く。
改変を容易にするためにあえて覚醒させ、脳を働かせた上で改造するのだ。
一番重要な時点であり、場合によってはせっかくの改造人間が役立たずに終わる場合もある。
それほど脳改造は難しいのだ。
純子は見るもの全てが細かく複数見えることに戸惑う。
だが、それはやがて慣れ、複数見えることが当たり前と感じるようになる。
「これ・・・私の躰なのね・・・?」
両手を目の前にかざす純子。
腕は漆黒の肌に黄色の剛毛がリングのように六本ほど覆っている。
指先は鋭い爪が生え、黄色の手袋でもつけたよう。
躰を見ると、グレーのレオタード型ボディアーマーでも着たかのようにがっちりと硬くなっている。
「ふふ・・・」
純子は無意識のうちに胸のカバーを広げてみた。
蝶番のような感じで胸のカバーは左右に開き、その中に隠れていた蜂のお尻型の胸があらわになる。
その先端に覗く針は溶解液を先から垂らし、飛ばすこともできる。
それに左右に開いたカバーの内側はきらきら輝く凹面鏡となり、太陽光を集めることで強力な熱線を浴びせることができるのだ。
「ふふ・・・素敵・・・」
純子の脳は着々と改造されていく。
すでに彼女は自分の姿が変だとは感じない。
それどころか美しく素晴らしいものと感じ始めていた。

彼女はゆっくりと立ち上がる。
両脚も強靭な力を秘め、ビルの壁ごときは蹴り崩すこともできるだろう。
純子は強くなった自分の躰が嬉しかった。
『目覚めたようだな。カガミバチよ』
重厚な声が蠍のレリーフから聞こえてくる。
我が組織デストロンの首領様の声。
純子はうっとりとその声を聞く。
カガミバチ?
純子は瞬時に理解した。
私の名はカガミバチ。
デストロンの改造人間カガミバチ。
嬉しい。
私は改造人間なんだわ。
「はい、首領様。私はデストロンの改造人間カガミバチ。どうぞ何なりとご命令を」
純子、いや、改造人間カガミバチはレリーフに対し跪いて一礼する。
『うむ。カガミバチよ、ドリルモグラの爆弾でも仮面ライダーV3は生き延びたようだ。この上はドリルモグラとともに仮面ライダーV3を始末せよ』
仮面ライダーV3。
我がデストロンに歯向かうおろかな改造人間。
うふふ・・・
私がお前を始末するわ。
「かしこまりました、首領様。仮面ライダーV3はこのカガミバチが必ず始末いたしますわ。珠純子の姿を使えばV3といえども油断するはず。そこを利用し・・・うふふ・・・」
カガミバチが躰を一回転させると、その姿は珠純子のものとなる。
『うむ。任せたぞ、カガミバチ』
「お任せ下さいませ、首領様」
純子の姿をしたカガミバチは、妖しく笑みを浮かべると、部屋を後にした。
ドリルモグラとともに仮面ライダーV3を始末するために・・・


掲載後、いつもお世話になっておりますg-thanさんより、作中の改造人間カガミバチの素敵なイラストをいただきました。
ご許可をいただきましたので、ここに掲載させていただきます。

g-thanさん、本当にありがとうございました。
ただただ感謝感謝です。m(__)m

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  1. 2007/01/07(日) 21:30:17|
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ナイトレディ2

シチュ抜き出しSSの第二弾です。

前回同様ナイトレディが出てきますが、前回より前の話的なものだと思って下さいませー。

それにしても・・・
また似たような話になっちゃったなぁ。orz

まあ好きなシチュを抜き出した話なので、似ているのはご容赦を。

「タァーッ!」
ナイトグリーンの見事な飛び蹴りがデモンズの怪物に命中する。
やったぁ・・・
物陰で隠れて見ている私にも、その蹴りがデモンズの怪物にかなりのダメージを与えたことは容易にわかる。
「ウインドスパーク!」
ナイトホワイトの手にした杖が白い光を発し、その光がいかずちのようにデモンズの怪物に突き刺さる。
「グギャァァァァァ」
体液を撒き散らし、苦しみのたうつデモンズの怪物。
女性のように滑らかなラインをしていて、丸い双丘が胸を表わしているものの、尖った口と背中に広がるトゲトゲがハリネズミを使った怪物であることを示している。
新聞の報道によると、どうやら地上の動物をあのような形にして使っているらしいけど、いつも女性の形をしているのはどうしてなんだろう・・・
突然現れた暗黒結社デモンズは、その矛先を日本に定めたらしく、この小さな島国を重点的に襲撃してきた。
警察も自衛隊も歯が立たないデモンズの怪物は日本中を恐怖に陥れたけど、そんな時救世主のごとく現れたのがナイトレディたちだった。
その正体は不明で、マスコミ各社が追跡していたけど、どうやら少女らしいと言うことしか発表されていない。
でも、私は知っている。

ゆらりと立ち上がるデモンズの怪物。
ふらつきながらも最後まで抵抗をやめない。
「まだ来るの?」
ナイトピンク、志緒里ちゃんの驚いたような声がする。
そうよ、もうぼろぼろなんだからあきらめて降伏しちゃえばいいのに・・・
でも、デモンズの怪物が降伏したなんて聞いたこと無いよね。
「とどめを刺すぞ! テラズアタックだ!」
「ええ!」
「うん!」
ナイトグリーンの掛け声に、ナイトホワイトとナイトピンクがうなずいた。
最強の決め技、テラズアタックがデモンズの怪物に向けられる。
決まり・・・よね・・・
私は肩に背負っていたバッグのファスナーを開けて、ピンク、グリーン、ホワイトのタオルを取り出す。
戦闘が終わったら真っ先に差し出してあげるんだ。
もちろん誰も見ていないところでね。

「「「テラズアターック!!」」」
三人の掛け声とともに光の玉がデモンズの怪物に向かう。
光の中に飲み込まれたデモンズの怪物は、そのまま消え去るように散っていった。
ハア・・・
すごいよ・・・
デモンズなんかいくら来てもナイトレディがいる限り日本は大丈夫だよね。
私はホッと胸をなでおろしながら、周囲の確認をする。
黒蟻型のデモンズ兵もいないようだし、マスコミもいないみたい。
私は三人のナイトレディの元に駆け寄った。

