Sasayama’s Weblog


2009/09/09 水曜日

カロリー・ベース食料自給率のいい加減さの根本は、飼料自給率のいい加減さにあり。

Filed under: 全部, 農業問題, 食品安全, 消費者問題 — Sasayama @ 10:15:55

2009年9月9日
 
政権交代した民主党では、「国家戦略目標としての食料自給率向上」をめざし、「10年後に50%、20年後に60%を達成することを目標」とのマニフェストを掲げている。

また、日夜、テレビコマーシャルでは、日本の食料自給率の危うさを喚起させる「Food Action Nippon」の公共広告が流されている。

一方、近時になって、農外経済評論家のみなさんの日本の食料自給率についての論評が、かまびすしくなってきた。

主なものをとっても、次のような論説がある。

「「食料自給率40%」の虚構さえ見抜けぬマスメディアの不勉強
「食糧自給率」の向上は食糧危機を悪化させる
食料自給率という幻想
田原総一朗のタブーに挑戦!
【伊藤哲夫】食糧自給率、農政問題を考える
食糧自給率異論。
食料自給率を考える
文藝春秋:「農水省 食料自給率のインチキ」(浅川芳裕)

その中のひとつ、野口悠紀雄さんの「「食料自給率40%」の虚構さえ見抜けぬマスメディアの不勉強」の批判のポイントは次の点にある。

「通常使われる「カロリーベース自給率」という指標に問題がある(「自給率が40%を下回った」というのは、この指標で見た場合である)。たとえば、鶏卵の96%は国内で生産されるが、飼料を輸入しているために自給率は5%とカウントされている(食生活情報サービスセンターのウェブサイトにある「食料自給率とは何ですか」を参照のこと)。生産額ベースでの日本の自給率は、現在70%程度である。」

この指摘のポイントを見る前提として、現在の農林水産省の掲げるカロリー・ベースの食料自給率の算定公式を下記に見てみよう。

カロリーベースの食料自給率(供給熱量総合自給率)=〔国民一人一日あたりの国産熱量÷国民一人一日あたりの供給熱量〕×100パーセント

(国内の畜産物については、飼料自給率を乗じ、輸入飼料による供給熱量分を控除。国産であっても飼料を自給している部分しかカロリーベースの自給率には算入しない。)

参考「食料自給率とは

つまり、野口さんは、この上記のカッコ内の「国内の畜産物については、飼料自給率を乗じ、輸入飼料による供給熱量分を控除。国産であっても飼料を自給している部分しかカロリーベースの自給率には算入しない。」という点を問題にしているである。

この点は、特にカロリー・ベース自給率の国際比較をする際に、大きなネックとなってくる。

国際比較を行う場合には、基礎的な食料に着目して、通常は穀物自給率を用いている。

しかし、カロリーベースの食料自給率を国際比較するには、独自の計算をしているという。
参考「我が国と諸外国の自給率

このばあい、国際比較する際に、「飼料自給率は、どの数値を持ってくるのか」ということが問題となってくる。

カロリー・ベースでの国際比較では、次のような数値が用いられている
参考「日本の食糧の完全自給は可能か、どうすれば実現するか

オーストラリア 333%、
フランス 173%、
カナダ 145%、
アメリカ 132%、
スウェーデン 122%、
ドイツ 101%、
イギリス 99%、
イタリア 78%、
スペイン 68%、
スイス 49%、
日本 40%

この数値は、FAOのSupply Utilization Accounts (SUAs)による飼料自給率を補正係数にして、各国のカロリー・ベースでの食料自給率を割り出したものと見られる。

Supply Utilization Accounts (SUAs)においては、食料向けから除かれるものとして、種、ロス、飼料を計上している。

seed = seed rate×area harvested
losses = loss_rate×( production + imports )
feed = feed_rate×( production + imports )

このうちの、feed_rateが、飼料自給率である。

畜産物については、日本と同じように、下記公式にもとずき、a feed conversion ratioを算出している。

calolies_feed=(feed_calolies)÷(production\calolies)=a feed conversion ratio

参照「WORKSHOP ON SUPPLY UTILIZATION ACCOUNTS AND FOOD BALANCE SHEETS

それらの集約表が「FOOD BALANCE SHEETS」であり、このなかには「Domestic Utilization」として「Feed.Manufacture for feed.Waste」などの項目がある。

