今回の更新で、しばらく夢園の更新をお休みします。
期間は、09/08/24〜09/10/18までです。
今のところ、大体一週間ごとに更新出来ていた(5はちょっと遅れてしまいましたが)ので、個人的にもすごく残念なのですがオフの事情がのっぴきならなくなってきたので、苦肉の対策です。
書く気が失せたとかそういう理由ではなく、時間的な問題でのお休みになります。
10月中に一本か二本更新出来たらいいなという感じで帰還する予定。
お休み期間中も、同人誌の通販は受け付けています。
受付、発送共に行いますので、ご購入希望の方は気にせずお申し込みください。
詳しい事情は日記にて(でも本当に個人的な理由です)。
期間は、09/08/24〜09/10/18までです。
今のところ、大体一週間ごとに更新出来ていた(5はちょっと遅れてしまいましたが)ので、個人的にもすごく残念なのですがオフの事情がのっぴきならなくなってきたので、苦肉の対策です。
書く気が失せたとかそういう理由ではなく、時間的な問題でのお休みになります。
10月中に一本か二本更新出来たらいいなという感じで帰還する予定。
お休み期間中も、同人誌の通販は受け付けています。
受付、発送共に行いますので、ご購入希望の方は気にせずお申し込みください。
詳しい事情は日記にて(でも本当に個人的な理由です)。
「あたしの身体を守るために誰かが傷つけば、あたしの心はきっと死んでしまうわ。誰かを糧にして生きていることに絶望し、その事実に耐えられなくなる日が必ず来る」
それは仮定の話ではあったけれど、容易に想像のできる未来だった。
「……出来るだけ、善処しよう」
鈴影さんは困ったような慈しむような表情を浮かべて、あたしの額に口づける。
それでも確約は出来ないと、その頑なな瞳が雄弁に語っているのを見つけてあたしは何も言えずに瞳を閉じた。今はまだ、それでいい。あたしがそう考えていることを知ってくれていれば、極限の状態でそのことを思い出して貰えれば、それでいいのだ。
あたしの言葉が、最後のストッパーになればいい。
「まだ疲れているんだろう、少し眠るといい」
そう言って離れていこうとする身体を、あたしは静かに引き留めた。
まるで病気の時の子供のように、ひどく心細かった。誰かの温もりを感じていないと不安で仕方がなく、鈴影さんのシャツを弱く握って囁いた。
「……そばに、いて」
鈴影さんは一瞬目を瞠って驚きの表情を浮かべ、しかしすぐに優しい微笑みで身体を寄せてくれた。上質なシャツの肌触り、嗅ぎ慣れた鈴影さんのコロンの香りが近付いて、包まれる。
逞しい腕の中にぎゅっと抱き込まれて、あたしはやっと安堵して目を閉じた。
「君が眠るまでそばにいるから、安心して眠るといい」
耳元で低く美しいバリトンの声が響く。優しく、ゆっくりと。
あたしにとって、鈴影さんの声は精神安定剤のようなものだ。聞いていると身体の力がすうっと抜けて、心が凪いでいく。もう大丈夫だと、そんな無責任な安心感が体中を支配して、弛緩させていくのだ。
「うん……」
怖いことはもう何も考えたくない。目が覚めれば途端に現実が訪れるのだから、今ぐらいは何の心配もない眠りに落ちていたい。優しく暖かなこの腕の中で、つかの間の夢でいいから。
優しい夢が、見たかった。
「何か変わったことはないか?」
クーラーの効いた車内から外に出ると、途端にむっとした熱気が身体を包んだ。夏も終盤だというのに、暑さはやわらぐ気配すら見せていない。
あたしはじわりと汗が噴き出すのを感じながら、涼しい顔で隣を歩く鈴影さんを見上げた。
「特にない……んだけど、気になっていることならあるわ」
