なぜ事件から3年以上も捜査員のDNAが被疑者絞り込みに使われていたのか--。05年12月に栃木県今市市(現日光市)の小学1年、吉田有希ちゃん(当時7歳)が殺害され、常陸大宮市の山林に遺棄された事件で、遺体などから検出されたDNAが当時の栃木県警幹部のものと判明した。専門家からは、DNAの採取後の検証や、DNAに依存しない捜査の必要性を指摘する声が上がっている。
押田茂實・日本大学教授(法医学)は「警察官が事件現場を汚すのはよくある話で、これまで表に出てこなかっただけだ。どういういきさつで着いたか追及しないと、また同じことが起きる。大学では関係者全員のDNAを調べて、検査対象のDNAに混入していないかチェックするのが常識。警察も捜査員のDNAをデータベース化する必要があるだろう」と述べた。
村井敏邦・龍谷大法科大学院教授(刑事法)は「遺留DNAは状態が良くても被疑者のものと断定するのは難しい。さらに捜査員のDNAが混入すれば証拠としての価値は低くなる。今回の事例はどんなに慎重に捜査しても被疑者以外のDNAが混入し、DNAに頼る捜査の危険性を示している。多方面から証拠を収集することが重要だ」と指摘した。
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■解説
殺人事件の被疑者絞り込みの手がかりとされたDNAが事件発生から3年以上も捜査員のものと見抜けなかったことは、DNAの採取過程と採取後の運用、管理に課題があることを浮き彫りにした。
DNAは毛髪や唾液(だえき)などわずかな遺留物から採取でき、現在の技術では約4兆7000億人に1人の確率で個人を識別できる。ただ、どれだけ注意を払っても事件現場に近づいた捜査員や第3者が落とした毛髪や唾液が混在する可能性は排除できず、検出されたDNAを被疑者とそれ以外に識別する手続きが不可欠だ。
警察庁は混入防止策として捜査員に素手で遺体や遺留品に触れないよう通達しているが、混入を想定して現場から検出されたDNAと捜査関係者らのDNAを照合する仕組みが確立しているとは言えない。今回の捜査員のDNA混在は、足利事件のDNA再鑑定を契機にした検証の中で初めて発覚したが、こうした再照合がなければ現在も捜査員のDNAを被疑者絞り込みの材料として活用していた可能性が高い。
今後は、DNA混入の経緯を検証するとともに、捜査の向上に向けたDNAの照合、管理のルール作りが求められる。足利事件は90年代の初期DNA鑑定の精度の低さが問題にされたが、精度が高くなった現在でも、DNAの採取方法がずさんだったり、DNA鑑定後の運用を間違えれば、捜査にマイナスの影響を及ぼす。裁判員裁判が進む中、今回の件をDNA鑑定への過信に警鐘を鳴らす教訓とすべきだ。
毎日新聞 2009年9月20日 地方版