政権交代で始まる不可逆的な地殻変動(その1)中央公論9月16日(水) 15時11分配信 / 国内 - 政治構造の変化は政治の世界にとどまらない 北岡 一九七〇年代から八〇年代にかけて、自民党が少し議席を減らすとそのたびに「保革伯仲」などと喧伝されたものです。しかし、それは自民党にとって危機でも何でもなかった。最大野党の社会党には政権を獲得する意志も能力もありませんでしたし、仮に自民党が過半数割れしたとしても、新自由クラブなり民社党なり公明党なり、連立を持ちかけられる相手が控えていました。本当の意味で自民党が緊迫感を持ちえたのは、政権担当能力を有する第二党が育って以降のことです。 八〇年代末の冷戦終結によって、自民党的な政治手法はすでに限界にきていました。しかし、その後のピンチを、村山富市社会党委員長を担ぎ、あるいは公明党との連立で数を確保し、さらに「変人」と言われた小泉純一郎に託し、その後は次々に「顔」をすげ替えることで延命してきた。最後には「官僚バッシング」にも走りましたが、そもそも官僚と一体化していた自民党が官僚批判をすることは自らの影武者を斬るようなもので、矛盾に満ちていました。こうして、ついに万策尽きた。これが今回の選挙の実態だと思います。 御厨 戦後政治を担ってきた自民党に取って代われる政党がようやく出てきた。しかも衆議院で一気に三〇八議席を獲得した。まずは、この国にとって大変なことが起きたのだという事実を?みしめる必要があります。 民主党の地滑り的勝利に対して、「だから小選挙区制は怖い」「次の総選挙ではひっくり返るのでは」といった論評をする人がいますが、違うと思う。有権者は心から自民党を嫌った。「自民党パージ」の結果なのです。ですから、新たな政治地図はかなり不可逆的なものだと思いますね。 北岡 首相経験者をはじめとした大物政治家が落選したり、大苦戦を余儀なくされたりしましたが、有権者の間に、既成の権威そのものに対する拒絶反応が広がり、それが民主党に雪崩を打って流れたという感じですね。 御厨 今回は政治の世界で地殻変動が起きましたが、それで終わりではない。あらゆる「自民党的な権威主義と便宜主義」への反発に?がっていることに注意しなければなりません。国民は同じような視線を、たとえば霞が関や財界にも向けているはずです。官僚も財界首脳も、これから構造的な改変の渦に巻き込まれていくのではないでしょうか。今度の政変は、そうした社会全体の変動の端緒だと思います。 民主党は勝ちすぎたか? 御厨 それにしても、ある意味「天の配剤」とも言える選挙結果でした。民主党が大勝したことで、選挙前に政治のプロたちが、「結果によっては政界再編の流れが加速」とか「新たな連立を模索」とか評していた状況を、きれいさっぱり拭い去ってしまった。中選挙区制復活待望論も、息の根を止められた感じです。社民党や国民新党との連立が前提となりますが、衆参のねじれも解消されました。 半面、民主党が「勝ちすぎた」ことへの不安を口にする人もいますね。 北岡 三〇八人の当選者のうち、一四三人が新人です。こうした事実をもって「『素人集団』が大挙して国会に来るから、大混乱になる」と言う人がいますが、そうは思いません。 マックス・ヴェーバーも言っていますが、グラッドストーンの英自由党にせよリンカーンの米共和党にせよ、指導者が強力なリーダーシップを発揮できる政党は、誤解を恐れずに言えば「何でも賛成」の多数のバックベンチャー(平議員)に支えられているケースが多いのです。彼らの存在が、抜本的な政策を打ち出し、迅速に実行に移す組織を担保しているわけです。 従来の自民党政治においては、「一国一城の主」が群雄割拠して拒否権を乱発したりするため、なかなか物事が前に進みにくかった。それに対して、民主党は「執行部―バックベンチャー」という、極めてシンプルな体制になっています。鳩山・小沢・菅・岡田の四人が「これで行こう」と決めれば、速やかに行動できる。 むろん、それにはリスクも伴いますが、今まではわれわれ政治学者でさえ「なぜ決断にこれほど時間がかかるんだ」とイライラするぐらいでしたから、より現場に近い官僚には、同じ不満を持っている人間も多いはずです。 御厨 対官僚の話で言えば、自民党政治の時代には、政治家相手に論理は必要なかった。