「何だ」
「んー、それがね」
言いながらロッジのドアを開けると、中には既に全員が顔を揃えていた。
アイスティーを淹れてくれている光坂くんに気付いてありがとうと声をかけると、光坂くんがどういたしましてと微笑む。アイスの飲み物を淹れるのは光坂くんが一番上手いので、任せることにしている。どうもあたしが淹れると水っぽくなっちゃうのよね。
「ユメミ」
鈴影さんにソファを勧められながら先を促されて、小さく頷く。
「ここ二、三日なんだけど、妙な視線を感じるの」
「妙な視線?」
冷泉寺さんが読んでいた洋書から顔を上げて、訝しげに呟きながらヒロシに視線を送る。
「高天、お前気付いたか」
「いや……。視線は分かんないけど、何か薬品の臭いがしてる気がする」
「薬品?」
鈴影さんが形の良い眉を寄せて、切れ長の瞳を鋭く輝かせた。
「詳しく話せ」
「んー、何ていうのかな。最初は保健室の近くだったからそのせいかなと思ってたんだけど、どうも臭いの種類が違うような気がするんだよ。消毒液とかそんなそこらへんにあるような臭いじゃなくて、もっと嗅いだことのないような薬品の臭いっていうか」
椅子の背を抱きながら慎重にその臭いを思い出すように話すヒロシの顔が、嫌そうに歪んでいる。あまり好みでない臭いだったらしい。
「それに妙なのが、その臭いがすっげえ薄いの。残り香っていうか移り香っていうか……、とにかくそんな感じのさ」
「それ、最初に気付いたのはいつ頃なんだ」
冷静な冷泉寺さんの問いかけに、ヒロシが記憶を辿るように押し黙る。
「……三日前かな。保健室に絆創膏貰いに行った日だったから、覚えてる」
あたしはそれを思い出して、ヒロシに同意をするように頷いた。部活で転んだのか、腕に大きな擦り傷を作っているのが気になって無理矢理保健室に連れて行ったのよね。その日のことだわ。
鈴影さんは形の良い顎を綺麗な指先でそっと支えて、何かを考えているようだった。
「ユメミが視線を感じているのと、時間的に符合するな」
「日常生活ではお目にかからない薬品の臭いをさせてるやつなんてそんなにいるとは思えないけどな。学校の範囲内で言えば、理科教師、助手、保健医、……広く取って保健委員、化学部、あとは写真部ぐらいか。……なんだ、結構いるな」
可能性を挙げ始めると意外に多かった該当者に、冷泉寺さんがげんなりとした顔つきで洋書を閉じた。読書の片手間に話をするのは止めたらしい。
「後は、個人的に実験やってるやつとかかな。例えば、あたしとか」
皮肉気な笑みを口元に浮かべて、挑戦的な眼差しで鈴影さんを見る冷泉寺さんはいかにも楽しそうな表情で瞳を輝かせている。そんな彼女に困ったように苦笑して、鈴影さんがきっぱりと否定した。
「冷泉寺がユメミを狙うメリットがないな」
「わからんさ、何かユメミの心臓が必要な事情があるのかもしれない」
ニヤニヤと自分を容疑者に仕立て上げる冷泉寺さんの真意は分からないが、これは純粋に会話を楽しんでいるようにも見える。完璧な論法で論破してみせろよと、冷泉寺さんの目が笑っている。こういった時の冷泉寺さんは、まるで子供のようにキラキラした目をしている。鈴影さんとの議論や討論を楽しむというのが、幼い頃からの彼女の一番の遊びだったのかもしれない。
「……話の腰を折るようで悪いけど、薬品の臭いの近くに冷泉寺の匂いはしなかった」
際限なく続いていきそうな言葉遊びに呆れたヒロシが、その可能性をあっさりと断ち切った。
「だそうだよ」
「……つまらん」
小さく肩を竦めて冷泉寺さんを見た鈴影さんに、冷泉寺さんは途端に冷めた口調で頭を掻いた。
continued.
