2009年9月14日 12時5分更新
戦時中、広島県庄原市の高暮ダムの建設工事で亡くなった朝鮮人労働者を追悼する集いが、13日、ダムの近くで行われました。
庄原市高野町の高暮ダムは、1940年から建設が始まり、当時日本の支配下にあった朝鮮の人たち約2000人が強制的に工事に従事させられ、多くの犠牲者が出たと言われています。
過酷な労働に耐えかねて脱走する労働者に、地元の人たちが食料などの支援を行ったことでも知られ、住民と在日朝鮮人との交流が10年前から続いています。
13日は、ダムの近くに建てられた犠牲者の追悼碑の前に、地元の人たちのほか、広島市から訪れた高校生や朝鮮人学校の生徒ら約80人が集まり、追悼碑に花をささげて犠牲者の霊を慰めました。
参加した高校生の1人は「日本には戦争の加害者と被害者の両方の歴史があります。これを国際平和に役立てていくべきだと思います」と話していました。