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| 第1部 第2部 第3部 第4部 第5部 | |
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第5部 最終章 いるもて30周年コーナーもいよいよ最終章となりました。この企画を立て、我家のアルバム(もうボロ々になり、年代不詳で継ぎ接ぎだらけ)を一冊一冊開いて見ました。ページを開くごとにこんな人も居たな!そう々あんな人も居た!とその人々にまつわる笑い話、困った話、ほんわか話、寂しい話・・・。色々なことを思い出しました。そしてこの年月の間、西表島が色々な面で大きく変わった事も感じました。 我家には開所当初からペット?(実はハブよけとクリスマスディナー用)としてアヒルがいました。二年目頃のクリスマスに皆で丸焼きにして食べてみたのですが、あまりにも自然体でいた為か、私達がその為の準備不足だったのか、とても硬くて肉というより筋でした。そのアヒルも増えすぎ、庭の芝がフンだらけになった事や甘やかしていたせいか人を恐がらなくなり、逆に洗濯物を干しに出るたびにスタッフやお客さんが背後から飛びかかられる(まさに襲撃です)為、ある時の選挙当選のお祝いに捕える事ができたら食用に上げるという事で十数羽お祝いの品となりました。(沖縄的でした。)今はその時残ったガチョウが一羽と、数年前に新入生となった二羽、計三羽になり仲良く裏庭で暮らしています。 |
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ガーガーの子供、こんなに沢山いた |
今は3羽で仲良く |
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星砂・星砂・星砂ばかりだった頃の星砂の浜 |
観光労働者の一部、道路・港・パイン工場と西表島に貢献してくれました。 |
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ビーチと言えばやはり昔から有名な星砂の浜、そのビーチも入客数が増えビーチの傍の環境も変わるにつれ、星形の砂も海岸では随分少なくなり、今では捜すのが困難になっています。 ピナイ滝も又、今では濡れてまで歩いて行く人も少なくなってしまいました。観光労働者と呼ばれた人達も(一応は観光旅行者で宿に泊まりながら晴れたら仕事、雨が降ったら女の子相手にお酒を飲むか、トランプ大会)今はいるもて荘には全くいなくなりました。 |
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ピナイサーラって山なのに水着? |
バラス島が二つの島だった頃 |
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西表島と鳩間島間に、サンゴのかけらが潮の流れによって集まり、海の中に浮かんだ様になっているバラス島があります。最初の我家を建築する際手伝ってくれたオジー達の話では「戦後の建築時にセメントと砂とバランス(石)を混ぜ合わせる際、石がなくバラス島から持って来た為その様な名前で呼ぶようになった。」との事、実際はどうでしょうか。本当の話がわかる方、いるもて荘に教えて下さい。と余談になりましたが、バランス用に持って来た為か、島は一旦普段は海面から姿を消す程小さくなり、昭和49年〜50年始め頃は大潮の時だけ頭を出していました。その島も気がつけば(昭和50年代中〜後半?)潮の干満にかかわらず、いるもての庭から見て右の大きい島が顔を出し、暫くして左に細長く小さい島が出てきました。数年前の11月頃だったと思います。強い季節風が吹き大荒しが2〜3日続いた時があったと記憶しています。その間波の高さで見えないと思ったら、荒しが治まった時に出て来た島は突然、左寄りに大きく一つとなり、それから今に至るまで、一つの島を通しています。 |
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こんな自転車置場もありました。 |
バーベキューも盛大に |
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今は二世代目のバーベキュー時代 |
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いるもてにシーサー君がいない頃 |
シーサー君達、人気者(物?)登場 |
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そして、いるもて荘を見つづけ23年の門番シーサー君達は移り変って行くバラス島、この地を雨ニモマケズ、風ニモマケズ、台風でころがり落とされても、ペンキぬりのバケツが落ちて白くなっても、訪れてくる人々の出会いや別れ、楽しい姿を見ていたのだと思います。そのシーサー君達の前で何人の人が写真を撮った事でしょうか。(実はシーサー君のお腹は庭石で満腹状態です。選別に皆が入れたのでしょうね)リュックを背負った人達から始まり、自転車日本一周の人が多く訪れ、その後はバイクの者達、(ハーレーに乗ったおじさんが只一人居ました。)今はレンタカーの時代、歩いて往復したピナイ滝もカヌーが多く、旅の型も30年という間に変化してきましたが、変わらないのは旅を楽しみ、人との出会いを求めて旅行する多くの人達がまだ居ると言う事。今年はこのページを見て懐かしく思ってか訪ねてくれる人、新しい旅を求めて立ち寄ってくれる人と、様々でしたが、これからも皆様に島の自然を楽しんでいただき、又のんびりくつろげる宿である様心掛けていきたいと思っています。 |
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シーサー君 これから海へ行く。 |
アルバムには「空を飛んでるガサミ発見!!」と書いてあり・・・・。 ウーン それって沖縄口でボンクラニイニイ? |
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こんなに荷物を積んだ自転車の人も |
シーサー君もお疲れ気味か、汚れてました。 |
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こんな見送りも見ました。 |
あんな見送りもシーサー君達は見ました。 |
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船浦港も防波堤がこんなに長くなりました。 |
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クリスマスパーティも賑やかに!! |
「ヤマネコマラソン」走った人、走らない人、泡盛いただき! |
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2000年お正月 新旧ヘルパー群団集合 |
いるもて看板完成記念撮影 |
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皆様お楽しみのバーベキューは春〜秋(10月上旬位)迄、年末は手作りクリスマスディナー会?、お正月はスタッフ総出のお節料理、恒例のやまねこマラソンと、四季折々楽しむことができます。 いるもて看板を目印に是非いらして下さい。30年の間に御利用下さった方々、又何度も何度も通って下さった幅広い層の皆様、いるもて荘を支えてくれた全スタッフ(ヘルパー・ダイビングスタッフ)の方々、この企画に力を貸してくれた石垣パソコン教室の野村さん御夫妻本当に有難うございました。このページ上で御礼申し上げます。皆さんからいただいたパワーで又、一年から出直しと思い、楽しくやっていきます。青い空、青い海、緑の芝生、ヤシの葉陰、皆様にとっても私達にとっても、リラックスできる宿、いるもて荘でありたいと思いながら・・・・・。 |
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| 2005年30周年の夏。 | |