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[11412] 【習作】ゼロの使い魔 贅沢者の転生者 <3日後に撤退します>
Name: 平和主義者◆cbdb4415 ID:29e7285a
Date: 2009/09/13 16:51

 どうやらそもそも設定に無理があったようですね。

 それに自分の中の限界を感じてしまい、なんだか書き続ける意欲が萎えてしまったので、3日後、この作品を削除することにしました。

 今後は、他の作品を読む側に回ろうと思います。

 これまで、お付き合いいただき、ありがとうございました。



 目次

 ・プロローグ

 ・第一話『妹』 オリジナルエピソード チート能力説明あり

 ・第二話『友達』 原作5巻:キュルケ、タバサと交流

 ・第三話『使い魔』 原作1巻:使い魔召喚、本編スタート

 ・第四話『決闘』 原作1巻:ギーシュと才人の決闘

 ・第五話『盗賊・前』 原作1巻:サイトの剣騒動、フーケ登場


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 9/13:更新と共にそれまでの全話・設定を大幅に改訂しました。なので、改めて最初から通して読んで頂きたく思います。その上で、感想・ご意見をお聞かせ下さい。

 9/3:本編突入編を更新しました。それと感想掲示板で主人公の名前に関するご意見があり、ネットで調べてみたら、参考になるHPを見つけたので、思い切って主人公及びその家族(女性陣)の名前を変更してみました。あと、チート能力の悪魔の実部分の設定を変え、『グラグラの実』を唯一の例外として自然ロギア系に絞りました。

 9/1:プロローグ以外の話に改良を施した関係で、目次ページを設定しました。本編前第一話の『ビンクスの酒』の歌詞の大部分を消しました。


 >[30]えるべ さん
 貴重なご意見ありがとうございました。主人公の名前、使わせていただきました。
 ちなみに名前の構成なのですが、ネットで調べましたところ、フランス人の名前の構成は『自分の名前・母方の祖父(祖母)の名前・父方の祖父(祖母)の名前・姓』という形式が正式なのだそうです。
 ですので、主人公の名前は『主人公の名前・母方の祖父の名前・父方の祖父の名前・繋ぎの『ド』・性』という構成にしました。あと、『シルヴァン』という名前はフランス人の男性の名前として載っていましたので、敢えてそのままにしました。

参考:『外国人名 資料一覧』http://www.geocities.jp/mt_erech_ave/data.html


 >[31]ニッコウ さん
 貴方のSS、私も知ってますし、読んでますよ。
 『モリモリの実』あれも結構面白いと思いますので、もし機会があれば使わせていただくかも知れません。その時はよろしくお願いします。


 >[33]ののじ さん
 何か考えてみます。原作開始後のどこかで回想のような形になると思いますが、とりあえず時間を下さい。






[11412] ゼロの使い魔 贅沢者の転生者 プロローグ 改訂
Name: 平和主義者◆cbdb4415 ID:29e7285a
Date: 2009/09/13 07:27


「旅行するなら、どこに行きたい?」

 なにこの唐突な『ワンピース』の“暴君”バーソロミュー・くまは?
 俺さっきまで道歩いてたのに……いきなり“暴君くま”が現れたと思ったら、周りは真っ黒な場所にいた。

「……驚くのも無理ないが、先ず俺の話を聞け」

「は、はぁ……?」

 訳わかんねーけど……取りあえず話を聞くか……。
 なんで俺がこんなに落ち着いてるかって?こりゃ、単なる性分さ。俺は滅多なことでは動じない男、周りからは「変な奴」ってよく言われる。

「読者への自己紹介はその辺くらいにしておけ」

「“読者”?」

「“禁則事項”だ……」

 そういうことらしい……。

「先に言っておくが、おれはお前が考えるバーソロミュー・くまではない。この姿はお前のイメージからとった仮の姿だ。おれは、お前達が言うところの“神”という存在の1人だ。今回我々の企画で、お前がその対象に選出された」

「訳がわからん」

 “企画”ってなんだよ?そんな訳の分からない企画に選ばれたって嬉しくねえ。異議を申し立てるぞ俺は。

「我々は何年か、何十年か、何百年かに1回、人間を1人選出し、“別の世界”に転生、または直接送り込んでいる」

「それって……ネット上の二次元創作とかSS投稿サイトとかでよく聞くアレ?」

「的を射ている」

「非現実的だな。信じろってか?」

「お前の自由だ」

 “暴君くま”は最初に姿勢からピクリとも動かず、口だけを動かして淡々と語る。なんというかホントに変なことになってきたな~?

「んじゃあさ?他の世界からこの世界に来てる人もいんの?」

「把握はしていないが、可能性はある」

「へ?どういうことだ?」

「我々は、世界の管理者ではない。無限に存在する世界の1つ1つを監視することなど不可能だ。我々に出来るのは、存在する世界への僅かばかりの干渉のみ。後は傍観するだけだ」

 随分と無責任だな……。

「お前と話すのも、これが最初で最後だ。ここでお前に“力”を与え、別の世界に送り込んで終わりだ」

「ちょっと待てや!俺見たとおり若いぜ?まだ20代前半よ?転生もくそも、まだ天寿全うしてませんよ?第一俺が急にいなくなったら、俺の家族が心配するじゃんよ」

「お前が元いた世界から、お前の存在が消失する訳ではない」

「訳がわからん」

 だったらここにいる俺はなんなのよ?

「ここにいるお前は、元の世界に存在するお前から写し取った存在だ。元の世界のお前は、おれや別世界のことなど気付きもせず、これからも日々を過ごして行く」

「つまり……俺って偽物?」

「いや……、お前はお前だ。本物も偽物もない」

 つまり……俺を“ここにいる俺”と“元の世界で生活してる俺”の2人に分けて、ここにいる俺を別世界に移すってことか。

「理解できたようだな。では、早速、始めようか……」

 そう言うと、くまは懐から何か取り出した。ってありゃ、ワンピースの“悪魔の実”じゃん?!

「これも、お前のイメージだ。これには、お前が考えつく限りの“力”が入っている。食え」

 俺は差し出された悪魔の実を受け取る。でもなぁ……俺まだやるとは言ってないんだけどなぁ。って、事ここに至っちゃ~もう今更かぁ。

「開き直るのは早いようだな」

「うるせぇよい」

 んじゃ、ま……いっただっきま~す!

――シャク!

「もぐもぐもぐ……うぇぇ、不味……」

 こんなとこまで精巧に再現すんじゃねえ~!!

「クオリティだ」

「死にさらせ!『火拳』!!」

【ボガアアアアアアッッッ!!!】

 ふ~ん『火拳』か~~って、んなぬ!!?『火拳』ん~~!!?

「チョットチョット!!なんでいきなり『火拳』なんて使えんのよ!!あちしびっくらコキ過ぎて二度見!!オ○マ拳法“あの秋の夜の夢の二度見”!!!」

 ハッ!?エース君の次はボン兄が降りてきた?!

「どうやら、お前は『ワンピース』にこだわりがあるようだな」

 って、『火拳』を喰らっておいて、全く無傷かよ。とんでもねえ頑丈さだ。

「おれは“パシフィスタ”と呼ばれる、まだ未完成の政府の“人間兵器”」

 心を読むな!っていうか神様じゃなかったんかいっ!?

「“力”の受け渡しは完了した。これからお前を、別世界に送る。送り込まれるなら、“転生”と“送り込み”、どちらがいい?」

「え?んん~だったら、転生で」

 このままポンと別世界に放りだされても困るしな。それに、やっぱり家族は欲しい……俺、実は寂しがり屋なのよ。

「…………」

【ズリッ】

「え?」

 くまが手袋を取り始めた。え、それってまさか……?

「お前はこれから向かう世界で、第2の人生を生きる。天寿は全うできる予定だ」

 手をかざして、手の平の肉球を見せてくるくま。この流れは……もしかして……?

「もう2度と、会う事はない。さらばだ」

 やっぱり~~!!肉球の手が迫ってくる~~!!怖えぇぇぇ!!!

「うおぉぉぉぉぉ!!??」

【ぱっ……!!】



 こうして俺は、何が何やらわかりきらん内に、こんなことになっちゃった……。はてさて、俺はいったいどんな世界に飛ばされて、どんな一生を送るのかね?










「むむむむむむ……」

 とある屋敷の、とある一室の前で1人の男がウロウロしていた。彼はこの屋敷の主、今まさに彼は我が子が産まれる瞬間を待ちわびていたのだ。

「旦那様、落ち着いて下さいませ。奥方様なら大丈夫です」

 傍に控えた執事風の男が声を掛けた。

「いや、わかってはいるのだがな、アルフレッド……」

「まあ、お気持ちはお察し申し上げます……。私も娘が生まれた時は不安でございましたし」

「そうであろう!やっぱりそうであろう!」

「ですが、あまりうるさくしては中の奥方様に聞こえます故」

「う、うむ……そうだな」

 男はまたウロウロ……

「はぁ……」

 アルフレッドと呼ばれた執事は、主人のうろたえ様に溜め息を漏らした。
 と、その時!

『オギャ~!オギャ~!』

「「!!」」

 部屋の中から聞こえてきた赤ん坊の産声に、2人は扉に振り向く。

【ガチャッ】

「お産まれになりました!元気な男のお子様でございま――キャッ!?」

 部屋から出てきた産婆を押しのけて、男は室内に突入した。

「エリアーヌ!大事ないかっ!?私達の子はどこだ!?ちゃんとお前に似ておるか!?」

「ふふ……あなたったら。そんなにお騒ぎにならなくても、わたくしなら大丈夫ですわ。私達の子も、ほら……」

 そう言ってベッドに腰かけた女性は、腕に抱いた赤ん坊を見せた。

「お、おぉぉぉ……なんと、なんと愛らしい……!やはりお前に似たな!これは将来美男子になるぞ!でかしたぞ、エリアーヌ!我が愛する妻よ!これで我がダルモール家は安泰だ!」

「あらあら、あなたったら♪」

 泣き笑いの顔で赤ん坊を抱き上げる夫を見て、幸せそうに微笑むエリアーヌ。

「ズズゥ~!おお、そうだ!この愛しき我が子に相応しい名を授けねば!さて、どうするかな?」

 鼻水をすすり、赤ん坊を妻に手渡し、主人は顎に手を当てて考え込む。

「う~む、男の子だからなぁ~……………………むっ!閃いたぞ!“エドワール”というのはどうだろう?なあ、エリアーヌ?」

「ええ、とても良い名前ですわ」

「おお、お前も気に入ってくれるか!ならば決まりだ!」

 妻の横に座り、その肩を抱いて、主人は我が子に微笑みかける。


「我が息子よ、今日からお前の名前は“エドワール”――“エドワール・シルヴァン・アドルフ・ド・ダルモール”だ!」




 とまあ、こんな感じで“私”の2回目の人生は始まった。






[11412] ゼロの使い魔 贅沢者の転生者 第一話『妹』 改訂
Name: 平和主義者◆cbdb4415 ID:29e7285a
Date: 2009/09/13 07:31


 ハルケギニア。中世ヨーロッパのような雰囲気があり、魔法なんていう夢物語が現実に存在している世界。

 ここに私が転生してから15年……私は15歳になった。当たり前だが。
 私の名前は“エドワール・シルヴァン・アドルフ・ド・ダルモール”、前世で1番好きだった漫画『ワンピース』の“王下七武海”バーソロミュー・くまの姿をした“神様”に、問答無用でこの世界に叩きこまれた転生者だ。転生してからは自分のことを“私”と言っている。今の身長は180サントぐらい、髪は金髪で、背中にかかるくらい長いのを後ろで纏めている。
 私が、ここが日本で割りと有名なライトノベル『ゼロの使い魔』の世界であることに気付いたのは5歳の頃、私が物心ついて前世の記憶と意識を取り戻した2年後の事だった。ハルケギニアという世界の名前と、周りの大人達や本などから得た情報を基に、その結論に至った。と言っても、私は漫画やアニメやゲームは好きだったが、『ゼロの使い魔』は読んだことがなかったので、あらすじくらいしか知らない。アニメ化もされたらしいが、私は見なかったしな。
 確か、普通の高校生だったサイトとかいう少年が、魔法の才能がイマイチなルイズという少女によって、ある日突然異世界ハルケギニアに召喚されてしまい、「使い魔」としてルイズと冒険やら恋愛やらを繰り広げる、というような話だったと思う。とまあ、私の知識はその程度だ。それ以上の内容は全く知らない。

 で、そんな私は、このダンモール伯爵家に生まれ、優しい父アランと母エリアーヌ、それに2歳年下の妹ソフィ、6歳年下の妹エレーヌ、それに執事のアルフレッド、屋敷のコックやメイド達に囲まれて、今日まで実に平和で幸せに暮らしてきた。幼い頃は父上に遠乗りに連れてってもらったり、母上が入れてくれた紅茶でティータイムを過ごしたり、執事のアルフレッド(幼い頃は「じいや」、今は「じい」って呼んでいる)に勉強を教わったり……そんな毎日を送ってきた。
 ただ、妹のソフィはどうにも気難しくて、私はあんまり好かれていないみたいだ。エレーヌはとっても懐いてくれているのだが……。あの子は昔から、遊んであげようとしたり本を読んであげようとすると、サッと逃げてしまうのだ。最初はちょっと寂しかったが、さすがにもう諦めた。
 『来るものは拒まず、去る者は追わない』……前世からの私の主義の1つだ。

 そうそう、私が“暴君くま”モドキから貰ったチート能力についても話しとこう。

 『ワンピース』の悪魔の実みたいなヤツを食べて、あの時咄嗟にエースの得意技『火拳』を使っちゃったりしたから、もしかして『メラメラの実』の能力を貰ったのかと思って、12年前物心がついてから、父上達に内緒でいろいろやってみたんだが、どうやらそうじゃないらしい。
 かなりご都合なことに、使えたのは『メラメラ』に限らなかった。神・エネルの『ゴロゴロ』の能力、青キジの『ヒエヒエ』、黄サルの『ピカピカ』、他にもいろいろ原作にはなかった風を自在に操る『カゼカゼの実』や土を自在に操る『ツチツチの実』の能力、等々……さすがに肉体が変化してしまう超人パラミシア系や動物ゾオン系の能力は使えなかったが、自然ロギア系の悪魔の実の能力は概ね使うことが出来た。
 唯一の例外は、あの海の王者“白ひげ”エドワード・ニューゲートの『グラグラの実』の能力(あれは恐らく超人パラミシア系のはず)だった。まだ能力について把握しきれていなかった頃、試したら本当に使えてしまい領地が地震に見舞われ、ちょっとした騒ぎになってしまったことがある。幸い死傷者は出なかったが、原作で元帥センゴクが言っていた通り、使い方を間違えると“世界を滅ぼす力”だということが身に染みてわかったので、余程の事がない限り使わないことに決め、現在は封印している。

 あと、1つ縛りとして、自然ロギア系の『実体がなくなって物理攻撃が無効になる』という特性は、自分でそうなる様に意識してないと使えないことがわかった。まあ、寝ても覚めてもそうだったら無敵だっただろうが、何かの拍子にそれが露見したらきっと大騒ぎになるだろうし、最悪“兵器”扱いで戦争に利用されかねないから、かえって良かったと思う。
 この世界は基本的に『火・水・風・土』の4つの属性の魔法があって、こっちでは“メイジ”と呼ばれる魔法使いは、それぞれ得意な属性の魔法を使って戦ったり、日々の生活に利用して暮らしている。その魔法を使う上で欠かすことが出来ないのが杖だ。杖がなければメイジは魔法が使えず、ただの人間と変わらない。
 そういった魔法の常識から考えて、下手に掌からいきなり火や雷を出しては怪しまれる恐れがあるので、こちらの様式に合わせて杖を使い、オリジナルの魔法に見せかけたり、魔法とミックスしたりして能力を使っている。私の場合、各属性に該当する能力があるし、それらがかなり強力なので、周囲に知られれば相当驚かれたことだろう。
 ちなみに杖は、自作した“警棒”のような杖を使っている。普通の警棒サイズでは短く思ったので、思い切って日本刀と同じサイズで作った。更に鋼鉄製な上に、物の強度を上げる『固定化』の魔法を幾重にも重ね掛けすることで、『恐竜が踏んでも1ミリも曲がらない』という“黒刀”に匹敵する強度を実現した。(いや、試したわけではないが気分的に)

 更に、私の肉体は『ワンピース』キャラの技や体術(例えばゾロの三刀流やサンジの蹴り、CP9の六式等)を再現できるだけの筋力が備わっている。今日までの成長の過程で備わってきたのだ。恐らくこれも、“暴君くま”モドキが私にくれたチート能力なのだろう。それで1年前ようやく、不完全ながらも『三十六煩悩鳳ポンドほう』が使えるようになった。

 これだけの力があることを周囲に知られれば、『天才児』だともてはやされたか……、或いは『化け物』と呼ばれて恐れられたかも知れない。
 私はそのどちらも嫌だった。人にもてはやされるのも、嫌われるのも御免だ。それに私は、能力以外は特別凄いわけではない。なんせ前世では20代だったから、蓄えた知識など高が知れている。生活様式も、文化形態も違うこのハルケギニアでは、ほとんど役に立たないのだ。
 それに、焦って何か特別なことをしなくても、領地は比較的豊かで、父上は有能な人だから任せておけば問題ない。じっくり勉強して、いずれ領地を受け継げいいだろう。
 あのくまモドキによれば、私はこの世界で絶対に天寿を全うできるらしいが、もはやこれは物語の中ではなく私の人生である。なので、とりあえず思うようにやっていこうと思う。

 そんな私も、来年の春にはトリステイン魔法学院という学校に通うことになっている。しかもなんと、あのルイズと私は同期生になるらしい。父上曰く、

「ラ・ヴァリエール公爵の三女殿も、来年トリステイン魔法学校に入学されるらしいぞ」

 との事だ。なんでも父上はラ・ヴァリエール公爵と僅かながら交流があるらしく、ちょっとした会合の席でそういう話をしたのだとか。
 まさかあの主人公と同期生になるとは思わなかった。性格はややキツ目で“ツンデレ”だと前世で聞いたが、一体どんな娘だろうか?
 まあ、まだ半年以上先の話だから、それは保留でいいだろう。

 そうして平和に過ごしてたある日、ちょっとした事件が起きた……(っておい!?)


 私が部屋のテラスで、紅茶とクッキーを傍らに、本を読んでいた時のこと。

「兄さま、兄さま~!」

「ん?どうしたの、エレーヌ」

 私の部屋に、末の妹のエレーヌが駆け込んで来た。これはまた、“アレ”のおねだりかな?

「兄さま、お歌!お歌歌って!『ビンクスの酒』!」

 言うまでもないとは思うが、『ワンピース』のセクハラ紳士ガイコツ“鼻唄”のブルックが歌ってるあの歌である。実は私、貴族教養の一環で、ピアノとヴァイオリンを習っているのだ。
 それで閃いたのが『ビンクスの酒』のこと。7歳の時に「もしかして弾けるかも」と思って試しにやってみたら出来たのだ。で、それに歌詞をつけて母上に聞かせたら、すごく喜んでもらえた。それ以来、前世で聞いたことのある曲を何曲か再現して披露している内に、私の演奏は我が家の定番イベントになったのだ。

「はいはい、エレーヌはあの歌が好きだな~」

「うん! エレ、兄さまのお歌はみんなだ~い好き!」

 うんうん、エレーヌは素直で可愛いなぁ~。よ~し、兄さま、張り切っちゃうぞ~!
 本にしおりを挟んで、私の部屋に置かれたピアノに向かう。

【ポロロロ~ン♪】

 今のは、ピアノの調子を確かめたのだ。うん、良い調子だ。

「それでは、一曲いきましょうか!陽気な海賊の歌、『ビンクスの酒』!」

「わ~い!」【ぱちぱちぱち!】

 そして私は、演奏を始めた。

【ポン♪ポポン♪ポポン♪】


ビンクスの酒を♪届けにゆくよ♪海風♪気まかせ♪波まかせ~……♪


【ポン♪ポポロン♪ポ~ンポン♪】

 こういうところもやっぱり、チート能力の一部なのだろうか?前世では楽器なんか、小学生の頃のリコーダーも満足に吹けなかった私が、こうしてブルックばりにピアノを淀みなくに奏でているんだから。

「あらあら~、楽しい音楽が聞こえると思ったら、やっぱりエドワールだったのね」

「あ、母様~!」

 エレーヌは母上を見つけると、そっちに駆けてって母上に飛びついた。

「エレーヌにせがまれまして。母上も一曲いかがです?弾ける曲は限られてますけど」

「あらそう?ん~、でもそれはもったいないわね。そうだわ!今日の夕食の後に、また演奏会を開きましょう!」

「わーい!えんそうかい!えんそうか~い」

「えぇ、またですか?つい3日前にやったばかりじゃありませんか」

 その時弾いたのはヴァイオリンで、ドラクエ4から『ジプシーダンス』を演奏した。弾けたことに内心で感動していたのは、家族には内緒だ……。

「あら?いいじゃない、エドワールの演奏はみんな大好きなんだから。ねえ、エレーヌ?」

「うん!エレ、えんそうかい大好き~!」

 ふむん、そこまで言われたら断れないな。

「ふぅ、わかりました。でも、選曲に対する文句は受け付けませんよ?」

 なにしろ、弾ける曲は限られているからな。

「うふふふ、文句なんか言わないわ。それじゃ、みんなに声をかけておくわね」

「わ~い!えんそうかい!えんそうか~い!」

 母上は飛び跳ねるエレーヌの手を引いて、私に手を振って部屋を後にした。

「ふぅ、さて……今夜は何を弾くかな?」

 ピアノの蓋を閉めて、テラスの椅子に戻る私。本の続きを読みつつ、曲を選ぼうと思った、その時。

「おや?」

 下の方で、馬を引いているソフィが見えた。どこか行く気かな?

「お~い!ソフィ~!」

「!?え、エドワール兄様……」

 声をかけるとギクッとしてソフィが振り向いた。相変わらず、私を見る目が好感触じゃないなぁ……。

「馬なんか出して、どこか行くのか?」

「ちょ、ちょっと乗馬の練習がてら走ってくるだけです!」

 何もそんな、怒ったみたいに言わなくても良いだろうに……嫌われたもんだなぁ、私も。何かやったかなぁ?
 それはそうと、1人で行くのは危なくないか?

「……1人で行くのか?」

「そうです。それがなんですか?」

「誰か一緒に行ってもらった方がいい。何かあった時、1人じゃ危ないぞ?」

「わ、私はもう子供じゃありません!少し走ってくるぐらい、1人で行けます!ほっといて下さい!!」

「あ!?ソフィ!」

 私の言葉が気に障ったのか、ソフィは怒ったように馬にまたがって駆けて行ってしまった。

「はぁ……ホントに気難しいな、ソフィは……。何を言っても、あいつの神経を逆なでしてしまうみたいだ」

 しかし、本当に1人で大丈夫かな?ちょっと前に父上が、領内の森でオーク鬼を退治したって言っていたばかりだ。まだ他にもいないとは限らないし……。

「……こっそりついてって見るか」

 テラスから飛び降り、急いで馬を出して、私もソフィの後を追った。



<side ソフィ>

「ハッ!」

【バカラッ!バカラッ!バカラッ!】

 ああ~もう~、私ったら!どうしてまたあんな言い方したんだろう!?エドワール兄様は私を心配してくれただけなのに!!