「先生、これで」と答弁書を渡せばそれですんだのです。しかし、これからはそうはいかない。民主党議員がやってきて、「これを説明してほしい」「情報公開してくれ」と迫るでしょうから。 福田政権の「唯一の功績」とすら言われることもある「公文書管理法」が、六月に成立しました。ずさんな文書管理を正して、公文書の管理、保存体制を強化しようという法律ですが、民主党議員はこれをフル活用するはずです。口頭による秘伝ではなく、決めたことを文書化して保管するというのは、非常に意味のあることです。与党政治家と官僚との関係が大きく変わるのではないでしょうか。 北岡 役所は膨大な文書を作成するのですが、肝心なところは口頭でやることが少なくないのです。これは大変おかしなことで、たとえば利害関係者との接触の記録であっても、天地に恥じない仕事であるならばきちんと残すべきです。こうした旧弊に風穴を開けることも新政権には期待したいですね。 「小沢ガールズ」のこれから 御厨 一部メディアが「小沢ガールズ」と呼んだ女性議員たちに象徴されるように、民主党の議員に若い世代が多いことも、期待の半面、不安や疑念の声を生んでいるのですが、私は意外にこれから力をつけるだろうと思っています。先ほどのバックベンチャーの話に通じるのですが、最初は右も左も分からなくて当然です。しかし、そのうちに結集の「核」らしきものができていくのではないかと、あの顔ぶれを見ていると感じられるのです。 北岡 ともすれば「ガールズ」などと揶揄されますが、一人ひとりを見れば、なかなかの人材を揃えたのではないでしょうか。小沢さんは、基本的に一年ぐらい前から準備して選挙区に入らせましたよね。決して「ぽっと出」の人たちじゃない。選挙の直前にスカウトしていきなり刺客として送り出された「小泉チルドレン」とは異なるところです。 彼女たちを擁立して、しかも勝ったことは、今後の民主党にとって大変重要な意味を持つものでした。自民党の重鎮を敵に回して奮闘する姿は、当然のことながら女性の共感を呼んだ。それまで民主党につきまとって離れなかった、「女性に不人気」という弱点を、雲散霧消させてしまいました。 御厨 小沢さんが選挙を仕切ったうえでの圧勝により、党内での発言力が強大なものになるという見方もまた多い。たしかに力は持ち続けると思うのですが、同時に今の三十代前後の人は、案外に薄情ですからね。(笑) 「小沢先生、勝たせてもらってありがとうございます。でも、これからは自分なりに頑張ります」という人が、結構多いんじゃないか。これからは、党内で小沢さんの独断専行がまかり通るというような評価は、一面的にすぎると感じます。 北岡 たとえば小沢さんに睨まれたからといって、党から出て行くか? 出て行きませんよ、政権党に入ったのだから。むしろ、小沢さんの心中は、痛し痒しだと思います。「どうだ、俺の力を見たか」という思いの半面、「これだけ数が増えたら、どこまで自分の力が及ぶのか分からない」という思いもあるのではないでしょうか。小沢さんの得意とするのは、ぎりぎりの状況で、二〇、三〇の手勢を率いて引っ?き回すことでしたから。 国家運営の「ビジネスモデル」の転換を 御厨 ともあれ、民主党は国政の場で絶対的な力を持つことになりました。その力がよい方向に発揮されたら、何が一番変わるでしょう? 北岡 私は、自民党政治を「利害関係者の政治」と表現してきました。たとえば農政であれば、党の族議員と農水省の官僚、農協などの「関係者」がきっちり「縄張り」を作って、他者を入れさせない。その代わり、自分たちも他の縄張りを侵したりはせず、ひたすら自らの権益死守に努めるわけです。自分たちの結論が、国全体のグランドデザインや国民の福祉と矛盾しようがおかまいなし。必要とあらば、拒否権を発動する。あらゆる分野に「利害関係者の政治」が貫かれた結果、必要なスクラップ・アンド・ビルドが行われることなく、「不良債権」が温存されてきました。 冷戦終結後、世界全体が新しい方向を模索し動き始め、また日本経済の成長が鈍化したにもかかわらず、自民党は旧態依然のやり方を続け、最終的には躓いたわけですね。民主党が、いい意味での中央集権を活用できれば、この「ビジネスモデル」の転換を図れるのではないでしょうか。