航空ビックバン到来
日米航空交渉決着が意味するもの
【航空業界に嵐が吹き荒れる航空ビックバン到来】
銀行が潰れ、証券会社が廃業し、大蔵省・日本銀行に捜査のメスが入る。金融証券業界の大改革であるビックバンは一般の予想をはるかに超える大爆発となった。政府が大幅減税だ、公共投資だ、と次々と不況対策を打ち出しても、国民の行き先の不安、不信感はなくならない。――だが、民間航空業界にも、こんなビックバンが、じわじわと迫っているのだ。
アメリカで民間航空の規制緩和法がスタートしたのが
1978年だから、20年近く遅れて、日本も規制緩和、自由化時代に入った。羽田空港の発着枠が増えるのをキッカケに、新しい航空会社の参入が自由になった。スカイマークや北海道国際航空など、B767クラス2機程度で、東京〜札幌、東京〜福岡という国内幹線に運航を開始する予定だ。「半額運賃」というキャッチ・フレーズがマスコミの注目を浴びたが、格安運賃だけで乗客を集めるのは今や、困難になりつつある。というのは、国内運賃は自由という方針が打ち出されたこと。それ以上に、大手旅行代理店が、既に格安パッケージ・ツアーを実施しているからだ。東京〜沖縄2泊3日で3万円を切ったり、オーランド14泊16日で20万円(ノースウェスト航空利用)など、その1例にすぎない。こうした規制緩和の波は、ゆっくりとやってくる。潮が満ちてくるようなもの(引くことはないが)。ところが突然、嵐が吹きすさぶ状況に叩き込まれることになった。それは、この1月、
46年ぶりに合意をみた「日米航空交渉」である。【不平等な協定との戦い 日米航空交渉】
日米航空交渉の不平等は日本の敗戦に始まった。日本は、占領軍のマッカーサー司令部に民間航空を含むすべての航空活動を禁止された。6年の後、米ソの対立、朝鮮戦争という国際情勢の変化で、民間航空の再開が許された。その直後に結ばれたのが日米航空交渉だから、戦勝国と戦敗国の立場の差から、不平等な協定になるのはごく当然のことだった。
アメリカは、太平洋戦争の軍事輸送に貢献したパンアメリカン航空(現在は肩代わりしたユナイテッド航空)、ノースウェスト航空、フライングタイガー(現在はフェデラルエクスプレス)に大きな既得権を与えた。アメリカは戦争でも自国に直接の被害はなく、航空機生産力が飛躍的に増加し、戦後の国際線を飛ぶのはアメリカの旅客機(輸送機)であり、海外旅行客のほとんどはアメリカ人だったから彼らが、世界の空は自分たちのものと考えるのも不思議はない。やがて経済復興した日本が、不平等な日米航空交渉の改定交渉を続けてきたが、アメリカは「不平等はない」という主張で既得権は絶対に譲らない。常にギブアンドテイク方式で、日本に新しい権益を与える時は、日本の持っている数少ない権益の中から代償をもぎとってきた。例えば、日本→ニューヨークから欧州へ飛ぶ以遠権について、日本→サンフランシスコ→ニューヨーク→欧州のようにサンフランシスコに寄港という条件をつけた。日本から途中に寄ってニューヨークの先へ行く乗客などまずいない。
【先発企業、格差是正の代償 以遠権のイミ】
日米航空協定の不平等のひとつに、「先発企業」の差がある。先発企業は乗り入れ地点から増便などが自由で、アメリカはノースウェスト、ユナイテッド、フェデラルエクスプレス3社なのに対して日本は日本航空1社のみだった。今回の合意で、やっと日本側も全日空と日本貨物航空が先発企業になり、日米同数となった。しかし、やはりアメリカは代償をとった。アメリカから日本に運航し、さらにその先へ飛ぶ以遠権を事実上の無制限としたのだ。日本が持っていた以遠権は前述のサンフランシスコ経由ニューヨーク以遠、ロサンゼルスから週3便のリオデジャネイロ・サンパウロ行きだけ。一方のアメリカは日本から先、北京、バンコクなど10地点に運航している。日本が以遠権の乗客が年4000人、2億円の売り上げに対し、アメリカは週161便、年間161万人、売り上げ730億円と大差がついている。
