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09秋・そばの花が咲きました
 
09秋・そばの花が咲きました。今年の蕎麦の目標は、100キロです。
 さあ、今年のそばの収穫は、どうでしょうか。楽しみでもあり心配です。これが採れなければ、ちしゃの木庵は、運営できません。がんばれ!蕎麦。頼むで、ちゃんと実をつけてやあ。
駒板
 
 打った蕎麦を切る時に使うガイドが「駒板」です。右の取っ手だ小さく付いているのが今まで使っていた庵主の駒板です。これは、ネットで買いました。左の二つを今回、庵主が作りました。幅は、21センチ(116g)と24センチ(138g)です。板(すべり板)は素麺のふたに使ってあったもので材質は不明ですが、何か軽ーい材質です。枕木の材質は、白樫です。樽などに使われる硬い材質です。
 作った駒板はすべりを調節したりして早速使っています。この次に師匠に見てもらうつもりです


09年秋蕎麦
 
 09年秋蕎麦を袋詰めにしたところです。昨年の蕎麦よりもやや多めの収穫でした。よかった、よかったと豊作を喜ぶ庵主です。前方の小さい山の蕎麦は、少し品質が落ちるものです。もちろんすべて、保管します。
 これらの蕎麦が玄蕎麦となり、蕎麦粉になるためには、まだまだ次の工程(粉屋さんの工程)が必要です。でもここまでが、一応お百姓さんの作業範囲になると思います。
唐箕で選別
 
 大きなごみをより分けたあと蕎麦は、唐箕で選別します。この唐箕も「足踏み式脱穀機」と同様の民俗資料館行きになっても不思議でない時代物のものです。昨年の収穫の際に芦生のトウタロウさんからいただいたもので、手作業の「ちしゃの木庵」では、マダマダ元気に働いています。感謝・感謝です。
 庵主の右手は、唐箕に風を送るハンドルをまわして、左手は、上部のマスに入った蕎麦の流れ落ちる量を加減するフタの開閉器に掛かっています。風を送って、左下にたまっているゴミを飛ばし、庵主の足元にA・Bの2種類の蕎麦が落ちる仕組みになっています。重い蕎麦と軽い蕎麦が分かれて落ちてくる極めて優れものの唐箕です
 先人の匠の技を感じます。


粗い目の篩(ふるい)
 
 08年秋蕎麦の収穫で、稲木で乾燥した蕎麦を脱穀してから、この篩(ふるい)で大きなゴミを取り除きます。このふるいは、籐で編んだもので見た目にもわかる荒い目です。前方に積んでいるのがより分けられたゴミです。
 この第一次のゴミ取り除きは、篩が粗い目なので、簡単・かつ力要らずで作業はできます。
脱穀する庵主の勇姿
 
 「イケベ式脱穀機」で蕎麦を脱穀する庵主の勇姿をお伝えします。庵主の前の黒いビニールが足踏み敷き脱穀機(ダーラン)です。ダーランの中に回転するドラム(針金の羽がある)があってそれで脱穀し、前にごみとともに蕎麦が集まるのです。
 左の山となっているのが脱穀後の蕎麦の枝です。写真家?さんの腕がもう一つ?で全体像が分かりませんが、庵主の右側には、稲木に干されたあと脱穀を待つ蕎麦たちが山と積まれています。
 30分、1時間ならともかく、このダーランの足踏みを4時間も5時間もやってみなはれ、そら、腰にも足にもきまっせ。都会でジムのトレーニングよりもきつおっせ。それに偏った筋肉を使うしね。
 ギャラリー(昨日は、一人暮らしのおふじさん)がそんな位やったら、日が暮れるまでにコイてしまう。と言うのを尻目に、庵主は、二日にわたってやったのです。