「志緒里ちゃん、お疲れ様」
周囲の確認をしてヘルメットを取った志緒里ちゃんたちに私はタオルを差し出した。
「わ、ありがとう奈苗ちゃん」
ナイトピンク、大伴志緒里(おおとも しおり)ちゃんが私のタオルを受け取ってくれる。
茶色のポニーテールの小柄な少女だけど、明るくてとても優しい。
私の大の親友だ。
「塩原。だめじゃないか、こんなところまで」
ナイトグリーン、波留蔵聖歌(はるくら せいか)さんが私を困ったような顔で見つめてくる。
都南高校の二年生で、私や志緒里ちゃんと同学年なのに年上のような感じがする。
背が高く運動神経抜群で、都南高校水泳部のホープらしい。
でも、最近はデモンズの怪物たちとの戦いで練習時間が取りづらいのが悩みとか。
黒いショートの髪の毛と少し日焼けした顔が精悍で、同性からモテモテだと言う。
それもよくわかるなぁ。
「今回は仕方ないですわ。志緒里さんと一緒のところを呼び出されたのですから。大目に見てあげてください」
白いタオルで丁寧に汗を拭いているナイトホワイト、水鳥野真悠(みどりの まゆ)さん。
苗字は字こそ違うけどみどりなのに、ナイトホワイトなのがちょっと気に入らないと言っていたわね。
水鳥野製薬のご令嬢で、聖神女子大付属の二年生。
でも高飛車なところとかはまったく無くて、一緒にカラオケに行ったりするすごく付き合いのいい人なの。
「ったく・・・仕方ないなぁ。危険なんだぞ」
そう言いながらも聖歌さんはタオルを受け取ってくれた。
嬉しいな。
私は何にもできないけれど、こうして少しでも三人の疲れを癒してあげられればと思う。
「奈苗ちゃん、怖くなかった?」
「ううん、ナイトレディの三人がいるんだもん。ちっとも」
これは嘘じゃない。
地球の力に導かれて、志緒里ちゃんがナイトピンクに選ばれちゃったおかげで、一時付き合いが悪くなっちゃんたんだけど、今はこうして三人のナイトレディとお友達になれたんだもん。
「でも、奈苗さんも気をつけてくださいね。デモンズに狙われてしまうかもしれませんわ」
アースパワーを解放して、白いバトルスーツから聖神女子大付属のセーラー服に戻る真悠さん。
「大丈夫。奈苗ちゃんは私がしっかりガードするよ」
いつものブレザーに戻り、ガッツポーズを取る志緒里ちゃん。
その言葉がとても嬉しい。
「ふふん。油断するなよ。大伴は時たま油断するからな」
聖歌さんが笑いながら言う。
悪意の無い冗談だわ。
聖歌さんだけがメンバーを苗字で呼ぶのは距離を置いているからではない。
一度、友人を名前で呼んだとき、翌日にはその友人が女子生徒たちの興味と怨嗟を一気に引いてしまい、いたたまれなくさせてしまったことがあるという。
それ以来どんな場合にも苗字で呼ぶことにしているとか。
もてるというのも苦労が絶えないものなんだなぁ。
「ひどいよ聖歌ちゃん。奈苗ちゃんを守るのに油断なんかしませんよー」
ぷんぷんと言う擬音が当てはまりそうな顔をしている志緒里ちゃん。
私は思わず笑い出しちゃう。
「私も充分気をつけるから大丈夫だよ、志緒里ちゃん」
私は三人からタオルを受け取り、バッグにしまう。
「それよりもお腹空いたね、メック行かない?」
「ハンバーガーですか? いいですわね」
真悠さんが賛成してくれた。
「いいね、行こうよ」
「ああ、お腹空いたね」
他の二人も賛成してくれた。
「行こう行こう」
私は志緒里ちゃんの手を取って、メック目指して走り出した。

今日は日曜日。
私は志緒里ちゃんとの待ち合わせ場所に向かっていた。
一緒にお買い物をして、そのあと聖歌さんと真悠さんも一緒にカラオケ。
いつものコースだけど、やはり楽しみ。
私はバスに乗って中心街へ向かう。
駅前に早めに行って志緒里ちゃんを待つの。
きっと志緒里ちゃんはぎりぎりになって走ってくるわ。
うふふ・・・
朝は弱いのよね、志緒里ちゃんは。

あれ?
急にバスの外が暗くなった。
お客さんもざわめきだす。
その時急ブレーキが私の躰をぐんと前につんのめらせた。
「キャーッ!」
「ウワーッ!」
お客さんの悲鳴が上がる。
何?
何がどうなったの?
私はポケットの携帯に手を伸ばす。
何かあったときには志緒里ちゃんに連絡をする。
それが約束だった。
「グワーッ!」
運転席で悲鳴が上がる。
窓ガラスが割れ、血がしぶき、扉が引き開けられる。
デモンズの怪物!
私は思わず悲鳴を上げそうになる。
運転手を殺し、悠々と入ってきたのはまさにデモンズの怪物だった。
柔らかい女性のラインをした躰だが、ぬめぬめと粘液に覆われ頭部からはゆらゆらと光る発光体がぶら下がっている。
「うふふ・・・私は暗黒結社デモンズのアンコウデモン。素体に相応しいものを確保する」
そう言って恐怖に震える私たちを見回してくる。
怪物の後ろにはデモンズ兵と呼ばれる黒蟻型の女性たちが立っていた。
「ふふふ・・・さあ、お前たち、私の提灯をごらん」
アンコウデモンの頭部から垂れ下がった発光体がゆらゆらと揺れている。
あ・・・
いけない・・・
あれを・・・見ては・・・
あれ・・・は・・・

ひんやりした空気。
暗い。
ここは・・・どこ?
「ほう、目が覚めたか」
私の方を振り向くがっしりとした体格の大男。
その額からは角が突き出し、トゲトゲのアーマーが躰を覆っている。
まるでペイントでもしたような青白い顔は、ところどころが赤黒い隈取りがなされていた。
「あ・・・あなたは・・・」
訊くまでも無い。
暗黒結社デモンズのグラドーンだわ。
私は思わず、あとずさる。
でも、突然電気が走ったように私の躰は痺れて動けなくなってしまった。
「うああっ」
「おとなしくしていろ。そこは力場に覆われている。逃げ出せはしない」
静かにそう言うグラドーン。
私はポケットの携帯を捜す。
あれ?
無い、無いわ。
ポケットのどこを捜しても携帯は見つからない。
どうしよう・・・
志緒里ちゃん・・・
助けて・・・