それは仮定の話ではあったけれど、容易に想像のできる未来だった。
「……出来るだけ、善処しよう」
鈴影さんは困ったような慈しむような表情を浮かべて、あたしの額に口づける。
それでも確約は出来ないと、その頑なな瞳が雄弁に語っているのを見つけてあたしは何も言えずに瞳を閉じた。今はまだ、それでいい。あたしがそう考えていることを知ってくれていれば、極限の状態でそのことを思い出して貰えれば、それでいいのだ。
あたしの言葉が、最後のストッパーになればいい。
「まだ疲れているんだろう、少し眠るといい」
そう言って離れていこうとする身体を、あたしは静かに引き留めた。
まるで病気の時の子供のように、ひどく心細かった。誰かの温もりを感じていないと不安で仕方がなく、鈴影さんのシャツを弱く握って囁いた。
「……そばに、いて」
鈴影さんは一瞬目を瞠って驚きの表情を浮かべ、しかしすぐに優しい微笑みで身体を寄せてくれた。上質なシャツの肌触り、嗅ぎ慣れた鈴影さんのコロンの香りが近付いて、包まれる。
逞しい腕の中にぎゅっと抱き込まれて、あたしはやっと安堵して目を閉じた。
「君が眠るまでそばにいるから、安心して眠るといい」
耳元で低く美しいバリトンの声が響く。優しく、ゆっくりと。
あたしにとって、鈴影さんの声は精神安定剤のようなものだ。聞いていると身体の力がすうっと抜けて、心が凪いでいく。もう大丈夫だと、そんな無責任な安心感が体中を支配して、弛緩させていくのだ。
「うん……」
怖いことはもう何も考えたくない。目が覚めれば途端に現実が訪れるのだから、今ぐらいは何の心配もない眠りに落ちていたい。優しく暖かなこの腕の中で、つかの間の夢でいいから。
優しい夢が、見たかった。
「何か変わったことはないか?」
クーラーの効いた車内から外に出ると、途端にむっとした熱気が身体を包んだ。夏も終盤だというのに、暑さはやわらぐ気配すら見せていない。
あたしはじわりと汗が噴き出すのを感じながら、涼しい顔で隣を歩く鈴影さんを見上げた。
「特にない……んだけど、気になっていることならあるわ」
「何だ」
「んー、それがね」
言いながらロッジのドアを開けると、中には既に全員が顔を揃えていた。
アイスティーを淹れてくれている光坂くんに気付いてありがとうと声をかけると、光坂くんがどういたしましてと微笑む。アイスの飲み物を淹れるのは光坂くんが一番上手いので、任せることにしている。どうもあたしが淹れると水っぽくなっちゃうのよね。
「ユメミ」
鈴影さんにソファを勧められながら先を促されて、小さく頷く。
「ここ二、三日なんだけど、妙な視線を感じるの」
「妙な視線?」
冷泉寺さんが読んでいた洋書から顔を上げて、訝しげに呟きながらヒロシに視線を送る。
「高天、お前気付いたか」
「いや……。視線は分かんないけど、何か薬品の臭いがしてる気がする」
「薬品?」
鈴影さんが形の良い眉を寄せて、切れ長の瞳を鋭く輝かせた。
「詳しく話せ」
「んー、何ていうのかな。最初は保健室の近くだったからそのせいかなと思ってたんだけど、どうも臭いの種類が違うような気がするんだよ。消毒液とかそんなそこらへんにあるような臭いじゃなくて、もっと嗅いだことのないような薬品の臭いっていうか」
椅子の背を抱きながら慎重にその臭いを思い出すように話すヒロシの顔が、嫌そうに歪んでいる。あまり好みでない臭いだったらしい。
「それに妙なのが、その臭いがすっげえ薄いの。残り香っていうか移り香っていうか……、とにかくそんな感じのさ」
「それ、最初に気付いたのはいつ頃なんだ」
冷静な冷泉寺さんの問いかけに、ヒロシが記憶を辿るように押し黙る。
「……三日前かな。保健室に絆創膏貰いに行った日だったから、覚えてる」
あたしはそれを思い出して、ヒロシに同意をするように頷いた。部活で転んだのか、腕に大きな擦り傷を作っているのが気になって無理矢理保健室に連れて行ったのよね。その日のことだわ。
鈴影さんは形の良い顎を綺麗な指先でそっと支えて、何かを考えているようだった。
「ユメミが視線を感じているのと、時間的に符合するな」
「日常生活ではお目にかからない薬品の臭いをさせてるやつなんてそんなにいるとは思えないけどな。学校の範囲内で言えば、理科教師、助手、保健医、……広く取って保健委員、化学部、あとは写真部ぐらいか。……なんだ、結構いるな」
可能性を挙げ始めると意外に多かった該当者に、冷泉寺さんがげんなりとした顔つきで洋書を閉じた。読書の片手間に話をするのは止めたらしい。
「後は、個人的に実験やってるやつとかかな。例えば、あたしとか」
皮肉気な笑みを口元に浮かべて、挑戦的な眼差しで鈴影さんを見る冷泉寺さんはいかにも楽しそうな表情で瞳を輝かせている。そんな彼女に困ったように苦笑して、鈴影さんがきっぱりと否定した。
「冷泉寺がユメミを狙うメリットがないな」
「わからんさ、何かユメミの心臓が必要な事情があるのかもしれない」
ニヤニヤと自分を容疑者に仕立て上げる冷泉寺さんの真意は分からないが、これは純粋に会話を楽しんでいるようにも見える。完璧な論法で論破してみせろよと、冷泉寺さんの目が笑っている。こういった時の冷泉寺さんは、まるで子供のようにキラキラした目をしている。鈴影さんとの議論や討論を楽しむというのが、幼い頃からの彼女の一番の遊びだったのかもしれない。
「……話の腰を折るようで悪いけど、薬品の臭いの近くに冷泉寺の匂いはしなかった」
際限なく続いていきそうな言葉遊びに呆れたヒロシが、その可能性をあっさりと断ち切った。
「だそうだよ」
「……つまらん」
小さく肩を竦めて冷泉寺さんを見た鈴影さんに、冷泉寺さんは途端に冷めた口調で頭を掻いた。
continued.
