まじめさがたまらない
2009年9月14日 AERA
民主党大勝の裏にこの人あり。岡田克也幹事長。もう、とにかく、どこへ行っても大人気。特に女性に。
まじめ一辺倒の堅物がなぜ。
女性たちのキラキラしたあつーい眼差しが、夏の光を反射しながら彼に注がれていた。
「岡田さん、これどうぞ!」
神奈川県内の駅前。街頭演説後、聴衆にもみくちゃにされながら握手に応じる民主党幹事長・岡田に若い女性が近づき、花束から小ぶりなヒマワリを1輪抜き取って差し出した。
「贈り物は一切受け取らない」宣言をし、実行する岡田。お中元やお歳暮も送り返す。7月の誕生日には、趣味で集めているカエルの小物を同僚議員たちから贈られた。自らのブログでその話を紹介しつつも、「原則は受け取りません。これは、例外です」とわざわざ念押しした。
さて思いがけないヒマワリのプレゼント。「贈り物はちょっと……」と一瞬ひるむ。見ているこっちがハラハラ。まっすぐ差し出されたヒマワリをぎこちなく受け取ったが、これは例外中の例外。文庫本、飲料水、カエルの置物、ボトル入りのミントガム……。遊説中にあまたあった差し入れは、そのたびに「それはちょっと」と断り続けた。
ハートに突き刺さる
7月下旬の解散から投開票までの40日間、全国130カ所を回った岡田にほぼ同行し、至るところでその人気に圧倒された。愛媛県では聴衆の後方に立っていた60代の女性が、
「岡田さーん、岡田さーん、こっち向いて」
と、小声で念じるように呼び続けていた。岡田が振り向くと、「きゃっ!」。
「大ファンです、主人の次にね。ふふふ。イケメンですよー。目をまっすぐ見て話してくれるし、もうそれでビンっと来るわ、ハートに突き刺さるのよ」
まるで韓流スターだ。
神戸市では、50代と20代の母娘がカメラ片手に、300〜400人が押し合う中をかいくぐって岡田に近づき、汗だくになって撮影していた。岡田のかすれ声に気づいた母親は、
「風邪ひいてるんちゃう?」
娘は娘で、
「何でみんな岡田さんの良さに気づかないのって、ずっと思ってた。やっと気づいたみたい」
「主役」のはずの候補者の演説中は遠巻きに見ている聴衆が、岡田が軽く走りながら颯爽と駆けつけると、じりじりと距離を縮める。最後はびったり取り囲むようにして、身じろぎもせず炎天下、演説に聴き入る。
握手もすごかった。
岡田自身、「右手と左手がどこにいってるのかわからない」ほど握手攻めにあった。岐阜県内のスーパーでは母親が4、5歳の娘にまで握手させ、千葉県の街頭では「うちのコとぜひ」と言って差し出されたペットのパグの手(脚?)とも、「あ、はい」と応じた。
携帯電話でのツーショット撮影も希望者多数。「腕組んじゃお」と、自ら腕を絡める積極的な女性も。岡田は緊張気味に直立不動でされるがままだった。
握られる前に握る
連日のフィーバーにも本人は冷静だった。ブログでは、「お1人と写真を撮ってしまうと、次から次にそういう方が現れますので、結局握手ができない。まずは握手をさせてください。是非ご了解をいただきたいと思います」
別の日には、
「握手は基本的に握られる前に握る、強く握るというのが私の方針です。手を握られてしまいますと、突き指状態になってきます。特にたくさんの人に握手を求められますと、指1本、2本を取られたりします。そうすると、だんだん手が腫れてきて、握手どころではなくなってきます」
と細かく自分流の握手法を説明してみせた。
どんなに熱く思っても、のれんに腕押し……。女性にとってはなんともつれない感が漂う。
岡田といえば、「ロボコップ」「原理主義者」「融通が利かない」、果ては「度量が狭い」「人間味がない」とさえ言われるほど、とにかくまじめ一辺倒。感情を表に出すことも苦手だし、笑顔もぎこちない。
党内に特定のグループもつくらず、側近も持たない。夜の会合は割り勘で、10時には帰宅。典型的な政治家像とはかけ離れている。
イオン前で演説しない