「俺の名はグラドーン。女、捜し物はこれか?」
差し出されたグラドーンの手に握られていたのは私の携帯だった。
「あ・・・」
私は思わず手を伸ばそうとする。
「ククク・・・」
さっと手を引っ込め、私の携帯を開くグラドーン。
「ククク・・・先ほど見せてもらったよ。どうやらお前はナイトピンクの知り合いのようだな」
「ええっ?」
確かに私の携帯の待ちうけ画面には志緒里ちゃんとのツーショットが映し出されている。
でも、どうして?
「ククク・・・我らとて情報は得る。この女こそがナイトピンクであろう。違うか?」
私は必死に首を振る。
両親にだって教えていない志緒里ちゃんの正体を教えたりできるもんか。
「ふふ、まあいい。これよりお前に面白いものを見せてやる」
グラドーンがパチンと指を鳴らす。

「イヤァッ!」
引き摺られるようにして両腕を掴まれた女の人が連れて来られる。
あのワンピース・・・バスに乗っていた人だわ。
両腕をあの蟻型のデモンズ兵に掴まれて、必死に逃れようとしているけど逃げられないでいるわ。
綺麗な人だけど、涙で顔がぐしゃぐしゃになっちゃっている。
「あ、あの人をどうするつもり?」
私は恐ろしかったけど、訊かずにはいられなかった。
「うん? ククク・・・あれを見ろ」
私は指差された先を見た。
「ええっ?」
そこには巨大な心臓のようなものがドクンドクンと蠢いていたのだ。
「し、心臓?」
「そうではない。あれは怪人製造プラントだ」
にやりと不気味に笑うグラドーン。
「怪人製造プラント・・・?」
「うむ、おとなしく見ていろ」
グラドーンの指が再び鳴らされる。
「イヤァッ!」
「ああっ」
私の目の前であのワンピースの女の人が心臓のような怪人製造プラントに飲み込まれていく。
「な、何なの? いったい」
「クックック・・・」
グラドーンは不気味に笑うだけだった。

ゴトン。
どのぐらいの時間が経ったのかな。
すぐだった気もするし、何時間も経ったような気もする。
その音はあの心臓のような怪人製造プラントから卵のような丸いものが吐き出された音だった。
「卵?」
そんなはずは無いわね。
だってあまりにも巨大すぎる。
まるで人が入って・・・いるか・・・のよう・・・
私はぞっとした。
「ククク・・・そんなようなものだな」
グラドーンは相変わらずニヤニヤしている。
ピキピキ・・・
ひびが入る音。
私の目の前で卵はゆっくりと割れ、中から怪人が現れる。
黒くぬめぬめした躰はやっぱり女性らしいラインを持っている。
口元の左右からは一本ずつの長い髭のようなものが伸び、お尻には魚のひれのようなものが付いていた。
「クックック・・・見ろ。あの女がこんな素敵な怪人になった」
「そ、そんな・・・」
私は息を飲んだ。
あの泣いていた女の人が・・・
デモンズの怪物になっちゃったの?
「うふふ・・・グラドーン様。私はナマズデモン。私の地震を起こす能力で地上を大混乱に陥れてやりますわ」
グラドーンに跪くデモンズの怪物。
怖い・・・
怖い怖い・・・
助けて・・・
志緒里ちゃん、助けて・・・
私は祈らずにはいられなかった。

「さて、塩原奈苗(しおはら ななえ)。ナイトピンクと親しいお前には、これからナイトレディに対する作戦の指揮を取ってもらおう」
「え?」
それはどういうことなの?
「ど、どういうこと?」
「お前にもあの怪人製造プラントに入ってもらうのだ」
「い、いや・・・」
いやだ・・・
いやだ・・・
「怪物になるなんていやだぁ!」
私は見えない壁に向かって這うように逃げて行く。
もしかしたら・・・
もしかしたら抜けられるかも・・・
でも、私の躰はやっぱり電気に撃たれたように痺れてしまった。
「あ・・・う・・・」
私は床に寝そべってしまう。
躰が痺れて動かない。
助けて・・・
お願いだから助けてぇ・・・

デモンズ兵に連れ出される私。
動けないままに私は怪人製造プラントに連れて行かれる。
「心配するな塩原奈苗。お前はただの怪人にはしない。お前には上級怪人としておれのそばにいてもらう」
いやだ・・・
そんなのいやだよぉ・・・
必死に躰を動かそうとするけど、痺れた躰は動かない。
さっきはすぐに動いたのに・・・

私の目の前には怪人製造プラントが口を開けている。
赤くうねうねと動く内部がよく見える。
まるで胃カメラで内臓を見ているみたい・・・
私はそんなことを考えてしまう。
躰は動かない。
もうだめだ・・・
私は怪人にされちゃうんだ・・・
志緒里ちゃんとは敵同士になっちゃうんだ・・・
いやだよぉ・・・
そんなのはいやだよぉ・・・
私の頬を涙が伝う。
大声で泣きたい。
泣いて泣いてこの悪夢から目覚めたい。
でもそれはかなわない。
私の躰は怪人製造プラントに入れられてしまった・・・

あれ?
温かいや・・・
なんだろう・・・
ふわふわして気持ちいい・・・
すごく気持ちいいや・・・
ああ・・・
眠くなっちゃう・・・
なんだかマッサージされているみたい・・・
躰が中から変えられていく・・・
気持ちいい・・・
今までのことが夢の中のよう・・・
夢・・・
あ・・・れ・・・?
私・・・
私って・・・
だ・・・れ・・・だ・・・っけ・・・
わ・・・
た・・・
し・・・

私はもどかしく殻を破る。
ひんやりとした外気がとても気持ちいい。
私はぬらぬらする液体を振り払い、殻を破った鋭い爪をぺろりと舐める。
うふふ・・・
素敵な爪。
鋭くて獲物を引き裂くには相応しいわ。
私は躰を震わせて、背中の羽を広げて見せる。
漆黒のコウモリのような羽が伸び、私の躰を持ち上げた。
「クククク・・・素敵な躰になったではないか」
腕組みをして笑みを浮かべているグラドーン様。
私は羽をたたんで彼の前にその身を立たせる。
黒いボンデージのように胸から股間までを外皮が覆い、お尻から伸びた尖った尻尾がくねくねと踊る。
両手と両脚は黒い長手袋とハイヒールブーツのように変化して、その美しさを際立たせている。
「クスッ・・・ありがとうございますグラドーン様」
私はグラドーン様の言葉にすごく嬉しくなって、その場でくるくると回って見せた。
「奈苗よ、これからは暗黒結社デモンズの女怪人ナナとして、我が命に従うがいい」
「はい、グラドーン様。私はナナ。おろかなナイトレディどもはこの私が始末してご覧に入れますね」
私は長く伸びた舌でぺろりと唇を舐める。
そう・・・私はナナ。
ナイトレディは私が倒すわ。
うふふふふふふ・・・
  1. 2006/12/04(月) 21:54:32|
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ナイトレディ