「あたしも、目が覚めてびっくりしたわ。全部夢だと思っていたから」
ドイツから戻らない鈴影さんに焦れて、あんな夢を見たのだと思っていた。それが現実だったと聞かされて、まだ戸惑いも大きいのだけれど。
「だってそうでしょう? 眠っている間に無意識に移動するなんて、そんなことすぐには信じられないもの」
「……しかし、君の足は傷だらけだったよ。素足でアスファルトの上を歩いたんだろうな、あちこち血が滲んでいて気付いた時は驚いた」
気遣わしげに、鈴影さんの視線があたしの足下に注がれている。あたしは意識すると少し痛む程度のそれに気付いて、そっと掛け布団を捲った。
着ているのは昨日寝る前に着替えたネグリジェで、その足下は真白い包帯でぐるぐる巻きにされている。くるぶしの辺りまで丁寧に巻かれているそれに、あたしは怖々と触れた。
「……本当に、ここまで歩いてきたのね」
呟いた声はするりと静寂に溶け、微かな衣擦れの音だけが耳に届く。まだ眠りについている世界の中で、あたしたちはゆったりと見つめ合った。
鈴影さんはベッドサイドの椅子からベッドへと腰掛け直し、ほんの少し寝乱れたあたしの髪にキスを落とした。深く長い溜息を零して強くぎゅっと抱きしめられると、ふいに鼻の奥がツンと痛くなる。この強く逞しい腕の中で守られているという充足感が、ひどく心を弱くさせていた。
「鈴影さんがなかなか帰ってこないから、心配したのよ」
涼しげなコロンの香る胸元に顔を埋めてくぐもった声で呟くと、鈴影さんはあたしにだけ聞こえる声で「すまない」と囁いた。
「おうちのこと?」
「……それもあるが、今回はいろいろと雑事が重なってね」
癖の強いあたしの髪を梳きながら、形の良い唇が首筋を辿る。くすぐったさに身を捩ると、一層強く抱きしめられた。
ややしても囲われたままの腕の中で、あたしは訝しげに鈴影さんを見上げた。濃く、憂いを含んだ眼差しが、時を止めたまま落とされている。
「どうしたの? 今日の鈴影さんは何だか変よ」
「……今、日本では妙な噂が流れていてね」
「噂?」
「曰く、不死の妙薬が存在すると」
「……不死の、妙薬」
「選ばれし、清らかなる乙女の心臓を満月の夜に抉り出し、その血を手ずから啜れば永遠の命が約束される。そんな噂がまことしやかに上流階級の一部に流れている」
「それって……」
「そう、ユメミのことだ。聖宝のことは上手くぼかされて事実ではない情報も混じってはいるが、内容はほぼ正しい」
長い長い溜息が零れた。
「どこからこの話が流れたのか、今騎士団本部が調べている。本来なら七聖宝に関する情報は、限られた者だけが知りうるトップシークレットだ、外部に漏れることなどあり得ない」
「それが、流出している……」
「そうだ。しかし月光のピアスのことには触れられていない。選ばれし清らかな乙女という言い方は、真実を隠す格好の隠れ蓑だ」
あたしは自然と自分の身体が硬直していることに気付いた。
自分の心臓が狙われている、その事実はひどくあたしを動揺させた。当然だろう、誰ともしれない誰かに命を狙われているのだ。
お金と人脈を持つ権力者が古来より欲してやまないもの、いつかは必ず消えてしまう自分の生命を購うものがあるとすれば人は必死にそれを探すだろう。そしてそれを手に入れるためなら、どんなに恐ろしいことにも手を染める。それは過ぎ去った歴史が、書物を通じて証明している。
