第6回 生命保険

−人生で二番目に高い買い物−

はじめに
人生の中で一番高い買い物は家だろう。二番目は車なんかじゃない。間違いなく生命保険だ。君たちが社会に出ると、必ず保険屋のおばちゃんがが近づいてきて社会人の義務なんだからみたいなこといいながら加入勧めてくる。俺も一人目の子供が生まれてすぐ、どこから嗅ぎ付けたのか保険屋がやってきた。人生の設計書(家族が生きていくためにはどれだけお金がかかるかを表わすために横軸に年齢、縦軸に子供の入学、家の購入、老後等のイベントとそれにかかる費用の見積もり)なるものを見せながら、
「ご主人もお子さんが生まれたのだから、万が一のことを考えて生命保険に入るべきです。(表を見せながら)ほうら、人生にはお金がかかるでしょ。残されたご家族のことを考えると最低5000万は必要です。生命保険はね、貯金にもなります。無事に満期を迎えたら老後資金にもなります。若いときに入れば保険料もずっとお安くなります。」
生命保険に無知であった俺は、契約書の中身やもちろん設計書や契約書にわざと小さい文字で書かれている重要な文章もろくに確認せずに、いわれるがままに加入してしまった。定期付き終身保険更新型ってやつ。保険屋が一番儲かる、逆に言うと加入者がもっとも損する最悪のパターンである。なぜ最悪なのか後に話そう。定期付きって言うからてっきり銀行の定期預金みたいなものがくっついてるのかな?って思ったぐらいだから俺もつくづく間抜けだなあ。

生命保険の種類
生命保険は、ギャンブルに近いものがある。仮に貴方が生命保険会社だとするよね。ある人に月々1万ずつ払うから俺死んだときに家族に1000万払ってくれる?こう言われて貴方は受けるかってこと。相手がひとりだったらもちろん受けるべきじゃあないのはわかるよね?貴方が負けた(つまり相手が死んだ)ときの損害がでかすぎる!だけど相手が一万人だったら商売として成り立つ。数学で習ったと思うけど大数の法則があるからだ。さいころを6回ふって一の目が一回出るとは限らない。だけど6万回ふれば一の目はほぼ1万回出るのは間違いないだろ。人の死も同じこと。ひとりひとりの人間はいつ死ぬか分からないけれど、過去の統計から何歳までにどれぐらいの割合で死んでいくかはわかる。最近のデータでは、0才から年齢が上がるに従って死亡率は緩やかに上昇し60才までに死ぬ割合は10%にも満たないが、60才辺りから死亡率は急激に上昇し100才辺りでほぼ100%となる。きんさん、ぎんさんは奇跡と言えよう。おおざっぱに言って生命保険は定期、終身、養老保険(養老保険はおまけとして死亡保険がついてるほとんど貯金の一種である)の三種類しかない。
まず定期保険は死亡保険金を支払う期限を60才と決め60才前に死んだときは払うが、60才をちょっとでも過ぎたら1銭も払わない保険である。60才までに死ぬ人間は1割にも満たないのだから保険料は三種類の中で一番安い。もちろん、年を取るほど死ぬ確率が上がるので若ければ安く年齢が上がるに従って保険料は高くなる。さらに保険会社としては保険会社で働く人間(もちろん保険屋のおばちゃんも含む)に払う給料を上乗せして自分たちに損のないように保険料を算出する。
これに対し終身保険は一生涯に渡っていつ死んでも保険金がもらえる保険である。当然保険料は定期に比べて高くなる。ちょっと考えると全員が死亡保険金をもらえるわけで保険会社が割に合わないと考えそうだが、会社は受け取った保険料を長期間に渡って運用するので利ざやが稼げることによって成立する。
加入の段階で予定利率が決まっており、利率が高いほど保険料は安くなる。バブルの頃(俺が加入した時期)は予定利率が高かったがバブル崩壊後は運用利回りが予定利率より悪くなり逆ざやとなって経営を圧迫するようになり最近では日産生命や東邦生命のように破綻する保険会社も出始めている。
また終身保険を解約したときは掛けた期間が長いほど増えていく解約返戻金なるものが戻ってくるので貯蓄性も兼ね備えている。一方、定期保険の返戻金は加入時で0から増加し加入期間が30年の場合20年目あたりでピークを迎え、その後減少し満期で再び0となる。貯蓄性はほとんどない掛け捨ての保険と言ってよいだろう。
どっちに入るべきかと言われても実は生命保険は正解がないから難しいんだ。明日死ぬとわかっていれば今日中にどんな保険でもありったけ入るだろうし、早死にするのであれば掛け金が安い定期保険、無事老後を迎えたなら終身が良かったって事になる。まあ、長生きするのがわかってたら生命保険なんて入らずに貯金するか自分のために使っちまうのが一番よい。ひとつだけ言えるのは家計を圧迫するほど必要以上の高額な保険に入るのは間違っているってことと、へたすると自分が死ぬ前に生命保険会社が死ぬ(つぶれる)リスクがあるってことだ。