足踏み式脱穀機
 
 歴史的資料と今やなってしまった足踏み敷き脱穀機です。それまでの「せんばごき」から高度経済成長後に動力の脱穀機やその後のコンバインが普及するまでまで、日本の米作りの農村で大活躍した脱穀機です。ダーランダーランとイヤイヤ動かすのではなく、ダーランダーランと回転して、脱穀するのです。
 しかもこの機械「各種博覧会優賞受賞」とされています。奈良県の池辺農機具製作所で作られた「イケベ式」となっています。イケベ式以外のダーランも使ってみたい気がします。
 昨年の庵主は、江戸時代さながらに二股になった木の枝で、パタパタ叩き落していましたから、大進化と言えます。で、本日、12月3日、08年度秋そばの脱穀終了!はいお疲れ!
 後は、大きなメッシュのふるいにかけて大きなごみを落として、唐箕の作業です。
08秋蕎麦の稲木
 
 突風で、蕎麦の乾燥に掛けていた稲木が11月18日、倒れてしまいました。前線が通過していたらしいのです。庵主は、その日、おばあさんとオハツさんと一緒にインフルエンザの予防接種に行っていたのです。早めに戻ってきたので、稲木のビニールを直していたら、強い風が吹いてきたのです。庵主の目の前で、ドッサと倒れたのです。もし、現場にいなかったら、「誰や!倒したのは」と鹿や動物を疑ったかもしれません。
 で、すぐにやり直しを半日掛けてやりました。しかし、しかしです。その晩もピュウーピュウーと風が吹くのです。ヤッパリ、次の日にまたまた倒れていました。
 しょうーがない、「泣きたーくなるううほおーオオド、貴方がア好きよーー」と歌いながらヤケクソで直しました。が、庵主は、学習したのです。倒れた稲木は、4段も掛けていたのです。で。もう一つ稲木を作り、二段二段にわけて、重心を低くしました。今のところこれで大丈夫のようです。
 ああー、ホンマに厄介な稲木でした。
 写真は、今まで3列だった稲木を4列にした現在の完成形です。


秋そばの刈り取り
 
 秋そばの刈り取りを始めました。一人でしこしこやっていたら、今日、おばあちゃんがちしゃの木の畑まで応援に来てくれました。
 まあまあの出来ではないでしょうか。春そばは、そば殻を収穫しているようで全くダメでしたが、秋(今回で二回目)そばは、うまく実が入っています
 でも鹿2入られ、ふみちゃんチャこされていたり、密植で、クキが細くなって風であっちこっちを向いて倒れていますから、刈るのも大変。でも「ほれ収穫だあ♯♪それ収穫だア、取り入れだあ」などと歌って元気付けながら刈っています
 カブの収穫もあって、応援もとめています。
耕された蕎麦
 
 「ちしゃの木」の畑に植えた春そばは、鹿に先っぽを食べられているのに、けなげに花を咲かせ、部分的に黒く実をつけそうになっています。先っぽは食べられましたが、横から出た茎に花をつけているのです。実の入りは、これからだと思いますが、やっぱり、つきが悪いようです。カリ分が不足しているのでしょうか。でも、実の熟すのを待っていられません。もう秋蕎麦をまく時期になっているので、耕して畝を作る必要があります。
 もう北村の畑では、蕎麦が植えられ、芽を出しています。
 写真は、中心の茎の先っぽがかじられているのに、横から出た枝に花を咲かせています。トラクターの車輪も見えます。


春蕎麦刈採と稲木
 
 蕎麦を刈り採り、稲木にかけて干しています。
 日中のこの暑さで作業も朝と夕にしかできませんが、パンツまでぐっしょりの爽快感。午前の部を切り上げて、シャワーと洗濯です。水をかぽかぽ飲みますから、ダイエットしたい方、おいでください。ご飯をいっぱい食べてるのに脂肪燃焼しますよー。
 実は、こっちの畑の半分くらいしか刈り採りができていません。後半分を来週にやって、その次に鹿に食べられた「ちしゃの木」の田んぼを刈りとります。マダマダ続くよー刈りとり作業。
 写真の左側の稲木は、二段で干しています。すべて干すには、稲木が不足しそうです。真竹の調達が難しいのです。八木町の河原まで片道1時間かけてもらいに行きます。
鹿に食べられた蕎麦
 