「ハァッ!」

 私は馬に手綱を打ちながら、エドワール兄様のこと……っていうか、エドワール兄様に対する後悔ばかり考えていた。私は幼い頃からエドワール兄様に、さっきみたいな反応しか返せない。そしてやった後に兄様がいないところで、こうして自己嫌悪に陥るのが、もう習い性になってしまった……。
 小さい頃、兄様は私とよく遊ぼうとしてくれた。なのに、私は恥ずかしかったり、照れくさかったりで兄様から逃げてばっかりいた。おかげで、いつの頃からか兄様は遊びに誘ってくれなくなったし、話しかけてくれる回数もガクンと減った。私が話しかければ、ちゃんと優しく答えてくれるけど、兄様は「自分が私に嫌われてる」と思ってる。
 そうとわかってるのに、私は素直になれなかった……。そのうち、エレーヌが生まれて、兄様は私にしてくれたように、母様を手伝ってエレーヌの面倒をよく見るようになった。
 エレーヌは、そんな兄様を大好きになり、いつも「兄さま、兄さま」とベッタリになった。私もよく引っ付かれるけど、エレーヌはエドワール兄様が一番好きみたい。

 わ、私だって……エドワール兄様のことは好き。だから、素直に兄様に甘えられるエレーヌが羨ましくてしかたない。いつも、甘えるエレーヌを見ては心の中で指を咥える毎日だ。
 そう思う度に、私はいつも後悔してきた。こんな自分が嫌い……。泣きたいほど、嫌い……。

「ぐすっ……!」

 滲んで来た涙を袖で拭う。と、そこで気付いた。いつの間にか森の中に入り込んでしまっていたことに。

「ど、ドウ!」

『ヒヒ~ンッ!』

 手綱を引っぱって、馬を止める。しまった、考え事しながら走ってたから、いつもなら来ない森の奥に入っちゃった!

「と、とにかく森を出なくちゃ……!」

 そう思った時だった。

『プギィィィ!!』

「ひ!?」

『ヒヒンッ!?』

「え、き、きゃあっ!!」

【ドサッ!】

 どこからか聞こえてきた大きな鳴き声に驚いた馬が暴れて、私は振り落とされてしまった。

「いったぁ~~……!え、あ!?ま、待って!!」

 馬は怯えて混乱し、私が止める間もなく走って逃げて行ってしまった。

「そ、そんな……」

 こんな森の奥で、私は1人取り残されてしまった。そして、またさっきの鳴き声が聞こえてきた。

『プギィァアッ!!』

「ひぃっ!!?」

 さっきよりも近く聞こえる鳴き声に、私は身を竦ませる。怖い……!何かが近づいてきてる!

【ガサガサ……】

 そして、奥の茂みからソレは現れた。

「お……オーク鬼……!?」

 その時私は思い出した。少し前に聞いた、父様が領内に現れたオーク鬼を退治したという話を。

『おおむね退治したが、しばらく警戒しなければならん。打ち漏らしがいないとも限らんからな。安全が確認できるまで、森に入ってはいけないよ?』

 私は自分の馬鹿さ加減を呪った。どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう?

『フゴ、フゴ……ギィィ~』

 オーク鬼は私に気付くと、涎を垂らした口元を歪ませる。オーク鬼は人間の子供が好物だと習った……。あいつにとって、私はご馳走に見えるはずだ。

「あ……や……」

 私は恐怖で動けなかった。魔法の勉強はしたけど、オーク鬼は父様みたいな大人のメイジでも、油断できない相手……私が1人で勝てるわけがない。

「た、助けて……」

『プギ、プギギギ~』

 迫ってくるオーク鬼から、私はズリズリと後ろに下がるしか出来ず、遂に背中に木がぶつかった。

『プギィ~♪』

 舌舐めずりするオーク鬼。もうダメ……食べられる……。

「た、助けて……」

 死にたくない……!食べられたくない……!そう思った時、私は思わずここにいない人に助けを叫んでいた。

「助けてぇぇぇ!!兄様ぁぁぁ!!!」

『プギギ~!!』

革命舞曲ガボット・ボンナバン!!」

「……え?」

<side out>


革命舞曲ガボット・ボンナバン!!」

【バシュッ!】

 ソフィを襲うとしているオーク鬼に、私は咄嗟に杖に『ブレイド』を掛けてブルックの技で斬りかかっていた。

『プギャアァァァ!!??』

 槍と化した私の杖の切っ先はオーク鬼の胸を切り裂いた。オーク鬼が痛みと驚きで悲鳴を上げながら下がったのを確認して、ソフィを背中に庇うように前に立ち、杖を構える。

「『蛍火』」

 私の言葉と同時に、杖の先から蛍のような光が次々飛び出し、オーク鬼を取り囲む。そして、私はとどめの一言を言う。

「『火達磨』!!」

【ボオオオオッ!!】

『ピギャアアッッ!!!??』

 瞬間、オーク鬼は文字通り火達磨となり、地面を転げまわる。だが、そんな事をしても簡単には消えない。あの“黒ひげ”マーシャル・D・ティーチは異常にタフだったから耐えられたが、お前如きにそんなタフさがあるわけがない。

「……お前の過ちは、私の家族に手を出し、私を怒らせたことだ」

 普段温厚な私は、キレると非常に冷酷になる。これも、前世から引き継いだ気質の1つだった。
 次第にオーク鬼は動かなくなり、炎はその屍を黒焦げにして消えた……。

「……さて」

 私はソフィに振り返る。ただし、私はまだキレたままだ。

「ソフィ」

「!?は、はい……!」

 私の声に肩を竦ませるソフィ。当然だろう、自覚がある。今私は、きっと怖い顔をしている。

「父上が言っていたことを忘れたのか?」

「……」

「私も言ったはずだな?『何かあった時、1人じゃ危ない』と」

「……」

「黙ってないで何とか言え」

「は……はい」

「もし私が駆け付けなかったら、お前は間違いなく死んでいた!そうなったら、父上も母上もエレーヌも、当然私も!みんな悲しむどころの話じゃない!!『死んでごめん』じゃ済まないんだぞ!!?」

「!……う……うぅ」

 ソフィの目から涙がこぼれる。

「……ソフィ」

「!?」

 私は、そっとソフィを抱きしめた。

「私のことが嫌いなのは良いよ。でも、父様や母様やエレーヌを悲しませるようなことは、しちゃダメだ。な?」

「ひぐ……に、兄様……違うのぉ……」

「え?」

「わ、わだじ……兄様のごど、ぎらってなんが、ない……。わだじも……ひっ……兄ざまのごと、だいずきなの……!」

「ソフィ……」

「ごめんなざい……!ごめんなざい、兄ざまぁ……!嫌いにならないで……ソフィのことぉ、ぎらいにならないでぇぇ、う、うえ、えぇ~~~ん!!」

「ソフィ……ごめんな。兄さん、誤解してたよ……」

「ごべんなざぁい!ごべんなざぁぁい!うえぇ~~ん!!」

「ソフィ……」

 泣きじゃくるソフィの背中を優しく叩いてあやす。正直、私も泣きたくなった。
 だって、ソフィに嫌われてなかったことが嬉しかったから。やっぱり、家族とは仲良くありたいじゃないか。
 ソフィは、いわゆるツンデレキャラだっただけなようだ。なんだか、いろんな意味で安心した……。


 その後、私はソフィを自分が乗って来た馬に乗せて、屋敷に帰った。ソフィは泣き疲れて私の腕の中で眠ってしまっていたが。
 父上や母上には、ソフィがオーク鬼に殺されかかった事だけを上手く隠して「ソフィと馬で出かけた時、森でオーク鬼らしき鳴き声を聞いた。その時に、ソフィの馬がソフィを振り落として逃げ出してしまった」と話しておいた。ソフィは本当のことを言おうとしていたようだけど、私が止めた。父上や母上には、余計な心配をかけたくなかったのだ。
 父上はソフィの身を心配した後、

「明日早速その森を徹底的に調査しよう!おんのれオーク鬼めぇ~!見つけたら骨も残らず殲滅してくれるわ!!」

 と息まいていた。私の話した限りじゃ、オーク鬼に直接襲われたわけじゃないのにこれだもの。もし真実を話したら、森ごと焼きはらってしまいかねないな。
 そして夕食後、予定通り私の演奏会が開かれ、屋敷中の人達が集まる中、私は定番の『ビンクスの酒・バラードver』を演奏した。その時のソフィの素直な笑顔が印象的だった。


 その日以降、ソフィはぎこちないながらも、私に素直に接してくれるようになり、私の幸せな日常がまた1つ増えたのだった。







[11412] ゼロの使い魔 贅沢者の転生者 第二話『友達』 改訂
Name: 平和主義者◆cbdb4415 ID:29e7285a
Date: 2009/09/13 07:34


 あっ、という間に1年が過ぎた。
 ブリミル歴6241年フェオの月、元の世界で言うところの4月だ。
 この1年で身長がまた7サントも伸び、前世で低い身長が密かなコンプレックスだった私は憧れの長身を手に入れたのだ。それはさておき、私は今年トリステイン魔法学院に入学する。家を出て3年間は寮暮らし、楽しんでいこうと思う。
 そして今、学院に向かう馬車に揺られている訳だが、家を出る時は大変だった。

『いやあ~ぁ~!!兄さま行っちゃやぁぁ!!』

 私が出て行ってしまう、と聞いたエレーヌがビービー泣き喚いて、私の足にガッチリしがみついて離れなかったのだ。父上や母上、それにじいやメイド達の力も借りて、3時間に及ぶ説得の末、何とかエレーヌを引きはがし、私はここにいる。
 エレーヌだけではなく、1年前の事件をきっかけに素直になってくれたソフィも、泣き叫びこそしなかったが私との別れを惜しんでくれた。
 全く、私は良い家族に恵まれて、幸せ者だなぁとつくづく思う。そこのところは、あの死神様もどきに感謝している。

 いろいろと考えを巡らしながら、馬車に揺られること数日、私はトリステイン魔法学院に到着した。

「ほう、これがトリステイン魔法学院か」

 広いな。中央の一際高い塔を中心に、五角形の壁に囲まれた敷地、中庭もよく手入れされてて、非常に金が掛かってそうだ。
 ここで3年間か、どんな学生生活になるのだろうな?
 さて、先ずは寮塔へ行って部屋に荷物を置いて来なければ。

 そして入学式、我々新入生は中央塔の大食堂アルヴィーズの食堂に集められ、この学院の学院長オールド・オスマンの話を聞いた。最初、学院長が2階から飛び降りて着地に失敗して痙攣した時は、思わず「なんだ、あのジイさんは……」と呟いてしまったが……。その後、学院長の非常に有難い演説があったのだが、私は有難過ぎて舟を漕いでいた。どこの世界も、学校長の演説は長くて、安らかな眠りを誘うほどに有難い、というのは変わらんらしい。
 そんな調子で、学院長の話が終わる直前に私は目を覚ました。口に手を当てて欠伸をし、首をゴキゴキ捻って眠気を覚ます。そのすぐ後にクラス分けの説明が始まったのだが、その途中でどこからか女の笑い声が聞こえてきた。
 声のした方を見ると、赤い髪の美女と青い髪のメガネ少女の姿があった。

(なんだ……あの2人は?)

 赤い髪に浅黒い肌の美女は本を手にぶら下げるように持って笑い、青い髪のメガネ少女は無表情で本に手を伸ばしている。

「そこのあなた!今、先生方が大事なお話をされているのよ!お黙りなさい!」

 今度は桃色の髪のチビッ子が叫んだ。

(ん?あれは……もしかして、ルイズか?)

 前世の書店で見た文庫本の表紙に書かれていた絵の少女と似ている。多分、間違いない。

(へぇ、あれがサイトとかいう高校生を呼び出すのか)

 そんな風に感心してると、ルイズとキュルケは何やらあれこれとやり取りを始めた。何やら自己紹介をしてたようだが、何故ルイズはあんなに驚きと敵意に満ちた表情をしたのだろうか?
 そのすぐ後、怒りの形相をした先生に怒鳴られて3人は席に着く。とりあえず、騒ぎは終わったようなので、私は視線を外し、懐から取り出した短いスティックタイプの予備杖を片手でクルクルと回しながら、先生の話に耳を傾けた。
 で、クラス割りだが、何の因果か私はその時騒いでいた内の2人、赤髪の美女と青髪のメガネ少女と同じ“ソーン”のクラスになった。

 まあ、ともあれこれで、学院生活がスタートした、わけなんだが……ここで予想だにしない事が起きた。
 ある日、廊下で偶然あの赤髪の美女(“キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー”という名前らしい)とすれ違った時、彼女が私に“流し目”というヤツを送って来たのだ。
 私はいきなりの事で焦ったが、うろたえるのも恰好が悪いと思い、軽く会釈するだけで通り過ぎた。だが、今にして思えばそれが失敗だったのかも知れない。

 その日以降、キュルケの行動はどんどんエスカレートしていった。教室で他の席が空いているにも関わらず私の所に来て「お隣、空いてるかしら?」と言ってきたり(私は席を譲ってその場を離れた)、転んだフリをしてその豊満な胸を押し付けてきたり(内心大変GJな感触だと思ったが顔には出さず「気を付けて」とだけ言って彼女から離れた)、問答無用で横に座って来てわざとらしくミニスカートで足を組んだり(内心非常~にその魅惑のトライアングルゾーンが気になったが、興味のないフリをして無視した)、という具合だ。
 理性を保ち続けるのが大変だった……。

 さらに面倒なことに、キュルケは私以外にもモーションをかけて男を引っ掛けていたらしく、その男共に逆恨みされて何度となく決闘を申し込まれた。チート転生者の私からすれば“ド”が付くほどの雑魚だったので、適当にあしらって適度に返り討ちにしたが、煩わしいったらなかった。
 さらにさらに困ったことに、その決闘ごっこに勝利した事が周りに広まってしまい、何人かの女子に告白されてしまったのだ。しかし、私は女子との交際というのをあまり考えていなかったので、いい加減な気持ちで付き合うのも失礼と思い「申し訳ないが、君と付き合うことはできない」と言って全員丁重にお断りした。

 そうこうしている間も、キュルケは女の意地か私への誘惑をやめなかった。しかも噂によれば、そんなキュルケの態度に、女子達の怒りと不満が強まっているらしい。
 何でもキュルケが引っ掛けた男の中には、彼女達の意中の男もいたとかで、彼女達からすればキュルケは『泥棒猫』というような認識になっているようだ。
 そんな女子達が集まって、何やら剣呑なグループが出来上がっているという話も聞く。

(物騒なことに、ならなければいいが……)

 私はそんなことを考えつつ、授業を受けに教室に向かった。



「今年の新入生は、不作だ」

 『風』の授業の初回、担当教師のギトーは開口一番そんなことを言ってきた。

「入学書類を見たら、ほとんどが“ドット”メイジではないか。“ライン”がやっと数名。“トライアングル”に至っては皆無だ。どういうことだね?」

(なんだ、このオッサンは?感じの悪い……)

 内心で吐き捨てる。
 ハルケギニアの魔法使いには、その力量に応じて“ドット”“ライン”“トライアングル”“スクウェア”という4つのレベルがある。学生の内は大体が“ドット”か“ライン”が普通、“トライアングル”など滅多におらず、“スクウェア”ともなれば王国の魔法衛士隊の隊長のレベルだ。ちなみに私は、正直規格外な能力を持っているが下手に注目されると身動きが取りにくくなると思って、入学書類には“ラインメイジ”と書いて提出した。だというのに、このギトーとかいう教師、我々生徒が“ライン”止まりなのを『不作』と抜かしやがった。それでも教師か!
 そうしてギトーの『風』の講義は、第一印象最悪の状態で始まった。
 今日の講義は『風』の基本『フライ』と『レビテーション』、私は適当に流した。そんなもの、私はとっくに習得済みだ。それどころか、私は悪魔の実の能力も手伝って『ドラゴンボール』の“舞空術”ばりに空を自在に飛ぶことすらできるし、完全体セルがセルゲームのリングを作った時みたいに30メイル四方の大岩だって浮かせられる。(目立ってしまうからやらないがな)

 そんな退屈な講義の中で、誰よりも注目されたのは、キュルケと入学式で悶着を起こしていた青い髪のメガネ少女だった。誰よりも早く、高く『フライ』の呪文で飛んだことで、ギトーも少なからず認めたようだった。だが、その後ヤツが吐いた余計な一言が、このあとの騒動のきっかけとなった。

「クラスの一番年若い少女に負けて悔しくないのかね?」

 案の定、大半の生徒がメガネ少女を目の敵にした。そして、彼女とド・ロレーヌとかいう男子の決闘騒ぎが起こったのだ。
 結果はメガネ少女の圧勝。ド・ロレーヌは最後には杖を自ら放りだして許しを請うたそうだ。
 ド・ロレーヌは確か“ライン”メイジだったと思うが、果たしてメガネ少女が強かったのか、ド・ロレーヌが弱過ぎたのか……。余談になるが、その噂からメガネ少女が“タバサ”という名前だということを知った。


 そして時は流れてウルの月(5月)の第二週、ヘイムダルの週の週末、新入生歓迎の舞踏会の日がやって来た。
 今日は上級生たちが飾りつけたホールの会場で、我々新入生が歓待される日、みんな張り切ってドレスアップしている。私も一応、こういう時の為に仕立てて持ってきた衣装を着てここにいる。イメージは海軍大将“赤犬”ことサカズキの服装。濃い赤のスーツに黒の革靴、中のワイシャツは白にして第一ボタンだけ外し、紐タイを巻いて、正義コートの代わりにマントを肩に羽織ったという衣装だ。エレーヌや母上、ソフィから「素敵」と高評価を得た私の一張羅である。
 あちこちで上級生が下級生にダンスを申し込む姿が見られる。私も服のセンスが通用したようで、上級生の女性方から沢山ダンスのお誘いを受けたが、すべて丁重にお断りした。私、ダンスは苦手なのだ。
 テーブルに並べられた料理をつまみ、ワインをちびちび飲みながら、私は会場を見渡す。すると、隅の方でじっとしていたタバサを見つけた。彼女は料理を食べることに集中している様だ。誰にもダンスに誘われなかったのか、或いは私と同じく断ったのか。どちらにせよ、あまりこのパーティを楽しんでいる様には見えない。

 そしてそのまま視線をずらしていくと、何やら男子の群れが視界に入る。その中心にはキュルケがいた。
 キュルケは、彼女のトレードマークとも言える胸をさらに強調する黒のセクシーなパーティドレスで着飾り、髪を流行りっぽい形に結い上げ、ルビーのネックレスを首に巻いた、実にゴージャスな格好だ。
 彼女の周りは、上級生の男子が取り囲んでいる。その光景は、まるで女王と召使いのようだ。
 確かにキュルケの姿は男心を刺激されるが、よくあそこまで果敢にアプローチに行けるものだと、私は感心してしまう。私はあんな風には絶対出来ないし、出来たとしてもやらない。ちなみに私は、彼女の視界に捕まらないよう、隅の壁に寄りかかって気配を消している。ただでさえ彼女の事で同級生の男共から妬まれたというのに、このうえ上級生にまで目の敵にされてたまるものか。

 で、しばらくキュルケの様子を見ていたら、彼女は1人の上級生と腕を組んでホールの中央に向かっていく。その時、キュルケのドレスが何やら揺れ始めた。

(なんだ?)

 と思った瞬間、キュルケのドレスと下着がいきなり切り裂かれ、キュルケは素っ裸になってしまった。

「きゃああああ!?」

 近くにいた女子が悲鳴を上げ、会場中の視線がキュルケに集中した。彼女をエスコートしていた上級生は鼻血を吹いて倒れたし、会場中の男達は生徒・教師の区別なくキュルケの裸体を脳髄に焼きつけようとしている。

(うわぁ……どいつもこいつも、目が血走っている……ドライアイだ。瞬きをしろ、瞬きを)

 確かに今のキュルケの姿には、私も思わず“男”が反応してしまった。それは認める。
 だが、連中のあの欲望ギラギラの眼には退く……。だが、おかげで私の“男”は治まった。下心を抑えつつ、気を取り直してキュルケを見ると、彼女は取り乱すことなく辺りを見渡している。なんて大胆不敵な!
 そしてひとしきり見渡し終えると、彼女は裸体を隠そうともせず、堂々と壁際のソファに足を組んで腰掛けた。あの状態であの余裕とは、恐れ入る。

「ん?」

 そこへ、1人の男子が歩み寄っていく。あれは、前にタバサに負けたド・ロレーヌじゃないか。
 ド・ロレーヌはキュルケに上着を掛けると、そのまま2人で会話し始めた。少し距離があるので、このままでは何を話しているのか聞こえないな。

「……よし」

 ちょっと気になったので、私は能力の1つ『カゼカゼの実』の力を開放する。こうして風になることで、空気を伝って来るあの2人の声の振動を拾うのだ。ちなみに距離は短いが、『風』の魔法でも同じ事が出来る。『風』のメイジは耳が良い、とよく言われるのはそう言う理由だ。
 さて、何を話しているんだ?

『あの……、カーテンの陰に犯人らしき影を見かけたんだが……』

 聞き始めたタイミングが悪かったのか、いきなりド・ロレーヌのそんな言葉が聞こえてきた。
 犯人?さっきキュルケを素っ裸にしたヤツのことだろうか?

『ふーん。ホント?』

『ああ。それを言ったら、僕とデートしてくれるかい?』

「……」

 私はその言葉に違和感を覚えた。学院ではいつも「誰が誰に熱を上げているか」といった内容の会話があちこちで繰り広げられている。
 会話に参加しなくても、自然とそういう話は耳に入ってくるものなのだが、私はド・ロレーヌがキュルケに熱を上げているという話は聞いた事がない。単に表に出さなかっただけ、とも考えられるが、常日頃「自分の家は『風』系統の名門の家系だ」とか、タバサに負けるまで「『風』の魔法で自分の右に出る者はいない」と豪語していたような性格の彼が、果たしてそんな奥ゆかしいことをするだろうか?
 2人の会話は続く。

『いいわ。言ってごらんなさい』

『……小さな女の子だった。君の方を見て、杖を振ったから間違いないと思う』

『誰だったの』

『顔がよく見えなかった』

 と、そこでド・ロレーヌの声が一度途絶える。見れば、彼は何やらモジモジしていた。

『ほら、そのあと、ドレスが布切れになってしまった君に注意が逸れたもんだから。あいつの仕業か?と思って振り向いたら、もうその場にはいなかった』

 ああ、今の少しの間はそういうことか。

『ふーん。何か証拠でもおありになるの?』

 すると、ド・ロレーヌはポケットから何かを取り出し、キュルケに見せた。

『珍しい髪の色ね』

 どうやら髪の毛だったようだ。珍しい色と言うが、ここからでは見えない。

『こんな色した髪の持ち主、そうそういるってわけじゃないよね』

 ド・ロレーヌが頷く。

『ありがとう。なんとなく心当たりがあるわ』

 キュルケはそう言うと、会場を見渡し始めた。そして、ある一点に目を留める。
 その視線の先には、タバサの姿があった。

(まさか……あのタバサが犯人だというのか?)