「あたしの心臓を探し求めている人がいる……」
それは言葉にするのも恐ろしい現実だった。
「何者にも君を傷つけさせはしない、絶対にだ」
ぽつりと零したあたしに、鈴影さんは鋭く強い口調で断言した。まるで、この事実はどんなことがあっても覆らないとでも言うように。
あたしは鈴影さんの胸元にきつく顔を寄せて、分かっているわと頷いた。
彼はどんなことがあってもあたしを守ってくれるだろう。それこそ、自分の生命と引き替えにしても。……あたしはそれが、ひどく怖かった。彼の献身の精神はとても尊く素晴らしいものだけれど、あたしは今それを望んではいない。
「怖がらせるつもりはないけれど、ユメミが狙われているというのは隠しようのない事実だ。だからユメミも、充分に用心して欲しい」
「……夜になったら、ここに来ればいいの?」
先刻のやりとりを思い出しながらそう言うと、鈴影さんは真面目な顔で頷いた。
「日中の身辺警護は日本支部の騎士たちを派遣する。学内はオレと冷泉寺、高天、光坂がつく」
あたしはその物々しい警戒態勢をいつものように笑い飛ばすことが出来ずに、従順に承諾した。
ほうと息を吐いてぐったりと項垂れると、蓄積した疲れが一気に身体を重くした。ずんとした疲労感が、今夜一度に訪れた災難に対する不安を増幅させる。嫌な相乗効果だ。
意識すると途端に疼きだす足も、深夜に無意識で徘徊する身体も、狙われる心臓も、全て自分のことなのに妙に現実感が薄い。なのに、漠然とした不安と恐怖心だけが、胸の奥底で燻っている。
(……こわい、こわい、こわい!)
何もかも全てが恐ろしく、まるで殺人犯に背後から追いかけられてでもいるかのような焦燥感があたしを襲っていた。……こんなことは初めてだった。
どんなことがあっても、明るく前向きでいることだけがあたしの唯一の取り柄だったのに。
何も言わずにただ体重を預けるばかりのあたしの身体を、鈴影さんはそっとベッドに横たえた。長く美しい髪がさらりと落ちて、艶やかな情熱に満ちた眼差しがあたしを見下ろしている。
「鈴影さん……」
「ユメミのことは、必ず守る」
翳りのない一心にそう決意していることが知れる強い視線に射竦められて、あたしはひどく悲しくなった。
そうじゃないのよと言いたかった。そんなことを望んでいるわけじゃないの。あたしが感じているこの恐怖は、あたし自身の身の安全に対する恐れだけではなく、関わってくれている誰かを失うのではないかという部分も大きい。それは鈴影さんのことであり、冷泉寺さんや光坂くん、ヒロシ、他の騎士団の人たちのことでもある。自分が原因で誰かが傷つくのを見るのは、甘いと言われようがどうしても嫌なのだ。
「ねえ、鈴影さん。……あたしを守ってくれると言ってくれるのはとても嬉しいんだけど、もし本当にそう思ってくれているのなら身体だけじゃなくて、心も守って欲しい」
「心、も?」
どうしても震えてしまう手で、鈴影さんの頬に触れた。鈴影さんはその手の感触に切れ長の美しい瞳を細めて、あたしの小さな手をそっと覆うように包み込む。二人の体温が重なって、ひどく熱い。あたしは小さく頷いて、真っ直ぐに鈴影さんを見つめた。身体は未だ怯えを宿したまま、けれど精一杯の虚勢をはって。
continued.