FAOの「FOOD BALANCE SHEETS DATA」においても、「PERCENT CONTRIBUTION OF CALORIES.PROTEIN.FAT」として、カロリー、たんぱく質、脂質についての寄与率を算定している。
参考「APPLICATIONS AND USES FOR FOOD BALANCE SHEETS DATA

この数値は、「各国の国民一人当たり(per caput)のカロリー、たんぱく質、脂質への各食物の寄与度」を示したものである。

では、FAOでは、飼料自給率の国際比較をした数値はあるのだろうか。

先に述べたSupply Utilization Accounts (SUAs)にもとずく推計値を、FAOでは、飼料自給率の推定に使っているのだが、FAO自身、このSupply Utilization Accounts (SUAs)にもとずく推計値について、次のような見解を述べている。

「異なった商品における飼料の使用に関するヒストリカルなデータは、摂食量のデータよりも、信頼性に乏しい。

一般に、飼料の使用に関する情報は、直接的には、使用することができず、SUAs(供給・利用勘定)から類推するしかない。

まして、飼料の需要に関して予測することはなお困難である。

Alexandratos(1995)は、次のような簡単なアプローチ方法を生み出した。

すなわち、発展途上国においては、牛肉、羊肉、牛乳の生産のおおくは、非穀物飼料からなっており、一方、豚、養鶏は、穀物飼料からなっている、という事実をベースにした推計方法である。

そこで。飼料の割合は、牛肉と羊肉とで、0.3.牛乳で0.1.豚肉と養鶏と卵で、1.0の飼料使用割合であると計算した。

穀物飼料については次のような三つのシナリオが描かれた。

そのうちの中間のシナリオでは、飼料の通貨交換比率は一定であること、このことはヒストリカル・データでも、このことは実証された。

したがって、これをベースに将来の飼料需要見通しを、穀物、でんぷん、油脂作物について計算した。

他の飼料作物についてみると、家畜のえさとしての使用は、その地域におけるそれらの作物の食物としての使用比率に比例するとみなされた。

穀物飼料については、さらに二つのシナリオが生み出された。そのシナリオとは、必要とされる作物の飼料としての使用についての不確実性とバリエーションについてのものである。

このシナリオについては、チャプター4で議論されている。」

「FAO 2. DATA USED AND METHODOLOGY

そして、そのチャプター4「4. FEED DEMAND」では、2010年の飼料需要見通しについて、摂餌強度(feed intensity)の変化について、「高・中間・低」の3つのシナリオを提示している。
参考「4. FEED DEMAND

以上の中で重要なことは、FAO自身が「飼料の使用に関する情報は、直接的には、使用することができず、SUAs(供給・利用勘定)から類推」するしかない、といっている点だ。

すなわち、かなりの類推値を含んだ飼料自給率を元に、日本の農林水産省は、畜産物について補正し、各国比較のカロリーベース・自給率を算出している、ということになる。

そこで、FAO自身が限界としているSupply Utilization Accounts (SUAs)にもとずく飼料自給率だが、数字がかなり古いが、下記のような数値がある。

これは、穀物に関しての国内における飼料への使用率を示したものだが、ここでの世界、アメリカ、日本の数値は、次のようになっている。

食物への穀物使用率 世界57.1 アメリカ12.6 日本44.3 韓国50.3 ドイツ23.9
飼料への穀物使用率 世界32.5 アメリカ68.5 日本44.2 韓国31.5 ドイツ59.1
廃棄物への穀物使用率 世界4.7 アメリカ0.2 日本0.8 韓国2.7 ドイツ2.8

参照「Domestic Cereal Supply: Food, Feed, Waste

日本においては、飼料自給率は、さらに、粗飼料自給率と濃厚飼料自給率に分けられうる。

1970年と2007年との比較では、

飼料自給率 34パーセント→25パーセント
粗飼料自給率 100パーセント→78パーセント
濃厚飼料自給率 14パーセント→10パーセント

(参考値 食料自給率(カロリーベース)60パーセント→40パーセント)

となっている。

この数値を左右するのは、おもに、穀物価格の急騰による輸入配合飼料価格の急上昇である。

飼料の輸入価格が高騰すれば、国内濃厚飼料自給率も上昇するが、一方で、それ以上に粗飼料自給率が上昇する。

つまり、ここでは、「国内濃厚飼料⇔輸入濃厚飼料」という相補代替関係が存在していると同時に、「輸入濃厚飼料⇔国内粗飼料」という相補代替関係が、重複して存在している、ということを表している。