 彼女はさっきからずっとあの場所にいたはずだが……。それに、彼女はキュルケの人気に嫉妬して嫌がらせをするような性格には見えない。寧ろ、人と関わるのを極力避けている節があると思う。
 そんなタバサが犯人?何かおかしい気がするな。

『あなた、あの子と決闘しなかった?』

『ああ……。恥ずかしいけど、こてんぱんにやられたよ』

『みたいね。決闘の理由は?』

『僕に無礼な態度をとったもんだから、母親の顔が見たい、と言ってやったんだ。ほらアイツ、変な名前をしてるだろう?きっと、卑しい生まれを隠してるのさ』

 変な名前って……確かに性を名乗らないのは変だと思うが、別にタバサという名前は悪くないと思うがな?
 大体、「母親の顔が見たい」なんて侮辱をされれば、いくら彼女だって怒るに決まっているだろう。
 その会話はそこで終わった。

(うぅ~ん、私にはタバサが犯人だとは、どうにも思えないんだがなぁ)

 2人の会話を聞いて、そんな風に首を傾げていた時だった。

『クスクスクス……!上手くいったみたいね』

「ん?」

 ああ、いかん。『カゼカゼ』の能力が出しっ放しだったか。しかし、「上手くいった」だと?
 能力が及ぶ範囲内の、別の場所からキャッチした女子の声が、何とも気になる発言をした。私は集中してその声に耳を傾ける。

『ド・ロレーヌが上手くやってくれたわ。これでキュルケの方の仕込みはいいわね……。後は、あっちのおチビちゃんの方ね……』

『そっちは任せておいて……。上手くやるわ……』

 なんだか不穏な会話だな。しかもその会話の出所を見ると、そこにいたのは以前キュルケに、恋人を奪われたとかで文句を言っていた女子グループのリーダー格の女子だった。
 キュルケにタバサが犯人だとほのめかしたド・ロレーヌ……、そのド・ロレーヌが上手くやったという女子達の言葉……、そして「後はタバサの方」という意味深かつ不穏な台詞……、そしてド・ロレーヌは以前にタバサに惨敗している……。
 何となく読めてきたな、あの連中の企みが……。姑息なヤツらだ。

(……とはいえ、どうしたものか)

 もし連中の狙いが私の想像通りだとすれば、このまま見過ごすのは危険だ。
 だが今の時点では、女子達がタバサに何をする気なのか分からないから、阻止のしようがない。キュルケを説得しようにも、「犯人はタバサではない」と私が言ったところで、物的証拠も無しに彼女が信じるとは思えない。最悪、私が「タバサを庇っているんだろう」と思われ、余計に話をこじれさせる恐れもある。
 私は頭を抱えた。こ、困った……どうすればいいんだ?この世界にはボイスレコーダーもカメラもないから、証拠の掴みようがない……。

(う~~~~~ん…………いや、待て。こうなったら……)

 私は1つ作戦を思い付いた。多少危険だが、これ以外に上手く収める方法は……あるのかも知れないが、私には思い付かない。
 一か八か、賭けてみるしかない。





<side キュルケ>

 あのパーティの翌日の夜、あたしはあのおチビさんに呼び出された。そして今、ヴェストリの広場であたしとこの子は向かい合っている。
 今朝、あたしは彼女に昨日のことで軽く“お礼”を言いに行った。けどこの子、「私じゃない」と言ってとぼけた。でも、証拠は上がっている。この子は、あたしの嫌いな『風』の使い手。それにド・ロレーヌが持ってきたあの青い髪、あんな髪をしているのは同期にはこの子だけだし、何より、この子にはそうするだけの動機がある。

「とりあえず謝罪を申し上げるわ。あなたの名前をからかったこと……、悪気はなかったの。ほらあたし、こんな性格じゃない?ついつい人の神経を逆なでしてしまうようで」

 ド・ロレーヌもこの子の名前や母親の事を言って、この子を怒らせて惨敗したらしい。だから、入学式の時あたしが名前の事で笑ったのを根に持っていたのでしょう。
 あたしの謝罪の言葉に答えることなく、目の前のおチビさんは自分の身長より長い杖を下げた。やる気満々ね、まあ、それはあたしも同じだけど……。

「でも、あそこまで恥をかかされるとは思わなかったわ。だから、遠慮はしませんことよ」

 と、言ってはみたものの……正直、こんなおチビさんをなぶり者にするのは、ちょっと気がひける気もするわねぇ。少し、揺さぶってみますか。

「あなた、あたしをただの色呆けだと思って、腕前を勘違いしてないでしょうね?あたしはゲルマニアのフォン・ツェルプストー。ご存知?」

「……」【コク】

 おチビさんは無言で頷く。愛想のない子ねぇ……。

「なら、その戦場での噂は知ってるわね。あたしの家系は炎のように陽気だけど、それだけじゃなくってよ。あたし達、陽気に焼き尽くすの。敵だけじゃなくって……時には聞き分けの悪い味方もね」

「……」

 それがどうした?っていう顔ね。なかなか良い度胸してるじゃない……。

「あたしの一番の自慢はこの体に流れるそのツェルプストーの炎。だから目の前に立ちはだかるものは何でも燃やし尽くすわ。例え王様だろうが、子供だろうが、ね」

「……」

 おチビさんが呪文の詠唱を始めた。そう……やるならさっさとやろう、てこと。

「警告したわよ」

 あたしは実家が軍人の家系なこともあって、軍人としての教育も充分に受けてる。本気になった時の詠唱は、誰よりも早いのよ!

「ハアッ!」

「……っ!」

 あたしの炎と、あの子の吹雪がぶつかろうとした、その時。

「『炎上網』!!」

【ボオオオオオオッッッ!!!】

「「!!?」」

 突然、あたしとあの子の真ん中に物凄い炎の壁が現れて、あたしの炎とあの子の吹雪が掻き消された。そして、次の瞬間にはその炎の壁も消えた。

「ふぅ、間一髪間に合ったか」

「あ、あんたは……!」

 声のした方に振り向くと、そこには入学してから初めて……いいえ、あたしが生まれてから初めて、あたしの誘いを断った男、エドワール・シルヴァン・アドルフ・ド・ダルモールが立っていた。

<side out>


「ふぅ、間一髪間に合ったか」

 本当にギリギリセーフだった。しかもこの2人、今の魔法を見た限りかなりの実力者だったと見える。
 こんな2人がまともにやり合えば、きっとただでは済まなかっただろう。

「あ、あんたは……!」

 キュルケが驚いた顔で私を見た。

「……」

 タバサも無表情なようだが、若干の驚きと警戒の色が見える……ような気がする、多分。
 私はさっきの『炎上網』で焼け焦げた地面の線の上を歩いて、2人の間に立った。

「随分物騒なことをしているじゃないか?ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ」

「……あら、そういうあなたは夜のお散歩かしら?ミスタ・ダルモール。悪いけど、今取り込み中ですの。邪魔しないで頂けて?」

 キュルケが気を取り直して、ちょっと挑発的に言ってきた。決闘を邪魔されて、さすがにムッとしているみたいだな。

「そういう訳にはいかない。見たところ、お互い本気だったようだからな。悪いとは思ったが割って入らせてもらった、ミス・ツェルプストー」

「あら、そう。それなら……本気の決闘を邪魔したらどうなるかも、承知の上ってわけよね?いくらあなたでも、決闘を邪魔されて微笑んでいられるほど、あたしは大人しくないわよ?」

 いつもの妖艶な笑みじゃない。かなり殺気が籠った目をしている。
 引き延ばすのはマズい。さっさと話すか。

「まあ、落ち着いてくれ。割って入ったのにも理由がある」

「理由?」

「ああ。単刀直入に言うが、君らは嵌められたんだ。この決闘を行うよう仕向けられたんだ」

「「……!」」

 私がそう言うと、さっきまで杖を構えていた2人が杖を下ろした。

「話を聞く気になったようだな。まず初めに、ミス・ツェルプストー。パーティで君を素っ裸にしたのは彼女じゃない」

「なんですって?」

「次に、ミス・タバサ。君の部屋の本を燃やして駄目にしたのは、ミス・ツェルプストーじゃない」

「……何故?」

「それは、『何故私が君の部屋の本が燃やされたことを知っているのか?』ってことか?それとも、『何故そう言い切れるのか?』ってことか?」

「……両方」

 なるほど、そりゃそうだな。タバサは自分の部屋が荒らされたことを周囲には言っていないし、事件の真相を知っているって言われれば気にもなるだろう

「部屋の本が燃やされた?一体何のこと?」

 キュルケは怪訝な顔を浮かべる。

「それについてもまとめて答える。ゲストを交えてな」

「“ゲスト”?」

 私は頷き、とある茂みの方を振り向く。

【ザッザッザッザッ……】

「え?ちょっと!どういうこと!?」

「……!」

 その茂みから、2人の“私”が現れ、キュルケとタバサが目を見開いた。
 そして、“私”達はそれぞれ肩に抱えていたモノを地面に放る。

【ドササッ!!】

「もがっ!」「んむっ!」『むぐっ!』

「!?あんたは、ド・ロレーヌ?それにトネー・シャラント?」

 猿ぐつわを噛まされ、ロープで縛られたド・ロレーヌとトネー・シャラント(私は、キュルケが呼んで初めてこの女子の名前を知った)、そしてその他の女子数名を見て、キュルケが驚いた。
 次いで、現れた2人の“私”を見て呟く。

「こ、これって、もしかして……風のスクウェアスペル『遍在ユビキタス』?!ダルモール、あんたは“ライン”メイジじゃなかったの!?」

「まあ、私の事は置いておけ。それよりも、コイツらの事が先だろ?」

「もがっ!?」「むぐっ!?」『ひぐっ!?』

 私がそう言うと、ド・ロレーヌ達はギクリと身体を震わせた。

「さて、ミス・ツェルプストー」

「な、なによ……?」

「ミス・タバサ」

「……」

 2人がこっちを見たのを確認して、私はド・ロレーヌ達を指さして言った。

「コイツらが、君ら2人に色々と不愉快なことをした真犯人だ」

「……なんですって?」

「……」

 2人は同時にド・ロレーヌ達を見た。するとヤツらも、またギクッと身を竦ませる。
 もう「自分達が犯人です」って自白してるようなものだな。

「順を追って話すぞ。ミス・ツェルプストー、先日のパーティの時、君のドレスが切り裂かれた後ド・ロレーヌが話しかけてきただろ?」

「ええ」

「その時、私は『風』の魔法で君らの会話を聞いていたんだ。いや、特に他意があった訳ではない。何となく気になったんだ。で、その時コイツは、ミス・タバサが犯人だというような事を君にほのめかしたな」

「……ええ」

 キュルケはド・ロレーヌに目を向けながら頷く。

「だが、私が見ていた限り、ミス・タバサは最初の位置から動いていなかったはずだ。それに、都合よく犯行現場に髪の毛が落ちていたというのも、ちょっと話が上手過ぎやしないか?よしんば落ちていたとしても、髪の毛1本なんてそんな簡単に見つけられるものだろうか?」

「…………」

「加えてさっきの魔法、ミス・タバサの吹雪はかなりのものだった。あれは少なくとも“ドット”や“ライン”レベルの魔法ではなかったと思うぞ」

「!?」

 キュルケはハッと顔を上げ、タバサを見つめた。彼女にも説明しないとな。

「次にミス・タバサ。君の部屋の本が燃やされたことについてだが……先に白状すると、私は君の部屋から出てくる女子生徒を見たんだ」

「……」

 無言か、とにかく話を全部聞こうということかな?

「またパーティの時に話は戻るが、ミス・ツェルプストーとド・ロレーヌの会話を聞いていた時、偶然女子生徒の不穏な会話が聞こえて来たんだ。「上手くいった」「ド・ロレーヌが上手くやった。後はあっちのおチビさんの方だ」とか、そんな会話がな。その内の1人は、このトネー・シャラントだったと思う」

「……」

 タバサはトネー・シャラントに目を向ける。

「で、私は会話の内容から彼女らの企みを推理し、『遍在ユビキタス』を用いて彼女らの行動を監視した。すると、授業時間中に女子の1人がミス・タバサの部屋に忍び込む姿を目撃した。で、その女子が出てきた後、確認のため部屋の前まで行ったらドアの隙間から焦げ臭さが漂って来た、という訳だ」

「…………」

「そして先にミス・ツェルプストーにも同じ事を言ったが、さっきのミス・ツェルプストーの魔法も、やはり“ドット”や“ライン”レベルの魔法ではなかった」

「……」

 タバサがキュルケに視線を向ける。そして、マントの中から焼け焦げた本を差し出した。一応、本人に確認を取っているらしい。
 それを見て、キュルケは首を振る。

「あたしじゃないわよ」

 そして、キュルケは唇をへの字に曲げて肩を竦めた。

「参っちゃったな……。どうやら、彼の言った通りみたいね」

「……」【コク】

 そして2人は同時に、地面に転がる犯人達を見下ろす。

【フルフルフルフル!!】

 ド・ロレーヌ、トネー・シャラント、そしてその他の女子達は血の気の引いた青い顔になって、一斉に震えだした。
 キュルケは、縛られて動けないド・ロレーヌ達に近づいた。

「随分と小細工してくれたみたいじゃない、あんた達?」

「む!むぐ!むぐぅぅ~~!」

(う……キュルケが“覇気”を放っている……!)

 そんな訳はないのだが、そんな気にもなる。
 今のキュルケに見つめられたら、きっと火竜も裸足で逃げだす。火竜は元々裸足なんですけど~、ヨホホホホ~!んんっっ!!
 ま、とにかくそれぐらい超怖い顔をしてるってことだ。現に私も今超怖い。

「あんた達に良いこと教えてあげるわ。あたしはね、これでも『火』の“トライアングル”なの」

『もがっ?!!』

 ド・ロレーヌ達は一斉に目を見開いた。

「『強者は強者を知る』って言葉はご存知?あたしみたいな“トライアングル”クラスになれば、自分に掛けられた魔法の程度はわかっちゃうの。あのパーティであたしのお気に入りのドレスを切り裂いてくれたつむじ風は、精々“ライン”クラス。彼が言うにはその子も“トライアングル”らしいから、それだけでも犯人はその子じゃないってことになるわ。そして、もしあたしの炎で燃やしたら、原形を留めた本なんか残るわけがないの。覚えておいてね?あたしの『火』は全てを燃やし“尽くす”のよ」

『――――』(絶句)

 余りの恐怖に、ド・ロレーヌ達は1人残らず絶句し、顔はもはや蒼白だった。『策を弄する者は性根が小さい』とはよく言ったものだ。

「これならもう『遍在ユビキタス』はいらないな」

 もともと縛り上げられて身動きも取れないし、彼らにはもうその気力もなさそうだ。全身に絶望感が圧し掛かっている。
 私は魔法を解除し、分身を消した。こういう細々と便利なところは、魔法の良い所だ。しかも私は悪魔の実の能力のおかげで、強力な魔法も僅かな精神力で再現できる。まさにチート。
 ともあれ、何とかこの2人の激突を回避させることに(ギリギリだったが)成功した。何よりだ。

「それにしても、随分お節介を焼いてくれたものねぇ?ダルモール?」

「へ?」

 キュルケの言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

「さっきあたしが言ったでしょ?『強者は強者を知る』って。つまり、あのまま放っておいてくれても、あたし達なら1発撃ち合えばお互いが犯人じゃないって気付けたってことよ」

「ああ、なるほど」

 確かにそうだな。考えてみれば余計なお世話だったか。
 とはいえ、私はキュルケとタバサが“トライアングル”だったなんて知らなかったしな。いや、それは言い訳か。

「確かに、お節介だったみたいだな。すまん」

「そこで謝られても困るんだけど。結果的に、あたし達はあんたに大きな借りが出来ちゃったわけだからね。借りを作りっぱなしにしとくのは趣味じゃないわ」

「……」【コク】

 むう、タバサまで頷いて。どう返したら良いものかと困った私は、彼女達の顔を交互に見て尋ねてみた。

「……私にどうしろと?」

「それはむしろあたし達の台詞よ。この借りを返すには、どうしたらいいかしらね?」

 キュルケの悪戯っぽい、妖艶な笑みに思わず私の“男”が反応しそうになったが、ここは空気を読むべき場面だ。静まれ、煩悩!
 しかし、『借り』と言われてもなぁ……。特に望みがある訳でもなし……だけど、ここで「そんなもの返さなくていい」なんて言っても、彼女達は納得しそうにない。それで納得するなら、そもそもこんな事は言い出さないだろう。
 う~~~ん……困ったなぁ……。

「う~~~~~~ん……………………お、そうだ!だったら1つ私の頼みを聞いてくれるというのはどうだ?勿論、嫌なら拒否してくれて構わない」

「何かしら?うふ♪夜のお相手なら、お願いなんかじゃなくてもいつでもお受けしてよ?」【ムニュ】

 ええい、胸を持ち上げて谷間を強調するな!破廉恥娘め!せっかく抑え込んだ煩悩が……!

「ゴホンッ!それは、まあ、色々と大切なものを失くしそうな気がするので、遠慮しておく」

 私は何とか復活しかけた煩悩を抑えつけ、咳払いを1つしてキュルケの提案を却下する。

「あ~ら、つれないわねぇ」

 彼女の茶々に付き合ってたら一向に話が進まないな。さっさと言ってしまおう。

「私達3人で友達にならないか?」

「へ?」「…………」

 うぅ、すっごいキョトンとしてる……キュルケもタバサも。
 そんな目で見るな、恥ずかしいわ!でも、今更後には引けん!ここは前進あるのみ!!

「実はな、私はどうも周りの同期生達と話が合わなくて、入学してからこちら未だ1人も友達ができてないんだ。多分、君ら2人もそうじゃないか?ミス・タバサはいつも1人で読書三昧だし、ミス・ツェルプストーには恋人が何人かいるみたいだが、逆に女子には疎まれている」

「「…………」」

 ふぅ、喋っていたら次第に「後は野となれ山となれ!」といった気分になって来て、段々余裕が出てきた。

「私達3人、お互いはみ出者同士、結構気が合うんじゃないかと思うんだが、どうだ?」

「……ぷっ!くくくく……ア~ハッハッハッハッ!!」

「……くす」

「なにも、2人して笑うことはあるまい?」

 まさかタバサまで噴き出すとは思わなかった。

「ア~ハッハッハッ!こんなに笑ったの久しぶりよ!あなた、意外と面白いのね?」

「う、うるさいな。笑うのはその辺にして、早く返答しろ!良いのか?嫌なのか?」

 腹を抱えるキュルケに、私は少し照れてしまい、思わずぶっきらぼうな言葉遣いになった。

「うっふふ!ええ、もちろんいいわよ!あんたといると退屈しなさそうだもの!」

「なんだ、それは。で、ミス・タバサは?」

「タバサでいい」

「ん?そうか?って、それは君も了承ということでいいのか?」

「……」【コク】

 タバサは無言で頷くと、軽く微笑んだ。へぇ~、笑うとなかなか可愛いじゃないか。

「あら、あなた、そうしてたら結構可愛いじゃない」

 キュルケも私と同じ事を思ったらしい。やはり、私達は気が合いそうだ。

「では、今この時から、私達3人は『友達』ということだな。改めて名乗ろう、私はエドワール、“エドワール・シルヴァン・アドルフ・ド・ダルモール”だ」

「あたしはキュルケよ。“キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー”」

「……タバサ」

 互いに改めて名乗り合う事で意思を確認し合い、私達はまた笑い合った。思惑も企みも何もない、ただ自然に出た笑顔だった。
 いや~、なんだがこの2人とは仲良くやっていけそうな気がする!

「さて……で、コイツらはどうする?」

 私は忘れかけていたド・ロレーヌ達を親指で指し示して2人に尋ねた。

「そうねぇ……そうだっ!良いことを思い付いたわ♪」

 キュルケはニヤリと口元を歪ませて、小悪魔的な笑みを浮かべてド・ロレーヌ達を見る。
 私はその笑みに寒いものを感じながらも、キュルケに尋ねてみた。

「良いことって、どうするんだ?」

「んふ♪コイツらに、コイツらがあたしとタバサにしたことを、ちょっとしたオマケ付きでお返しして差し上げるのよ」

「なに?」

「……」【ニヤリ】

 キュルケに続いて、タバサまでもが不敵に笑う。
 私は、彼女らが何を考えているのかが少しだけわかった気がして、引き攣った笑いを浮かべるしかなかった……。



 翌日、中央塔の上から素っ裸の上にアフロヘアーにされたド・ロレーヌ、トネー・シャラント、その他数名の女子達が逆さ吊りにされているのが発見され、学院中が大騒ぎになった。
 勿論、犯人はキュルケとタバサ、そして私の3人。昨日の夜、ド・ロレーヌ、トネー・シャラント、そしてその他数名の衣服と髪をキュルケが燃やし、その後、私とタバサで中央塔の上から吊るしたのだ。何でも、ドレスを破られて裸を晒された恨みと、大事な本を燃やされた恨みを、1度にまとめて返した一石二鳥の“画期的な報復”なんだそうだ。
 多少やり過ぎ感が否めないが、まあ確かにキュルケは裸を大勢の男達に見られたし、タバサも逆恨みで大事な本を台無しにされた訳だから、ド・ロレーヌ達の自業自得と言っていいだろう。

 かなり豪快で破天荒なキュルケに、無口であまり感情を表に出さないタバサ……対称的な2人だが不思議と気が合ったようで、私を交えてそれから3人で行動することが多くなった。
 しかし、この世界で私に始めて出来た友達がこんなに濃いキャラとは、正直言って予想外だった。だが、友達が出来たことは素直に嬉しい。

 だから今は、そのことを素直に喜ぶことにしよう。






[11412] ゼロの使い魔 贅沢者の転生者 第三話『使い魔』 改訂
Name: 平和主義者◆cbdb4415 ID:29e7285a
Date: 2009/09/13 07:37


 瞬く間にまた1年が過ぎた。
 私はキュルケ、タバサの2人と友達になったあの日から、実に平穏で楽しい毎日を過ごした。あの2人、友達として付き合ってみると実に楽しい。
 キュルケは相変わらず男をとっかえひっかえしているが、私やタバサと談笑する時間を欠かすことがないという、実に器用なライフスタイルを実行している。タバサも基本無口でほとんど感情を表に出さないが、隠れた健啖家である一面が見えたり、時折私とキュルケにだけは微笑みを見せてくれたりと、なかなか面白い娘だ。

 では続いて、この1年間で私の身の周りに起きた変化について少し触れておこう。
 まず、我々新入生に各々に『二つ名』というものが付いた。これはそれぞれの得意属性や性格などに因んだ言葉が付けられる。
 二つ名が付くパターンとして、自分で名乗る場合と誰かがそう呼び始めて付く場合がある。
 例えばキュルケの二つ名は“微熱”、これは本人が名乗り出した二つ名だ。彼女曰く、

『恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命なのよ。恋の業火で焼かれるなら、あたしの家系は本望なの。『微熱』とはつまり情熱、松明のように燃え上がりやすいあたしに、ピッタリの二つ名でしょう?』

 との事だ。まあ、彼女が普段していることが、果たして『恋』と言っていいのかは私にはわからないが、とにかくそういう“気の多さ”と彼女の得意属性の『火』を絡めた良い二つ名だとは思う。
 そして、タバサの二つ名は“雪風”。彼女の二つ名は、キュルケが考えた。
 彼女の得意とする『水』と『風』、そして彼女が持つどこか冷たい印象にピッタリな二つ名だ。

