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連載 韓国携帯事情:ケータイ音楽配信にDRMフリー化の動き――韓国キャリアのジレンマ韓国のケータイキャリアがこの夏、一斉にDRMフリーの音楽配信サービスを開始した。DRMの導入で違法なケータイ向け音楽配信を激減させたキャリアが、なぜ一転してDRMのフリー化に踏み切ったのだろうか。携帯電話向け、PC向けを問わず、DRMフリーの音楽配信サービスが世界的に増えている。韓国でもこうした流れに沿って、DRMフリーのケータイ向け音楽配信サービスが次々と登場した。かつては違法な音楽配信に悩み、DRMによる権利保護を強力に推し進めた韓国が、現在は180度逆の方向に進んでいる。 韓国は音楽好きという国民性もあり、携帯電話を使った音楽利用が盛んだ。韓国インターネット振興院による「2007年 無線インターネット利用実態調査」(全国の12〜59歳の3000人を対象に調査)によると、91.9%が「余暇活動」としてモバイルインターネットを利用しており、そのうち42.2%が「音楽鑑賞やダウンロード」を利用。「着メロ・待ち受け画面ダウンロード」の利用率も高い。 ブロードバンドが広く普及している韓国では、PCでダウンロードした音楽を携帯電話に転送して聴くというスタイルが定着している。端末で通信するのに比べ通信料金面の不安がなく、より高速にダウンロードできるからだ。そのため、キャリアが提供する音楽配信サービスは携帯電話用に加えてPC用のWebサイトも提供している。 音楽好きのお国柄、有料サービス定着韓国では2000年代前半まで、無断で音楽を配信するWebサイトの利用が広がり、多くの韓国ユーザーは「音楽は無料」という意識があった。P2PやWebストレージを利用すれば、最新アルバムでも簡単に入手できたことから、違法な楽曲のダウンロードが増加し、これが問題視されていた。 こうした利用者の認識を変えたのが、ほかでもないケータイキャリアである。 2004年後半、SK Telecom(以下、SKT)は、DRMを採用した音楽配信サービス「MelOn」を開始した。このサービスで配信される楽曲は、自社向け携帯電話か提携メーカーのデジタルオーディオプレーヤーでしか音楽を聴けないという閉鎖的なものだった。しかし、基本的に月額4500ウォン(約300円)でダウンロードし放題(ストリーミング含む)という安さや、シェア50%以上というSKTの強い顧客基盤も手伝って、MelOnは頭角を現した。 これに続いてKTFが「dosirak」、LG Telecom(以下、LGT)が「MusicON」という、同様のケータイ向け音楽配信サービスを開始したことから、韓国では“有料・DRMありの音楽サービス”が一気に広まり、“音楽を買う”という習慣が定着。当時SKTは、「韓国に有料(合法)の音楽配信を広めたい。安価に提供するのは、こうした意識を根付かせるため」と明言していた。 韓国で音楽の有料配信が根付いたころ、世界ではApple製の「iPhone」が一連のiPod人気を受けて大いに話題となり、音楽配信サービス「iTunes Store」の利用も加速した。携帯電話で音楽を聴くということ自体は、新しい発想ではないが、端末と音楽配信サービスとが連動したビジネスモデルは世界のケータイ業界を席巻した。 その結果、NokiaやSony Ericssonなどの大手携帯電話メーカーがAppleに対抗した音楽配信サービスをスタート。いずれも“ダウンロード無料”“DRMフリー”といった従来の音楽配信サービスとは異なる方針を打ち出しており、有料かつ著作権保護が必須というこれまでの音楽配信サービスからは様変わりした格好だ。DRMのフリー化は、携帯電話に限った話ではなく、PC向けサイトのAmazonや(2007年5月の記事参照)、AppleのiTunes PlusもDRMフリーのコンテンツを配信している(2007年5月の記事参照)。 一気に進むDRMフリー化“音楽は有料”という意識を普及させたキャリアの音楽配信サービスは、それだけでも評価できるものだが、自社の携帯電話や提携会社のプレーヤーでしか利用できない点に対しては「閉鎖的」という批判の声も挙がっていた。しかし、キャリアには“顧客の囲い込み”という目的があるため、こうした体制はなかなか改善されなかった。 その結果、音楽市場は活性化が進まず、ついには加入者減少という悪影響を与え始めてしまった。時代の先駆けとなったSKTのMelOnにいたっては、赤字が続いたことからSKTがMelOn事業を子会社の音楽制作業者LOEN Entertainmentに譲渡している。 こうした中、音楽配信市場に加入者を取り戻し、活性化させる起爆剤として注目され始めたのがコンテンツのDRMフリー化だ。