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世界中をマネーが急回転し、その推進力である米ウォール街や英シティーの金融トレーダーが巨額の富をかっさらっていく。それでも世界経済はそうやって回していくしかない。そんな風に漠然と考えていた人も少なからずいたのではないか。
去年の9月15日。「グリード(強欲)」の象徴としてののしられることになる米大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻(はたん)が、世界経済を大恐慌以来の危機に突き落とすまでは。
リーマンは「拝金主義」の墓碑銘になるのだろうと思われた。経済には規律が必要だ。市場が機能するには信頼が必要だ。回復するには倫理と節度を取り戻すしかない。そんな誓いが何度も語られた。
それから1年。米国では主な銀行に公的資金が注入され、世界最大の自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)が破綻した。世界のモノやサービスを吸い上げてきた米国の過剰消費は、いやおうなく修正された。欧州でも有力銀行が国有化された。
日本は輸出依存の景気回復というアキレス腱(けん)を直撃され、戦後最悪の経済収縮を引き起こした。派遣切りなど解雇の波が正社員にも広がり、失業率は過去最悪の5.7%に達してもなお悪化が止まらない。
■同じ舟に乗って
それでも「大恐慌の二の舞い」を防ぐことができているのは、各国政府が足並みをそろえて巨額の財政出動や超低金利政策を打っているからだ。
一極集中的な米国主導のグローバリゼーションは挫折したが、その米国が提唱した主要20カ国・地域(G20)による協調が効果を発揮した。これは、中国やインドなどが比重を増しつつ、グローバル化が多極化という第二段階の幕を開けたことを示している。
中国が米国債の最大の保有者となり、米中の危機対策での協調ぶりが「G2」と評されるまでになった。
「我々は同じ舟に乗っている」という意識が、いまや各国で共有されている。世界の人々は一蓮托生(いちれんたくしょう)。ますます深まる相互依存のうちに暮らしていることを、危機が自覚させた。
G20では「グリード」が再びバブルや危機を引き起こさないよう、経営者の報酬制限も議論されてきた。高額ボーナスに目がくらんで金融商品を無謀に売りさばく事態を繰り返してはならない。しかし、もうけたいという人間の「欲」をうまく使って経済を成長させようという考え方も米国などには根強い。金融の規制は一筋縄ではいかない難しさを抱えている。
■賢い政府の模索
「グローバリゼーションには光と影がある。影の部分をいかに制御し、光をいかに伸ばすかが重要だ」
あさって首相に選出される鳩山民主党代表は、今月初めに東京で開かれた世界経済フォーラムのジャパン・ミーティングでそう述べた。
企業などの活動が国境を越えて広がることでグローバル化する市場経済。その重要さは誰も否定などできない。だからといって、すべて市場の競争まかせにはできないという鳩山氏の主張も当然のことである。
とりわけ危機の時代は、政府の役割を説いた英経済学者ケインズをひもとくまでもない。介入を嫌う米金融界すら、政府に救済を求めたのだ。
オバマ米大統領は「政府の大きさではなく、機能が問題」だとして「賢い政府」を唱える。麻生政権下でも「賢い支出」が議論された。
だが、「賢い支出」は簡単ではない。米国の医療保険改革や日本の大型補正予算は、すでに納税者の厳しい視線にさらされている。市場を補う政府の役割と、負担のありようをめぐる論争は始まったばかりだ。
賢い支出で特に注目したいのは、オバマ政権のいわゆる「グリーン・ニューディール」政策だ。再生可能エネルギーの開発を通じて新たな産業と雇用を生み出す戦略で、二酸化炭素(CO2)などの排出量取引制度の導入も盛り込んでいる。
■グリードをグリーンへ
排出量取引は金融取引の一種でもある。いわば「グリード」を飼いならして、地球温暖化対策と経済成長に役立てようという制度なのだ。米国で開発されたが、実施は欧州に先を越されたため、米金融界にも「早く追いつきたい」という声が上がっていた。
日本でも鳩山氏が20年の温室効果ガス削減目標を90年比で25%と明言した。排出量取引の導入も進んでいくに違いない。経済界には反発も根強いが、持続可能な成長に向けて力を合わせることが大切ではないか。
信頼の大切さを学んだ人々は、意識のありようが経済や政治の根本を左右することも知った。米国にオバマ政権が誕生し、日本の政権交代が実現したのも、そのことと無縁ではない。
宇宙船地球号というエコシステム(生態系)を共有する感覚は、今後さらに広がるだろう。その上に、新しい世界経済の調和の姿を目指したい。
米国も欧州もアジアもイスラム世界も、文明に貢献する豊富な蓄積を持っている。それぞれの力と価値観が組みひものように絡み合いながら、グローバル経済のひずみを是正し、環境と両立する豊かな文明を築く――。
21世紀型資本主義は、そんな発展の道筋を見いだしていけないだろうか。