この不平等に日本は、ささやかな歯止めをかけようとしてきた。航空交渉のたびに例えば、「米本土→日本→シンガポール路線では米本土→日本間が日米航空交渉による輸送である。以遠権による日本→シンガポール間の乗客数は米本土→日本間の数以下であるべきだ」つまり、アメリカの航空会社が米本土〜日本〜シンガポール路線で、日本〜シンガポールという路線を目的とするような運航は2国間の運航を決めた日米航空協定の主旨に反する、という主張である。アメリカ側はどうにか、この考え方に配慮してきた。ところが、今度の日米交渉で、乗客数に距離をかけた数字で比較することを日本側が認めてしまった。小学生でもわかることだが、日米間の太平洋路線のほうが日本〜北京や、日本〜シンガポール路線よりはるかに長いから、以遠権で運航する乗客数は、今までの3倍、4倍になり、無制限と同じになった。これから乗客の伸びが期待されるアジア地区でアメリカの航空会社は「自由営業」できる。言い換えれば、他人の庭で我が物顔に商売できることになった。
これに加えて、「後発企業」4社に週90便の増便を約束させられた。4社とはアメリカ側がアメリカン、デルタ、コンチネンタル、トランスワールド航空など、いずれも強敵だが、日本は今のところ日本エアシステム1社しかいない。「不平等というなら、拡大均衡にしろ」という、従来からのアメリカの強引な手段に押し切られた形である。
ところで、週90便といっても、日本の表玄関・成田空港のスロットは満杯である。そこで、先発企業のフェデラルエクスプレスの持っているスロット週144便のうち、使っていない30〜60便をアメリカの航空会社間で配分しようという案である。これは問題である。スロットは配分されている航空会社の財産でもなければ、他が介入できない既得権でもない。未使用分は、使いたい内外の航空会社、あるいは「順番待ち」をしている新しい航空会社に、公正な手続きや話し合いで再配分することをIATAも定めている。日米航空交渉の裏舞台で「フェデラルエクスプレスの未使用スロットをアメリカの後発企業間で配分する」という暗黙の了解を与えているともいわれる。ヨーロッパ勢から「公正にやれ」との声が出るのももっともな話。具体的に、どうスロットを配分するのか、というルールを航空局長と学識経験者の検討で決めるというから、その結果が注目される。
日米航空交渉で日米航空会社の格差がどうなるか、日本航空が試算している。それによると、かつて「ドル箱路線」と呼ばれた日米間の太平洋路線は、日本側280億円増の3325億円の収入に対し、アメリカ側は753億円増の6650億円となる。また以遠権では現在の格差728億円が996億円に拡大するとみている。細かい数字は別として、不平等協定といってきた日米の格差は新しい合意によって、さらに大きくなることは確かである。現実に、ユナイテッド航空は日米交渉合意に当たり、成田〜シカゴ線を週6便から1日2便(週14便)に増便を決めるなど素早い対応を見せた。またノースウェスト航空は、シアトルから大阪を経由してクアラルンプール、ジャカルタへの以遠路線の開設を狙う。また、コンチネンタル航空との資本・業務提携を武器に今回認められた同一国企業の共同運航を開始する。
【全日空、先発企業入り 問われる国内線シェア維持と国際線強化】
全日空は晴れて「先発企業」になれた。これまで「手を縛っておいて自由競争しろという。国益という前に、同じ条件で競争させるべきだ」と、前の普勝社長ら全日空幹部は強調してきた。その点「悲願がかなった」と野村社長は日米合意の直後の会見で、喜びを表明している。先発企業という国際線の同じ土俵に立つことになった全日空の戦略はどうか。まず、現行ルートを増強する。成田からロサンゼルス、ニューヨーク、ワシントン各線の増便をする。第2に新路線の開拓で、成田と関空からシカゴ、シアトル、ラスベガス、ホノルル、コナ線を、また地方空港からホノルル、コナも視野に入れている。なかでも成田〜ホノルル線、関西〜ホノルル線、関西〜ニューヨーク線など検討中である。第3がアライアンスで、ユナイテッド航空、ルフトハンザ航空とのコードシェアリングによる提携を決めた。(一方、先発企業の先輩格である日本航空は、名古屋〜ロサンゼルスなど新規2路線の開設のほか、以遠権を行使してロサンゼルス/メキシコシティなど2路線を開設したいとしている。)