ドイツから戻らない鈴影さんに焦れて、あんな夢を見たのだと思っていた。それが現実だったと聞かされて、まだ戸惑いも大きいのだけれど。
「だってそうでしょう? 眠っている間に無意識に移動するなんて、そんなことすぐには信じられないもの」
「……しかし、君の足は傷だらけだったよ。素足でアスファルトの上を歩いたんだろうな、あちこち血が滲んでいて気付いた時は驚いた」
気遣わしげに、鈴影さんの視線があたしの足下に注がれている。あたしは意識すると少し痛む程度のそれに気付いて、そっと掛け布団を捲った。
着ているのは昨日寝る前に着替えたネグリジェで、その足下は真白い包帯でぐるぐる巻きにされている。くるぶしの辺りまで丁寧に巻かれているそれに、あたしは怖々と触れた。
「……本当に、ここまで歩いてきたのね」
呟いた声はするりと静寂に溶け、微かな衣擦れの音だけが耳に届く。まだ眠りについている世界の中で、あたしたちはゆったりと見つめ合った。
鈴影さんはベッドサイドの椅子からベッドへと腰掛け直し、ほんの少し寝乱れたあたしの髪にキスを落とした。深く長い溜息を零して強くぎゅっと抱きしめられると、ふいに鼻の奥がツンと痛くなる。この強く逞しい腕の中で守られているという充足感が、ひどく心を弱くさせていた。
「鈴影さんがなかなか帰ってこないから、心配したのよ」
涼しげなコロンの香る胸元に顔を埋めてくぐもった声で呟くと、鈴影さんはあたしにだけ聞こえる声で「すまない」と囁いた。
「おうちのこと?」
「……それもあるが、今回はいろいろと雑事が重なってね」
癖の強いあたしの髪を梳きながら、形の良い唇が首筋を辿る。くすぐったさに身を捩ると、一層強く抱きしめられた。
ややしても囲われたままの腕の中で、あたしは訝しげに鈴影さんを見上げた。濃く、憂いを含んだ眼差しが、時を止めたまま落とされている。
「どうしたの? 今日の鈴影さんは何だか変よ」
「……今、日本では妙な噂が流れていてね」
「噂?」
「曰く、不死の妙薬が存在すると」
「……不死の、妙薬」
「選ばれし、清らかなる乙女の心臓を満月の夜に抉り出し、その血を手ずから啜れば永遠の命が約束される。そんな噂がまことしやかに上流階級の一部に流れている」
「それって……」
「そう、ユメミのことだ。聖宝のことは上手くぼかされて事実ではない情報も混じってはいるが、内容はほぼ正しい」
長い長い溜息が零れた。
「どこからこの話が流れたのか、今騎士団本部が調べている。本来なら七聖宝に関する情報は、限られた者だけが知りうるトップシークレットだ、外部に漏れることなどあり得ない」
「それが、流出している……」
「そうだ。しかし月光のピアスのことには触れられていない。選ばれし清らかな乙女という言い方は、真実を隠す格好の隠れ蓑だ」
あたしは自然と自分の身体が硬直していることに気付いた。
自分の心臓が狙われている、その事実はひどくあたしを動揺させた。当然だろう、誰ともしれない誰かに命を狙われているのだ。
お金と人脈を持つ権力者が古来より欲してやまないもの、いつかは必ず消えてしまう自分の生命を購うものがあるとすれば人は必死にそれを探すだろう。そしてそれを手に入れるためなら、どんなに恐ろしいことにも手を染める。それは過ぎ去った歴史が、書物を通じて証明している。
「あたしの心臓を探し求めている人がいる……」
それは言葉にするのも恐ろしい現実だった。
「何者にも君を傷つけさせはしない、絶対にだ」
ぽつりと零したあたしに、鈴影さんは鋭く強い口調で断言した。まるで、この事実はどんなことがあっても覆らないとでも言うように。
あたしは鈴影さんの胸元にきつく顔を寄せて、分かっているわと頷いた。
彼はどんなことがあってもあたしを守ってくれるだろう。それこそ、自分の生命と引き替えにしても。……あたしはそれが、ひどく怖かった。彼の献身の精神はとても尊く素晴らしいものだけれど、あたしは今それを望んではいない。
「怖がらせるつもりはないけれど、ユメミが狙われているというのは隠しようのない事実だ。だからユメミも、充分に用心して欲しい」
「……夜になったら、ここに来ればいいの?」
先刻のやりとりを思い出しながらそう言うと、鈴影さんは真面目な顔で頷いた。
「日中の身辺警護は日本支部の騎士たちを派遣する。学内はオレと冷泉寺、高天、光坂がつく」
あたしはその物々しい警戒態勢をいつものように笑い飛ばすことが出来ずに、従順に承諾した。
ほうと息を吐いてぐったりと項垂れると、蓄積した疲れが一気に身体を重くした。ずんとした疲労感が、今夜一度に訪れた災難に対する不安を増幅させる。嫌な相乗効果だ。
意識すると途端に疼きだす足も、深夜に無意識で徘徊する身体も、狙われる心臓も、全て自分のことなのに妙に現実感が薄い。なのに、漠然とした不安と恐怖心だけが、胸の奥底で燻っている。
(……こわい、こわい、こわい!)