北海道日本ハムファイターズがアジアシリーズも制しましたねー。
苦しい試合展開でしたが、何とか勝利をもぎ取ってくれました。
おめでとうございます。

さて、書き綴っている短編がちょっと長くなり、いつ投下できるか目処が立たなかったので、ちょっとしたネタ短編を投下です。

本来はしっかり書き込めばいいんでしょうけど、シチュ優先ですっぱりと省きました。

舞方雅人個人にとってこのシチュはまさに萌えシチュです。
皆さんにも楽しんでいただければ幸いです。


ドクンドクン・・・
脈動する心臓のような巨大な袋。
暗黒結社デモンズの地下アジトにある怪人製造プラントだ。
この心臓を思わせるような袋に入れられた被害者は、数時間後には結社に忠実な怪人として生まれ変わる。
先ほども会社帰りのOLがこのアジトにつれてこられ、悲鳴を上げながらこの怪人製造プラントに入れられたところだった。

「クククク・・・まさか地球人たちも自分が戦っている相手がもともとは地球人だったとは思うまい」
製造プラントの稼働状況を腕組みしながら見ているのは、暗黒結社デモンズの指揮官グラドーンだ。
いかつい躰をしてとげ付きのアーマーに身を固めた彼だけが生粋の暗黒結社の構成員と言っていい。
その他の戦闘員や怪人たちはいずれも地球人を捕らえて改造したものばかり。
数少ない結社の人員を消耗しないため、効率のよい侵略方法だ。

やがて袋に亀裂が入り、巨大な卵のようなカプセルが吐き出される。
グラドーンの足元まで転がってきた卵は、そこでひび割れ、中から怪人が姿を現した。
「うふふふふ・・・」
全身が白いゼリー状の触手に覆われたしなやかな怪人。
クラゲがモチーフなのは言うまでもない。
「クククク・・・クラゲデモンよ、地球人どもを恐怖のどん底に貶めてやるのだ」
グラドーンの言葉にクラゲデモンがうなずく。
「はい、グラドーン様。このクラゲデモンにお任せ下さいませ」
ほんの数時間前まで美人OLだった女性は、邪悪なクラゲデモンとなり暗黒結社の一員となったのだった。

              ******

「おのれ! ナイトレディどもめ! ついにこのアジトまでやってきたか」
地球を守る三人の少女たちナイトレディ。
三人の日本人の女子高校生が地球の意思に選ばれて、正義の戦士として暗黒結社デモンズに立ち向かったのだ。
ナイトグリーン、ナイトホワイト、ナイトピンクの三人は時にお互いに衝突しながらも、そのチームワークで暗黒結社デモンズを圧倒。
次々と繰り出される怪人たちをなぎ倒し、ついに暗黒結社デモンズの地球侵攻の拠点であるアジトにまで乗り込んだのだ。
「もうお終いだよ、グラドーン!」
「暗黒結社デモンズの暗躍もここまでですわ」
「せめて最後は一撃で倒してやるぜ!」
三人のナイトレディが身構える。
「ほざけ! ここが貴様らの墓場としてくれるわ!」
グラドーンの暗黒剣が鈍く光る。
「行くよ、みんな! これが最後の戦いだ!」
「ええ」
「おう」
三人の心が一つになる。
「ヌオォォォォォォォ!!」
突進するグラドーン。
「「テラズアターック!!」」
一列にならんだ三人の両手に地球の力が集中する。
大きなエネルギーとなった光の玉が三人の元から放たれた。
「グワァァァァ・・・デモンズに栄光あれー!!」
デモンズ指揮官グラドーンのそれが最後だった。

「やったな・・・」
「やったね・・・」
「やりましたわ・・・」
感無量の三人がしばしたたずむ。
これで地球は救われたのだ。
自然と三人の目には涙が浮かんできた。
「さ、戻って報告だ」
「ええ、きっと皆さん喜んでくれますわ」
「お祝いのケーキなんかあるといいなぁ」
立ち去ろうとする三人。
その時ナイトホワイトが“それ”に目を留めた。
「あれはなんでしょう?」
それは醜悪で奇怪な代物だった。
ドクンドクンと脈動するそれは、まるで巨大な心臓のようだ。
「でっけー」
「なんか、授業で習った心臓みたい」
顔を見合わせる三人。
「そっか、あれがこのアジトの心臓なんだよ」
ポンと手を打つナイトグリーン。
その言葉は他の二人にも納得の行くものだ。
「そうだね。あれを破壊すればここもお終いだね」
「あれをそのままにはできませんですわね」
ナイトピンクもナイトホワイトもうんうんとうなずく。
「ようし、あたしが一撃で」
そう言ってナイトグリーンはその奇怪な代物に近づいた。
「ええーい!!」
ナイトグリーンの強力なパンチが炸裂する。
他の二人は次の瞬間にこの心臓のようなものが大爆発を起こすのではないかと身構えた。
「あれ?」
そう言ったのはナイトグリーン。
彼女の放ったパンチは確かに命中していた。
しかし・・・
彼女の腕はただその奇怪な代物にめり込んだだけだったのだ。

「おっかしいなぁ。よし、もう一発」
そう言って腕を抜こうとするナイトグリーン。
だが、腕はびくともしなかった。
「あれ? うそ・・・」
左手で押さえつけながら必死になって右腕を抜こうとするナイトグリーン。
「どうしたの?」
「大丈夫ですか?」
ナイトピンクもナイトホワイトも慌てて近寄ってくる。
「腕が・・・抜けない」
焦るナイトグリーン。
やがて驚いたことに、その心臓のようなものはぐいぐいとナイトグリーンの腕を内部に向かって引っ張り始める。
「うそ? 引っ張られる」
必死に左手を突っ張って何とか逃れようとするナイトグリーン。
だが、その左手もずぶずぶとめり込んで行く。
「うそ、やだ! 助けて!」
「ナイトグリーン!」
「大変だわ!」
引きずり込まれようとするナイトグリーンを二人は慌ててしがみついて引き離そうとする。
だが、まったく効き目は無く、ナイトグリーンはずぶずぶと飲み込まれていく。
「やだやだやだ。助けてー」
なすすべなく引き込まれていくナイトグリーン。
「聖歌ちゃん!」
「頑張って!」
ナイトホワイトもナイトピンクも必死になってしがみつくが、まったく効果がない。
それどころか、心臓の一部が左右に広がって彼女たちにも纏わり付いてくる。
「きゃあー」
「な、なんですの? これ」
「だ、だめだー」
最後まで見えていたナイトグリーンの背中もめり込むように消えて行く。
「助けてー」
「いやー」
そして残った二人もまた、ずぶずぶと飲み込まれていくのだった・・・