 鹿に蕎麦の葉先を食べられました。ちしゃの木の畑の分です。
 私は、メスジカと思ってたのですが、鹿の角が今、ちょうど生えてくる時期で、オスも鹿ネットをくぐることができるそうです。庵主サッソク、ネットを持ち上げる草を刈ったり、ネットを下にずらすなどの作業をしました。
 でも、さきっぽだけを食べており、がっくりです。道路から見ていて、何で、この畑の発芽や成長が悪いんやろう、と思っていたのです。デモ、鹿にやられていたのです。だいたい半分くらい食べられています。
 まあ、春そばの栽培は、テストで5`を蒔いただけやから、とテストやからと考えることに腹立つ気持ちを切り替えています。前向き前向きと思うようにしていますが、残念!モット早うに草刈をしとけばいいのに、去年(秋そば)もやられているのに学習せんなあ、と自分では思っています。
 ちしゃの木庵での作業は、一人やし、やることが一杯で、ソラ忙しい。いっぺんにすぐできないし、作業がついつい遅れがってになってしまうのです。
 今は、ブルーベリーの挿し木(7・80本)をやりましたが、今日の新聞にやり方が出ていたのでさらに追加で100本ほどやろうと思っています。


蚊火(かび)
 
 春そばの花がきれいに咲いています。畝上げの最中ですが、雨の降りそうな蒸し暑い日にはブトがまとわりつき、顔・腕ところかまわず刺してきます。で、蕎麦の花とこのかび(蚊火・カブという人もあります)をアップしました。
 蚊火は、木綿布を巻いたものをワラで縛って、先端に火を付けクスぼらせます。棒に取り付けて腰に挿し、煙の中で仕事をするわけですが、多少いがらくてもブトがよってこないだけましです。この蚊火は、昨年おばあちゃんに作ってもらっていたのをだしてきたのです。で、今日の作業は順調に進んだのか、と言うと、しばらくして雨が激しく降ってきたので、やめ。
 庵主の作業は、休んでばっかりです。で、園部まで安モンの蜂蜜を買いに行きました。絞っておいたどくだみをお酒にするためです。一昨日には、あるだけの蜂蜜を使って約2リットルのどくだみ酒の仕込みをしたのですが、まだどくだみ汁が4りットルあるのです。合計6リットルの仕込み。飲む時期は、8月の松上げ頃
ウネ上げ
 
 春蕎麦は、雑草のずんずん伸びる時期でもあります。だから、雑草対策をしないと刈りとりの時には、蕎麦が草に埋もれて収穫できなくなってしまいます。で、ウネ上げをして、ウネや谷の草をクワで削って蕎麦の足元にかぶせます。
 作業は、まだまだ始めたばかりでこれからですが、やったとことやって無いとこの違いは歴然。この作業がえらい。でもやらんとアカン。ウネのどては、これでいいのですが、ウネの中央部分には、あぜの草刈で刈った草を敷いてマルチがわりにします。まあ、大変。


春蕎麦2週間目
 
 春そばを植えて2週間が経過しました。やっと、蕎麦畑らしくなりました。
 この田んぼは、ちしゃの木庵のすぐ隣のひょうたん型の田んぼです。ちしゃの木(という地番)の田んぼにも5月28日に種まきをしました。秋そば(夏にまいて秋に収穫)よりもこの春蕎麦は、草取りなどの田んぼの世話が大変などで、昨年の秋そばよりもまいた面積は、少なめ(およそ5分の3)です。それだけではなく、まいた種の量も少な目なのです。去年の夏は、初めてのことなので、まく量を加減しなかったのです。去年夏12`、今年春5`。さらに、クド石灰もまいて、カリ・リン酸などの肥料もやっています。植物の肥料3要素の内の窒素は、少しだけです。そんな配分肥料は無いので、一定計算(ほんまかいな)して混合してやっています。
 結実が楽しみです。
春そばの芽がでた
 