 で、私の二つ名は“陽炎”。この二つ名は、タバサに付けてもらったものだ。
 あれは、周囲の同期生達がちらほらと二つ名を名乗り始めた頃……私も何か自分にあった二つ名を付けなければと、悩んでいた。
 基本、私はダラ~ンと過ごしている。一時期女子に人気だったこともあったが、今ではもうすっかり落ち着いて静かなもの。加えて、私は性格上、進んで人の輪に入っていこうとするタイプではない。そんな私なので2人以外に友達はおらず、二つ名が周りから付けられることはなかった(いや、勝手に変な名前を付けられても困るが)。そうなると自分で考えるしかない。
 そこで私はあまり派手過ぎず、それでいて響きの良い、自分にピッタリな二つ名はないものかと、頭を絞った。しかし、自分で言うのも悲しいが、私の貧しいボキャブラリーではなかなかシックリくる言葉が浮かばなかった。
 そこで2人に相談してみたところ、タバサの口から“陽炎”の言葉が出てきたのだ。その意味を尋ねてみると、こんな答えが返って来た。

「あなたは『火』の魔法に長けている。そして風の『遍在ユビキタス』も使いこなしていた」

 なるほど、と思った。
 派手過ぎず、それでいて響きも良く適度にカッコいい。まさに私が求めていた二つ名だった。大変気に入ったのでそのまま使わせてもらい、私の二つ名は“陽炎”と決まった。
 “陽炎”のエドワール。うん、凄く気に入っている。

 ああ、それと、私はいつの間にか『火』の“トライアングル”と認識されるようになった。しかし、私やキュルケ達の実力を知るド・ロレーヌ達にはあらかじめしッッッかり!!釘を刺して置いたので、彼らから広まったのではない。どうもこれは私というより、キュルケとタバサの影響らしい。
 彼女らが“トライアングル”であることは、この1年の間に自然と知れ渡った。そんな2人と友人として付き合う私も『ああ見えて結構な実力者なんだろう』と噂されるようになり、名乗り出した二つ名も相俟って、『火』の“トライアングル”としての認識で落ち着いたようだ。実際は、“スクウェア”すら及びもしない能力があるのだが。
 能力の補足になるが、私は『自然ロギア系悪魔の実』の能力を、魔法と上手くミックスすることで『遍在ユビキタス』のような高位魔法を使いこなしている。『遍在ユビキタス』は『風』の魔法なので『カゼカゼの実』の能力に僅かな精神力を加えて発現させたものだし、『舞空術フライ』も同様。能力オンリーな時もあれば、魔法プラスな時もあり、その辺は臨機応変に対応している。まあそれ以前に、その気になれば世界を滅ぼせる『グラグラの実』なんて物騒な能力がある時点で、既に規格外なわけだが。

 それはさておき、“微熱”のキュルケ、“雪風”のタバサ、そして私“陽炎”のエドワール。学生で既に“トライアングル”のメイジが3人でつるんでいると、1年生の半ば頃は結構注目を浴びた。
 しかし、後半に進むに従って私達への注目は薄れて行った。その理由は、周囲が慣れていったのともう1つ……私達より、噂にしやすくインパクトが強い少女の存在があったからだ。
 その少女の名は、“ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール”(舌を噛みそうな名前だ)。彼女は別のクラスだったが、その噂は当時から学院中に広まっていた。曰く『魔法成功確率“ゼロ”』『どんな魔法でも爆発を起こす』等々……。
 それだけ噂が広まった背景には、彼女がトリステイン王国の名門中の名門貴族『ラ・ヴァリエール公爵家』の三女であることが起因している。王国でも屈指の有力貴族の家柄でありながら、魔法を成功させられないという彼女は、あっという間に嘲笑の的となり、遂には周囲から『魔法成功確率“ゼロ”』に因み、皮肉を込めて “ゼロ”という二つ名が付けられてしまった。
 不思議なのは、ルイズは何の魔法を使おうとしても爆発するという点。基礎の“コモン・マジック”から四代系統魔法に至るまで全てが、彼女が使うと爆発になってしまう。杖を振れば何らかの事象が発生している訳だから、魔法を扱う素養がないことはないはずだ。
 ルイズが魔法の使い方を理解していない、なんてことはあり得ない。実践に反比例して、座学での極めて優秀な生徒だという話だし、実際私も図書館から大量の本を借りていく彼女の姿を見たことがある。きっと彼女も、自分が魔法を上手く扱えないことを気にして、何とかしようと必死に努力しているのだろう。
 そういうこともあり、私は周囲と一緒になって、彼女を嘲笑う気にはなれなかった。


 そんな調子で向えた月日は過ぎ、我々の2年への進級が懸った一大イベント『春の使い魔召喚』の日がやって来た。
 今日は、私達がこの先生涯のパートナーとなる動物を『サモン・サーヴァント』という魔法で召喚し、『コントラクト・サーヴァント』、つまり主従の契約を交わす大切な日である。恐らく今日、ルイズがサイトを召喚するのだろう。彼女に人生の転機が訪れるとすれば、きっとこの『春の使い魔召喚』に違いない。

「それでは皆、準備は良いかな?これより呼ばれた順に1人ずつ前に出て『サモン・サーヴァント』、即ち君達の生涯のパートナーとなる『使い魔』の召喚を行ってもらう。知っているとは思うが、この儀式で現れた『使い魔』によって今後の属性を固定し、それにより君達は専門課程へと進む。2年生への進級が懸った重要な行事であると同時に、これは極めて神聖な儀式だ。皆、心して行うように」

 そう説明したのは、担当教師のミスタ・コルベールである。比較的人当たりがよく、穏和な性格の良い人だ。
 確か40歳ぐらいだと聞いたが、その割に頭のてっぺんが眩しい。若い頃に大分苦労なさったようだ。

 まあ、コルベール先生の頭のことはさておき、召喚の儀は始まった。
 様々な動物や珍獣(宝箱に詰まったアフロのオッサンではないぞ)が呼び出され、広場はどんどん賑やかになっていく。先に召喚を行った我が友人2人もそれぞれ属性にあった使い魔、キュルケは『火蜥蜴サラマンダー』を、タバサは『風竜ウインドドラゴン』をそれぞれ召喚した。

「次、ミスタ・ダルモール」

「はい」

 そしていよいよ私の番だ。同期の連中が囲む中央に進む。
 私の使い魔かぁ、一体何が来るのだろうか?ちょっと楽しみであり、不安でもある。
 出来れば背中に乗れるヤツがいい。あと、見た目はカッコいいか愛らしいヤツがいい。

「すぅ~、ふぅ~……それでは」

 愛用の警棒……じゃなくて、杖を掲げて集中する。
 いざ!

「我が名は“エドワール・シルヴァン・アドルフ・ド・ダルモール”。五つの力を司りし五芒星ペンタゴンよ。運命が導きし我がしもべを、今ここに召喚せしめん。いざ、来たれ!」

 私が杖を掲げた先に、召喚のゲートが出現する。後は使い魔が来るのを待つばかりだ。
 呪文をちょっと私なりにアレンジしてみた。みんなも大なり小なりアレンジしている。ぶっちゃけてしまうと呪文なんてものはある意味お飾り、重要なのは“イメージ”なのだ。これは全ての魔法に共通する。

「お?」

 何か気配が近付いてくる。いよいよ来るか、私の使い魔が……と思っていたら。

【カァァァァッッ!!】

「な!?」

 いきなりゲートが巨大化した!これは、20メイルはあるぞ?!

【ズン、ズン、ズン……】

 そして足音と共に、ゲートから現われたのは、

「……ば、バハムート?」

 見た瞬間に口をついて出てしまった。現われたのは、FFシリーズでお馴染みの召喚獣『バハムート』……によく似たドラゴンだった。
 人型に近い筋骨隆々の鋼ボディ、羽ばたけばその風圧で吹き飛ばされてしまいそうな巨大な翼、そして強そうでカッコいいドラゴンフェイス、全体的にFF4のヤツに近いな。
 まさか本当に『バハムート』な訳はないだろうが、コイツが私の使い魔か……素晴らしい!

『……』【ギョロ】

 む、私に気付いたな。念の為『ピカピカ』の能力で自然ロギア系特性を全開にしておく。これで万一襲ってきても、私もこのドラゴンも大丈夫だ。
 と、バハムートそっくりのドラゴンは地面に手をついて四つん這いの体勢になった。

(なんだ?まさか本当に襲い掛かってくる気か?自然ロギア系の特性があるから大丈夫だが、出来れば使い魔になってほしいなぁ)

 などと我ながら割りと余裕な心持ちで身構えていた。だが、

『きゅい~!』

【ズコー!!】

 私は思わず古風なズッコケをかましてしまった。なんという見た目とアンバランスな可愛らしい高音ボイス。しかも、

『きゅい?きゅいきゅい、きゅい!』

 このドラゴンは私に向かって何か言っているみたいだ。鳴き声の感じは、何となく“わたあめ大好き”チョッパーを思い起こさせるな。
 起き上がって見てみれば、既にそこにドラゴンの鼻先がある。どうやら、私の使い魔になることに異論はないらしい。
 なんともはや……なんなのだろうか、コイツは?何故こんなにも受け入れ態勢バッチリなんだ?と、色々と不思議なヤツではあるが、まあ使い魔になってくれるのなら私も文句はない。
 向こうの気が変わらない内に契約してしまおう。

「……我が名は“エドワール・シルヴァン・アドルフ・ド・ダルモール”。五つの力を司りし五芒星よ。この者に祝福を与え、我が使い魔と成せ」

 そして私はドラゴンの鼻先にキスをし、使い魔のルーンがその右角に刻まれた。

「うむ、『コントラクト・サーヴァント』も無事に完了したようだね、ミスタ・ダルモール」

「どうも」

 私はコルベール先生に軽く会釈する。

「いや~見事な竜だ!教師になって早幾年、竜を呼び出した生徒は少ないながら見たことがあるが、これほど大きな竜を呼び出した生徒は君が初めてだよ!」

 コルベール先生はひとしきり褒めると、脇に抱えたスケッチブックを取り出す。

「さて、それではちょっとルーンを確認させてもらうよ。ふむふむ……これは、『強化』のルーンにようだな」

 コルベールは「ふむふむ」としきりに頷きながら、私のドラゴンのルーンをスケッチする。

「先生、『強化』のルーンとはどんなルーンなのですか?」

「読んで字の如く。『強化』のルーンとは、それが刻まれた使い魔の能力を増幅するルーンだよ」

 本当にそのまんまだな。

「竜の場合だと、吐き出すブレスの威力が上がるとか、飛行速度が上がるとか、そんな効果があるはずだ。強化される能力やその度合いはその時々で違うから、その辺りは君が自分の目で確認してみなさい」

「わかりました」

 何はともあれ、使い魔がドラゴンというのは、私にとっては非常に喜ばしいことだ。
 これで、今年の夏の長期休暇は馬車に揺られることなく、しかもグンと早く実家に帰れそうだ。

「………………よし、終わった。ありがとう、ミスタ・ダルモール。お疲れ様」

「はい、それでは失礼します。来い」

『きゅい』≪おう≫

 む?今ドラゴンが何を言ったかわかった……ってああ、そうか。メイジと使い魔の間には、精神のラインが結ばれて意思の疎通ができるようになるんだったな。忘れていた。
 気をとり直して歩き出す私の後ろを、ドラゴンはノシノシとついて来た。早速名前を考えないとな。

「お疲れ~エド」

「ああ」

 “エド”というのは、キュルケが私を呼ぶ時の渾名だ。
 最初そう呼ばれた時は、どっかのチビ錬金術士が頭に浮かんだが、それは内緒の話だ。言ってもキュルケには何のことだかわからないだろうしな。

「タバサに続いてあなたも竜だなんて、驚いたわ。しかもこんなに大きいなんて!」

「呼び出した私だって驚いたさ」

 何せこの図体であの声だったからな。無論、キュルケが言って意味でも驚いたのは本当だ。私も出来れば背中に乗れるヤツがいい、とは思ってたけど、まさかこれ程の大物が来るとは予想していなかった。巨大なドラゴンを呼び出したという事でちょっと注目を浴びてしまったが、これくらいなら多分すぐ元に戻るだろう。
 しかし、今思えば、キュルケだって竜を呼ぶ素養はあったと思う。彼女は『火』系統だから、呼んだとしたら『火竜ファイアドラゴン』だろう。もしこれでキュルケが本当に『火竜』を呼んでいたら、ちょっとした騒ぎになっていたかもしれない。1時期に3頭ものドラゴンが召喚されたとなれば、話題になるのは必至だ。

(ん?3頭のドラゴン……3頭の竜……サントウ、リュウ……“三刀流”?!)

 いやいやいや!!

【ブンブンブンブン!】

「ど、どうしたのエド?いきなり頭なんか振って」

 私の奇行にキュルケが戸惑いの表情を浮かべた。

「何でもない気にするな」

 私はすぐさま立ち直った。もう頭からダジャレは消した。無かったことにしよう!
 気を取り直して、私はキュルケに向き直る。

「あ~、キュルケは『火蜥蜴サラマンダー』だったな」

「ええ、あたしの属性にピッタリ、素敵でしょ。見て?この尻尾。この炎の大きさと鮮やかさ!これは火竜山脈の『火蜥蜴サラマンダー』に間違いないわ!ブランドものよ~!好事家に見せたらどれほどの値段が付くか見当もつかないわね~♪」

 傍らに控える真っ赤な『火蜥蜴サラマンダー』を撫でながら、キュルケは随分浮かれていた。よほど気に入ったと見える。
 しかし、いくらブランドものの幻獣を引き当てたからと言って“好事家”だの“値段”だのと口走るのは、ちょっとどうなんだろうな?どれ、ちょっとからかってみるか。

「ほう、売る気か?」

「売らないわよっ。それぐらい素敵だってこと!」

 こういう軽口を言い合えるのが、友達というものだ。

「フフッ、冗談だよ。で、名前はもう決めたのか?」

「ええ、とっくに。この子の名前は“フレイム”よ。素敵な名前でしょ?」

「ああ、『火』の使い魔らしい分かりやすくて良い名前だ」

「あら、ありがと♪」

 “安直”とも言うけどな……フッフッフッフッ!おっと、ついドフラミンゴが出てしまった。

「オホンッ!それで、タバサは『風竜』か。名前は?」

「まだ決めてない」

「そうか。私も早いところ決めないとな。ふ~む……」

 傍らで“お座り”してるドラゴンに目をやる。

『きゅ?』≪ん?≫

 う~ん、やっぱ声と姿がミスマッチだ。別に名前には関係ないが。

「そうだなぁ……お、そうだ!閃いたぞ!なあ、お前」

『きゅい?』≪なんだ?≫

「私はお前に、“ティアマト”という名前を付けようと思うんだが、どうだ?」

 バハムート繋がりで思い出したのだか、FFシリーズの割りと新しい方にそんな名前のボスキャラがいたはずだ。しかもその姿はバハムートの色違い。
 大元のネタは、なんとか神話に出てくる神の名前だったと思うが、詳しくは知らない。バハムートではなく敢えてボスキャラの方の名前を付けたのは、単に言葉の響きが気に入ったからだ。

『きゅいきゅい~♪』≪お~!なんだかわかんねえけどカッチョいいな~♪≫

 どうやら気に入ったみたいだ。翼を広げて、尻尾をブンブン振っている。

「よし!じゃあ決まりだ。よろしくな、ティアマト」

『きゅい!きゅいきゅいきゅい!』≪おう!よろしくな、ご主人!≫

 ティアマトは嬉しそうに鳴いた。よしよし、なかなか素直な良い子みたいだ。
 そしてその後も召喚の儀は順調に進み、他の連中も様々な使い魔を召喚して契約を交わした。ただ1人を除いて……。

「……も、もう1度!」

 最後に残ったルイズは、何度目かになる失敗の後、また『サモン・サーヴァント』を試みようとする。だが、

「もう止めておいた方がいいんじゃないのか~?」

「そうそう!もう諦めろって。さっきので一体何回目の失敗だと思ってるんだ?」

 度重なる失敗に、周りからは野次が飛び交い、せせら笑う声が響く。他人事とはいえ、端で聞いていて気分が悪い。だが、ここで私がルイズを庇っても、多分彼女のプライドを傷つけ、更に追い詰めてしまう結果にしかならないだろう。
 加えて、『サモン・サーヴァント』が上手くいかないのは、他の誰にもどうにも出来ない。ルイズが自分で、魔法を成功させるしかないのだ。

「……宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ!」

『はあ?』

 意を決したように杖を掲げ、妙な呪文を唱え始めたルイズに、周りの連中の目が点になった。
 それは先程までルイズが使っていた呪文と全く違う。先程までは、1年次の座学で学んだ通りの定型呪文を使っていたのに、いきなり完全オリジナルの呪文を使い始めたからだ。
 みんなと同じく、私も少し戸惑った。そんな周囲の反応などには構わず、ルイズは呪文を続ける。

「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め、訴えるわ!我が導きに、応えなさい!」

 そしてルイズが杖を振り下ろし、

【ボォーーンッ!!】

 爆発した。煙が舞い上がり、同期達が一斉に悲鳴を上げ咳きこんでいく。私は咄嗟にマントで口元を覆ってガードしていたので大丈夫だ。

「ゴホッ!ゴホッ!やっぱりこうなったか!」

「ゲホッ!どうやったら『サモン・サーヴァント』でこんな爆発なんか起こせるんだ!?ゲッホッ!」

 あちこちから咳とルイズへの非難の言葉が聞こえてくる。更に、爆発のショックで先に呼び出された使い魔達が俄かに騒ぎ始めた。しかし、私のティアマトは堂々としたものだ。

『きゅい~!きゅいきゅい~!』≪すげ~!爆発した!面白え~!≫

(やっぱりチョッパー、いやどちらかというとルフィに近いか?)

 我が使い魔ながら呑気なヤツだ。いや、まあ、コイツはいろんな意味で“大物”だということだろう、うん。
 あ~それで、だ。

「お前達は私の後ろで何をしている?」

 振り返り、私の背後で身を縮めていたキュルケとタバサに尋ねた。

「ちょっと緊急避難を、ね♪」

「安全地帯」

「ヒトを盾にすな!ったく……む?」

 2人にツッコんだ時、煙の切れ目から一瞬チラッとルイズの前に人影が見えた気がした。もう1度よく目を凝らして見る。すると、

「あ!?」

「どうかしたの?」

「2人とも、あれを見てみろ!」

「「?」」

 2人は私の後ろから出て、私が指さした方を見た。
 ようやく煙が収まり始めたそこには、先程の位置で立ったままのルイズとその前に仰向けに倒れた人間の姿が見えた。
 身長は170サントぐらい、そこそこスマートな身体つき、青いパーカーにジーンズにスニーカーという服装、短めの黒髪、そしてあの顔つき……あれは東洋系の顔だ。ハンサムという程ではないが、結構整った顔つきをしている。あれが、サイトという少年か。

「に、人間!?」

「そのようだな」

「……」【コク】

 サイトを指さしてのキュルケの言葉に、私とタバサは肯定を返す。
 と同時に、周りもサイトの存在に気づきだし、ざわつき始める。

「あの恰好はどう見ても平民だな」

「ルイズが平民を召喚したぞ!」

 ざわつきは次第に大きくなっていく。
 その内に、才人が目を覚まして辺りをキョロキョロ見始めた。状況が飲み込めず混乱しているようだ。
 当然か、いきなり異世界に引きずり込まれたんだからな。

「あんた誰?」

 混乱しているサイトに、ルイズが尋ねた。

「誰って……。俺はヒラガサイト」

 ヒラガ、って……『平賀』と書くのだろうか?サイトは……『斉人』、はちょっと一般的じゃなさそうだな。やっぱり『才人』の方か?

「どこの平民?」

 ルイズの問い掛けに、サイトは首を傾げたかと思えば、今度は周りをキョロキョロと見渡している。

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼んでどうするの?」

誰かが言ったその一言で、私とタバサを除く全員が一斉に笑い出した。

「ちょ、ちょっと間違えただけよ!」

 ルイズは顔を赤くして怒鳴った。

「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」

「さすがは“ゼロ”のルイズだ!」

 それで笑い声は更に大きくなった。もう爆笑と言っていい。
 しかし、『サモン・サーヴァント』は召喚する対象をこちらで選択など出来ないはずだ。自分の得意系統と近い属性の存在を、ランダムに呼び出すのが『サモン・サーヴァント』だ。だとすると、人間を召喚したルイズは、四大系統のどの系統に属するのだろうか?

「ミスタ・コルベール!」

 ルイズが大声で呼び掛けると、人垣を割ってコルベール先生がやって来た。
 すると、傍らでまだ座り込んでいるサイトは、少し青い顔になる。どうしたのだろうか?

