民主党代表の鳩山由紀夫さん(62)が16日、首相になる。「政権交代」では先輩がいた。初めて自民党が下野した時の首相、細川護熙さん(71)。永田町を離れ、悠々自適に暮らす細川さんに聞いた。【鈴木琢磨】
「ほら、こんなにシシトウが。長ナスも。長雨と日照りで心配したんだけどね」。ゴム長靴に麦わら帽、首にタオルの細川さん、収穫の真っ最中だった。ここは神奈川県湯河原町、自宅から軽トラックを運転、畑にやってきては野菜づくりを楽しんでいる。
汗をぬぐい、畑に腰を下ろし、しばし一服。赤トンボが舞う。93年の細川非自民政権誕生から16年もの歳月が流れた。旗揚げした日本新党をひっさげ、永田町に乗り込んできたさっそうとした姿が浮かぶ。「それが草むしりですから。ハハハ。いよいよ鳩山丸の船出ですね。鳩山さんの顔引き締まってきましたよ。官房副長官をしてもらっていたころは、正直、存在感がなくて頼りなかったですから」
掘り起こした泥だらけのサトイモまでかごに入れ、再び軽トラックで自宅へ。還暦で政界を引退してからは、ここを「不東庵」と称し、陶芸にいそしんでいる。近ごろは好きな漢詩のふるさとを訪ねて中国を旅する。祖父、近衛文麿も愛用した縁側のイスに座って、インタビューを続けた。衆院選の結果から。「小選挙区制度だと、どうしてもああなる。ただ、前回は自民党の大勝だったといっても、前回も勝ってなかったんじゃないかな。勝ったのは小泉純一郎さんのグループだけ、賞味期限は切れていましたよ」
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さて、民主を圧勝に導いた小沢一郎さんは幹事長ポストに就く。かつて、肥後細川家の第18代当主でもある細川さんを担いで非自民政権樹立へ動いたのも小沢さんだった。当時、新生党代表幹事として、8党会派に絶大な発言力を誇っていた。あのころも「二重権力」が懸念されていた。「組閣人事は、社会党からこれだけ、民社党からこれだけといったリストを私のところへ持ってきた。封をして、これ一部しかないから、と。あとどうするかは決めてくれ、でしたね。ま、いろいろとわがまま言われたこともありましたが……」
ちょっと口を濁したのは古傷がうずいたせいか。たとえば、あの一件である。小沢さんと大蔵省(現財務省)が組んで、税率7%の国民福祉税導入を図ろうとしたドタバタ劇。深夜の緊急記者会見で細川さんが発表したものの、すぐに撤回に追い込まれ、政権の信頼は大きく揺らぎ、支持率が急落していく。「あのときの大蔵大臣は藤井裕久さん。何も言わないんですよ。止めてくれればよかったんです」。悔しさをにじませ、古代中国のヒーロー、項羽と劉邦(りゅうほう)、2人の天下をめぐる戦いになぞらえた。
「連想したのは秦漢の交代劇です。この選挙、そして小沢さんを見ていて、あ、項羽だ、と感じました。<力は山を抜き、気は世を蓋(おお)う>。その力量は抜群で、秦を倒すことには有効でしたが、秦滅亡後の世の中をどうするかの展望と構想が欠けていた。なるほど小沢さんは項羽に比すべき腕力はある。でも、民主党の青写真はまだ十分に説得力のあるものではない。むしろ劉邦のように人材を集め、よく力を発揮させることができるかどうかがカギですよ」
そして、驚く発言が飛び出した。ニューリーダー、鳩山さんに「劉邦たれ!」とエールを送りつつ、オールドリーダーの小沢さんへはなんと引退を勧告するのだった。「権力者は常に<退>を考えておかなければいけません。白楽天の詩に『田園に帰らんことを想(おも)う』というのがあります。次の参院選後に小沢さんもそうした心境になられるかもしれない。帰るのは岩手でしょうか。それまでは全力でやり抜いて選挙に勝つ。総理になるのが目的じゃないし」
「脱官僚」をキャッチフレーズに民主党の次なる戦場は霞が関である。新しく国家戦略局なる組織も生まれるらしい。「不安ありますね。荒っぽすぎて。役人を敵に回すより、どう付き合うか。人材は官に一番、集まっているんですから、うまく活用しないと推進力なんて出ませんよ。その点、やっぱり、項羽よりも劉邦は人使いがうまかったんじゃないですか。海千山千の人間をつかまえて、荒くれを使いこなして……。鳩山さんに人を見る目があるかどうかわからないけど、初めから役人は向こう側だって発想は、どうもいただけません」
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鳥が鳴く。静かな午後である。鳩山さんへのアドバイスは続く。「一内閣でやれることは限られている。私の場合は<政治改革>。行財政改革もやりたかったけど、社会党を抱えていましたから、無理でした。いまなら<環境>でしょう。旗は。選挙前、東京のスポーツジムで岡田克也君に話しました。彼と一緒のジムなんです。同感だって感じでした」。ロクロを回し、閑居に生きるをモットーに暮らしている。そう承知していたから、意外だった。ダイエットするなら、太陽の下、畑仕事をすれば足りる。永田町への未練がおありなんじゃ?
「めっそうもない。畑から来るとき、見ませんでした? こんな田舎道なのにガードレールだらけ。JRの湯河原駅は、電車が入ってまいります、のアナウンスがひっきりなし。馬車が入ってくるんじゃないんだから。<鼓腹撃壌>。腹鼓を打ち、大地をたたいて歌う。庶民が支配者を意識しないで太平に生きていけるのが最上の為政、との意味です。いまは頭のてっぺんから足の先まで政府がちょっかいを出す。国の関与は最低限にして個人や家庭レベルでの生活を守っていく、それが目指すべきこれからの政治じゃないかと思いますね」
かねて「細川塾」を開きたい、との構想を抱いておられた。「チビたちを集めて庭の掃除をさせ、北原白秋なんかを読み聞かせたりね。寺子屋みたいなものです。松下政経塾は失敗でしょ。有能な政治家を輩出できなかったですから」。シシトウや長ナスでなく、早く人間を育てないといけないじゃないですか?
「申し訳ないのですが、その余裕が、まだ。あとは選挙制度ですね。穏健な多党制のほうがいいかもしれないと思っています。そのために中選挙区連記制にし、1人が2票入れる。日本人のメンタリティーに合いますし、いい政治家を発掘できますから」
殿と宇宙人--。いずれも浮世離れ?していることが気にならないではない。細川政権はわずか8カ月で消えた。
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毎日新聞 2009年9月15日 東京夕刊