 種をまいて6日目に春そばの芽が出ました。通常、4日くらいと聞いていたので、心配をして観察を続けていました。
 まだまだ、発芽していないところもあってやや不安ですが、発芽してくれた春そばに感謝。
 明日は、「ちしゃの木庵」の営業日で、新メニューも準備中なのに天気予報は、アメ。でも多分、蕎麦の成長やまだ芽をだしていない種には、良さそう。
 ああー、雨に感謝すべきかどうなのか。


春蕎麦を撒く
 
 春そばを5月15日にちしゃの木庵の横の田んぼに撒きました。
 3・4日で発芽と聞いていますが、発芽したのは、6日目でした。またこの写真は、後日にアップします。
 農協の方に聞くと、大野(大野ダムのあるところ、芦生の大分下流の地域)で植えた春蕎麦は、結実せずに全滅をしたそうです。春に植えた蕎麦が成長するこの季節は、雑草の伸び放題の季節にもなっています。だから、蕎麦の畑には、雑草対策が必要です。庵主は、ウネの法面をクワで削ろうと思います。ウネの上部には蕎麦の列の間に刈った草を敷こうと思います。これとて重労働の作業です
 その割りには収入にあまり繋がりにくいもので、ま、おいしい蕎麦を食べてもらうことにきっと価値があるのだ、と自分に言い聞かせています。
 この後、ちしゃの木の田んぼにも撒こうと思い増す。
春そばの準備
 
 春そばを植えるために田を耕しています。丹後に住んでいる弟がトラクターを運転しています。
 農協の指導員の方に教えてもらっています。大野(と言う地域)でも春そばを植えたそうですが、全滅したそうです。うまく実が着かなかったそうです。
 まあ、庵主には、失敗を前提に考えて行動するところがあって、失敗は、イヤだけれど実際に失敗をしてみないと、「一年に二度できるそば」のイメージは、消すことができません。
 農協で頼んでいた種は、「秋そば」と一緒のものなのでキャンセルしました。昨年に収穫したものを使おうと考えています。


修行
 
 最近は、庵主も毎日そばを打とうと考えています。二人の姉にモニターになってもらっていますが、モニターも大変です。  庵主のそばは、ただでさえへたくそなのに、毎日試食をせなアカンのですから。
庵主の修行
 
 庵主の練習用の麺打ち台は、小さいので5人分程度の麺を延ばすと台からはみ出ます。角を出したり、厚みを調整したりと細かな作業が続きます。
 ちしゃの木庵には、150a×150aのを大工さんに作ってもらいました。あまりに大きく、一辺だけ130aに切ってもらいました


芦生で採れた蕎麦粉
 
 芦生で庵主が採ったそばを粉にし(1番と2番を合わせた粉)で初めて、師匠がそばを打ちました。庵主は、見学をしました。師匠が修行した京都の「みのり」という店に行くことを師匠が庵主に勧めていますので、そのうちに庵主も「みのり」に行くことになりそうです。
 磨きをかけて6キロの蕎麦が玄そばになったのが4.7キロ、ごみが1.3キロになったと前に書きました。22%減って78%になりました。今回、製粉で蕎麦粉にしたのは、1.9キロの玄そばです。粉に1.5キロ、そば殻0.4キロになりました。どんどん目減りしていきます。
 食べ比べてないので庵主には、はっきり言えませんが、師匠いわく、「うまい」というのです。庵主も風味、のどごし、麺の腰や見た目などで、「いける」と感じています。師匠の打ち方もあると思うのです。師匠は、7(蕎麦粉):3(つなぎ)のそばを提供しています。今回の芦生産の粉では二八(2割のつなぎ、8割の蕎麦粉)で打ってもらいました。
 庵主も早く打ってみたくなりました。
蕎麦粉をつくる
 