こうみると、全日空の将来は明るくみえる。だが、前途多難な道が始まることは全日空の国際線はずっと赤字続きである。その理由として先発企業でなかったことと、「スケール・メリットが出ないから」と説明してきた。例えば、デイリー運航でなくても海外拠点に支店を開設するといった先行投資は、コストがかさむ。これら国際線の赤字は年間200億円以上の時もある。その補填をしてきたのが国内線の収益である。しかし、もう国内線に以前ほどのエネルギーはなくなってしまった。乗客数は約2%増えたものの、割引航空券の客が30%も伸びているから、旅客キロ当たりの収入は4%減っている。「早割」など正規の割引きや、格安航空券により収益は悪化している。
比較的収益のいい国内線への参入条件は、やはり規制緩和によって廃止され、日本航空・日本エアシステムが儲かる路線の運航に加わった。全日空の国内線シェアは70〜80%を誇っていたが、今は50%。日本エアシステム30%、日本航空20%の比率になっている。例えば、東京〜高知は全日空5便だったが、日本航空と日本エアシステムが参入して9便になり供給過剰で、全日空は3便に減便せざるを得なくなっている。日本航空は赤字続きで無配だが、これまで全日空が導入した新しい旅客機をリースの形にするなど、やりくりをして配当を捻出してきたが、この3月期は、ついに赤字に転落して配当なしになった。
【底力の差を乗り越えられるか?】
日本の民間航空の危機は、日本航空の民営化、ユナイテッド、アメリカン航空というメガキャリアの日本への運航開始が重なる時期だといわれてきた。当時の日航幹部は「蒙古襲来の元寇の役になる。しかも神風は吹かない」と危機感を訴えたものだ。しかし、神風こそ吹かなかったが、防波堤があったのだ。成田空港の滑走路が1本しかなく、2本目のメドがつかない。アメリカの航空会社がドッと増便したくても、物理的に不可能という「防波堤」があったのだ。だが、今回の日米航空交渉の合意で事実上、オープン・スカイというべき内容になった。平等な先発企業を得るため支払った代償は、あまりにも大きい。そして順調に進めば、成田の第2滑走路は2001年に完成する。60%は発着枠が増えるはずである。
現在の成田空港における国際線発着枠のシェアをみてみよう。日本の航空会社36%に対して、アメリカは34%で、日本に迫っている。残りの30%の枠でアジア・オセアニア・ヨーロッパの航空会社が運航している。世界の主要空港でこれほど、ひとつの外国にスロットを与えているところはない。さらに、両国の航空会社の体力の格差は歴然たるものがある。機数だけとってみても、米本土に乗り入れている日本航空と全日空の旅客機は2社合わせて249機だが、来日するユナイテッド、アメリカンなど5社は合計2500機を超え、10倍の機数を保有しているのだ。これより、もっとアメリカの航空業の特長をあげるならば、世界中の航空輸送量の30%は自国の国内線で維持していることだ。この30%を確保しながら、外に向かってオープン・スカイを要求できるバックの強さである。
【航空ビックバンを乗り越えるにはコスト削減がカギ】
日本の民間航空のコストは、アメリカのメガキャリアの1.5倍といわれる。この中には企業努力で解決できない部分もある。国内に時差のある広大なネットワークをもつ米国に比べて日本列島内での路線構成では、航空機の稼働率が低い。税制や公租公課は圧倒的に日本が高い。有名になった成田の着陸料はジャンボ機で1回94万8000円、これに航行援助施設使用料を加えると軽く110万円は超す。ニューヨークの26万3000円、ロンドンの14万3000円をみれば、日本がいかに高いかわかる。日本の航空各社は日本がベースとなるわけだから、この高い着陸料は重くのしかかってくる。国内運賃の23%は公租公課でありこの軽減が必要だが、日本における空港整備費の高さを考えると、早急に解決することは困難だろう。