明らかに時代遅れの部分には大胆にメスを入れ、そこに投入されていた資源を優良部門に移すのです。 御厨 そういう「ビジネスモデル」の違いは、実はマニフェスト(政権公約)に対する姿勢にも表れているんですね。今回も自民党は、しぶしぶマニフェストを出しましたが、本来はやりたくない。政策の優先順位をあらかじめ決めて、こういう工程で実現していきますと約束するやり方は苦手なのです。自分たちの築き上げてきた仕組みと相容れない発想だから当然と言えば当然だし、だからこそ限界を露呈したのでしょうけれど。 北岡 そもそも、自民党は民主党の施策を「バラマキ」と批判するのですが、自分たちが利害関係者を巻き込んでやってきた政治は、バラマキではなかったのでしょうか。 御厨 そう。自民党は、同じようなバラマキを、「利害関係者」を通してやってきたのです。それに対して、民主党が謳っている「子ども手当」などは直接給付でしょう。中身の是非は措くとして、やり方としては画期的な面もあるのです。 自民党がなぜ間接給付にこだわるかと言えば、これまでは天下りの役人を抱えた「給付団体」が中間マージンを受け取るようなシステムが、構造的に出来上がる仕組みになっていたから。それをなくそうという方向性は間違っていない。 北岡 自民党のバラマキが先ほど述べたような「ビジネスモデル」に組み込まれた構造的なものであるのに対して、民主党のそれはまだ構造化されていません。それゆえ、指導部が適宜修正することも可能でしょう。 御厨 そうですね。問題は、いつどんな形で見直すのか。システムとしては可能でも、「切る」という決断をリーダーが本当に下せるかが肝心です。 メディアも自らを 改革するとき 御厨 このように、日本の政治史に残るエポックメーキングな出来事がわれわれの眼前で展開されているわけですが、それにしてはメディアの論調は皮相的にすぎると感じますね。「小沢ガールズ」の描き方にせよ、バラマキ批判にせよ、本質を突いたものは極めて少ない。 権力の側についた途端に、「素人集団で大丈夫か」といった批判を展開するのも、いつものパターン。誤解を恐れずに言えば、今回に関しては拙速に民主党政権批判に走るべきではないと思います。何しろ政権の座についたことのない党なのですから、しばらくは右往左往するのが当然。少なくとも「ハネムーン」と言われる一〇〇日間ぐらいは、冷静な報道に徹するべきだと思うのです。 またぞろ揚げ足取りのような報道合戦を繰り広げた結果、新内閣が何かをやろうとする前に支持率の急落を見るようなことがあれば、希望を見出しつつあった日本の政治が再び闇に覆われかねない。それは、民主党だけでなく、日本政治全体にかかわる問題です。 北岡 メディアが権力に批判的な姿勢を持つことは当然ですが、同時に公平に事実を伝える義務があるし、何よりも国益を考えてほしいと思います。 麻生さんの失言はたしかに問題でしたが、海外では結構いいスピーチをしているんですね。しかし、それについては、まるで報道されない。ラクイラサミットで「もう退場する首相だからと各国首脳に相手にされなかった」と言いますが、「サミット花道論」を流したのは誰なのか。そういう報道でどれだけ日本の国益が損なわれていることか。メディアこそボキャブラリーを総点検すべきです。 御厨 政治家や官僚や財界だけでなく、メディアに対しても国民の視線は厳しくなっています。それを自覚しなければ、メディア自身も改革の対象にならざるをえないでしょう。政治の大転換は、そのチャンスかもしれません。 北岡 あえて、これからメディアに騒がれる可能性がある鳩山政権のアキレス腱に目を向けるとすると、やはり献金問題でしょうね。 御厨 あの問題は、アキレス腱どころか致命傷になる恐れがあります。それこそ、開票速報中の会見で話題にならなかったのが不思議なくらい。これは「冷静な報道」云々の問題ではなく、どこかのタイミングで火を噴くんじゃないかと思いますね。その時、本丸に累が及ぶ前に鎮火する方策を準備しておくべきかもしれません。つまり、鳩山さんに代わる人間がいつでも立てるようにしておく。幸い、自民党と違って代われる人材が豊富なのが民主党の強みです。 (その2へ続く) |
|