 磨いた蕎麦を「蕎麦粉」にするために、粗挽きをまず行います。14メッシュで「そば殻」をより分け、そば殻は、捨てます。残ったのは、蕎麦粉と小さいそば殻の含まれた粉になります。これを40メッシュで篩います。すると、蕎麦粉(1番)が落ちます。篩いに残ったそば粉の含まれた粉砕物を少し細かく挽きます。これを60メッシュで篩い(2番)ます。1番と2番を一緒にしたのが「ちしゃの木庵」の田舎蕎麦です。
 写真は、1番のものです。


ふるいはすごい
 
 ふるいは、すごい道具です。石臼製粉機には、14メッシュと40メッシュの篩(ふるい)が付いているのですが、庵主は、60メッシュの篩も追加注文(1800円)しました。
 14メッシュとは、1インチ(2.55センチほど)の隙間に、14本のステンレスの線が縦・横にはられています。すごいでしょ。それだけでもすごいのに40メッシュ、60メッシュはそれぞれの本数が、約2.2の隙間に張られているのです。もう驚きです。
 蕎麦粉を作るのには、40メッシュで十分と思いますが、庵主は、60メッシュも使っています。写真は、左から14,40,60メッシュだと思います。
電動石臼製粉機
 
 庵主は、蕎麦(玄そばと言います)を粉にするのに、昔ながらの手回しの「石臼」を考えていました。しかし、この石臼も臼が磨り減って、目立てをしなければならないので、思い切って「電動の石臼機」を約16万円で買ったのです。「フシミ製作所」と言う会社が作った「ミルエース電動型石臼製粉機」と言います。
 石臼が低速で回転するため、風味が損なわれません。また、米、麦、大豆、海草、他、製粉するのに使えます。


すごい量のゴミ
 
 蕎麦の磨きを終えると大量?のゴミがでました。6キロを磨いたのですが、1.3キロもゴミが出たのです。およそ22%となります。磨きすぎて、蕎麦ガラ(鬼皮)がめくれたのもそこそこあったので、すべてが純粋?のゴミと言うわけではありません。でもこんなにたくさんのゴミが出るとはびっくりです。でも蕎麦は、光っていました。
 蕎麦の磨きをしなかったら、そば粉とこんなゴミを一緒に口に入れていたかと思うとゾットします。知らんことは、恐ろしい。
 テレビのバラティ番組で「無知やアホを売り」にするタレントが気になります。知らんことは恥ずかしい、じゃなく恐ろしいですね。
粉にする前に磨く
 
 蕎麦は、粉にする前に「磨き」の作業が入ります。この磨きで蕎麦についたゴミを取り去ります。
 蕎麦の磨き専用の機械もあるのですが、数十万円模するので庵主にはムリです。精米機でやるのがいいとわかりました
 圧力は最小の1の数字に、時間も適当の1時間。結果は、1時間も磨くと鬼皮(そば殻)がむけるのも数%できます。モット短くていいようです。
 ピカピカの蕎麦になりました。玄そばの完成です。


石臼登場
 
 まだ先の工程ですが、そばを粉にしていくのに「石臼」を使います。庵主は、こんな民俗資料は、昔話の中でしか知りません。
 おばあさんに教えてもらって、倉庫の奥から引っ張り出してきました。上下二段で構成されていますが、上の臼のそこには、「の」の字の溝穴が刻まれ下段の臼にうまく散らばって挽けるようにしてあります。
 よく水洗いをして、ごろごろと粉に挽ける日を楽しみにしています。なお、庵主としては、石臼をごろごろ挽いてみたい!というボランティアスタッフを募集することにします。
 「おばあちゃん、これ挽くノンは重たいやろ」「そんなに重無い、昔は、おばァ、のおばァ(お菊ばあさん)がよオーくず米を挽いてもちをこさえたもんや」と言うていました。二の腕のちゃぷちゃぷしている方のダイエットになるかも。
含水率
 