2男1女の5人家族。大学で同級生だった現・自民党衆院議員の村上誠一郎の妹と「大恋愛」の末に結婚。とにかく愛妻家で子煩悩。いまでも妻と映画やコンサートに出かけ、結婚記念日は必ず2人で過ごす。選挙期間中、長女(22)の誕生日を忘れ、「子どもたちだけでケーキ買って食べたらしいんだ。失敗したなあ」
と気にしていた。
父はご存じ、イオングループ創始者・岡田卓也。兄は同グループ現社長。でも、本人はイオンを引き合いに出されるのを極端に嫌う。イオン系列の店の前では街頭演説はしないと決めている。
民主党はかつて女性にまったく人気がなかった。世論調査でも女性の民主党支持率は男性の半分に留まることも多く、女性不人気は「結党以来の課題」と言われてきた。菅代表時代には総選挙の候補者向けに、「より素敵な政治家になっていただくために」という「モテマニュアル」的な冊子まで作ったが、まったく効果なし。
04年に岡田が代表になると、その堅物さゆえに「女性票が期待できない」とさえ言われた。「まっすぐに、ひたむきに。」というストレートすぎるキャッチフレーズで、05年の小泉郵政選挙に惨敗。代表を辞任した。
それが今回の総選挙では、若年層を中心に女性でも高い得票率を示した。小泉郵政選挙では、女性のどの世代でも3割程度に留まっていた比例区の得票率が、今回は民主党への追い風もあり、4〜5割にアップした。
自民党は小泉後、1年ごとに首相交代を繰り返してきた。たどりついたのは夜ごと高級ホテルのバーに通う、一般の金銭感覚とはかけ離れ、漢字も読めない首相。女性たちは今、実は裕福でもそれを感じさせず、過剰なまでにきまじめな岡田に共感を覚えるようになったのだ。
「ウソつけなさそう、誠実そう」(60代)、「言葉を飾らない、一本気な感じ」(30代)、「言ったことを実現する力がありそう」(30代)、「堅すぎるところ」(50代)、「常に正攻法でいく感じ」(60代)、「政治家って偉くなると別荘買ったりしそうだが、意外と底辺な感じ。家がイオンなのに、そこが立派」(60代)と女性たちは手放しの褒めよう。ある女性は、
「まじめでどこが悪い。みんなまじめだったら、もっと政治が良くなるのに」
別の女性は、こう力説した。
「まじめがダメだなんて。今はそんな時代じゃないですよ」
時代が岡田に追いついている。
民主党を支持してきた女性たちには苦い記憶がある。エイズ問題で名を上げた菅元厚相の不倫問題。「菅までも……」と絶句した女性は少なくないはず。その点、岡田なら大丈夫、という絶対的な信頼感もある。
夜はホテルでおこもり
選挙中、岡田に「女性の人気が高まってますね」と話を振ったが、「そうかな。赤ちゃん連れのお母さんは増えた気がするけど」
記者としては正直、まじめすぎてつまらない。
どんなときもマイペース。体形維持と健康管理のため(体形は結構気にしていて、昼は会合が入らない限りダイエットドリンク)、趣味はスポーツジム通い。泊まりがけの選挙応援では必ずジムつきホテルを選び、ジム用のウエア、シューズでパンパンになった旅行カバンを常時持ち歩いた。カバンは人に持たせず、必ず自分で持つ。
遊説後は、夕食用に駅弁やコンビニで弁当を買い込み、「おこもり態勢」を整えてからホテルへ直行。たまには記者と懇談でも……と思っても、一度部屋に入れば翌朝までは出てこない。次期政権の重要人物なのに、なかなか近づけない。
「岡田さーん、笑ってくださーい」
8月30日夜の民主党開票センター。赤いバラで刻一刻と埋め尽くされていくボード前でも、岡田は口を真一文字に結んだまま突っ立ってカメラを見据えていた。並んで立つ代表の鳩山や代表代行の菅らがにこやかに撮影に応じるのとは対照的すぎて、思わずカメラマンの一人から出た笑顔のダメだしに一瞬会場が沸いた。ハッとした様子で岡田はすぐに応じたが、その笑顔は相変わらずぎこちない。
女性人気が急上昇し、長年追い求めた政権交代をついに手中にしても変わらないのが、岡田流だった。(文中敬称略)
編集局 蔭西晴子
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
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