「なんだね、ミス・ヴァリエール」

「あの!もう1回召喚させて下さい!」

「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」

 コルベール先生はあっさりルイズの要請を却下した。

「どうしてですか!」

「決まりだよ。2年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだ。それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進む。これは始める前に言った通りだ。そして1度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら、これも始める前に言ったと思うが、『春の使い魔召喚』は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるとに関わらず、彼を使い魔にするしかない」

「でも!平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」

 ルイズがそう言うと、また周りがドッと笑った。ルイズは人垣を睨みつけるが、笑いは止まらない。
 しかし、人間を使い魔に、か……。私もこのハルケギニアに転生して17年目になるが、確かにそういう前例があるとは聞いた事がない。だとすると、ルイズは何か特別な力を持ったメイジなのかも……。そうでなければ、『ゼロの使い魔』の物語は発展していかない。たぶんこれから、彼女の特殊能力が開眼していくのだろう。

「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼は……ただの平民かもしれないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければならない。古今東西、人の使い魔を召喚した例はないが、『春の使い魔召喚』の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼には君の使い魔になってもらわなくてはな」

「そんな……」

 コルベール先生の言葉に、ルイズはがっくりと肩を落とした。
 ちょっと気の毒になってくるな。しかし、ルイズは観念したのか諦めたのか、困ったようにサイトの顔を見つめた。逆に、サイトの顔には若干の怯えが見える。

「ねえ」

「はい」

「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」

 ルイズの少し傲慢な言葉に、サイトは片眉を吊り上げた怪訝な顔をする。
 無理もない。いきなり現代日本から、こんなファンタジー世界に連れて来られて、状況が何も掴めないまま話が進んでいくのだから。
 ルイズは小さく溜め息をつくと、目を閉じてサイトの前で杖を振る。

「我が名は“ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール”。五つの力を司る五芒星ペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 朗々と呪文を唱え、スッと杖をサイトの額に置き、そして『コントラクト・サーヴァント』の仕上げ、契約のキスをする為しゃがみ込む。

「な、なにをする」

「いいからジッとしてなさい」

 うろたえるサイトに、ルイズは不機嫌な声で言うと、その顔を寄せていく。

「ちょ、ちょっと、あの、俺、そんな、心の準備とか……」

「ああもう!ジッとしてなさいって言ったじゃない!」

 ルイズはサイトの頭を左右から両手でガッチリ抑えつけ、その唇を重ねた。サイトはいきなりのキスに目を白黒させている。
 きっと初キスだったんだな。て、私も前世から今までを通して、女性とのキスの経験はないから、偉そうなことは言えないが……(悲)

「終わりました」

 そしてキスが終わると、ルイズは俄かに赤い顔でコルベール先生に報告した。相手が人間だから、一応照れがあるらしい。

「照れるのは俺だ。お前じゃない!いきなりキスなんかしやがって!」

 初キスを持っていかれたショックから復帰したサイトが、ルイズに向かって叫ぶが、彼女は無視した。っていうか、顔が赤いのでサイトの方を向きたくないようだ。

「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」

 コルベール先生のその一言で、また周りから笑いと共にからかいの言葉が飛び交う。

「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」

「そいつが高位の幻獣だったら『契約』なんかできないって」

 私達3人はもちろんそんな野次を飛ばす様な真似はしない。キュルケは面白そうに笑っていたが……。

「あっはっはっ!まさか人間を、それも平民を召喚するなんて!ホント、あの子ってば楽しませてくれるわ~」

「……腹を抱えて笑うな。趣味の悪い……」

「しょうがないじゃない、面白いんだから~!」

 私が嗜めても、キュルケは構わず笑い続けた。同様に、周りの笑い声も一向に止まない。

「バカにしないで!わたしだってたまには上手くいくわよ!」

 自分を笑う生徒を、ルイズは睨みつけながら叫んだ。

「ホントに“たまに”よね。“ゼロ”のルイズ」

 そう嘲笑ったのは、もの凄い金髪縦ロールで、そばかすがある女子だ。
 ルイズは彼女を一睨みして、コルベール先生を振り返った。

「ミスタ・コルベール!“洪水”のモンモランシーが私を侮辱しました!」

「誰が“洪水”ですって!私は“香水”のモンモランシーよ!」

 ルイズと喧嘩を始めた彼女の名前は“モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ”。二つ名は“香水”、確か『水』の“ドット”。
 二つ名の由来は、彼女が調合する香水。何でも『他にはない独特の香りがする』とかで、巷の女性達から高い評価を受けているのだそうだ。
 それにしても、やっぱり凄い髪形だ。金色の髪を何本もの縦ロールに巻いてある。非常に前衛的というか、個性的というか……。

「こらこら。貴族はお互いを尊重し合うものだ」

 いまにもとっ組み合いの喧嘩に発展しそうな2人を、コルベール先生が窘めた。
 と、その時。

「ぐあ!ぐぁあああああ!!」

 突然サイトが叫び、左手を握り締めて立ち上がった。どうやら、『使い魔のルーン』が刻まれ始めたようだ。
 他の使い魔達も、ルーンが刻まれる時は呻き声や叫び声を上げていた。ルーンが刻まれる時は、多少痛みを伴うらしい。私のティアマトは割とケロッとしていたが……あれは角だったからか?

「『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ。すぐ終わるから、我慢しなさい」

 ルイズが苛立たしそうな声で言うと、サイトは痛みに抗うように叫ぶ。

「刻むな!俺の体に何をしやがった!」

 そう思うのも無理はない、と思うのは、やはり私が元現代の日本人だからなんだろうな。
 現に、当然に思えるサイトの抗議に対し、ルイズは冷たい眼を向けた。

「あのね?」

「なんだよ!」

「平民が、貴族にそんな口利いていいと思ってるの?」

 これが、トリステイン王国……いや、ハルケギニアという世界の現実なのだ。
 『平民は貴族に逆らってはいけない』……この理が、実に6000年もの間、世を支配している。また、両者には『魔法』という絶対的な力の壁が存在しているため、地球のように平民が決起して貴族の支配を打ち破るというようなことも出来ないのだ。『メイジ殺し』と呼ばれる屈強の傭兵もいるにはいるが、それも極少数……。
 貴族達は『魔法』を『始祖ブリミルが世界に残した偉大な力』というように考えているが、私のような人間からすれば、寧ろ『呪い』にしか思えない。1度別れた支配する者、される者の関係を固定してしまう楔のようなものだ。……と、今やその貴族の1人である私が言えた義理ではないな……。

「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」

 考え事をしている間に、コルベール先生のルーンのスケッチが終わったようだ。
 これで『春の使い魔召喚』は終わりだ。周りの生徒達がそれぞれ『フライ』で教室に向かって飛んでいく。

「……我々も行くか」

「そうね」

「……」

 私の呼び掛けに応じて、キュルケとタバサも『フライ』を使い、我々3人も教室に向かって飛ぶ。
 しかし、ルイズだけは1人……ああ、いやサイトと2人で広場に残った。

「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」

「あいつ『フライ』はおろか『レビテーション』さえもまともに出来ないんだぜ」

「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」

 後ろの方から、またルイズをからかう声が聞こえるな……。
 しかし、私が見る限り、サイトは本当に普通の少年だったな。彼とルイズは、これからどうなっていくのだろうか?全く予想がつかない……。
 こんなことなら前世で『ゼロの使い魔』を読んでおけばよかったと、私は少しだけ思った。


 こうして『春の使い魔召喚』は、一応1人の脱落者もなく、無事に終了した……。





[11412] ゼロの使い魔 贅沢者の転生者 第四話『決闘』 改訂
Name: 平和主義者◆cbdb4415 ID:29e7285a
Date: 2009/09/13 07:46


 『春の使い魔召喚』の翌日。
 あの儀式の後、使い魔との交流を図る目的とのことで、授業は通常の半分の時間で終わった。
 私も授業終了後に呼び出したドラゴンのティアマトと色々語り合った。何でもあいつ、一応種族は『風竜』らしいのだが他の『風竜』に比べて身体の成長が異常に早く、しかも大きく強かったので、普通よりずっと早く群れから離れ、1頭であちこち飛び回って冒険していたのだそうだ。もしかして、またあの“暴君くま”モドキあたりが私に向けて送り込んだヤツかと疑ったが、違ったらしい。それにしても冒険とは、なんだか本当にルフィみたいなヤツだ。
 で、昨日は私の使い魔になるに当たって、いくつかの注意点を教え込んで寝た。あいつの寝床は学院の城壁の外に藁をこれでもかと敷きつめて作ってやった。何しろあのデカさだから、中庭に寝床を作ると邪魔になってしまうのだ。
 あと私の使い魔であるという証拠としてあいつに、『ドラクエ』の“銀の胸当て”をイメージして作った我がダルモール家の家紋入り鉄製胸当てを作って着けさせた。最初は嫌がって着けたがらなかったが、私が必死に説得してなんとか納得させた。だが、着けた途端に≪おっ?何かカッチョいい気がする♪≫とか言い出して、結局気に入ったみたいなのだ。私の説得は何だったのか……?

 それはさておき、起床した私は手早く着替えた。ワイシャツと黒のスラックスを着込み、2年生の黒マントを羽織る。簡単な服装なので10分と掛からない。
 着替えを終え、洗顔と歯磨きを済ませてから、私は実家から持参した“紅茶セット”を取り出して紅茶の準備を始める。
 ここでも能力が役に立つ。先ずティーポットに茶葉を入れておく。窓から『舞空術フライ』で外に出て井戸に行き、湯沸し用のポットに水を汲み、また窓から部屋に戻って『メラメラ』の火でお湯を沸かす。そして沸いたお湯をティーポットに注いで砂時計をひっくり返し、後は静かに待つだけ。
 私の1日は、この1杯の紅茶から始まる。これを欠かすと昼頃にまた眠くなって居眠りをしまうからだ。本当はカフェインを摂取するならコーヒーが良いのだが、トリステインにコーヒーはないので紅茶で代用している。残念だ……。

「ススゥ~~、ほっ……」

 静かに紅茶を飲み干し、ティーセットを片付けてから、私はようやく自室を出て朝食に向かった。

 学院の食堂は中央本塔の1階にあり、学院の全学徒がそこで食事を取る。
 だだっ広いホールに長いテーブルが3つ平行に並べられ、学年ごとに指定されたテーブルで朝・昼・晩の3食を取ることになっており、2年生の席は真ん中。私はそのテーブルに着く。
 しかし……私は未だにこの『アルヴィーズの食堂』の豪華絢爛さが落ち着かない。加えて、ここで出される朝食の献立、今朝は『丸鶏のロースト』『鱒のパイ包み焼き』『黄金色のコンソメスープ』『サラダ』『フルーツの盛り合わせ』……テーブルに並べられた豪華なフルコース。端から見れば、朝から豪勢な料理が食べられて羨ましいと思うかも知れないが、私はもうウンザリしている。
 そりゃ入学し立ての頃は、新しい環境への珍しさからこの豪華な朝食にも目を輝かせた。
 だが考えてみて欲しい。朝っぱらから、割りと濃い味付けの肉料理や魚料理をそんな山の様に出されて食べられるものかどうか。そして、そんな食生活が1年間『毎日』『毎食』続けばどうなるか、その答えは……私の右隣4人目の席にいる。
 そこにいる生徒の名は“マリコルヌ・ド・グランドプレ”、『風上』という二つ名を持つ私と同じ2年生だ。その体はまるで膨らみ損ないの『ゴムゴムの風船』。彼を食事の席で見掛ける度に私は思った、『絶ッ対“あんな風”にはなりたくない!!』と。
 そんな訳で私は、朝はパン・スープ・サラダ・フルーツで済まし、昼・晩も腹9分目程度(8分目ではちと物足りないため)に抑えて取るようにしている。そうした地味な努力のおかげで、私はなんとか体形を維持できているのだ。

(だけど……そろそろまた実家の朝食が恋しくなって来たな)

 我がダルモール家の朝食は、屋敷のコックがちゃんと諸々のバランスを考えて作ってくれるので、美味な上に食べ易く飽きがこなかった。
 次に帰省出来るのは、夏の長期休暇か。今の私にはティアマトがいるから、今度は長く帰っていられる。はあ、早く夏にならないだろうか?

「すげえ料理だな!」

「ぬ?」

 突然聞こえてきた大声に、私は我に返って振り向いた。そちらにはテーブルに着いてはしゃいでいるサイトがいた。

「こんなに食べられないよ、俺!参ったな!ええおい!お嬢様!」

 やはり、初めて見る人間にはこれらの料理が輝いて見えるらしい。しかし、こういう場所において大声で騒ぐのはマナー違反だ。
 だが、サイトの大騒ぎはすぐに止んだ。ルイズによって椅子から降ろされ、床に座らされたからだ。しかもそこに置かれた食事は、粗末なパンとスープのみ……。

(いくらなんでも、ちょっとあんまりじゃないか?)

 しかし、私がそう思ってすぐに『食事前の祈り』が始まってしまう。

『偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします』

 定められた祈りの言葉が唱和される。
 私も一応形式に従っているが、口先だけだ。本心から始祖ブリミルを“偉大”だと思ったことはない。あと些細な事だが、今のトリステインの王位は空位で、王はいない。一応、先トリステイン王が崩御あそばされてから、その妻たるマリアンヌ大后殿下が女王ということになっているけど、戴冠式の類は開かれていない。
 おまけに、この食事は断じて“ささやか”などではない。ツッコミどころは満載だ。
 もはや日常の一部と化した祈りの言葉へツッコミはさておき、私も食事に取りかかった。



 そして講義の時間。
 教室にて、私は扉のすぐ脇の席で、タバサの隣に座っていた。彼女の隣は私とキュルケ以外誰も座ろうとしないので、今や私かキュルケの指定席のようなものだ。
 そのキュルケは、今日別の所で男供に囲まれて座っている。相変わらず、女王様と召使いだな。
 他の生徒達も各自好きな席に座っているが、今日はそれぞれの使い魔も一緒だ。ただし、デカ過ぎて教室に入らない私のティアマトとタバサのシルフィード(決まったら教えてくれた)だけは外だ。しかし、ティアマトはすぐそこの窓から教室を覗き込んでいる。あいつはホントに好奇心が強い。
 そんな生徒と使い魔の中には、ルイズとサイトの姿もあった。周りは2人をチラチラ見てはクスクス笑っている。
 サイトは教室をキョロキョロしながら、使い魔達を指差してはルイズに「あれはなんだ?」と尋ねまくっていた。さっきも外にいたティアマトに気づいて、

「うわ!なんだありゃ!?外にドラゴンがいる!」

 と、騒いでいた。まあ、直後にルイズに頭を叩かれていたが。彼も相当好奇心が強いようだ。
 その内扉が開き、紫のローブに三角帽子を被ったふくよかな中年女性が入ってきた。『土』のトライアングルメイジ“赤土”のミセス・シュヴルーズだ。

「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうして春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ」

 ミセス・シュヴルーズはそう言うと、窓の方を見て少し驚いた顔になった。

「まあまあ!外にいるあの見事な竜は、確かミスタ・ダルモールの使い魔でしたわね。この春、竜を呼んだのは貴方とミス・タバサの2人だけだとか。素晴らしいですわ、ミスタ・ダルモール」

「恐縮です」

 私は軽く会釈をする。が、続いてミセスはルイズの傍にいたサイトに目を止めて、言ってしまった。

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

『アハハハハッ!』

 ミセスの一言で、教室がドッと笑いに包まれた。今のはさすがに、ミセスに責任があると私は思う。
 悪気があって言っている訳ではないのだろうが、だから反って質が悪いとも言える。

「“ゼロ”のルイズ!召喚出来ないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」

 馬鹿笑いの中からマリコルヌが野次を飛ばした。すぐにルイズが反応して反論する。

「違うわ!きちんと召喚したもの!こいつが来ちゃっただけよ!」

「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』が出来なかったんだろう?」

 ルイズとマリコルヌの言い合いで、周りが更にゲラゲラ笑う。

「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!“かぜっぴき”のマリコルヌが私を侮辱したわ!」

 机を叩いて叫ぶルイズ。しかし、“かぜっぴき”とはなかなか上手い。

「“かぜっぴき”だと?俺は“風上”のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」

「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」

 喧々囂々、完全に子供の喧嘩だ。
 ミセスが目を閉じて杖を振る。するとルイズとマリコルヌの2人が吊り上げられたように浮き上がり、またストンと席に落ちた。

「ミス・ヴァリエール。ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はお止めなさい。お友達を“ゼロ”だの“かぜっぴき”だの呼んではいけません。分かりましたか?」

(いや、仰る事は尤もですが……そもそもの原因は貴女ですよ、ミセス・シュヴルーズ)

 私の口に出さないツッコミを余所に、注意されたルイズはしょぼんとうなだれたが、マリコルヌは懲りずに口を開く。

「ミセス・シュヴルーズ。僕の“かぜっぴき”はただの中傷ですが、ルイズの“ゼロ”は事実です」

『クスクスクス……!』

「……」

 マリコルヌ以下いつまでも笑い続ける生徒達の口に、ミセスが魔法で出した赤土の粘土が張り付いた。

「あなた達は、その格好で授業を受けなさい」

 厳しい顔を見せるミセスに、粘土で封をされた生徒達はうなだれ、それを免れた者達も口を閉じる。それでようやく静かになった。

「コホン、では授業を始めますよ」

 そう言うとミセスはポケットから石ころを取り出し教卓に置いた。確か今日は、『土』系統の基本『錬金』の授業だったな。
 ミセスはハルケギニアの魔法系統のおさらいから始め、自らが講義を受け持つ『土』系統の説明に入った。

「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。1年生のときに出来るようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう1度、おさらいすることに致します」

 ミセスは先程の石ころに杖を振り降ろす。すると、石ころが光りだし、光が収まると石ころは金色に光る金属に変わった。

「ゴゴ、ゴールドですか?!ミセス・シュヴルーズ!」

 キュルケの驚き声が響くが残念、あれは恐らく真鍮だ。

「いいえ、ただの真鍮です」

 私、正解!

「なぁ~んだ……」

 ガッカリするキュルケ。もし本当に金だったら、どうする気だったのだろうか?

「ゴールドを錬金出来るのは“スクウェア”クラスのメイジだけです。私はただの……“トライアングル”ですから……」

 イマイチ歯切れ悪く自分のレベルを話すミセス。もしかしたら、多少なり劣等感があるのかもしれない。
 一般的に“スクウェア”と“トライアングル”の間には、努力だけではどう頑張っても越えられない壁があると言われている。“トライアングル”クラスならば必死に努力すればなることも出来る。だが、“スクウェア”はその努力に加えて、生まれ持った才能が必要になるのだとか。
 ちなみに私は金を作り出せる。ただし、“幾らでも”という訳にはいかないが。
 私の場合、『錬金』で作る方法と『ツチツチの実』の能力で作る方法があるのだが、『錬金』では精神力の問題で直径4~5サントぐらいの金を作り出すと気を失ってしまうし、『ツチツチ』の能力でも“握り拳半分”くらいが限界である。
 『ツチツチの実』の能力は、身体が土になり、地面と同化して鉱脈や水脈を探り当てたり、また土になった身体を“自然界に存在する金属”に変化させることが出来る能力だ。宝石類には変化できない。この能力によって金属を作り、取り出す訳なのだが、身体の一部を金属にしてただ身体から切り離すだけだと、ただの土くれに戻って崩れてしまう。そうならない為には、意識して金属化を固定しなければならず、それには相当のエネルギーが必要なのだ。その限界が先程言った“握り拳半分”、これは私の体力が低いのではなく、消費するエネルギーが半端じゃないのだ。こういうところは、ご都合とはいかないらしい。
 まあそんな事情もあり、私は金を作ろうとはしない。必要がないし、何より偽金を作るみたいで気分も良くないしな。(能力を試した時に作った金は全て処分した)

「ミス・ヴァリエール!授業中の私語は慎みなさい」

「すいません……」

 おっといかん。ぼ~っと考え事としていて、話を聞いていなかった。
 何やらルイズが、ミセス・シュヴルーズに注意されたようだが。

「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」

「むっ」【ピコーン】

 私の中の『“何かヤベえ”センサー』に反応が!っていうか“何かヤベえ”どころの騒ぎではない。それは、他の皆も同じな様だ。
 代表してキュルケが手を上げる。

「先生」

「なんです?」

「やめといた方が良いと思いますけど……」

「どうしてですか?」

「危険です」

【コクコクコクコク!!】

 キュルケの言葉に、教室の(私とタバサを除いた)全員が頷いた。
 しかし、ミセス・シュヴルーズにはその意図が上手く伝わらなかったようで、怪訝な顔で聞き返す。

「危険?どうしてですか?」

「ルイズを教えるのは初めてですよね?」

「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては何もできませんよ?」

「ルイズ。やめて!」

 キュルケが懇願する。だが、それが逆にルイズの意地に火を付けてしまったようだ。

「やります」

 ルイズがそう言って立ち上がった瞬間、教室の連中は怯えてざわつき始める。
 これはもう止まらないな。逃げるしかない。

「……(タバサ、脱出だ)」

「……」【コク】

 ツーと言えばカー。私とタバサは場の混乱に乗じて気付かれないように教室を脱出した。
 何故脱出かって?あのまま教室に居るとルイズの……ああ、いやこれは言わなくてもいいか。
 置いて来てしまったキュルケには申し訳ないが、まあ死ぬわけではないだろうし、運が悪かったと思って諦めてもらおう。

「よし、これでひとまず安心だな。恐らく、講義再開には数時間はかかるだろう。私は一旦部屋に戻るが、タバサはどうする?」

「……」

 タバサは片手に持った本を上げて示した。「読書をして時間を潰す」だそうだ。

「わかった。では、また後でな」

「……」【コク】

 私はタバサとそこで別れた。そのすぐ後に、教室の方から爆発音が響いてきた。

「あ~あ……」

 ルイズが魔法を使うと、いつもこうなる。
 ミセス・シュヴルーズが無事であることを祈りつつ、私は部屋に戻った。





 午前の授業も終わり、昼食の時間。朝と同じく全生徒が食堂に集まる。
 私が席に着いて少ししてから、ルイズとサイトの2人がやって来た。彼女らは先程まで、教室の片付けを命じられたのだ。
 あの爆発の後、私が戻った時の教室はめちゃくちゃだった。教卓は粉々、窓ガラスは1枚残らず砕け散り、壁や床は煤だらけ。その上ミセス・シュヴルーズは気絶しており、クラスの『水』メイジ達に介抱されていた。キュルケに聞いた話によれば、ミセス・シュヴルーズはあの爆発を至近で喰らってしまったらしい。
 幸い大した怪我はなく、その後少ししてからミセスは意識を回復し、何とか講義は再開された。だが、爆発した時点から考えると2時間近く気絶していた計算になる。しかも、あの一件で『錬金』がトラウマになってしまったらしく、今日は『錬金』の講義は行われなかった。

 そんな事を思い返しながら見ていると、ふと2人の表情に違和感を覚えた。ルイズは眉間にギュッと皺を寄せており、何故かサイトはスッキリしたような満足げな顔をしている。
 ルイズがあの表情なのは『魔法が失敗したことで、周りに馬鹿にされて悔しがっている』って事で説明がつくが、恐らく片付けを手伝わされたであろうサイトが、あんなに得意げにしているというのは妙な話だ。
 席の前に着くと、サイトは椅子を引いてルイズに言った。

「はいお嬢様。料理に魔法をかけてはいけませんよ。爆発したら、大変ですからね」

 その瞬間、私は理解した。
 サイトは今まで、何故ルイズが“ゼロのルイズ”と呼ばれていたのかを理解していなかった。しかし、今回の講義でその理由を目の当たりにして、ここぞとばかりにからかったのだろう。今のルイズへの言葉から考えれば、そうに違いない。サイトはまるで鬼の首を取った様に得意げで、完全に舞い上がっているのがわかる。
 彼は、分かっていない……。一時の優越感に惑わされて調子に乗ると、得てしてどういう目に遭うのか……いや“遭わされる”のかを。

「さてと、始祖ナントカ。女王様。ほんとにささやかで粗末な食事をこんちくしょう。いただきます」

 そう言って床に置かれた食事にサイトが手をつけようとした時、その皿をルイズが取り上げた。

「なにすんだよ!」

「こここ……!!!」

「こここ?」

「こここ、この使い魔ったら、ごごご、ご主人様に、ななな、なんてこと言うのかしら~~?!」

 ルイズは全身を震わせ声も震わせ、眉間と口元を痙攣させて怒りを顔面に露わにしている。それ見たことか。

「ごめん。もう言わないから、俺のエサ返して」

 エサって……いや確かにそう言ってもおかしくないけど。
 なんとも……よくわからないヤツだな、サイトって。

「ダメ!ぜぇーったい!ダメ!“ゼロ”って言った数だけ、ご飯ヌキ!これ絶対!例外なし!」

「さて、今日の昼食は『フィレステーキの赤ワインソース仕立て』か」

 心の中でサイトを憐れみつつ、私は並べられた昼食の献立を眺めていた。



 昼食が終わると、その後にデザートが出る。実は私は甘党で、この食後に出されるスイーツと紅茶を楽しみにしているのだ。
 豪勢だが味のバラつきが少ない学院の食事はすでに飽きたが、何故かスイーツだけは飽きない。不思議なものだと我ながら思うが、食に楽しみを失っていないのは良いことだ。
 あ、ちなみにルイズを怒らせて昼食抜きにされたサイトは先程食堂を出て行った。ここにいても、もはや食事が貰える見込みがなく、空腹が増すだけだと思ったのだろう。

「食後のデザートでございます」

 おお、来たか♪メイドの1人が、私の皿にデザートを配る。
 今日のデザートはチーズケーキだ♪

「失礼いたします」

 そして別のメイドが紅茶を持ってきた。

「それではごゆっくり」

「ありがとう」

 メイド2人は一礼すると次の者にケーキと紅茶を配りに行った。さ~て、頂くとするか♪
 私はフォークを片手に、デザートのチーズケーキに取り掛かった。

「あむ、ん~美味、美味♪」

 このデザートの時間は至福♪
 とケーキを食べながら幸せに浸っていた時だった。

「なあ、ギーシュ!お前、今誰と付き合っているんだよ!」

 そんな声が聞こえてきた。
 ふと、その会話の出所に目を向けると、そこには友人に囲まれている金色の癖っ毛に、フリルのついたシャツを着て一輪の薔薇を片手に持った男子生徒がいた。
 確かあれは、『土』のドットメイジの“ギーシュ・ド・グラモン”だな。“青銅”の二つ名を持ち、二つ名の由来でもある青銅のゴーレムを駆使した戦闘を得意としている男だ。トリステイン王国の元帥を父に持つ名家グラモン家の四男坊だとか。しかも聞いた話によれば、グラモン家の男は、皆揃って無類の女好きなのだそうだ。
 たぶんそれは間違いではない。何故なら、あのギーシュもまた、我々の学年では有名な“女誑し”だからだ。

「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませる為に咲くのだからね」

 ほれ、この通り。こういう不誠実なことを平然と口に出せる彼の神経は、私には到底理解できない。

「おや?」

 私はギーシュの足もとに落ちている小壜を見つけた。
 中には綺麗な紫色の液体が見える。ポーションか?それとも、香水か?

