きょうのコラム「時鐘」 2009年9月14日

 本が売れないといわれている時代に、文学全集刊行のちらしを書店で見た。時代小説家・隆(りゅう)慶一郎(けいいちろう)さんの作品が全19巻にまとまる

小紙に連載した『捨て童子・松平忠輝(ただてる)』も、もちろん入る。連載が縁で、当地で講演を頼んだことがある。無類の酒好きと聞いていたので、食事の席に評判の地酒を幾つか用意した。が、あまり酒が進まなかった

店を出て、隆さんにたしなめられた。「あれは感心しない。新宿の店でいくらも飲める」。たとえ無名でも、その土地でしか味わえぬ酒を出すのがもてなしではないか。よその人が描くイメージにこびるようなお国自慢はよろしくない。土地の人しか知らない新しい良さを、もっと自慢しなさい。それが君たちの務めだ、と

いまの歴史ブームの口火となった加賀藩祖前田利家のおい・慶次郎に光を当てたのが、隆さんである。かぶき者、バサラという時代の脇役を、新しい視点で掘り起こし続けた。没後20年、幾つもできた新しいふるさと自慢を、隆さんに知ってほしいと思う

あの後、能登の小さな酒蔵の酒を送った。すぐに隆さんから、丁寧なお礼の電話が入った。