この機運は2008年3月、韓国政府が「音楽著作物使用料徴収規定 改正案」を承認したことを契機に、高まりをみせた。 この規定は、音楽の権利者がオンライン事業者から使用料を徴収するための規定を制度化したもので、サービス事業者と著作権者双方の事情や意見を調整したうえで、違法音楽を流通させずに、音楽市場を活性化させるために設けられたものだ。これにはDRMフリーの音楽でも使用料を徴収することによって、配信可能にすること、キャリアの閉鎖的なDRM政策を改善すること、といった項目も含まれている。 また法制度が改正されたことで、DRMフリーを推進する基盤も整った。2008年7月、SKTはMelOnでDRMフリーの定額料金制を開始。料金制は4種類で月額5000ウォン(約350円)で音楽40曲ダウンロードできる「MP3 40」、月額9000ウォン(約620円)で150曲をダウンロードできる「MP3 150」、オプション料金をプラスすることで音楽やミュージックビデオのストリーミング鑑賞が可能になる、月額6000ウォン(約410円)の「MP3 40 プラス」、月額1万ウォン(約690円)の「MP3 150 プラス」だ。 DRMフリーの音楽配信サービスは、SKTに続きKTFやLGTも、ほぼ同様の料金制で開始したほか、ケータイ向け以外の定額料金制配信サービスも続々と発表されている。“ケータイよりはPC”という消費者文化がある韓国では、DRMフリーを掲げたサービス事業者間の競争が激しさを増すことが予想されている。
DRMフリーにはなったものの……キャリアがこぞってDRMフリー料金制を発表したわけだが、今のところ市場の反応はそれほど思わしくない。対応する端末がまだ少なく、料金的にもDRMコンテンツよりも高い点がネックになっている。 例えばDRMフリーのコンテンツを既存の端末で聞くには、楽曲フォーマットの再変換が必要になる。この作業を1曲1曲やっていたのでは、手間がかかり面倒だ。 また上記で紹介したDRMフリーの料金制と、通常の料金制を比べてみると別の課題も見えてくる。いずれのキャリアでも通常料金は、月額4500ウォンで音楽聴き放題・ダウンロードし放題となっている。もちろんDRMフリーではないが、より多くの音楽に接することに重点を置く人ならば、通常料金に軍配を上げるかもしれない。これは逆にいえば定額で無制限に音楽が聞けるという自由さは、同じキャリア向けの携帯電話と一部プレーヤーを使い続けるという条件と引き換えになるのだ。“携帯電話で音楽を聞く”ことを根付かせ、これにより自社加入者を増やしたいからこそ、こうした形になったのだろう。 そしてDRMフリー時代に突入した今でも、DRM対応の端末が多く残り、ユーザーの心を大きく動かせずにいる。一方で、端末に依存しないPC向けの音楽配信サービスが順調に加入者を伸ばすという現実もあり、韓国のケータイキャリアにとっては予想外のライバルが登場した格好だ。 DRMフリーの音楽配信は、音楽の有料利用を今以上に促し、市場を活性化するものとして大いに期待されている。それだけに各キャリアも、DRMフリーの音楽データを自動変換するサービスを積極的にアピールしたり、DRMフリー端末の普及を促進させるなど、さまざまな手を打っている。それは、非ケータイの競合と競ううえでも、加入者を増やしていくうえでも必須の取り組みだ。 しかし各キャリアとも、昨日まではDRMによって有料配信の普及に心血を注いできた過去がある。違法音楽の流通もいまだに多い韓国の状況が、サービス事業者の全面的なDRMフリー化に二の足を踏ませているのかもしれない。DRMフリーの普及が、違法音楽の撲滅につながるかどうかは、全くの未知数だからだ。 他社との競争関係や、批判を受けていた閉鎖性の解決といった事情があったとはいえ、かたくなに既存の体制にこだわるのではなく、消極的とはいえDRMフリーを断行した柔軟さは評価すべきだろう。DRMを適用した当時のような積極的な活動でDRMフリーを広め、その加入者も一気に増やせる力を持っているのが韓国キャリアであり、キャリア以外の音楽事業者が好調という現在の状況が続けば、本腰を入れて取り組み始めるのも時間の問題といえそうだ。 関連キーワードDRM | 韓国 | DRMフリー | 音楽配信 | MP3 | 携帯電話 | SK Telecom | 違法 | LG Telecom | 著作権 | KTF | 無料 | ポータブルメディアプレーヤー佐々木朋美プログラマーを経た後、雑誌、ネットなどでITを中心に執筆するライターに転身。現在、韓国はソウルにて活動中で、韓国に関する記事も多々。弊誌「韓国携帯事情」だけでなく、IT以外にも経済や女性誌関連記事も執筆するほか翻訳も行っている。 関連記事
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