(ん?香水?)

 そう言えば……以前、モンモランシーは自分の為の香水は特別な配合で調合している、と聞いたことがある。そしてそれは、“鮮やかな紫色”の香水なのだとか……。
 思い返せばギーシュとモンモランシーは結構仲が良かったな。なるほど、本命は彼女だったか。さっきの不誠実っぽい台詞は、男の見栄だったのか。

「ふふ、面白いヤツだ」

 と、思わず笑ってしまったその時、

「おい、ポケットから壜が落ちたぞ」

 いつの間にか戻って来ていて、しかも何故かデザートのトレイを持ったサイトがギーシュに近づいて、さっきの小壜を指さして言った。
 しかしギーシュはそれを無視した。なんだ?一瞬顔が強張ったようだが……?
 サイトはシエスタにトレイを預け、しゃがみ込んでわざわざその壜とやらを拾い上げた。

「落とし物だよ。色男」

 そう言ってサイトがテーブルに小壜を置くが、ギーシュは「KYな奴め」とでも言いたげにしかめっ面になり、小壜を押しやる。

「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」

「おお?その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

 1人がその小壜に気付くと他の連中も騒ぎ出す。

「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分の為だけに調合している香水だぞ!」

「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな?」

「違う。いいかい?彼女の名誉のために言っておくが……」

 言い訳をするギーシュ。
 なんだか妙だな……?何故そこまで頑なに否定するんだろうか?
 からかわれるのが嫌だとか、そういう感じでもない。寧ろ、何か焦っているような?
 と、その時だった。

「ギーシュさま……」

 1人の栗色の髪の一年生の女子が、ギーシュに近づき涙目で話しかけた。そして彼女は、遂にボロボロと泣き始める。

「やはり、ミス・モンモランシーと……」

「彼らは誤解しているんだ、ケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、君だけ……」

【バチィィンッ!!】

 痛そうな良い音だ。ギーシュの話に聞く耳を持たず、ケティと呼ばれた女子は平手を見舞った。

「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ!さようなら!」

 走り去るケティ。
 私はそれで事情を悟った。ギーシュは本当にただの“女誑し”だっただけだったようだ。少しでも、あいつを肯定してしまった自分が情けない。
 あのケティという1年生、可哀想になぁ……。
 しかし加害者たるギーシュは、張られた頬をさすって呆然とするばかり。とその時、遠くの席から立ち上がり、厳しい顔でギーシュを睨みながらモンモランシーが歩いて来る。

「モンモランシー、誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」

 ギーシュは冷静を装って言い訳を始める。2人きりで遠乗り、それは一般的に“デート”と言う行為だと思うが。

「やっぱり、あの1年生に手を出していたのね?」

「お願いだよ、“香水”のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

 白々しい台詞だ。
 モンモランシーもそう思ったらしく、テーブルの上に置いてあったワインをギーシュの頭にぶちまけた。

「嘘つき!」

 一言怒鳴りつけると、モンモランシーは踵を返し早足で去っていった。

「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 ハンカチを取り出して、頭から滴るワインを拭いながらギーシュはそんな事を言ってのける。
 あいつ、まるで反省していない。それどころか自分が悪いとさえ思っていない。最低だ。

「待ちたまえ」

 呆れてその場を立ち去ろうとしたサイトをギーシュが呼び止めた。

「君が軽率に、香水の壜なんかを拾い上げたおかげで、2人のレディの名誉が傷付いた。どうしてくれるんだね?」

「はあ?なに言ってんだお前?そんなもん、二股かけてたお前が悪いんだろが」

 まったくだ。
 サイトが言うと、ギーシュとつるんでたヤツらが笑う。

「その通りだギーシュ!お前が悪い!」

 それで頭にきたのか、ギーシュの顔が赤くなった。

「いいかい?給仕君。僕は君が香水の壜をテーブルに置いた時、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があっても良いだろう?」

 なんて無茶苦茶な理屈だ。あくまで自分の非を認めないつもりか。

「どっちにしろ、二股なんかそのうちバレるっつの。あと、俺は給仕じゃない」

「ふん……。ああ、君は……」

 どうやらサイトのことを思い出したようで、ギーシュは小馬鹿にするように鼻で笑った。

「確か、あの“ゼロ”のルイズが呼び出した平民だったな。平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」

 それでサイトはカチンと来たようだ。挑発するような不良面になって、ギーシュに吐き捨てるように言った。

「うるせえキザ野郎。一生薔薇でもしゃぶってろ」

 今度はギーシュがカチンとする番だった。彼の目が光る。

「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだな」

「生憎、貴族なんか1人もいない世界から来たんでね」

 いや、厳密に言えばそれは違うはずだ。確かにこの世界にいるような貴族はいないが、貴族の血筋を受け継ぐ名家などは残っているはずだ。あくまで余談だが。

「良かろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」

 なんだって?まさか、ギーシュはサイトに戦いを仕掛けるつもりか?!
 これはいかん!私は立ち上がり、2人の元へ歩み寄る。

「待て!」

 私は睨みあう2人の間に割って入った。

「なんだね、エドワール?」

「話は聞かせてもらった。ギーシュ、君は一体何をするつもりだ?」

 私が尋ねると、ギーシュは薔薇の花を手に持ちながら笑う。

「聞いていたならわかるだろう?この平民に、貴族への礼儀を教えてやるのだよ」

「……どうやってだ?」

「決まっている。決闘だよ」

 やはり……。

「馬鹿を言うな。貴族が平民相手に決闘を仕掛けるなど、恥ずかしいとは思わないのか?」

「貴族を侮辱した平民には、お仕置きが必要だろう?」

「本末転倒。先に彼を侮辱したのは君じゃないか、ギーシュ。第一、誰がどう見てもこの件で最も罪が重いのは、己の欲を満たす為に女子2人を弄び、傷つけた君だ。それを指摘されて腹立ち紛れに侮辱しておいて、言い返されたから「侮辱された」などと、責任転嫁も甚だしい」

「そうだぞ、ギーシュ!ダルモールの言う通りだ!」

「うぐ……」

 私の言葉に乗じた周りの生徒達にも囃し立てられ、ギーシュは唸る。

「こんなことをしている暇があったら、潔く己の非を認め、さっさとさっきの2人に謝りに行くべきじゃないか?」

「く……!」

 ギーシュは悔しげに顔を歪ませると、薔薇の花をシャツのポケットに戻した。

「……い、良いだろう。確かに、君の言うことにも一理ある」

 一理ではなく、私は真理を言ったつもりだがな。まあ、これで何とか丸く収まっただろう。
 だが、そう思った瞬間、ギーシュは「フッ」と皮肉っぽい笑みを、サイトに向けた。

「そこの平民、エドワールに免じて君の無礼は忘れてやる。彼に感謝するがいい。君は命拾いをしたのだからな」

「なんだと!?」

 言われたサイトが食い付く。
 ああ、折角丸く収まったと思ったのに!ギーシュの奴め、余計なことを!!

「ふざけんな、ボンボン!てめえなんざ怖くも何ともねえよ、バーカ!やるならやってやるぜ?かかって来いよ、二股野郎」

 売り言葉に買い言葉で、今度はサイトがギーシュを挑発して始めた。

「おい!やめないか!」

 私は慌ててサイトを止めようとしたが、暴走するこの流れを止めることは出来なかった。

「……ここまで言われては、もはや黙って引き下がることなどできないな。いいだろう……君に、現実というものを教えてやる」

 ギーシュもサイトを睨みつけ、再び薔薇の花を抜いてサイトに突き付ける。

「決闘だ」

 くそ!私の努力をこんなにアッサリ無にしてくれやがって!

「ギーシュ!やめないか!」

「貴族の食卓を平民の血で汚すわけにはいかない。ヴェストリの広場で待っている。覚悟が出来たら来たまえ」

 私の制止など聞く耳持たず、ギーシュは体を翻して食堂を去って行った。他の連中も1人を残して、ワクワクした顔で立ち上がり、彼の後を追う。残った1人は、恐らくサイトの見張りのつもりだろう。学院の生徒ってのは暇を持て余しているから、こういう刺激のあるイベントが大好きなのだ。周りもざわつき始める。
 大変なことになった……!

「くそ!」

 私は思わず毒づく。
 ここまで騒ぎが大きくなってしまっては、もはや決闘を撤回させることはほぼ不可能だ。

「おい、君!何故あんなことを言った!?折角私が「あんた!何してんのよ!」っ!?」

 私がサイトに説教をしようとした時、ルイズが叫びながら駆け寄って来た。
 サイトがその声に振り返る。

「よお、ルイズ」

「『よお』じゃないわよ!見てたわよ!なに勝手に決闘なんか約束してんのよ!折角、エドワールが仲裁してくれたっていうのに!」

「だって、あいつが、あんまりにもムカつくから……」

 サイトはバツが悪そうに言った。
 一応、売り言葉買い言葉だったことはわかっているようだ。だが、もはや事態はそれでは済まない。

「あ、あなた、殺されちゃう……」

 傍で立ち尽くしていた黒髪のメイドが、青ざめた顔で呟いた。それを聞いたサイトは怪訝な顔をする。

「はぁ?」

「貴族を本気で怒らせたら……」

「大袈裟だな~。大丈夫、あんなひょろスケに負けるかっての。何が貴族だっつの」

 どうやらメイドが言っている意味が全然分かっていない様だ。私は口を挟む。

「何か勘違いしているようだな、君は」

「え?」

「ギーシュが君に持ち掛けたのは“決闘”であって“喧嘩”ではない。そしてその言葉を口にした以上、彼は間違いなく青銅のゴーレムを使ってくるぞ」

「は?ゴーレム?」

 まだわからないのか……。

「……こういうヤツだ」

 私は杖を床に向かって振り下ろした。
 そしてその床が僅かに光り、1体の身長2メイル程の厳つい鎧甲冑姿のゴーレムが出現する。ちなみに造形のイメージは、『ハガレン』のアルフォンス・エルリックである。

「な、なんだこりゃ!?」

 いきなり現れたゴーレムに、サイトは目を丸くする。

「これがゴーレムだ。『土』の魔法使いは、このようにゴーレムを操って戦うタイプもいる」

 私はゴーレムにシャドーボクシングをさせて、説明する。

「このように、ゴーレムは造り出した者の意のままに動く。ギーシュ自身の肉弾戦闘能力は皆無と言っていいが、造り出されたゴーレムはそうじゃない。その身体は青銅で出来ており、当たり前だが痛みもなければ感情もない。加えて素手の君ぐらい簡単に叩き伏せる力もある。言っては悪いが、見た感じ君に、これに対抗できるだけの戦闘能力がある様には到底思えない」

「…………」

 私が説明する内に、サイトはようやく事情を呑み込めてきたのか、さっきまでの自信に満ちた表情ではなくなっていた。
 それを見たルイズが、溜め息を吐いて、やれやれと肩を竦める。

「……全部エドワールの言う通りよ。だから、平民はメイジに絶対に勝てないのよ。わかったでしょ?さあ、早くギーシュに謝りに行くわよ。今ならまだ許してくれるかもしれないわ」

「っ!?ふざけんな!」

 ルイズの言葉に、サイトは怒鳴り声を上げた。

「なんで俺が謝んなくちゃならないんだよ!先に馬鹿にしてきたのは向こうの方だ。大体、俺は親切に……」

「いいから!」

 ルイズが強くサイトの言葉を遮るが、サイトは譲ろうとしない。

「嫌だね」

「あんたね……エドワールの話聞いてなかったの?平民はメイジに絶対勝てないの!だから、あんたじゃギーシュに勝てないって言ってるじゃない!」

「……そんなの、やってみなくちゃわからねえだろ」

 サイトは頑なにルイズの言葉に反抗する。そしてそのまま体を翻し、見張りに残った1人に向かって歩いて行く。
 拙い!あの顔は、完全に火が付いてしまっている!

「ヴェストリの広場ってどこだ」

「おいっ!!」

 さっきのギーシュと同じく、サイトも私の声など聞く耳持たず、見張りの生徒に連れられるまま外へ向かって行ってしまった。

「ああもう!ホントに!使い魔のくせに勝手なことばっかりするんだから!」

 ルイズもサイトの後を追いかけて行った。
 私も後を追おうとして、その場で未だ立ち尽くす黒髪のメイドを思い出し、彼女に声を掛ける。

「君!そこの黒髪のメイド君!」

「は、はい!?」

 そんなに緊張しなくてもいいと……いや、無理もないか。

「彼の方は私が何とかしてみる。君はもう仕事に戻れ!良いな!?」

「え……あ、あの……」

「とにかく私も急がねばならんから、もう行く!とにかく心配するな!それじゃ!」

 月並みな言い方だが、今の私に言えるのはこれだけだ。
 言い残し、私はサイト達の後を追った。



「諸君!決闘だ!」

 駆けつけてみれば、ヴェストリの広場には噂を聞きつけ集まった生徒達でごった返しており、彼らに向かってギーシュが決闘を宣言していた。
 すると、『うおーッ!』と歓声が巻き起こる。まさかもう、こんなに大騒ぎになっていたとは!

「くそ!って、あれは!?」

 観衆を見渡していた時、その中に我が友人2人の姿を見つけてしまった。

「あら?ハァ~イ、エド♪あなたも見に来たの?」

「……」

「お前らも見に来てたのか!?」

 呑気に挨拶してくるキュルケに、我関せずで、手に持った分厚い本を読み続けているタバサ。
 相変わらず対称的な2人に、私は思わずツッコんでしまった。

「なんだか面白そうなことが始まるって聞いたから、暇つぶしにタバサと一緒にね。それで来てみたら、ギーシュがあのルイズの使い魔の子と決闘するとか言ってるじゃない?どういうことなの?」

 事情を知らないとはいえ、呑気なことを言ってくれる。

「唯の腹いせだ。ギーシュの二股がバレて、それが彼の所為だと言いがかりをつけたんだ」

「な~んだ、いつもの事じゃない」

 私の手短な説明を聞いたキュルケが、呆れた風に肩を竦める。全く同意見だが、今はそれどころではない!

「とにかく!このままでは大変なことになりかねない!私はあの2人を止めに行く!」

 私は今にも戦い出さんばかりのギーシュとサイトを止めるべく、野次馬の壁を“唯のジャンプ”で飛び越えた。


<side サイト>

「とりあえず、逃げずに来たことは誉めてやろうじゃないか」

 ギーシュとか言ったキザ野郎が、薔薇の花を弄りながら余裕かましてきやがった。

「誰が逃げるか」

「そうかね。さてと、では始めるか」

【ダッ!】

 速攻!喧嘩は先手必勝だ!野郎が、さっきエドワールとかいうヤツが言ってたゴーレムってのを出す前にぶっ飛ばしてやる!!
 と、思って駆け出そうとした時だった。

「待ったぁぁぁ!!!」

【ズダンッ!!】

「うおっ!?」

 俺とキザ野郎の間に、さっきのエドワールってヤツが割り込んで来た。


<side out>


 私は間一髪、ギーシュとサイトの間に割り込むことが出来たようだ。

「また君かね、エドワール。決闘の邪魔をするのは、野暮というものだよ?」

「さっきも言ったと思うがな、ギーシュ。貴族が平民に決闘を仕掛けるなど恥ずかしいとは思わんのか!?」

「彼は僕を侮辱した」

 ギーシュは手にした薔薇の花でサイトを指し示す。

「僕は先の決闘を取り下げ、彼の無礼を忘れようとした。しかし、彼はそれを突っぱね、事もあろうにこの僕に下品な言葉を投げつけるという暴挙に出た。あそこまで愚弄されて黙って見過ごしたとあれば、貴族の名折れだ」

「しかし、相手は武器も持っていないのだぞ?だがこれを決闘と言っている以上、君は魔法を、青銅のゴーレムを使うだろう。それでは公平な勝負とは言えないじゃないか!」

 私は必死に説得を試みる。いくらサイトが『ゼロの使い魔』の主人公だとしても、素手でゴーレムなんかと戦えるわけがない。
 17年前まで、私も現代日本人だったからこそわかる。例え剣道や柔道、空手と言った武道の類で日本一に輝いていたとしても、現代の高校生がハルケギニアのメイジに勝てる見込みはほぼ皆無だ。言っては悪いが、サイトは身体つきや普段の立ち居振る舞いを見る限り、とても武道の心得があるとは思えない。本当に普通の高校生だ。
 そんな彼を、青銅製はいえゴーレムと戦わせるのは物凄く危険だ。

「なるほど、確かに一理あるな」

 だから一理ではなく真理だ!しかし、これで何とかギーシュの方は上手く丸めこめたか?
 と思ったのも束の間……。

「ならば、こうすれば問題なくなるな」

 そう言うとギーシュは薔薇を振る。花びらが1枚飛んでサイトの前に落ちる。
 すると、その地面から1本の剣が現れた。

「な、なんだこりゃ!?地面から剣が出た?!」

 サイトはいきなり現れた剣に驚く。
 私は嫌な予感がした。ギーシュめ、まさか……?

「君、本気でこの僕と戦うつもりがあるなら、その剣を取りたまえ。そうじゃなかったら、一言こう言いたまえ。『ごめんなさい』とな。そうすれば、もう1度だけ君の無礼を忘れようじゃないか」

 やはりか!
 私が言いたかったのはそういう事ではないと言うのにっ!!

「ギーシュ!」

 ん?今の声は……。
 声が聞こえた方に振り向くと、ルイズがこちらに駆け寄って来ていた。

「おおルイズ!悪いな。君の使い魔をちょっとお借りしているよ」

「いい加減にして!大体ねえ、決闘は禁止されてるじゃない!」

「禁止されているのは“貴族同士”の決闘のみだよ。平民と貴族の間での決闘なんか、誰も禁止していない」

「それは今まで、貴族に挑む平民も、平民に決闘を仕掛ける貴族もいなかっただけだろ!」

「そ、そうよ!」

 ギーシュの屁理屈に私は口を挟む。ルイズも少し勢い弱めだが、私の意見に賛同した。
 すると、ギーシュは少しいやらしい目をルイズに向ける。

「随分必死に止めるね?ルイズ、君はそこの平民が好きなのかい?」

「誰がよ!やめてよね!自分の使い魔が、みすみす怪我するのを、黙って見ていられるわけないじゃない!」

 ルイズは僅かに頬を赤くして叫んだ。

「……人を放置して、ベラベラくっちゃべってんじゃねえっつの」

 その時、サイトが話に割り込んで来た。
 いかん、ギーシュばかりに気を取られて、サイトのことを忘れていた。しかも、彼は目の前の剣に手を伸ばそうとしている!

「おいよせ!その剣を取ってはいかん!」

「そうよ!それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!今話をつけるから、ちょっと待ってなさい!」

「うるせえ」

 思い留まらせようとする私とルイズに、サイトはポツリと呟いた。

「いい加減、ムカつくんだよね……。メイジだか貴族だか知んねえけどよ。お前ら揃いも揃って威張りやがって。魔法がそんなに偉いのかよ。アホが」

 サイトは絞り出すようにそう言った。しかし、私まで一緒くたにされるのは、ちょっとショックなんだが……。
 そんな彼に、ルイズは怒鳴る。

「ムカつく?なによそれ!?そんなつまらない意地張って、あんた死ぬつもり?!」

「俺は元の世界にゃ、帰れねえ。ここで暮らすしかないんだろ」

「はぁ?こんな時に何よ!?それがどうしたって言うの!?今は関係ないじゃない!」

 そう言ってルイズはサイトの元へ駆けて行く。その間も、サイトの言葉は続く。

「使い魔でいい。寝るのは床でもいい。飯は不味くたっていい。下着だって、洗ってやるよ。生きるためだ。しょうがねえ、我慢する」

 そこでサイトは言葉を切り、剣に伸ばした右手を握り込んだ。

「でもな……」

「でも、何よ!?」

 ルイズは叫ぶ。そしてサイトは、顔を上げて剣を睨んだ。

「下げたくない頭は、下げられねえっ!!」

【ガシッ!】

 遂にサイトが剣を握ってしまった!

「サイト!」

 ルイズが彼の名前を叫ぶ。だが、呼ばれたサイトは、何故か嬉しそうだ。

「……へへへ、お前、やっと俺を名前で呼んだな」

 そう言って笑うと、ルイズを押しのけて前に出る。

「握ったな……。その態度、決闘承諾と見るに十分。もはや後には引けないよ?」

 ギーシュは薄く笑うと、再び薔薇の花を振った。すると地面から、ギーシュの十八番・青銅のゴーレムが出現した。身長はギーシュと同じくらい、青銅製のややくすんだ青色の甲冑を着た女戦士の形の人形、彼はそれを『ワルキューレ』と呼んでいる。

「おいギーシュ!」

「もう止めるのは無しだよ、エドワール」

 その瞬間、ギーシュのゴーレムがサイトに向かって駆け出した。

「くっ!」

 やむを得ん!こうなったら私の『鼻唄三丁矢筈斬り』で、あのゴーレムを斬るしかない!
 そう思って、杖に『ブレイド』をかけた時だった。

「っ!!」

【ズバンッ!!】

「なっ!?」

 私は目を疑った。その光景に、その場にいた誰もが言葉を失った。
 自分に突進してきた青銅のゴーレムを、サイトは手にした剣で一刀両断、胴から真っ二つに切り裂いたのだ!