ゴトン。
袋に亀裂が入り、カプセルが吐き出される。
ゴトンゴトン。
その数三つ。
やがてカプセルにはひびが入り、中からゆっくりと怪人が姿を現した。
「うふ・・・うふふ・・・」
「うふふふ・・・」
「うふふ・・・」
可愛らしくも妖しい笑いを浮かべる三体の怪人。
「うふふ・・・あたしはキャットデモン」
しなやかな女らしいボディラインを漆黒の毛皮で包み、尖った耳と長い尻尾を持つネコ型の怪人が手の甲をペロッと舐める。
「私はドクガデモンですわ」
背中から巨大な毒々しい翅を広げ、触覚と複眼を持った毒蛾の怪人が鱗粉を撒き散らす。
「私はハエトリソウデモンだよ。うふふふ」
頭部にぱっくりと開いた捕虫葉を閉じたり開いたりしながら、全身を緑色に染めた怪人が嬉しそうに笑う。
「うふふふ・・・暗黒結社デモンズは滅んだりしないわ」
「ええ。私たちが地球人どもを震え上がらせてあげる」
「楽しい宴の始まりだね」
デモンズの怪人に生まれ変わってしまった三人の楽しそうな笑い声はアジトに響き渡るのだった。
  1. 2006/11/12(日) 21:38:55|
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蜘蛛女仁美

2chにちょっと投下してみたSSです。
楽しんでいただければ幸いです。

ぱしゃっと水音がはじけ、スイミングキャップが水面に姿を覗かせる。
「ふう・・・」
水から顔を上げ、足りなくなった酸素を補給する。
気持ちいい・・・
桜居仁美(さくらい ひとみ)はプールの底に足を着き、胸から上を水面に出した。
それほど大きいものではないが、形よい胸が水着の布地を押し上げる。
紺色のワンピースの水着はこのスイミングクラブのお仕着せだったが、彼女が着るととても似合っていた。
「桜居さん、相変わらず泳ぐの上手ねぇ」
「ホント、私なんかいつまで経っても息継ぎが上手く行かなくて・・・」
「アナタは特別へたっぴなのよ」
「言えてるぅ・・・あはははは」
彼女の周囲に同じ水着を着た数人の女性たちが集まってくる。
いずれもにこやかに彼女に笑いかけていた。
彼女たちはみなこのスイミングクラブの仲間たちだ。
年齢も職業も体重もまちまちな彼女たちだったが、いつもこのスイミングクラブで顔を合わせているうちに仲良くなったのだ。

仁美は別に水泳が上手くなりたいわけでは無い。
出産から五年。
子供も手が掛からなくなってきた今、彼女は再び以前のプロポーションを取り戻したかったのだ。
とはいえ、彼女自身のプロポーションが悪いわけではない。
一児の母親とは思えないほどの躰の張りを保っている。
腰もくびれ、お腹だって出てはいない。
だけど、仁美は気を抜きたくなかったのだ。
愛する夫のため。
このプロポーションを維持することこそが夫への愛の証だと思えたのだ。

「やあ、皆さん。どうですか、調子は?」
スイミングクラブのコーチである、猪坂広志(いさか ひろし)がやってくる。
先日、三十代になってしまったものの、まだまだ引き締まった躰とさわやかな印象は好青年を思わせる。
「「猪坂コーチ、こんにちは」」
仁美の周囲にいた女性たちがにこやかに挨拶をする。
それに対して猪坂も手を上げて答える。
「桜居さんもこんにちは」
その声を聞いた時、仁美は背筋がぞっとした。
他の女性たちは彼の事を気に入っているみたいだったが、仁美には彼に好意を持つことはできなかったのだ。
プールサイドで指導をしているときも、常に目の隅で彼女を見ているような感覚。
彼女が一人で休んでいる時に、気が付くと向いている躰を嘗め回すようなその視線。
まるでヘビが獲物を見つめているような感じを仁美は覚えるのだ。
注意しようにも明確に見つめられていたわけではないので、錯覚といわれてしまえばそれまでだ。
だが、明らかに仁美は猪坂の視線にいやらしいものを感じているのだった。
「こ、こんにちは」
努めて平静に挨拶する仁美。
「皆さん筋がいいですよ。その様子だと大澤さんは上級コースでも大丈夫ですね。どうですか? 一度昇級試験を受けられては」
「そ、そうですかぁ?」
まんざらでも無さそうな顔をしている大澤と呼ばれた女性。
実際猪坂コーチの評判はよく、彼目当てに通っている女性もいるらしい。
「考えてみてくださいよ。そうそう、明日の夜でしたね? 浜口さんのお祝いは」
「そうでーす」
「コーチも来てくださいね」
「彼女の目当てはコーチなんですから」
あはははと笑い声がプールに響く。
「もちろん伺いますよ」
猪坂も笑っている。
だが、仁美はどうしてもこの男を好きになれそうにはなかった。
「ごめんなさい。お先に失礼するわ」
仁美はそう言うと、プールから上がる。
水着に包まれた魅力的な後ろ姿を、猪坂は確かに目で追っていた。