何もかも全てが恐ろしく、まるで殺人犯に背後から追いかけられてでもいるかのような焦燥感があたしを襲っていた。……こんなことは初めてだった。
どんなことがあっても、明るく前向きでいることだけがあたしの唯一の取り柄だったのに。
何も言わずにただ体重を預けるばかりのあたしの身体を、鈴影さんはそっとベッドに横たえた。長く美しい髪がさらりと落ちて、艶やかな情熱に満ちた眼差しがあたしを見下ろしている。
「鈴影さん……」
「ユメミのことは、必ず守る」
翳りのない一心にそう決意していることが知れる強い視線に射竦められて、あたしはひどく悲しくなった。
そうじゃないのよと言いたかった。そんなことを望んでいるわけじゃないの。あたしが感じているこの恐怖は、あたし自身の身の安全に対する恐れだけではなく、関わってくれている誰かを失うのではないかという部分も大きい。それは鈴影さんのことであり、冷泉寺さんや光坂くん、ヒロシ、他の騎士団の人たちのことでもある。自分が原因で誰かが傷つくのを見るのは、甘いと言われようがどうしても嫌なのだ。
「ねえ、鈴影さん。……あたしを守ってくれると言ってくれるのはとても嬉しいんだけど、もし本当にそう思ってくれているのなら身体だけじゃなくて、心も守って欲しい」
「心、も?」
どうしても震えてしまう手で、鈴影さんの頬に触れた。鈴影さんはその手の感触に切れ長の美しい瞳を細めて、あたしの小さな手をそっと覆うように包み込む。二人の体温が重なって、ひどく熱い。あたしは小さく頷いて、真っ直ぐに鈴影さんを見つめた。身体は未だ怯えを宿したまま、けれど精一杯の虚勢をはって。
continued.
2009/08/11までにご入金がお済みの方には、2009/08/11に一斉に発送させて頂きました。
お届けまで今しばらくお待ちください。
※一週間経ってもお手元に届かない場合は、フォームメールよりその旨ご連絡ください。
追ってご連絡致します。
お届けまで今しばらくお待ちください。
※一週間経ってもお手元に届かない場合は、フォームメールよりその旨ご連絡ください。
追ってご連絡致します。
夢園の続きを更新しています。
更新ペースは上手くいけばこの位でいけるかなという感じ。
もちろん変則的に早まったり遅くなったりはすると思います……(すみません)
続きものではなく、単発の小話みたいなものもいくつか書いています。
もし、こんなのがいいなというのがあれば、コメントかアンケートの方へどうぞ。
以前アンケートの方でリクエスト頂いている、「鈴影さんの一人称もの」は現在もぞもぞ書いている最中です。
その内更新予定。
えと、今後お知らせがある時以外は小説更新のお知らせはしないようにしたいと思います。
小説だけぽんとアップしてる方が鬱陶しくなくていいかなと思って(笑)
更新ペースは上手くいけばこの位でいけるかなという感じ。
もちろん変則的に早まったり遅くなったりはすると思います……(すみません)
続きものではなく、単発の小話みたいなものもいくつか書いています。
もし、こんなのがいいなというのがあれば、コメントかアンケートの方へどうぞ。
以前アンケートの方でリクエスト頂いている、「鈴影さんの一人称もの」は現在もぞもぞ書いている最中です。
その内更新予定。
えと、今後お知らせがある時以外は小説更新のお知らせはしないようにしたいと思います。
小説だけぽんとアップしてる方が鬱陶しくなくていいかなと思って(笑)
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