「……!く、くそ!」

 我に返ったギーシュが、再びゴーレムを作り出す。
 今度は6体、ギーシュが作り出せるゴーレムの限界数は7体。1体が倒され、今6体を作り出したことで、ギーシュはもう後がなくなった。

「い、行け!『ワルキューレ』!」

 ギーシュの指示で、6体のゴーレムがサイトを取り囲み、一斉に踊りかかる。
 しかし次の瞬間、ゴーレム達は一瞬でバラバラに斬り裂かれてしまった。恐らく、周りの観客達には何が起こったかわからなかっただろう。
 だが、私は見た。まるで流れるように剣を振り、胴、首、腕、足、どこであろうと構うことなく、一太刀ごとにゴーレムの青銅ボディを両断するサイトの剣技を!あれは、とても素人とは思えない。まるで、剣という物をどう扱えばいいのか全て分かっているような動きだった。流石に、速さではブルックに劣り、力ではゾロに劣るが、それでも現代日本の普通の高校生の動きではなかった。

(これが、主人公パワーか……)

 そう思った瞬間、サイトは姿がブレる程の速さで間合いを詰め、ギーシュに切っ先を突き付けた。

「ひっ!」

「まだやるか?」

 サイトが問うと、ギーシュは腰を抜かした様に尻もちをつき、ガックリと項垂れて呟いた。

「ま、参った」

 ギーシュは負けを認めた。それを見た私は、左手を掲げて観衆に宣言する。

「勝者、ヒラガサイト!」

『わあぁぁぁ~~~!!』

 私の宣言で、観客達から大きな歓声が沸き起こった。皆口々に「あの平民、やるじゃないか!」とか「ギーシュが負けたぞ!」とか騒いでいる。

「え?いや、その……へ、へへっ!」

 周りの歓声に、サイトはキョロキョロしながら照れた。空いた左手で、頭を掻いている
 と、その時私は気付いた。サイトの左手の甲に刻まれた『使い魔のルーン』が光っていることに。

(……もしかして、あのルーンがサイトの身体能力を引き上げていたのか?)

 だとすれば、どう見ても普通の高校生のサイトが、あれほどの戦闘力を発揮したのも頷ける。
 ルーンは使い魔の証であると同時に、その者に特殊能力を与えるものでもある。ならサイトのルーンが与える能力は恐らく『闘争本能に応じて、戦闘力をグンと引き上げる』とかそんな感じか。
 なるほど、私ほどデタラメではないが、これもある種のチート能力だな。だが、彼が主人公であることには納得した。


 その後、サイトはルイズに耳を引っ張られてその場を立ち去り、観客もイベントが終わると見るや解散して行った。
 当然私もその場を後にし、自分の部屋に帰ろうとしたのだが、その途中でキュルケとタバサに捕まり、2人に(主にキュルケに)からかわれた。

『エドったら、相変わらず変なところでお節介よね~♪あんなに必死に決闘をやめさせようとするなんて』

『……』【クス】

 あれは恐らく、自分達の時のことを言っていたのだろうことは分かった。
 その時、私は思いっきり赤面していたはずだ。顔が熱かったからな。しかし、その後キュルケが言った台詞に、私は脱力した。

『けど……なかなか面白い子よねぇ、彼。相手があのギーシュとは言え、貴族に楯突いてしかも勝っちゃうなんて。うふ♪たまには趣向を変えて、ああいうのと身を焦がしてみるのも有りかも~♪』

『…………』

 私はその時、何も言う事ができなかった……。






[11412] ゼロの使い魔 贅沢者の転生者 第五話『盗賊』前編
Name: 平和主義者◆cbdb4415 ID:29e7285a
Date: 2009/09/13 08:00


 あのサイトとギーシュの決闘騒ぎから数日が経った。

 あの日以来、私はサイトと時々話をする様になった。
 きっかけは、私が仲裁した時の事でサイトがお礼を言ってきたのが始まりだったが、その時彼にこんな事を言われた。

「他のヤツ等は威張ってるけど、エドワールはなんだか感じが違うな」

 まあ、元は日本人だから、そう思われても不思議ではない。だが、私は敢えて自分が元日本人の転生者であることを明かさなかった。その理由は2つ。
 1つは、既に私はこの世界の住人として17年を過ごしており、いきなりこの世界に来てしまったサイトとは境遇が余りに違いすぎること。
 “訳も分からず連れて来られた”という点は同じだが、この世界を理解する時間、優しい家族、それらの恵まれた環境が私にはあった。そんな私には、彼の心の奥にあるであろう“寂しさ”や“家族への想い”を理解することは不可能だ……。
 2つ目は、私とサイトは“同じ日本”からやって来た訳ではないという事がわかったこと。
 実は、試しにと思って、サイトにヴァイオリンで『ビンクスの酒』を弾いて聞かせてみた。すると、彼は……

「へぇ~、なんか楽しそうでいい曲だな!これ、エドワールが作ったのか?」

 という反応を返してきた。奇妙に思った私は、他にも前世の日本で割りとポピュラーなゲームやアニメで流れた曲を何曲か演奏して聞かせたが、やはりサイトは喜びはしたものの、知っている風な反応は示さなかったのだ。幾らサイトがゲームやアニメを見ない人間なのだとしても、1つや2つ聞いたことがある曲があっても良い筈だ。
 どういうことだ?と疑問に思った時、私はこのハルケギニアに転生する直前に“暴君くま”モドキが言っていたことを思い出した。

『我々は、世界の管理者ではない。“無限に存在する世界”の1つ1つを監視することなど不可能だ』

 もしかしたら、サイトと私は、微妙に違う歴史を辿った“ぞれぞれの現代日本”からこのハルケギニアに来たのではないか?と私は考えた。
 それを裏付けたのは、サイトから聞いた日本の話。地名はともかく、建物や店の名前は微妙に違っていたし、有名なゲームやアニメだと言って彼が口にしたタイトルは、ことごとく私が聞いた事もないものばかりだった。
 それで確信した。私とサイトは、同郷者なようで、実は同郷者ではなかったのだと。お互いに、『似て非なる世界』からやって来た人間なのだと。

 そういう訳で、私は転生者である事実を隠し、この世界の住人の1人として、出来る範囲で彼の力になろうと思い到ったのだ。

 で、何度か話す内に、サイトとは随分仲良くなった。話してみると、ちょっと軽い印象だがなかなか気さくな良いヤツだ。
 しかもサイトは、『平民の身で貴族を打ち負かした』ということで、学院の平民階級の人々に大人気となった。彼らにしてみれば、普段威張り散らしている貴族に正面から立ち向かい、そして勝利したサイトは、まさに『英雄』なのだろう。なんでも『我らが剣』と呼ばれ慕われているそうで、特にコック長のマルトー氏とメイドのシエスタ(あの黒髪のメイドのことだ)は、サイトに一際惚れ込んでいるらしい。ちなみに私が見た所、ズバリ!シエスタはサイトに女としての想いを寄せている!

 そして、また平穏な学院生活が戻ってきた。
 サイトがルイズに食事抜きにされて、コッソリ厨房で賄いを分けてもらったり……、
 サイトがルイズの顔にコッソリ落書きをして叩きのめされたり……、
 教室で居眠りをして、ルイズとの怪しい夜を想像させるような凄い寝言を言って蹴り飛ばされたり……、

 うん、平和だ。平和なんだが……最近キュルケが、フレイムにサイトを見張らせているのが、ちょっと不穏だ。あの決闘の後、キュルケは小悪魔的な笑みを浮かべて言っていたことが浮かぶ。

『けど……なかなか面白い子よねぇ、彼。相手があのギーシュとは言え、貴族に楯突いてしかも勝っちゃうなんて。うふ♪たまには趣向を変えて、ああいうのと身を焦がしてみるのも有りかも~♪』

 なんだか、一悶着ありそうな予感がする……。
 そんなこんなで、一応平和に時は流れ、今日は『虚無の曜日』。日本で言う所の日曜日だ。だから当然授業も休み、丸1日自由に過ごせる。

「ススゥ~~……ほっ」

 私は自室で紅茶をすすりながら、今日1日何をしようかと、ぼんやり考えていた。

(そうだなぁ……“また”魔法薬の研究でもするか?)

 実は私は、魔法の知識を身に付けてから、ちょっと魔法薬の研究をやっているのだ。きっかけは、私が“暴君くま”モドキからもらったチート能力であった。
 10歳の時、大体能力の全容を把握した私は、ルフィの『ゴムゴムの実』の能力が使えないことを残念に思っていた。『ギア2』をやってみたかったのだ。そこで、なんとかそれだけでも魔法薬の力で再現出来ないかと考え、研究を始めた。
 そして最初の試作品が出来上がり、使ってみたのだが……これが大失敗だった。
 それは、簡単に言えば血流を加速させ身体能力を一時的に向上させる薬だったのだが、ただ血流を加速させるだけでは血管や心臓が破裂してしまうので、同時に肉体の強度を強化し、加速した血流にも耐えられるように調合した魔法薬だった。しかし……血流に耐えられても、それによって上昇する“体温”に耐えられなかったのだ。
 効果が表れ始めると体温がどんどん上昇し、それによって大量発汗が起こり、私はあっという間に極度の脱水症状を起こして意識を失った。そして、実に1週間もの間、生死の境を彷徨い、回復してから父上と母上とじいにこっぴどく叱られた。
 それ以降、『ギア2』を初めとした『ワンピース能力再現薬』の研究は諦めた。しかし、その副産物として、血行を促進させて代謝機能を強化する薬の開発に成功した。これは父上と母上も誉めてくれた。それから、私は普通の魔法薬の研究・開発を時々行うようになったのだ。残念ながら、既に存在する魔法薬を知らずに作ってしまったり、あまり意味のない薬を作ったりと、あまり成果は上がらなかったがな。現在の所、唯一の成功例は『血行促進・代謝強化剤』だけだ。

「よし、やるか」

 と、魔法薬研究に取り掛かろうと決めたその時だった。

【バンッ!】

「エド!これからすぐ出掛けるから支度して!」

 叫び声と共に部屋の窓が開け放たれ、人影が飛び込んできた。私の部屋は男子寮塔の3階、こんな来訪の仕方をするのは“彼女ら”しかいない。

「キュルケ……せめてノックぐらいしたらどうだ?」

 窓から部屋に乗り込んで来たのはキュルケだった。外には、シルフィードに乗ったタバサもいる。

「そんなことどうでもいいから、早く支度して!急がなきゃならないんだから!」

「いや、どうでもいい事ないだろう!?」

 キュルケが大分急いだ様子だが、その発言に私は思わずツッコんだ。
 しかも、いきなり乱入してきて「出掛けるから支度をしろ」とは突然な。って、なんだか嫌な予感がするな……。

「……ちなみに聞くが、何処へ行くんだ?」

「ルイズとサイトが出かけたのよ!だから2人を追いかけるの!」

 ああ、前に言っていたサイト誘惑作戦か……。

「……何故私まで?」

「友達でしょ!協力してよ!」

「……」

 私はタバサに目を向ける。

「……」【フルフル】

「はぁ……」

 “諦めろ”だそうだ。私は溜め息を漏らしながら、杖を腰のホルダーに収めマントを羽織ると、口笛を吹いてティアマトを呼んだ。




「いつ見ても、シルフィードとティアマトが並ぶと壮観ね~!」

 キュルケはシルフィードの背びれに掴まりながら、感嘆の声を上げる。
 確かに彼女の言う通り、ティアマトとシルフィードの2頭のドラゴンが並んで飛ぶ姿はなかなかのものである。
 まあ、それはともかく……。

「私のティアマトを褒めてくれるのは有難いんだが、肝心の進路はどっちだ?」

「あ……」

 キュルケは途端に「しまった」という顔になる。

「わかんない……。慌ててたから」

「おいおい……」

 我々を駆り出しておいて、それはないだろう。しょうのないヤツだ。
 しかし、タバサは文句を言うことなく、シルフィードに命じる。

「馬2頭。食べちゃだめ」

 私も見習って、ティアマトに指示を出す。

「ティアマトも探してくれ」

『きゅい』≪おう≫

 ティアマトとシルフィードは、早速高空に上がり、目的のルイズとサイトを乗せた馬2頭を探し始めた。『風竜』の視力にかかれば、草原を走る馬を見つけることなど容易い。すぐに見つかるだろう。タバサはシルフィードの背びれにもたれ掛かり、本のページをめくり始める。私も探索をティアマト達に任せ、背びれに背を預けて寝転がった。



<side ルイズ>


 私はサイトを連れて、トリステインの城下町にやって来た。目的は、サイトに剣を買ってあげる為。
 昨夜、あのにっくいツェルプストーがその本領を発揮してサイトを誘惑しようとした。間一髪、阻止したけど、少し遅れていたらあの犬のこと、どうなっていたかわからない。
 部屋に帰ってから、サイトに“ツェルプストーと付き合ったと周りに知れたらどうなるか”を話してやったら、サイトも危機感を覚えたみたいで「剣くれ。剣」と言ってきた。私も、持たせておけば何かと便利かと思い、買って上げることにしたのだ。
 だけど、ギーシュと戦った時あれだけ剣を自在に操っていたサイトだけど、本人は剣士でもなければ剣を握ったことすらないと言う。だとすれば、多分使い魔として契約した時に現れた特殊能力なんだと思う。剣を自在に扱う能力、ただのバカでスケベなヤツだと思っていたけど、それならそれで少しは格好も付く。

 で、いざ街まで馬で来てみたら、「腰が痛い」と文句を言うわ、道端の露天で並べられた商品をジロジロ見るわ、全く落ち着きがないったらありゃしない!
 今さっきも街の看板を見ては「あの、壜の形した看板は何?」とか「あのバッテンの印は?」とかいろいろ聞いて来る。ホントに、子供みたい。その度に私がサイトの腕を掴んで引っ張るのだから、これじゃまるで保護者だわ。

 そうして私達は、武器屋へ続く狭い路地に入った。

「きたねえ……」

「だからあんまり来たくないのよ」

 ここはゴミや汚物が道端に転がり、入った途端に猛烈な悪臭が鼻を突くのだ。
 なんとか我慢して裏路地を抜け、四辻(十字路)に出た。そこでちょっと道を思い出すため立ち止まる。

「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りなんだけど……」

 そうやって辺りを見渡すと、目的の看板を見つけた。

「あ、あった」

 それは剣の形をした看板、言うまでもなく武器屋の看板だ。
 私はサイトを連れて、その看板を下げた店に入った。


<side out>


「……あの2人、武器屋に入って行ったわ」

 ルイズとサイトが入って行った武器屋を路地の陰から見つめていたキュルケがそう言った。

「そうか」

「……」

 私はキュルケの言葉を適当に流し、タバサはもう完全に“我関せず”で本を読んでいた。ティアマトとシルフィードは高空をぐるぐる飛び回っている。地上から見上げると、2頭は豆ぐらいの大きさに見える。
 あれから難なくサイトとルイズの馬を見つけた我々は、2人を追跡してここまでやって来た。空の上で聞いたのだが、昨夜キュルケがサイトを一気に落とそうと自室に招き入れたのだそうだ。
 しかし、良い所で再三邪魔が入り、結局最後にはルイズが乱入して来てサイトを連れ去り、誘惑は失敗に終わったとか。そして今朝になり、ルイズの部屋に行ってみれば2人が出かける姿を見かけたとかで、タバサと私を巻き込み現在に至る。
 地上に降り、こうして2人に見つからないように路地の陰に隠れながらその行動を監視しているのは、2人が街にやって来た目的を突き止める為なんだそうだ。

(別に「そんなことはやめろ」とかは言わないが、こんなことに我々を駆り出さないでもらいたいものだ……)

「……」【コクコク】

 何故かタバサがタイミング良くシミジミと頷く。私の心を読んだとでもいうのか?

「……」

 タバサ、恐ろしい子……。
 それはさておき……こうして張り込んでもうすぐ30分が経つ。いつまでこうしていなければならないのだろうか?
 と、私がダレ始めた時、キュルケが声を上げた。

「2人が出てきたわ!」

 私はとりあえず立ち上がり、路地の陰から武器屋の方を窺う。
 確かにサイトとルイズが出て来ていた。しかも、サイトは長い布の包みを背中に背負っている。大きさから見て、あれは剣だな。

「“ゼロ”のルイズったら……、剣なんか買って気を引こうとしちゃって……。あたしが狙ってるってわかったら、早速プレゼント攻撃?なんなのよ~~~ッ!」

 キュルケは悔しそうに地団太を踏む。あれはプレゼントとかそういう事ではないと思うが……。
 だが、先日のギーシュとの一件もあるし、サイトに剣を持たせるというのはルイズの判断は正しいだろう。

(お、そうだ!サイトが剣を手に入れたのなら、サイトに剣術の稽古相手になってもらうのもありかも知れない!)

 今までは『遍在ユビキタス』を使って剣技を試していた。『NARUTO‐ナルト‐』の主人公“うずまきナルト”がやっていた『影分身』特訓法をイメージしてもらえば大凡間違いない。唯一にして決定的な違いは、『遍在ユビキタス』は解除しても分身の“経験値”を自分に蓄積することが出来ない点だ。分身が見たものや聞いたことは、感覚を共有して得られるがそれだけだ。
 それもいい加減マンネリしきていた所だし、今度サイトに頼んでみるか。

「こうしちゃいられないわ!」

「む?」

 2人の姿が見えなくなったところで、キュルケが路地の陰から躍り出た。

「なんだ?急いで学院に帰るのか?」

「違うわよ!武器屋でルイズがどんな剣を買ったかを聞いて、それより良い剣を買ってサイトにプレゼントするの!これで今度こそ、サイトはあたしの虜よ~♪」

「……そこまでするのか?」

「さあ!2人とも行くわよ!」

 私の呆れ声の問いなど聞こえなかったようで、キュルケは武器屋の前に進む。やむなく私とタバサも彼女に続き、3人で武器屋の戸をくぐった。
 中にいた店主は、入ってきた我々を見て目を丸くした。

「おや!今日はどうかしてる!また貴族だ!」

 店主が驚くのも無理はない。
 貴族には扱うのは魔法と杖だ。そんな貴族が直接店に武器を買いに来るなんてことはまずない。買うとしても、従者に買いに行かせるものだ。一応収集家もいるとは聞いたことがあるが、そんな客は稀だろう。

「ねえご主人」

 キュルケは髪をかき上げると、色っぽく笑う。その色気に押されたのか、店主は頬を赤らめている。
 彼女のこういう男心を一瞬で掴むところは、大したものだと素直に感心する。ちょっと傍観してみるとしよう。

「今の貴族が、何を買っていったかご存知?」

「へ、へえ。剣でさ」

「なるほど、やっぱり剣ね……。どんな剣を買っていったの?」

「へえ、ボロボロの大剣を1振り」

「ボロボロ?どうして?」

「生憎、持ち合わせが足りなかったようで。へえ」

 それを聞いたキュルケは、手を顎の下に構えて『おっほっほっ!』と大声で笑い始めた。

「貧乏ね!ヴァリエール!公爵家が泣くわよ!」

「若奥様も、剣をお買い求めで?」

 店主は身を乗り出して尋ねる。どうやらルイズが渋い客だったから、羽振りの良さそうなキュルケを見て商売のチャンスだと思ったのだろう。
 果たして、そう上手くいくかな?

「ええ、見繕ってくださいな」

 すると店主は揉み手をしながら、店の奥へ消えて行った。
 そして奥から店主が持ってきたのは、1.5メイル程の大剣だった。柄は両手で扱えるように長く、立派な拵えになっている。所々に宝石が散りばめられ、両刃の刀身は鏡のようにピカピカ。
 なるほど、見た目は立派だな。

「あら、綺麗な剣じゃない」

「若奥様、さすがお目が高くていらっしゃる。この剣は、先ほどの貴族のお連れ様が欲しがっていたものでさ。しかし、お値段の加減が釣り合いませんで。へえ」

「ほんと?」

 確かに、パッと見ただけならこれを欲しがるかもしれないな。どれ……。

「ちょっとその剣、持ってみて良いかい?」

「へえ、どうぞ」

 店主の了解を得て、私はその剣を手に取った。そして店主から死角になる様に背を向けて、こっそり『ディティクト探知マジック』を掛ける。『ディティクト探知マジック』とは、人や物や場所に、何らかの魔法が掛けられているかどうかを調べる為の魔法で、『ドラクエ』の呪文『インパス』みたいなものだ。
 杖の先から光の粉が舞い散り、剣に降り注ぐ。反応は……、

(ふむ、なるほど……)

 今度は肉眼で、飾りの宝石をじっくりと見つめる。正確には、宝石の“中”を見つめる。

【じぃ~~~】

(……よし、全部分かった)

 さぁて、この後の店主の対応次第では、ちょっと問題になるかもしれないなぁ……。

「さようで。何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、その剣の刀身にその名が刻んでいるでしょう?」

 キュルケが私の手元の剣を見る。確かに、店主の刀身の付け根部分に名が刻んである。でもなぁ……。

「あれ、おいくら?」

 見てくれで納得したらしく、キュルケは頷いて店主に値段を訪ねた。
 さあ、どんな値を吹っかけてくる?

「へえ。エキュー金貨で3000。新金貨で4500」

「3000エキューだと?!結構な屋敷と森つきの庭が買える値段じゃないか!」

 私は思わず大声を上げてしまった。
 3000エキューと言えば、“シュヴァリエ”の称号を持つ者に与えられる年金6年分に相当する。幾らなんでも高過ぎだ!