加入は笑顔、支払いは渋く
俺の親父は平成10年10月15日に死んだ。この日付を覚えていて欲しい。親父は死亡保険金300万の定期保険に入っていた。葬式が終わった後、お袋が生命保険の証書を俺に見せながらしみじみこう言った。
「見てよ、この保険の満期日を。ついてない人だねえ。」
証書を見ると平成10年9月30日が満期の定期保険であった。つまり、親父は支払期限終了から僅か二週間後に死んだことになる。一銭ももらえないパターンである。俺は、あ然としたが、証書を眺めながら一つの単語に目が止まった。
「高度障害」である。保険内容をよく読むとこう書いてある。
・死亡または約款所定の高度障害のとき保険金を支払います
約款所定?そうだ、契約のしおり(しおりと言うには程遠い200頁にわたる分厚い冊子)があったはずだ。契約のしおりを探し出し高度障害の項目を調べる。
・両目の視力をまったく永久に失ったもの
・言語またはそしゃくの機能を全く永久に失ったもの
・・・・・・
親父は癌で死んだが、その一ヶ月ほど前に呼吸困難におちいり脳死状態となっていた。つまり満期を迎える前に高度障害の「言語またはそしゃくの機能を全く永久に失ったもの」に該当するはずである。さっそく、保険会社(第一生命)に連絡し、満期を迎える前に高度障害に該当するので死亡保険金の請求権が発生することを伝えた。するとこんな言葉が返ってきた。
「契約は既に満期を迎えており、既にそちらに配当金が支払われた段階で契約は終了しています。高度障害の場合、その状態になった段階でこちらの職員が出向き、審査するのが通例です。お父様は既に亡くなられているので審査することはできません。今回のようなケースは今までになく残念ですがお支払いすることはできません。」
配当金とは定期保険では満期の段階で返戻金は0となるが運用実績により掛け金の余剰金が契約者に戻されるものである。確かに銀行にはすずめの涙と言った程度の金額が振り込まれていた。だが配当金と死亡保険金とは全く別物である。俺は思わず声を荒げた。
「おかしいじゃあないか。契約が終了したと言っても請求権の時効は二年ある。それと確かに満期を迎える前に確かに高度障害だったんだ。何だったら医師に診断書を書いてもらおうか。大体、お前たちは契約の段階では良い顔するくせに支払いのときは渋るってどういう了見してるんだ!責任者を出せ!」
かっとなると悪い癖が出る。
「分かりました。早速、今回の件が保険金の支払いに該当するかどうか調べます。ただし最近、和歌山で起きた保険金詐欺の事件以来こちらも支払いには慎重になっております。少々お時間頂けないでしょうか。」
和歌山の事件と一緒にされても困る。その後、医者に頼み当時の診断書を書いてもらい、第一生命に送る。一ヶ月も待たされ(その間もなぜこんなに時間が掛かるんだと催促を入れながら)やっと保険会社から支払いが決定したとの連絡が入った。保険会社の素性を垣間見たような出来事であった。この事をきっかけに、なにげに生命保険保険に加入していた自分の甘さを反省し、保険について研究するようになった。
では、俺はどうしたか?
話を最初に戻すが俺の入らされた定期付き終身保険更新型の内容は、終身保険500万に10年毎の更新型、60才満期の定期保険4500万がくっついている保険であった。パスポートなんてふざけたネーミングがついている。いいかげんにしろ!第一生命。(親父と同じ保険会社とは)終身保険の方はバブルの頃に入っていたので予定利率が高い。保険屋のおばちゃんが貯金になると言ったのはこの部分のみである。問題なのは更新型の定期保険である。更新型とは10年毎に保険料が見直され確かに若いときに入る時点では1万ちょいとお安いものが更新のたび毎に2万、4万と年を取るに連れて急激に保険料が上がっていくタイプである。実は定期保険には全期型なるものがあって更新型と違い満期まで払う額が一定の保険である。スタートの段階では更新型の方が安いがトータルで払う保険料は更新型の方が断然高くなる。俺が最悪と言ったのは加入の時に安く見せかけておいて後々知らないうちに(俺の自己責任と言われればそれまでだが)保険料が上がっていくことである。ついでに言うと、積み立て配当金のくだりがあって、「いつでも引き出せます」なんて、でかでかと書いておきながら隅っこの方に小さい字で「配当金は配当率によって変動することがあり将来のお支払いをお約束するものではありません」と、何か騙し討ちにあったような印象を受ける。再び第一生命に連絡し、定期部分の解約を申し入れた。期待はしていなかったが解約返戻金を聞くと2万ちょいとのこと。これで月々の保険料は5000円を切る形の終身保険のみとなった。年間で約6万円であるが、他にもいくつか入っていた保険がありそれらを足しあわせて約10万。これ以上個人で入っても税金の面では効果はない。というのも所得税には生命保険料控除なるものがあり年間10万の保険料を払うと5万円が所得から控除される。10万を超えても同じである。死亡保険金500万は家族もちとしてはちょっぴり不安なので、残りは会社で法人受け取りの定期保険(もちろん全期型)に入ることにした。税理士に教わったのだが、会社で掛け捨ての定期保険に入ると全額経費にできるんだ。更に満期を70才と長期にし(これ以上の年齢にすると全額経費にならない、この辺ちょっと複雑)60才あたりで解約すると支払った保険料の半分以上が解約返戻金として戻ってくる。同時に会社を退職する時の退職金として受け取る作戦なんだが。
退職金は、最も税金が優遇されている所得なんだ。天下りの役人が特殊法人を2、3年毎に渡り歩きながら何千万もの退職金をもらうが実は税金は微々たるものなんだ。許せないぞ!おっと脱線。
俺の保険の見直しが正解かどうかはずーっと後になってわかるんだろう。うまくいくかなあ?
最後に生命保険は本人が内容をよく分かった上で入るものであり、くれぐれもミッキーマウスの置物や、テレビのCMの女優の笑顔ではいるものじゃあないってこと。貴方の払った保険料でCMが作り出されていること忘れないように。