 農協の指導員氏に蕎麦の含水率を調査してもらいました。天日干しをどうするのか、人口乾燥は、どうするのか、方針を教えてもらうためです。農協も合併して、芦生まで貯金や積み立ての集金に来てくれません。が、この指導員氏、美山のライスセンターにおられます。ありがたいことです。今後とも教えてくださいとお願いしてきました。
 でこの蕎麦の含水率は、21%でした。粉にしていくには、16%、15%まで水分を飛ばす必要があります。この指導員氏は、これより先は、人口乾燥をと助言してくれました。夜に降りる露でも水分を含んでいくそうです。崇君(義弟で庵主の蕎麦の師匠)と相談し、なめこ工場の「干し椎茸」の乾燥機を使うことにしました。
 30度以下の低温で24時間ほど乾燥機にかけるのです。


天日干し
 
 お天気のいい日には、庭にそばを広げて天日干しをしています。この写真は、26日の月曜日のものです。
民俗資料唐箕作動
 
 11月20日、清水藤太郎さんから借りた唐箕が作動しました。民俗資料とも言うべき古典的道具です。新米百姓の庵主は、モチのろん 初体験です。
 唐箕は、籾(もみ)や蕎麦の実などを上の鉢からいれ、右手でファンを回転させ、上から落ちる蕎麦の実などをファンの風で、いいのとゴミに自動分類する優れものの道具です。しかも、いい実とチョイ悪の実とゴミの三段階に分けるのです。唐箕ってすごーい!
 ファンを回転させる取っ手がなかったので、ヒモを巻きつけてやっていましたが、ヒモ自体が絡みつきうまくいきません。杉の枝を切ってきて取っ手にしてやるとそこそこうまく廻すことができました。長時間作業をするには、杉の枝はカーブをしているため、手首にカーブが伝わり辛くなってきます。そこにやってきたのが、ちしゃの木庵の大工さん増田大工さん「すごいことやってますねー」と。おばあさんは、すまんけどのー、と言いながら、取っ手の政策を依頼。すぐ作ってくれた取っ手は、これはスムーズ。
 写真では、取っ手がまだPPヒモの時のもの。で、本日ゴミとり すべて完了。
 ありがとう


蕎麦を叩き落とす
 
島立てで自然乾燥させた蕎麦は、たたいて落とします。庵主が放置するのを見かねたおばあさん、音叉状の木の枝で蕎麦をたたいて落としています。
 ああ−、持つべきものは、「おばあさん」やねえー、いや感謝、感謝です。
 蕎麦の実を集めて篩い(ふるい)にかけてゴミを取り除きます。ゴミだけならいいのですが、砂や虫が混ざっています。
洗濯竿がすべて稲木
 
 島立てで乾燥させていましたが、大きい束の中のほうまでなかなか乾きません。
で、洗濯竿を稲木にし、干してみました。
 これがなかなか乾燥させるのにいいのです。


自然乾燥・島立て
 
蕎麦の乾燥は、島立てで自然乾燥をおこなっています。これも風味にこだわる?と言うほどではないのですが、刈りとるうちに、蕎麦のでき方にすっごいアンバランスがあって、一方で黒くなって、もう茎から落ちるという蕎麦もあれば、まだ花を咲かせている蕎麦もあって、刈りとる時期が心配になります。でも、乾燥で、この島立てで乾かすとこの乾燥中に熟していないのも熟してくるのです。ほーーー!、ホンマかいな。サー、やってみてのお楽しみ。
160歳の刈りとり
 
蕎麦の刈りとりを行っています。おばあちゃんなどは、コンバインで刈りとりをしてもらえ、と言いますが、その場合は、茎の汁が蕎麦に付着し、風味が落ちる?と言うので、何も判らない私は、手刈りをすることにしました。
鎌は、どんなのがいいのか、さっぱり判らないのですが、普通の草刈鎌でいいという人も多く、念のために、稲刈り用も用意して始めました。まあ、どちらでもいいのですが、私は、稲刈り用の歯が、ノコギリ状のものが調子いいと思いました。
 これにもオハツさん、おばあさんが刈るのを見かねて、応援してくれました。核言うオハツさんも80歳。おばあさんも80歳、160歳の蕎麦の刈りとりです。