「へえ、名剣は、釣り合う黄金を要求するもんでさ」

 呆れた男だ……。これはもう黙って見過ごす訳にはいかないな。

「店主、あんた分かっててやってる口か?それとも、あんたも誰かに一杯食わされた口か?」

「へ?」

 店主が間の抜けた声を上げる。キュルケも同様に、私の言葉に首を傾げた。

「どういうこと?エド」

「簡単な話だ。この剣は、シュペー卿の作なんかじゃない。真っ赤な偽物さ」

「「えっ?」」

 店主とキュルケがハモる。
 キュルケはともかく、店主のあの顔を見る限り、どうやら知らなかった口みたいだな……。

「はぁ……さっきこっそり『ディティクト探知マジック』を使ったんだ。結果、この剣に魔法なんか掛かっていなかった。この飾りの宝石だって、唯の色付きガラス玉だ」

「ええっ、ウソっ!?」

 目を丸くするキュルケに、私は剣に付けられた宝石をグッと近づける。

「よ~く見ろ。宝石の中を」

「…………」

 キュルケはギュッと目を細くして、宝石の中に注目した。すると、

「あっ!宝石の中に、細かい泡が入ってる!?」

「へええっっ!??」

 キュルケの言葉に、今度は店主が素っ頓狂な声を上げて、私の手から剣を引ったくった。
 そして、店のカウンターから鑑定用のルーペを取り出し、先ほどのキュルケと同じく目を細めて宝石を凝視した。

「……ほ、本当だ……」

 店主は冷や汗を滲ませながら呟いた。

「追い打ちを掛けるようで悪いんだが……」

「へぇ……?」

「刀身に刻まれたシュペー卿の名も偽物だ。つづりが間違っている」

「!!??」

 シュペーは『Spee』と綴るのだが、剣に刻まれた名は『Sepp』……これではゼップとなり、全然違う人の名前になる。

「……………………」

 ガックリと落ち込んでしまった店主の様子からして、偽者とは全く気付いていなかったようだ。きっと、全体の煌びやかさに惑わされて目が曇り、名の文字も細か過ぎて気付けなかったのだろう。
 ここまで落ち込まれると、なんだか少し悪いことをしたような気になってくる。

「ねえ、ご主人……」

 その時、キュルケが冷たい目で店主を見下ろす。

「へ、へえ……」

「このあたしに、偽物を売りつけようなんて……、随分良い度胸してるじゃない?」

 またキュルケが“覇気”を放っている……。超怖い。

「へ、へへぇ~!お、お許し下せえ!!あっしも知らなかったんでさぁぁ!」

 店主はキュルケの前で土下座し、床に頭を擦りつけた。
 気持ちはわかる。今のキュルケに逆らったら、一体どんな目に遭わされるか……想像するだけで恐ろしい。

「ど、どうかお許しを!お詫びの印に、うちの店の商品でどれでもお好きな品を持って行って下さって結構でさぁ!だから、どうかお上に報告するのだけはぁ~!!」

「へえ~、そう……♪」

 そういうと、キュルケはニヤリと笑った。あ~あ……。

「じゃあ、それで手を打っておいてあげるわ。エド、良いの選んでよ」

「は?何故私が?」

「だって、あたしは剣とかよくわからないもの。だったら、この剣が偽物だって見破ったあなたに選んでもらった方が確実でしょ?」

 キュルケはそう言ってウインクを飛ばしてきた。

「選べというなら、選んでもいいが……後で文句を言うなよ?」

 私は一言断りを入れてから、店内に置かれた剣を1つ1つ見て回る。
 しかし、困ったなぁ……。私は別に鑑定眼があるわけじゃないんだが。あの剣を見破れたのは、単に胡散臭さがプンプンしていただけだし……。

「う~~ん……」

 ザッと見た限り、この店に大したものは置いてない……と思う。どれも普通の剣ばかりだ。
 念の為、奥の倉庫も見せてもらったが、やはり目を引くような物はなかった。
 これなら、どれでも同じだな。やむなく私は形や長さ、重さなどから考え、扱いやすそうな1振りのロングソードを選んだ。

「これなら、サイトに合うと思うぞ」

「……わ、若旦那さま、さ、さすがお目が高くていらっしゃる!その剣は、城の兵隊の方々御用達のゲルマニアの工房から仕入れましたものでさ」

 店主は汗を垂らしながら愛想笑いを浮かべてきた。

「ふぅん、少し地味だけど、エドはこれがこの店で1番良いって言うのね?」

「正直言えば、どれも似たり寄ったりだ。特別凄い剣、というのはなかったから、中でもマシな物を選んだだけさ」

「そう。じゃあ、これにするわ。包んで頂戴」

「……へ、へえ!ただいま!(ちくしょ~!こいつはまともに売りゃ400エキューは取れたのに~!野郎、貴族のボンボンのくせに目が利きやがるぜ……!)」

 私からロングソードを受け取ってカウンターに向かう店主。彼が小声で呟いた暴言については、聞かなかった事にしてあげよう。

「では……こちらで」

「ありがとう」

 キュルケは布に包まれたロングソードを受け取ると、さっさと店を出て行った。私とタバサも続いて店を後にした。


<side 店主>

 俺は呆然と、貴族の小娘と小僧どもが帰って行った店の戸を見つめていた。

「……」

 カウンターに置きっ放しの“偽剣”に目をやる。同時に、どんどんムカッ腹が立ってきた。

「ちきしょう!てめえの所為で大損こいちまったじゃねえか!!」

【ガチャンッ!】

 見るのも忌々しい偽剣をカウンターから叩き落し、俺は引き出しから酒壜を取り出す。

「ええい!今日はもう、店仕舞いだぁ!!」


<side out>



 その日の夜、

「どういう意味?ツェルプストー」

 私はルイズの部屋にいて、睨みあうルイズとキュルケの姿を眺めていた。例によって、キュルケに連れて来られたのだ。同様にタバサも来ているが、彼女は“我関せず”でベッドに座って本を読んでいる。
 キュルケは昼間に手に入れたロングソードをサイトに渡して、早速アプローチを掛けにきたのだ。そして現在、ルイズと口論中。
 毎度思うが、どうして私まで……?そう思っていた時、ふとタバサを見ると、

「……」【フルフル】

 またしても“諦めろ”だそうだ。本当に心が読めるんだろうか?
 私の疑問を余所に、ルイズとキュルケの攻防は続く。

「だから、サイトにお似合いの剣を手に入れたから、そっち使いなさいって言ってるのよ」

「お生憎様。使い魔の使う道具なら間に合ってるの。ねえ、サイト」

 しかし、サイトはルイズの声には応えず、キュルケに渡されたロングソードをじっくりと見つめてはしゃいでいる。

「お~!如何にも“剣士が持ってる”って感じでカッコいいな~、これ!」

 シンプルなロングソードだが、どうやらサイトの琴線にふれた様だ。
 しかし、そんなサイトをルイズは蹴飛ばした。

「なにすんだよ!」

「返しなさい。あんたには、あの喋るのがあるじゃない」

「“喋るの”?」

 私はその一言に疑問を感じて、思わず呟いた。

「ああ、実はさ。昼間、ルイズに買ってもらった剣なんだけど、こいつが何と喋るんだよ、ほら」

 そう言ってサイトは後ろに置いてあった古びた剣を取り出して見せてくれた。

「おいおい、相棒。俺ぁ見せもんじゃないぜ?」

「へえ、インテリジェンスソードか。珍しいな」

 この世界には、魔法使いが意思を持たせて作った『インテリジェンスアイテム』という物がある。アイテムに意思を持たせるほどの技術を持った魔法使いも、また持たせようなんて考える魔法使いも多くないので、結構レアアイテムだったりする。実際、私は初めて見た。

「おいコラ。人様をジロジロ見てんじゃねえよ、貴族の小僧」

「お前、“人”じゃないだろ?」

「言葉の彩だ、聞き流せ相棒」

 ふむ、口は悪いし見た目も錆だらけのボロ剣だが、サイトと絡むとなかなか面白いな。

「ヴァリエール、よく見てごらんなさいよ?あんなボロボロで錆だらけで喋る変な剣より、あたしがあげた剣の方がよっぽど立派じゃない。知ってる?あの剣はゲルマニアの工房で作られた逸品だそうよ?」

「悪かったな!ボロボロで錆だらけで変な剣でよっ!」

 ボロ剣の文句を無視して、キュルケはサイトに熱っぽい流し目を送った。

「ねえ、あなた。よくって?剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ?トリステインの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、プライドばっかり高くって、どうしようもないんだから」

 キュルケがそういうと、ルイズはぐっと彼女を睨みつけた。

「何よ。ホントのことじゃないの」

 う~ん、キュルケの言う事が極端だと思う反面、完全否定できない私がいる。うちの母上も、父上が言うにはあれでも結構ヤキモチ焼きだという話だし……。

「へ、へんだ。あんたなんかただの色ボケじゃない!なあに?ゲルマニアで男を漁り過ぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学して来たんでしょ?」

 ルイズが冷たい笑みを浮かべて、キュルケを挑発した。声が震えているところから見て、かなり頭に来ているようだ。

「言ってくれるわね。ヴァリエール……」

 キュルケにも火が付いてしまったようだ。彼女、実は『色ボケ』とか『男漁り』とか言われるのを嫌っているから、多分それだ。

「何よ。ホントのことでしょう?」

 ルイズが勝ち誇ったように言った。
 その瞬間、2人が同時に杖に手を掛ける。だが、

【ブゥン!】

 室内につむじ風が2つ巻き起こり、それぞれキュルケとルイズの杖を絡め取り、2人の手から落とした。
 つむじ風を起こしたのは、さっきまで本を読んでいたタバサと私だ。

「室内」

「私達まで巻き添えにする気か?」

 タバサ、私はそれぞれ言うと、杖を下げた。

「なにこの子。さっきからいるけど」

 ルイズが忌々しげに呟く。その問いにキュルケが答えた。

「あたしとエドの友達よ」

「……なんで、あんたの友達が私の部屋にいるのよ。あとエドワールも」

 ルイズはタバサと私を一瞥した後にそう聞いてきた。それにはキュルケより先に私が答えた。

「キュルケに付き添いを頼まれたんだ」

「同じ」

 私に続いてタバサも一言で答えた。
 そして疑問がなくなると、ルイズとキュルケはグッと睨みあう。と、思ったら、キュルケが不意にサイトに視線を向けた。

「じゃあ、サイトに決めてもらいましょうか」

「俺?俺が?」

 いきなり話を振られたサイトは目を丸くする。

「そうよ。あんたの剣の事で揉めてんだから」

 ルイズもグッとサイトを睨む。
 サイトは、両方の剣を交互に見て、唸り始めた。
 まあ、迷う選択だろうな。見てくれなら、明らかにキュルケの(私が選んだんだが)剣だろう。形も気に入っているみたいだし、そこそこ綺麗にしてある。だが、ここでキュルケの剣を選べば、ルイズがどういう行動に出るかは、傍で見ている私にもわかる。
 あと何より、なんだかんだでサイトはルイズが好きなんじゃないかと思う。特にこれと言った証拠がある訳ではないが、文句を言いつつルイズの傍を離れようとしないのは、そういうことなんじゃないだろうか。

「「さあ、どっち?」」

 キュルケとルイズが同時に凄む。

「その……2本とも、ってダメ?」

【ドカッ!×3】

 サイトが「てへっ♪」とかいう感じで頭をかいた瞬間、キュルケ・ルイズ・私の3人の蹴りが入った。
 私が蹴ったのは、サイトの仕草についイラッと来てしまった弾みだ。
 床に転がったサイトを余所に、キュルケとルイズは再び睨みあう。そして、キュルケが切り出した。

「ねえ、そろそろ決着をつけませんこと?」

「そうね」

「あたしね、あんたのこと、大っ嫌いなのよ」

「あたしもよ」

「気が合うわね」

 何か空気がギスギスしてきた……。
 そしてキュルケが微笑んだあと目を吊り上げ、ルイズも負けじと胸を張り、2人は同時に怒鳴った。

「「決闘よ!」」

「はあ……」

 私は思わず溜め息を漏らしていた……。



<side ???>


「さすがは魔法学院本塔の壁ね……。物理攻撃が弱点?こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!」

 思わず私は愚痴を漏らす。私達『土』系統のメイジは、こうやって壁に垂直に立つことで、足の裏で壁の厚さを測ることができる。
 “ある筋”から得た情報を元に、この塔の壁をどうにか破れないかと探っているんだけど、結局この壁に死角がないことがわかり、がっかりしていたところ。

「確かに、『固定化』の魔法以外は掛かっていないみたいだけど……これじゃ私のゴーレムの力でも、壊せそうにないね……」

 私は腕を組んで考え込む。これだけ強固に『固定化』が掛っている壁では、『錬金』で穴を開けることも出来ない。

「やっとここまで来たってのに……」

 悔しさに歯噛みする。

「かといって、『破壊の杖』を諦めるわけにゃあ、いかないね……」

 そう、私はこのトリステイン魔法学院の倉庫に収められた『破壊の杖』を盗み出す為に、今日までずっと耐え忍んできたんだ。
 なのに今更、後に退けるわけがない。私にも意地ってもんがあるんだ。

(何か、方法があるはずだ……)

 と考え込んでいた時だった。

(!誰か来る……!)

 張り付いていた壁を蹴り、地面すれすれで『レビテーション』を唱え、身体を回転させて勢いを殺し、着地。
 私はすぐさま中庭の植え込みに身を隠した。


<side out>


「お~い。本気か~?お前ら~」

 サイトが情けない声をあげる。彼は今、ロープで縛られ、本塔の上から吊るされて宙にぶら下がっている。
 何故こうなったかというと、決闘をすると言って中庭にやって来たルイズとキュルケだったが、私とサイトは危ないからやめるよう説得した。それで思いの外あっさり思い直した2人だが、互いに決着をつける意志はなくならなかった。
 それでどうしたものかと思案していた時、タバサが提案したのだ。『塔の上からサイトを吊るして、魔法でロープを切り彼を地面に落とした方が勝ち』という競技で決着をつければ良いと。
 で、それが採用されて現在に至る訳だ。

 各人はそれぞれ所定の位置にスタンバイ。選手のルイズとキュルケは地面に立って標的(サイト)を見上げており、私は不測の事態に備えて2人の脇に控え、タバサは難易度を上げる為にロープを揺する係として塔の上でシルフィードに跨って待機。

「エド~!助けてくれよ~!」

 サイトは私に助けを求めてくるが、

「すまん。私に出来るのは、魔法がお前に当たらないように祈ることと、ロープが切れて地面に落ちた時の衝撃をなくしてやることだけだ」

 そう言って私は手を振った。本音は、ここで邪魔してあの2人の怒りの制裁を受けたくないのだ。私だって我が身が可愛い。

「薄情者~!」

 だから、すまんと言うのに。

「いいこと?ヴァリエール。あのロープを切って、サイトを地面に落とした方が勝ちよ。勝った方の剣をサイトは使う。いいわね?」

「わかったわ」

「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。そのぐらいはハンデよ」

「いいわ」

「じゃあ、どうぞ」

 最終確認が終わり、キュルケが促すとルイズは杖を構えた。
 私はタバサに合図を送る。タバサはサイトを吊るしたロープを振り始めた。サイトが左右に揺れる。

「うわ~~!!うおぉ~~!!?」

 サイトが揺すられて叫ぶ。気の毒だが、こうしないとキュルケの『ファイヤーボール』なら100%ロープに命中してしまう。
 と言うより、ルイズは命中するしない以前に、狙った魔法を撃てるかどうかの方が問題な気がする。やはりどう考えてもルイズにはかなり不利な勝負だと思うんだが……。

「……」

 ルイズは悩んだ末、短く呪文を呟き始めた。この詠唱は『ファイヤーボール』のようだ。
 間もなく詠唱が完了し、ルイズが気合を入れて杖を振った。成功ならば、杖の先から火球が飛び出すのだが、彼女の杖の先からは何も出なかった。
 その代わり……、

【ボオォォン!!!】

 一瞬遅れてサイトの後ろの壁が爆発した。

「どわああっ!?殺す気かぁぁ!!」

 爆風で大きく揺すられながら、サイトが叫ぶ。
 しかし、本塔の壁にヒビは入ったが、ロープは全くの無キズだ。

「“ゼロ”!“ゼロ”のルイズ!ロープじゃなくて、壁を爆発させてどうするの!器用ね!」

 いろんな意味で失敗したルイズに対し、キュルケは腹を抱えて笑った。

「あなたって、どんな魔法を使っても爆発させるんだから!あっはっはっ!」

 ルイズは悔しそうに拳を握り締めると、膝をついた。

「さて、あたしの番ね……」

 キュルケは余裕の笑みを浮かべて、サイトを吊るすロープを見据える。
 タバサがまたロープを揺らし始めるが、正直キュルケならこんな揺れなど問題にならない。
 案の定、キュルケは狙い違わず『ファイヤーボール』でロープを焼き切り、サイトを地面に落した。そのサイトは、私が『レビテーション』で浮かせて地面に下ろし、ロープを切ってやった。

「あたしの勝ちね!ヴァリエール」

 キュルケが勝ち誇って宣言すると、ルイズはしょんぼりと膝を抱えて座り込み、地面の草をむしり始めた。


<side ???>


 茂みに隠れて、生徒達のお遊びの一部始終を見ていた私は、降って湧いたチャンスに笑みを浮かべる。
 あのラ・ヴァリエールのお嬢ちゃんが『ファイヤーボール』に失敗して起こした爆発で、あの本塔の強固な壁にヒビが入った。あれなら、私の十八番『土』のゴーレムで壁を貫くことができる。

「…………」

 私は即座に詠唱に移った。大きな魔法は、比例して詠唱も長くなる。
 しかし、あのお嬢ちゃんが放った魔法は一体何なのだろうか?あんな風にモノが爆発する魔法なんて見たことがない。
 いや、気にはなるけど今は目的の達成が優先だ。程なく詠唱が完了し、私は地面に向かって杖を振る。すると、音を立てて地面が盛り上がっていく。

「さあ……、仕事の時間だよ!」


<side out>


「残念ね!ヴァリエール!」

 勝ち誇り大笑いするキュルケ。
 逆にルイズは意気消沈、地面にめり込まんばかりに落ち込んでいる。負けたのが相当悔しかったようだ。

「ルイズ……」

「サイト」

 何か声をかけようとした才人を、私は止めた。

「エド……」

「半端な同情は、彼女のプライドを傷つけるだけだ。そっとしておいてやれ」

 と、私がそういった時だった。

【ズン……ズン……】

「な、なんだ!?」

 後ろから巨大な気配が近づいて来る。ティアマトではない。
 振り返ってみると、なんと巨大な土ゴーレムがこちらに向かって歩いて来ていた!

「な、なにこれ!」

 キュルケも口をあんぐりと開けた。そして、次の瞬間には、

「きゃぁあああああああ!」

 物凄い悲鳴を上げて逃げだした。普段の大胆不敵さはどこへ行ったのか……。

「うわ!うわ!なんだこりゃ!でけえ!こっち来るぞ!?」

 サイトは軽くパニックに陥ったようだ。私は彼に喝を入れる。

「サイト!狼狽えてないでルイズを連れて行け!ヤツは私が足止めする!!」

「お、おお、おう!」

 返事は背中で聞き、私はゴーレムに向かって走った。
 先ずは足を止めなければ!『メラメラ』の能力を開放する。

「『炎上網』!!」

【ボオオオオオオッッッ!!!】

 ゴーレムを炎の壁が囲む。すると、ゴーレムの足が止まった。
 どうやら、あれを作り出したメイジが肩に乗って操っているようだ。でなければ炎を無視してそのまま歩き続けたはずだからな。
 敵の目的は分からないが、こんな巨大ゴーレムで乗り込んでくる以上、まともな客であるはずがない。ならば、このまま攻撃を続行してメイジを捕えるのが上等。
 私はゴーレムより高くまでジャンプする。そして、ゴーレムの肩に乗った黒いローブの人影を見た。あいつがこのゴーレムのメイジだ。

「喰らえ!『神火・不知火』!!」

【ブォンッ!!】

 両腕で2本の炎の槍を作り出し、それをゴーレムの肩目掛けて投げつけた。
 炎の槍はゴーレムに突き刺さると激しく燃え上がる。

【ボオオオッッ!!】

 しかし、ゴーレムが炎に包まれようとした時、急にゴーレムの身体が崩れた。
 それによって、先ほどの『炎上網』の一部に裂け目が出来、黒ローブのメイジがそのから向こう側へ出てしまった。

「拙い!『月歩』!!」

【ボゥンッ!!】

 CP9の『六式』の1つ、空中移動術『月歩』の連続で空中を走る様に後を追う。
 当然、普通に地面を走るより早いので、あっという間に黒ローブを追い越し、その前に降り立つ。

「……っ!?」

「逃がさんぞ。大人しく降伏しろ!」

 私はヤツに杖の先を突き付けて、降伏を勧告する。だが、黒ローブは杖を取り出すと、地面向かって振り下ろした。

【ゴゴゴゴゴゴッ!!】

 再びさっきの土ゴーレムが現れ、私の前に立ちはだかり、押し潰そうと迫ってくる。

「無駄だ!『炎戒』!」

 私を中心に炎の円が展開。そして、とどめの一言。

「『火柱』!!」

【ボオオオッッッ!!!】

 炎の円が一瞬にして文字通り火柱と化し、ゴーレムを直撃する!
 ゴーレムは立ち上る火柱の衝撃で押し返され、仰向けに倒れ、元の土くれに還った。

「ふぅ……って、あ!ヤツは!?」

 土ゴーレムの撃破で一息ついてしまったが、1番肝心な黒ローブのことを忘れていた。
 辺りを見渡してみるが、その姿は影も形もない。逃げられたようだ……。

「エド!大丈夫か!?」

 そこへ、避難していたサイト達が戻って来た。どうやらみんな無事なようだ。

「ああ、何ともない。だが、賊には逃げられてしまったようだ」

 私は土ゴーレムのなれの果てに目を向けると、みんなも同じようにそちらを見た。

「……あんな大きな土ゴーレムを操れるなんて、あいつは『土』の“トライアングル”クラスのメイジに違いないわ」

 ルイズが緊張した面持ちで見解を語る。タバサやキュルケも頷いているし、実際に戦った私にもそれは分かっていた。

「取りあえず撃退したが、一体何者なんだ?あの黒ローブは」

「きっと、あれが最近トリステインの城下町を荒らし回っているっていう盗賊、“土くれ”のフーケよ」

「“土くれ”のフーケ?」

 ルイズの口から出た名前に、私とキュルケとタバサが注目する。その時、サイトが思い出したように言った。

「ああ、昼間に武器屋のオッサンが言ってたヤツか!」

「一体何なの?」

「詳しくは知らないけど、トリステインの城下町の貴族の屋敷から、財宝を盗み回っているらしいのよ。“土くれ”なんて異名がつくところから見て『土』のメイジの筈だから、間違いないと思うわ」

 ルイズはそう語った。なるほど、そんなヤツがいて街では話題になってたのか。全然知らなかった。
 確かに、この学院にも宝物庫がある。ヤツの狙いはそこの財宝という訳か。しかし、まさかこのトリステイン魔法学院にまで目をつけるとは大胆な……。

「これは一応、オスマン学院長に報告しておいた方がよさそうだな」

 ひとまずそこに話を落ちつけ、今日はもう遅いので、朝になったら全員でオスマン学院長に報告するということにして、我々は解散した。
 とりあえず、ルイズとキュルケの決闘は“ドロー”ということにしておこう。




 そして翌朝……我々は、学院長室を訪ね、学院長オールド・オスマンに昨夜起きたことの一部始終を報告した。

「ふぅむ、よもやあの“土くれ”のフーケが、学院の宝物庫を狙ってくるとはのぅ……」

 学院長室の机の上で手を組み、難しい顔でオスマン学院長は唸った。

「オールド・オスマン!この事をすぐに、王室に報告しましょう!」

 オスマン学院長と一緒に我々の報告を聞いていたコルベール先生が言った。オスマン学院長は頷く。

「うむ。幸いなことに、まだ宝物は盗られてはおらんが、現れたという情報は伝えねばなるまい。わしの方から、王室に報告しておくとしよう」

 そう言うとオスマン学院長は我々に目を向けた。

「君達にも礼を言わねばならんな。学生の身で、よくぞ“土くれ”のフーケを撃退してくれた。この学院の学院長としてこれほど頼もしく、誇らしいことはない」

「ふふん、当然ですわ」

 そこで何故真っ先に逃げたキュルケが胸を張るんだ……?戦ったのは私なんだが……いや、別にいいけど。
 それはそれとして、

「オールド・オスマン。ヤツは、“土くれ”のフーケはまた宝物を狙ってやってくるでしょうか?」

 私は思っていたことをオスマン学院長に尋ねた。

「うむ……その可能性は高かろうな。じゃが、それを君達が案ずることはない。今日にも緊急の職員会議を行い、夜の見回りを強化するつもりじゃ。フーケの事はわしらに任せ、君達は学生生活を楽しみなさい」

 それで話は終わりとなり、私達は学院長室を後にした。
 一旦、各々自分の部屋に戻ることになり、みんなとは本塔を出たところで別れた。自室に戻る道すがら、私はずっと“土くれ”のフーケの事を考えていた。

(城下町で貴族を相手に宝を盗み出す怪盗、か……まるで“ルパン三世”だな)

 そして、そういうヤツは大抵『狙った獲物は逃がさない』を信条にしているものだ。
 “土くれ”のフーケ……またやって来そうな予感がする。



 そんな私の予感が的中し、怪盗“土くれ”のフーケが再び現れ、宝物庫の壁を破って“とある宝”を盗み出したのは、その日の夜のことだった……。




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