「ほんとにいやらしい感じなのよ。まるで水着から滴る水まで飲み干しそうだわ」
パジャマ姿の仁美が髪の毛を梳いている。
「おいおい、そんな奴がコーチじゃヤバいんじゃないか?」
大きなベッドには夫の桜居幸太(さくらい こうた)が週刊誌を眺めていた。
「ええ、泳ぐの好きだし、やめたくは無いけれど・・・そろそろ考えるわ」
「そうだな・・・その方がいい」
何か考え込むような表情をして週刊誌をベッドの脇に置く幸太。
その目は妻の背に注がれる。
「明日はちょっと遅くなるわ。前に言っていたでしょ。プールのお仲間の浜口さんのお祝いなの」
「ああ、そういえば言っていたな。若いのに主任さんだって? やるもんだな」
「うふふ・・・あなただって課長さんでしょ。大丈夫よ。負けてないから」
そっと夫の自尊心をフォローする。
若い女性が主任で自分が平ではコンプレックスを抱くだろう。
だが、彼女の夫は課長だ。
だからコンプレックスを抱く必要は無いし、仁美もこのお祝いのことを打ち明けたのだ。
そうでなければ誕生日のお祝いとでも言ってごまかすほうがよかっただろう。
男というのはコントロールが大変なのだ。
「終わったわ」
寝る支度を終えて、仁美はベッドにもぐりこむ。
灯を消して布団をかける。
大きなベッドで愛する夫の隣に寝るのは至福のひと時だ。
「亮太(りょうた)は寝たのか?」
「ええ、先ほど覗いたらぐっすり」
その言葉が終わらないうちに仁美の腰に手が回される。
「あん、あなたったら・・・」
「そんな野郎の話を聞いたら黙ってられるかよ。仁美は僕の妻なんだぞ」
荒々しく仁美を引き寄せ、その首筋にキスをする。
「あん・・・もしかして、やきもち?」
「うるさい。仁美は僕のものだ」
「ああん・・・ええ、私はあなたのものよ・・・愛してるわ・・・」
仁美はまさに幸せだった。

ひとしきり食事とお酒を楽しんだ仁美たちは、猪坂コーチの提案でカラオケに行くことになっていた。
浜口という女性の会社内での昇進という、別に仁美にとってはどうでもいい出来事のお祝いだったが、プール仲間の集まりはやはり楽しい。
四十代後半の太った女性も二十代前半の若々しい女性も、みんな一緒に楽しめるのは水泳のいいところだ。
別に記録やスピードを意識しなければ、楽しく泳ぐことに問題は無い。
それだから仁美もこの集まりに顔を出しているのだった。
猪坂のことがなければまだまだ楽しめるはずなのに、彼の存在は仁美の心を翳らせる。
カラオケもどうしようかと迷った仁美だったが、もしかしたらクラブをやめるかもしれないし、そうなればみんなにも会えなくなる。
そう思って仁美はカラオケも付き合うことにしたのだった。
一次会のレストランからカラオケボックスまではちょっとある。
仁美たちはわいわい言いながら人通りの無い夜道に差し掛かっていた。

突然、ばらばらと人影が現れる。
「えっ? キャーッ!」
女たちが悲鳴をあげる。
人影は全身を黒い全身タイツ状のスーツで覆い、顔には緑と赤のペイントがされ、ベレー帽を被っている。
腰には北半球の上に乗ったワシのマークのベルトが飾られ、人影の中の二人は一部が赤い全身タイツを纏っていた。
「な、なんだ、君たちは」
猪坂コーチが女性たちをかばおうとするが、周囲はすでに囲まれている。
女性たちに逃げ場は無いのだ。
「クククク・・・われわれはショッカー」
「ショッカー?」
聞いた事が無い。
どこかの軍隊だろうか・・・
仁美は必死に逃げることを考える。
しかし、彼らの囲みを破って逃げられるかどうかはわからなかった。
「猪坂広志。お前は我がショッカーのコンピュータがはじき出した知能体力ともに優れた男だ。我がショッカーはお前を歓迎する」
一部が赤いスーツ姿の男がそう言って猪坂を指差す。
「なんだと?」
猪坂は戸惑う。
しかし、男どもは意に介さずに猪坂を両脇から捕らえてしまう。
「うわっ、なんて力だ」
猪坂は力だって弱くは無い。
水泳は全身スポーツだから筋肉も発達しているのだ。
しかし、この黒尽くめの男たちにはまったく歯が立たない。
「ククク・・・われわれはショッカーの戦闘員。強化された我々に生身の男がかなうものか」
「イーッ! この女どもはどうします?」
黒尽くめの男がリーダーと思われる一部が赤い男に尋ねる。
「連れて行け。何かの役に立つだろう」
冷酷な声に仁美は目の前が真っ暗になった。

薄暗いひんやりとしたホール。
黒尽くめの男たちに仁美たちは連れてこられていた。
猪坂は二人がかりで抑えられ、身動きが取れない。
仁美たち五人の女性もそれぞれ後ろ手に縛られて逃げられないようにされていた。
黒尽くめの男たちはみな一点を見つめている。
彼らのベルトと同じマーク。
地球をわしづかみにしたワシの姿がレリーフとして飾られている。
彼らはそれを見つめているのだ。
な、何なの・・・これは・・・
仁美は恐ろしかった。
ただここから逃げ出し、愛する夫の元へ戻りたかった。

『諸君、ようこそショッカーのアジトへ』
ワシのレリーフの腹の部分が光り、ホール内に声が響く。
「「イーッ!」」
黒尽くめの男たちがいっせいに奇声を上げる。
「お、俺たちをどうするつもりだ!」
「私たちを帰して!」
「お願い、帰してください」
みんなが口々にその声に哀願する。
だが、仁美は黙ってレリーフをにらみつけた。
こんな男たちを使って姿を現さない以上、ただで帰してはくれないだろう。
おそらく身代金が目的なのではないか?
でも・・・家にはそんなお金は・・・あなた・・・亮太・・・
『黙れ! お前たちに選択の権利は無い! お前たちに許されるのは我がショッカーの役に立つことだけなのだ』
レリーフの冷酷な声が響く。
『まずは猪坂広志。お前を我がショッカーの改造人間に改造する』
「改造人間? そんなのは願い下げだ!」
『貴様の意思など関係ない。お前はこれより改造手術を受け、ショッカーの一員となるのだ。そこに選択の余地は無い』
「や、やめろ! 俺はそんなものにはなりたくない!」
何とか黒尽くめの男たちを振り切ろうとする猪坂。
しかし、やはり身動きは取れない。
「くそっ、やめろ!」
『誰もが始めはそう言うのだ。だが、ショッカーの誇る脳改造を受ければ、その思考はショッカーのものとなり、改造人間であることを誇りに思うようになる』
脳改造?
そんなことが可能だというの?
仁美は息を飲む。
「どうしても俺を改造する気か?」
『くどい! ショッカーに選ばれたことを喜ぶがいい!』
「だったら条件がある!」
猪坂がレリーフをにらみつける。
「条件だと? ふざけるな!」
左右から押さえつけている黒尽くめの男が猪坂の頭を押さえつける。
『待て! この状況で条件を持ち出すとは面白い。言ってみるがいい』
「ふっ、俺を改造するなら、あそこにいる女、桜居仁美も改造してくれ」
な、何を言っているの?
猪坂の言葉に唖然とする仁美。
『ほほう。それはどういうことだ?』
「俺はあの女を狙っていたんだ。人妻だがいい女だからな。いずれセックス漬けにして俺のものにするつもりだったんだ」
なんてこと・・・
ぞっとする仁美。
猪坂の言葉に他の四人も顔を見合わせる。
『ほう。そんなことを考えていたとは、なかなか見所のある男だ』
「それが認められなければ俺はこの場で舌を噛み切る。俺が死ねばそっちも困るんだろう?」
「いやよ! あんたなんか・・・あんたなんか死んじゃえばいい」
仁美は我慢できなかった。
やはりこの男は最低だ。
ここから無事に帰ったら絶対にやめてやる。
でも・・・
無事に帰れるの?