いわば、配合飼料の安定的供給のためには、本来は、国内濃厚飼料の供給増加が図られなければならないのに、それ以上に、国内粗飼料がゲリラ的に増加して、一時の糊口をしのいでしまう、という構図になっている。

その意味では、低コストで安定供給が可能な国産濃厚飼料資源の開発が急務なのだが、国産とうもろこしの穂を使った濃厚飼料の開発などの事例は見られるが、全体的に、あまり、ぱっとしていないのが現状のようだ。

以上にみたように、日本の食料自給率の低下危機を声高に叫んでいる皆さんの、その根拠とするカロリー・ベースでの食料自給率とは、推計統計手法に多くを依存した、きわめて、いい加減な飼料自給率によって補正された数値である、ということを、まず認識すべきなのだ。

それは、カロリー・ベースでの食料自給率の国際比較数値についても、同様にいえる。

このことは、上記に見るように、Nikos Alexandratosが生み出した手法などについても、FAO自身も認めていることである。

さらに、各国の飼料自給率が適正であるかどうかは、その国の農業風土や農法の違い、畜産飼育方法の違いに大きく左右されることも、見逃してはならない。

たとえば、極端な話となるが、古来、蹄耕法による農法が一般化している国における飼料自給率と、フィード・ロット方式による畜産経営が一般化している国における飼料自給率を、粗飼料自給率と濃厚飼料自給率との境なくして、論じること自体、おろかなことであるし、それらの飼料自給率をカロリー・ベースでの食料自給率の補正係数としてしまうこと自体もおろかなことである。

ここいらで、日本のカロリー・ベースでの食料自給率低下危機をあおる、オピニオンリーダーも、政党も、きわめて推測手法に依存した自給率の数値にいたずらに踊らされない、的確な政策的処方箋を、示すべきときにきている。

ケネス・ボールディングは「愛と恐怖の経済学」( The Economy of Love and Fear )において、現金決済関係に対峙して人々を動かしうるのは、「恐怖」であるとしたが、カロリー・ベースの食料自給率という一指標を、人々を操作しうる恐怖の指標とすることは、やめてもらいたいものだ。

参考
1.「SUAs(供給・利用勘定)」の推計手法の概念

Concepts and Definitions of Supply Utilization  Accounts(SUAs)」

THE PREPARATION OF SUPPLY/UTILIZATION ACCOUNTS (SUAs)」

WORKSHOP ON SUPPLY UTILIZATION ACCOUNTS AND FOOD BALANCE SHEETS

2.FAO統計手法の限界について−アフリカを例にして-

DATA QUALITY AS LIMITING FACTOR IN THE MEASURING AND ANALYSIS OF FOOD SUPPLIES - FAO’S AFRICA EXPERIENCE

3.FAOが考えているFeed/Seed の範囲について

Feed and Seed This comprises amounts of the commodity in question and of commodities derived therefrom which are not shown separately in the SUA system (but excluding by-products, such as bran and oilcakes) which are fed to livestock during the reference period, whether domestically produced or imported.
Data include the amounts of the commodity set aside for sowing or planting (or generally for reproductive purposes, e.g., sugar cane planted, potatoes for seed, eggs for hatching, etc.) during the year, whether domestically produced or imported. Account should be taken of double or successive sowing or planting when it occurs. Whenever official data are not available, seed figures can be estimated as a percentage of production or by multiplying a seeding rate with the area under the crop of the subsequent year.
As a result it has been decided to put feed and seed together since for a farmer these two quantities are often recorded as a total.
The data on seed also should include the quantities necessary for sowing or planting the area related to that part of crop products to be harvested green or used for fodder (e.g., green peas, green beans, green maize for food or forage, etc.), and for re-sowing, owing to natural disasters like winterkill, floods, etc. In the absence of official information on the utilization of seeds, these data are very often estimates on the basis of data relating to seed rate and the “area sown” of the following year. If no data for area sown is available, area harvested should enter in the computation.
参照「WORKSHOP ON SUPPLY UTILIZATION ACCOUNTS AND FOOD BALANCE SHEETS

食料自給率(カロリーベース)の計算ってそういうことか

 

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