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特集ワイド:’09夏・総選挙 昭和の町に吹く風は 長野・軽井沢

 ◇静かに冷める「奥座敷」

 ◇ここはスイス、政治の話はやぼ、自民も民主もお客だから

 長野・軽井沢の町を自転車で走る。天皇、皇后両陛下が初めて出会ったテニスコート。ジョン・レノン一家が過ごした万平ホテル。白洲次郎が田中角栄を怒鳴りつけたゴルフ場--。まるで昭和史の写真集をめくっているようだ。

 麻生太郎首相の別荘から自転車で15分ほど走ると鳩山通り。深い木立の中に鳩山家が持つ広大な別荘地がある。由紀夫民主党代表の祖父、一郎氏は戦時中、ここにこもっていた。鳩山通りの一本隣の道には近衛文麿元首相の別荘がある。近衛と鳩山はお互いの別荘を行き来しながら終戦工作を練ったという。近衛の孫が93年に自民党を下野させた細川護熙元首相だ。

 なんだか狭い世界だ。オバマ米大統領はハワイの“辺境”からホワイトハウスに行ったのに、日本の自民党と民主党の距離は私が自転車で回れるくらいなのか……。

 お盆の週はひどく渋滞すると聞いていたので貸自転車を借りたのに、車はすいすい走っている。タクシーの女性運転手が「昨年に比べて交通量は4割、客は3割減った」という。駐車場のお兄さんも「暇です」。

 「今年は別荘族はあまり見かけないね。政治家は選挙運動で地元に帰っている。だからその知人たちも、財界人も来ない」と理髪店を経営する土屋雅博さん(57)。確かにこの選挙戦のさなか軽井沢の別荘でのんびりしている政治家がいるわけがない。軽井沢は選挙の夏に弱いのだ。

 東京の24番目の区と呼ばれるほど、軽井沢の経済は東京と直結している。旧軽井沢で30年間、不動産ビジネスをしている大山孝信さん(54)が説明してくれた。平均坪220万円まで上がった旧軽井沢の高級別荘地は91年のバブル崩壊で坪30万円に落ち、銀行や企業の多くが保養所を売却した。4年前に70万円まで回復したが、この不況で40万円に下がった。

 観光客は01年に812万人を超えたのがピークで、今は760万人前後。旧軽井沢の商店街で嘆く声が聞こえた。「高いものほど売れない。昨秋のリーマン・ショック以降、いつもならぽんと買ってくれる人が我慢、我慢。3年前から売り上げが毎年のように半分に減っている店もある」

 軽井沢の別荘族も不況に苦しんでいるのだろうか? 別荘族が集まるという大型スーパー、「ツルヤ」に行ってみた。BMW、ベンツ、ボルボ、ベンツ--。駐車場には高級自動車が一列に並ぶ。不況の影などみじんも感じない。

 その近くにある南原の別荘地を訪ねた。全部で140軒。軽井沢別荘団体連合会の小林徹代表(62)が森の中を歩きながら説明してくれる。「虎屋の社長さん、作家の唯川恵さん、緒方貞子さんもいらっしゃいますよ」。小林さんは軽井沢を開発した雨宮敬次郎のおいである政治学者の市村今朝蔵の孫にあたる。

 毎夏をこの地で一緒に過ごした子どもたちは、昆虫採集や乗馬をして遊んだ思い出を共有している。「60、70歳になってもお互いを『ちゃん』づけで呼び合う。こんな関係、東京にはないでしょう」と小林さん。南原に別荘を買うためには現会員から「道義的責任にもとるおそれのない、良識ある人物である」と認められなければならない。かなり閉鎖的なのだ。

 元商社マンの渋谷庸夫(つねお)さん(71)は雲場川近くの別荘のポーチでクラシック音楽を聴きながら読書をしていた。「ここ10年ぐらいで表札がない別荘が増えた。東京のマンションと同じで、隣の人が何をしているのかわからない」

 東京から長野新幹線で1時間10分。最近は同じ値段なら東京に住むより安いという理由で、軽井沢に家やマンションを買う人も増えてきた。静かな環境と自然を保ちたいオールドリッチはマンション建設や別荘地の細分化に反対する。「ニューリッチ(成り金層)は軽井沢に愛着があるわけではなく、ステータスが欲しくて越してくる」と渋谷さん。新旧住民の間には溝がありそうだ。

 だが、軽井沢は時代に応じて常に変わってきたのだ。田中角栄元首相の別荘は分譲された。最近では、監視カメラが四隅から近隣をにらみつけ、「強制収容所のようだ」と評判の悪かったグッドウィル・グループの折口雅博元会長の別荘がゲーム会社社長に売却されている。

 京大の奈良岡聡智准教授(33)は「別荘は時代と政治を映す鏡です」という。准教授によれば、軽井沢は明治時代に外国人宣教師らが避暑地として住み始め、日本の中産階級の拡大とともに「社交の場」「リゾート地」として発展した。佐藤栄作、田中角栄、中曽根康弘ら、歴代首相が集まり、ゴルフをしながら政治を決める「奥座敷」となった。自民党全盛の昭和の時代だ。

 アクセサリー店を営む入澤健一郎さん(38)は地元の若者から見た昭和史を話してくれた。昭和の末、軽井沢に遊びにくる女の子をナンパする男の子の車で、駅前から旧軽井沢まで毎晩真夜中まで渋滞した。「群馬の高崎や前橋から男たちがグロリアやクラウンをピカピカに磨いてやってくる。それを防ぐため長野の男たちが碓氷峠でバリケードを作ったり。VIPな車がなかったら彼女もできない時代だった。懐かしいなあ」。急速に普及した携帯電話のおかげで、たまり場は消え、いまやアウトレット以外で若者の姿は目立たない。

 涼しい風が吹いてきた。政権選択がかかった選挙が目前なのに、軽井沢は静かに冷めている。「民主に希望?……大きく変わらないことが分かっているから、みんな民主党に投票するんでしょう。日本は革命が起こらない国です」と別荘族の小林さん。

 5年前移住してきた元銀行マンの相木克文さん(56)はインターネットで株取引する。「政権交代は一時的ブーム。民主党に代わったからといって産業構造が180度変わるわけではないし、バラ色の未来が待っているわけでもない。天候不順のほうが生活に直結する気になる要素です」

 古くからの住民も政治とは距離を置いている。不動産会社の大山社長はこうだ。「ここはスイス、政治の話をするのはやぼ。だって突き詰めれば自民も民主もお客さんだからね」

 麻生さんが焼き鳥食べていた、鳩山さんがピザ食べていった、そんな話が普通に交わされる軽井沢。この町で選挙ポスターは一枚も見なかった。【國枝すみれ】

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t.yukan@mbx.mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2009年8月25日 東京夕刊

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