『はっはっは・・・よかろう。欲しいものは奪い取る。それこそまさにショッカーの思考』
「それじゃぁ」
猪坂の顔が邪悪にゆがむ。
『うむ、その条件は考慮しよう。お前の働き如何でその女をお前のために改造し、脳改造もしてやろう』
「いやぁっ! そんなのはいやぁっ!」
仁美は半狂乱になって首を振る。
この人たちは狂っている。
ここは狂人たちの集まりだわ。
帰して!
私を帰して!
『その女たちを連れて行け。そこの桜居仁美は素質をチェックさせるのだ』
「「イーッ!」」
黒尽くめの男たちが女どもを引っ立てる。
仁美は絶望に打ちひしがれたままホールを後にした。

            ******

あれからどれくらい経ったのだろう。
仁美はアジトの牢獄に捕らえられたまま日々を無為に過ごしていた。
あれから仁美は徹底的に躰のチェックを受け、その結果戦闘員としての適性はあるものの、怪人としての適性には乏しいということだった。
猪坂はまったく姿を見せなくなり、大澤と野口は戦闘員適性も無いということでどこかへ連れ去られてしまっていた。
浜口も間中も極端に無口となり、黙って牢獄でただ時が過ぎるのを待つだけとなっていた。

キイと扉が軋む音がする。
仁美は時計を見た。
夜の十時。
戦闘員たちが来るにしては遅い時間だ。
何かあったのかしら・・・
仁美は顔を上げる。
カツコツと靴音が近づいてくる。
それも複数だ。
仁美は息を押し殺す。
いつかここを抜け出すまで死にたくない。
なるべくおとなしくしているほうが良さそうだった。

「ケケケケケ・・・」
鉄格子の向こうに姿を現したものを見て、仁美は息を飲んだ。
そこに現れたのは全身がうっすらと毛に覆われ、頭の左右からは角のような触角が伸び、顔の中央には大きな六角形の複眼状の目が三つ重なり、口元には大きな牙が生えている蜘蛛の化け物だった。
「ひぃっ」
「ケケケケケ・・・桜居仁美、俺を覚えているか?」
蜘蛛の化け物はそう話しかけてくる。
仁美は恐怖におののきながらも首を振った。
「ケケケケ・・・俺様はショッカーの改造人間蜘蛛男。元は猪坂広志といったが、そんな名前はもう意味が無い」
仁美は驚いた。
この蜘蛛の化け物があの猪坂だというのか?
「ま、まさか・・・」
「ケケケケ・・・待たせたな、仁美。俺は改造され、蜘蛛男として生まれ変わった。そして俺はショッカーに歯向かうものを殺し、必要な人材をさらってきてショッカーのために働いたのだ」
仁美はあとずさった。
この男はレリーフの声との取引を成立させたのだ。
「首領は俺の働きを評価してくれた。お前を俺のモノにすることを許可してくれたのだ」
「いやぁっ!」
仁美は首を振る。
こんな化け物のものになるなんていやだ。
死んでもいやだった。
「ケケケケ・・・連れて行け」
「「イーッ!」」
牢獄の鍵が開けられ、戦闘員たちが入ってくる。
仁美は必死に抵抗するが、所詮ははかない抵抗だった。
戦闘員たちは仁美を連れ出すと、手術室へ連れて行った。

ショッカーの誇る改造手術台。
その円形の手術台に仁美は寝かされていた。
衣服は全て取り去られ、二十七歳のみずみずしい肉体がさらけ出されている。
両手両脚は金具によって固定され、逃げ出すことはおろか、胸や股間を隠すことすらできなかった。
「いやぁっ、お願い、うちに帰してぇ! ここのことは誰にも言いません。主人にも言わないわ。だからお願いです。うちに帰してぇ」
必死になって身をよじりこの状態から逃れようとする仁美。
すでに周囲には白衣を身に纏い、不気味な赤と緑のペイントを施した医者らしき人物が控えており、さらにそのまわりを戦闘員が囲み、レリーフの下には蜘蛛男が立っている。
ああ・・・誰か助けて・・・
仁美の目から涙が流れる。

ウイーンウイーンという電子音とともにレリーフのお腹のランプが輝き始める。
『これより桜居仁美の改造を行なう。その前に彼女の適正に付いて報告せよ』
「はっ、この女、桜居仁美は知能体力ともに同年代の女性に比べて優れております。しかし、我がショッカーの求める改造人間としての適正までには至っておらず、戦闘員としての適性までと考えます」
白衣を着た医師の一人がレリーフに向かって答える。
「戦闘員だと? 俺はそんなものを求めているのではない。この女を俺に相応しい改造人間のパートナーとして作り変えて欲しいのだ」
蜘蛛男が医師団をにらみつける。
『どうなのだ? 医師たちよ』
「お待ち下さいませ。確かのこの女の単体での適性は戦闘員といったところです。しかし、単独行動をしない改造人間の支援用改造人間としてならば、その能力は充分です。蜘蛛男のパートナーとして常に行動を共にするのであれば、彼女を改造人間とすることに異存はございません」
「おお、それこそまさに望むところ。彼女を俺のパートナーに改造するがいい」
医師の言葉にうなずく蜘蛛男。
「いやぁ、そんなのはいやぁっ」
「クックック・・・心配はいらん。肉体の改造とともに脳改造も行なわれる。そうなればお前はショッカーの一員としての思考をするようになり、改造されたことを誇りに思うようになるだろう」
不気味に笑みを浮かべる医師たちを見て、仁美はもはや救われないことを知った。
あなた・・・亮太・・・ごめんなさい・・・
『よろしい。桜居仁美の改造をはじめよ』
レリーフの命令が下った。