そうなると、コスト・カット、合理化の対象となるのは、これまた世界でも最も高いレベルにある人件費となる。特に運航乗員・パイロットの給与体系の改善である。全日空を例にすれば、業績・能力を評価する新しい人事構想をたて、95年2月に新賃金体系を組合に提案した。地上職と客室乗務員で組織する全日空労組は合意し、96年から実施している。しかし、パイロットを主体とする乗員組合は拒否し、普勝前社長が1年間凍結して昨年10月、再び提案した。内容に大差ないが、「出来高払い」の部分が含まれている。具体的にみれば、1962年にパイロットは飛んでも飛ばなくても月65時間の乗務手当を保障する制度ができた。プロペラ機時代のものだが、ジェット機が主流となった現在では、平均飛行時間は50時間前後である。厳しい競争時代に「65時間保障」を残したままでは企業の合理化はできない、というのが全日空の考えである。その代わりに固定賃金プラス生産連動型の賃金体系にし、乗務手当の代わりに本給を人事考課と加味したものと、乗務手当とに分けた。この乗務手当が「出来高払い」の部分である。年収モデルによれば、現在、パイロットは平均年収2500万円で、給料は減らないが、飛行時間の少ないパイロットは、その分減る者も出てくる。組合側は、「安全に飛んでいればいい、人事考課や出来高払いは認められない。既得権は譲れない」と拒否し、4月上旬から国際線で長いストライキに突入した。これまで全日空はストライキをしない航空会社というイメージだった。しかし今回は、会社側もビックバンを前に妥協の余地はないとしている。
日本航空は乗務手当7、基本給3の比率を5対5に組みかえる提案をし、地上職は実質10%の賃金水準ダウンを受け入れ、2万人の社員を1万8000人とし、さらに1000人の人員縮小を進めている。全日空にしろ日本航空にしろ、企業の合理化に組合も協力する姿勢がなければ、航空ビックバンを乗り切るのは難しくなるだろう。
コードシェアリングでは、国際線の実績とノウハウに長けた日本航空が、まずアメリカン航空と2月25日に手を結んだ。「10月に15路線、来年夏までに100路線以上やりたい」と具体的な数字もあげた。いくら独自に新路線や増便するといっても、年間数機しか旅客機が増えない体力では、カバーしきれない。メガキャリアとの共同運航は問題をはらんでいるが、早急に対応できる戦略である。したがって、日本航空も全日空も、国際線に対する乗客のイメージが変わってくるかもしれない。日本の航空会社でなければいやだ、という考え方より、自分の好きな日時に、好きな目的地へ、なるべく安く行ければ、どのエアラインでもよい、という価値観に変化していくだろう。それだけに、航空会社の個性やサービスに新しい工夫が必要となる。企業を合理化し、戦う体力をつけ、航空ビックバンに対決するため新しい工夫が必要となる。企業を合理化し、戦う体力をつけ、航空ビックバンに対決するため新しいリーダーシップが必要である。そのために日本航空にも全日空にも残された時間は短い。
【実施期間】
:有効期限は合意後4年間。2001年に交渉再開【先発企業数】
:全日空、日本貨物航空を後発企業から昇格して日米ともに3社【以遠権】
:旅客は以遠運航を認める基準を大幅緩和。本国から第3国へ通過する旅客が以遠権行使路線の25%(人×キロまたはマイルベースで)以上であれば自由。貨物は完全自由【後発企業の扱い】
:4社に新規70便と、既存の権利から20便を振り替え、実質90便の増便枠を付与。うち42便は路線制限をつける。2000年には5社に拡充。【共同運航】
:日米企業間、第3国の航空企業との共同運航は自由化。同一国の企業同士の共同運航は週28便に制限【4年以後の権益拡大の保障措置】
:後発企業に4年後に21便、6年後、7年後に各7便を増便。路線制限した42便のうち21便は完全に路線制限を解除(イカロス出版 「エアロスペース・ジャパン」 5/6月号より転載)
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