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【正論】民主党政権発足に寄せて 政治評論家・屋山太郎
■「官僚内閣制」が終焉を迎えた
民主党政権誕生によって、明治以来続いてきた「官僚内閣制」がいよいよ終わろうとしている。官僚内閣制は官僚が良かれと思う政治が行われることで、民意を反映した民主主義とは根本的に異なる。民意を汲(く)み上げることを日本ではポピュリズムと非難する。しかし民意とほとんど無関係に政治が行われていることを国民が実感したからこそ、自民大敗、民主圧勝の答えを出したのではないか。
世界第二の経済大国といわれ、一方でこれだけ勤勉な国民はいない。にもかかわらず、年金、医療、雇用保険、少子化対策、教育など民生や社会保障にかかわる分野で、日本ほど粗末な国はない。分野ごとに国際比較をしてみると、OECD(経済協力開発機構)加盟国中、日本はほとんどの分野で最下位に属する。
今回の予算編成の過程を見ても、さもありなんという事例が何件も目につく。
後期高齢者医療制度は老人の医療費を年間2200億円(5年で1兆1000億円)倹約しようというものである。高齢化が進めば医療費が嵩(かさ)むのは当然だ。一方で道路特定財源の5兆4000億円が一般財源化された。高速道路建設が飽和状態になっているとの判断からだ。ならば一般財源化した道路予算を削ってその25分の1を老人医療になぜ回せないのか。国土交通省の予算は厚生労働省には一文も渡さない、という省益至上主義のせいなのである。
≪役人に使われた自民政権≫
本来、政治家が存在するならば、「25分の1を回せ」というはずだ。麻生太郎氏などは「官僚は使うもの」と官僚を弁護して最後まで官僚に使われていることに気付かぬほど暗愚だった。
民主党が政治主導の要として設計したのが「国家戦略局」だ。菅直人氏が副総理、国家戦略担当相に就任したが、ここで予算の基本方針や外交、防衛など国家の基本問題を取り仕切る。
官僚政治の元凶は財務省、その中の主計局である。官僚政治は省の中の省である財務省に仕切られてきた。財務省は各省予算の査定と国税の査察の権限を持つ、これに真っ向から歯向かえる政治家は一人もいなかったろう。そこで民主党は予算の大枠を決める財務省のコアの部分を握ることになった。主計局は戦略局の大方針に従うことになる。
国家戦略会議に加えて「行政刷新会議」が設けられ、仙谷由人氏が担当相になった。自民党政権では「行政改革推進審議会」「地方分権推進委員会」などを作って識者を集めた。私も土光臨調での「国鉄分割民営化」のあと12年にわたって行革審に参加させられた。この種の官僚が事務局を務める審議会は官僚にうまくごまかされ、全く無意味だった。新設される「行政刷新会議」が役人抜きで、政治家の判断で、運営されれば、地方分権から地域主権に至る改革にも到達できるだろう。
内閣に100人の政治家を入れるという。今までも60、70人入れていて効果がなかったから、意味がないという批判がある。しかし、効果を発揮できなかったのは大臣と副大臣、政務官が各派閥への均衡人事で配置され、全く“一体感”がなかったからだ。今回は大臣が自分の同志や盟友を集めてチームとして君臨する。秘書官がついて各個撃破されていた現状とは様変わりになるだろう。
≪重要案件は「閣僚委員会」で≫
火曜、金曜の閣議の前日に行われた事務次官会議は、翌日閣議に諮る案件をすべて決める。閣議でそれ以外のことが議題になると即、閣僚懇談会に切り替えられ、正式の議題からはずされる。次官会議の決定は全会一致であり、一省でも反対すれば決定されない。貿易交渉などで日本の回答が何カ月、何年も遅れるのは全会一致主義のせいなのだ。この仕組みでは「農業で譲って他の分野で獲る」といった政治判断は不可能だ。
この事務次官会議は明治19(1886)年から始まっているが、法令上の規定はない。明治の元勲政治以来の伝統で、自民党はこの官僚絶対の「慣習」さえ破棄することはできなかった。民主党はまず、この官僚支配の元凶である事務次官会議を廃止する。重要案件は関係閣僚を集めた「閣僚委員会」で決するという。
民主党の「官僚内閣制」から「議会制民主主義」へ脱却するための仕掛けは実によく考えられている。安倍晋三内閣でも同様の発想で国家公務員法改正が行われ、渡辺喜美行革担当相時代に公務員制度改革基本法が成立した。これに基づいて麻生内閣で仕上げの法案が作られたが、最後の段階で谷公士(まさひと)人事院総裁が首相が招集した会議をボイコットして法案は結局流れた。行政府の一機関にすぎない人事院総裁が首相の会議をボイコットするほど官僚は増長していた。日本の民主主義は官僚にスポイルされていたのだ。(ややま たろう)