             ******

「パパー」
保母さんの手に引かれて亮太が門の所までやってくる。
「亮太。お待たせ。さあ、帰ろうな」
可愛い息子を抱きしめ、車の後席に座らせる。
「ママは?」
幼い亮太はやはり母親がいないことが納得できない。
「ん? ママはもうすぐ帰ってくるよ。きっと帰ってくるさ・・・」
運転席について車を走らせる桜居幸太。
あの日から仁美は帰ってきていない。
彼女を含む六人が居なくなったというのに、警察はまったく手掛かりをつかめていなかった。
どこへ行ったのか・・・
幸太には信じて待つしかなかったのだ。

誰もいない我が家に帰ってくる。
灯の点いていない我が家。
だが、今日は違った。
幸太と亮太が帰ってきたとき、家には灯が点いていたのだ。
「まさか・・・」
幸太ははやる気持ちを抑えて、亮太を連れて自宅の玄関を開ける。
鍵は掛かっていない。
合鍵を持っているのは仁美だけ。
仁美が帰ってきたのだ。
幸太は居ても立ってもいられず、玄関をくぐるとすぐに居間に駆け込んだ。

「ククク・・・ようやく帰ってきたようね」
ソファーに座った仁美が入ってきた二人を射るような目で見つめていた。
「仁美・・・」
「ママー」
亮太がすぐに駆け寄った。
「うるさいわね」
抱きつこうとした亮太が跳ね飛ばされる。
仁美の手の甲が亮太を打ち据えたのだ。
「亮太!」
思わず駆け寄る幸太。
「う、うわーん」
頬を張られた亮太は火の点いたように泣き始める。
「りょ、亮太・・・何をするんだ!」
「お黙り! お前のような下等な人間と話すのは気が進まないのよ。私はお前にお別れを言いに来たの」
冷たい目で見つめる仁美。
彼女のこれほど冷たい目を彼は見たことはなかった。
「亮太・・・ママとお話があるから部屋へ行っていなさい」
幸太は泣きじゃくる亮太を部屋へ向かわせる。
その様子を仁美はくだらなそうに見つめていた。

「どういうことなんだ、仁美」
「どうもこうも無いわ。お前のようなくだらない下等な人間には興味が無くなったの」
うっすらと笑みを浮かべている仁美。
アイシャドウが引かれ、唇には黒いルージュが乗せられている。
妖しく美しいその顔は幸太にはまったく見知らぬ女性にすら思える。
「本気で言っているのか? 仁美」
「ええ、本気よ。私は生まれ変わったの。私は相応しいパートナーを得て人間であることを捨てたのよ」
「相応しいパートナーだって?」
幸太の心がざわめく。
一体どうしてしまったというのだろう。
「ええ、お前なんか比べ物にならない人よ。私はもうその方のものなの」
「だ、誰なんだ、そいつは!」
幸太が詰め寄る。
「ケケケケ・・・俺様のことさ」
背後の扉を開けて人影が入ってくる。
「うわぁ、ば、ば、化け物」
入ってきたのは蜘蛛の化け物だった。
「ふふふ・・・失礼な男ね。こんなに素敵な蜘蛛男を化け物だなんて」
仁美は笑みを浮かべながらゆっくりと蜘蛛男のそばに向かう。
「ひ、仁美、離れろ! そいつから離れろ!」
「ケケケケ・・・馬鹿な男。彼こそ私のパートナーなのよ。私はこの蜘蛛男のものなの」
蜘蛛男の腕を取り、寄り添う仁美。
「ば、馬鹿な・・・」
「ケケケケ・・・そういうことだ。この女は俺のもの。仁美、この馬鹿な男にそれをわからせてやれ」
蜘蛛男が顎をしゃくる。
「ケケケケ・・・ええ、そうしますわ。“あなた”」
「ひ、仁美・・・」
愕然とする幸太の目の前で仁美は煩わしそうに服を脱ぐ。
そして、裸になった仁美はにやりと笑うと細胞の配列を変えて行く。
「う、うわー!」
幸太の悲鳴がとどろいた。

そこに立っていたのはもはや仁美ではなかった。
美しいボディラインはそのままだが、全身を緑と赤の縞とうっすらとした毛で覆われ、頭の両脇からは二本の触角が伸びている。
口元は人間のときのままだが左右から牙が伸び、目の辺りには六角形の複眼状の目が覆っている。
両手の爪は鋭く、両脚は指が無くなりハイヒールの様になっている。
まさに隣に立っている蜘蛛の化け物の女性版だったのだ。
「ケケケケ・・・どう? これが私の姿。私はショッカーの改造人間蜘蛛女。蜘蛛男のパートナーよ」
「あああ・・・」
幸太には何がなんだかわからない。
仁美は一体どうしてしまったのだろう。
「ケケケケ・・・もはやお前に用は無いわ。死ね!」
蜘蛛女と化した仁美の口から糸が伸びる。
「ウグッ」
糸はすぐに幸太の体に巻きつくと、その自由を奪い去る。
「ケケケケ・・・お前は戦闘員にもなれ無いクズだわ。ショッカーにとって役に立たない男は無用よ」
蜘蛛女は糸をクイッと引いた。
「アガッ」
糸はあっけなく幸太の首を切り落とす。
血が飛び散って幸太の躰は床に転がった。
「ケケケケ・・・良くやったぞ、蜘蛛女」
蜘蛛男が彼女の肩を抱く。
「ケケケケ・・・ありがとう蜘蛛男」
それに寄り添うように蜘蛛女はもたれかかった。
「ガキはどうする? 戦闘員が確保しているが」
「どうでもいいわ。あんな下等な生き物なんか興味ないもの。一応連れ帰れば実験材料ぐらいにはなるんじゃない?」
足元に転がる幸太の死体を踏みつける。
「こんな男の妻だったなんてぞっとするわ。ショッカーの改造人間にしていただいてよかった・・・」
「ケケケケ・・・これからも俺とともにショッカーに尽くすのだ。いいな」
「ケケケケ・・・もちろんよ。私はショッカーの改造人間蜘蛛女。蜘蛛男のパートナーよ」
蜘蛛女は幸せそうに蜘蛛男にキスをした。
  1. 2006/08/15(火) 23:09:25|
  2. 改造・機械化系SS
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このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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