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2007年1月 4日 (木)

バブルガムクライシス8

新世紀王道秘伝書
巻之拾九「バブルガムクライシス8」小さな波紋の大切さ

■新世紀への新展開
 本連載もおかげさまで第4部。
 この原稿が読まれているということは、無事に「1999年7の月」は乗り切ったということになる。そこで、題名も一新し、あらたな世紀に向けて、これからの「王道」探求の旅を続けてみたい。
 第4部は従来と毛色を変え、ビデオアニメを中心に取り上げる。
 オリジナルビデオアニメはアニメ作品そのものが商品だ。それゆえ、時代の転換となったような作品、作家性の強い作品というものが歴史的にも語られやすい。
 この第4部ではどちらかというと見た目派手な作品ではなく、マイナー系と言っては失礼にあたるかもしれないが、有名でなくてもどこか心に残るような作品、「ちょっとイイ話」と筆者が思ったような作品を取り上げてみたい。
 そこから、次の世紀の新しい「王道」が探れるかもしれない期待をこめて……。
 第4部第1回目は『バブルガムクライシス8』を取り上げる。

■『バブルガムクライシス』とは?
『バブルガムクライシス』は1987年からスタートした連続シリーズのビデオアニメである。アートミックの企画によりアニメ制作はAICが担当。製作はユーメックスで、ビデオ・CDメーカーが本格参入して権利も持った初期の作品である。
 全8巻で完結した後、メーカーとアニメ制作を変えて続編的な『バブルガムクラッシュ』全3本がリリース。ごく最近、設定とキャラクターを一新してテレビアニメとしてリメイクされたなかば古典的な作品でもある。
 最初のビデオシリーズ後半では、積極的に大張正己、うるし原智志ら注目株の若手を起用し、その才能を伸ばしていったシリーズでもある。
 舞台は近未来、2030年代のTOKYO。ある計画によって作り出された亜人間ブーマは軍事戦闘用に改造され、破壊活動や犯罪を頻発させていた。ブーマ対策として設置されたADポリスの活動も万全ではなく、人々はブーマに恐怖を覚えて暮らしていた。
 そんな中でブーマ退治の活動を行う一団がいた。闇の仕置き人、その名はナイトセイバーズ。シリア・プリス・リンナ・ネネの4人の女性たちはハードスーツで身を包み、人々の依頼を受けて、ブーマと闘ってこれを撃滅していた。彼女たちは昼間は別の職業を持ち、その正体は人々には秘密にされている……。
 今回の『バブルガムクライシス8 SCOOP CHASE』(1991年作品)では、それまで作画監督を担当していた合田浩章が監督を担当。繊細な描写の積み重ねで後の『ああっ女神さまっ』につながる新境地を切り拓いていった。

■スクープをねらう少女
 8作目にあたるこの作品は、それまであまりスポットの当たらなかったネネの活躍が中心に描かれている。ネネはADポリスの婦警でありながら、そのハッキング能力を買われて夜はナイトセイバーズの一員として活動していた。
 ナイトセイバーズの正体をスクープしたい。そう願ってカメラを持ち追い回す少女リサは、ADポリス署長の姪だった。ADポリス見学と称してやってきたリサ。署長はそのお目付役に、こともあろうにネネを指名した。行動力と自己主張にみなぎるリサに、ネネもたじろぐ。
 ブーマを生産するゲノム系列会社のミリアム所長は、自己の技術を過信して改造ブーマを作り、実力アピールのため次々と街へ放ち、破壊活動をさせていた。ネネは改造ブーマといつものように戦闘する。だが、その戦いの中でブーマはネネのハードスーツ頭部を破壊。バイザーが割れた瞬間、リサはシャッターを押していた……。
 主人公がその正体を隠して戦う、というのはヒーロー(ヒロイン)ものの王道。そして、その正体が何らかの理由でバレそうになってハラハラドキドキのサスペンスあり、というのも定番の物語構造である。『SCOOP CHASE』も、その基本に忠実な骨子だ。
 このエピソードはそれにしては妙に心に残るものを持っている。それはなぜだろうか。

■細やかな日常描写とプロ意識
 この回では、スクープを狙ってADポリスに潜り込んだリサが、追っかけているナイトセイバーズその人たるネネと行動をともにする。これもクラーク・ケントすなわちスーパーマンの側にいるロイス・レーンのように古典的な展開である。しかし、いまどき「あ、正体がバレてしまう!」というだけでドキドキする観客も少ないだろう。
 ところが、この展開こそが今回のキーポイントになっているのである。
 リサがスクープを狙ってネネを密着して追いかけることで、ネネの行動が細やかに注目される。結果として、それまであまり描かれていなかったネネの日常の掘り下げがなされ、それがキャラクターの深みと厚みを増し、リサの心情にも影響を与えていくのだ。
 ナイトセイバーズの中では身長も低め、コンピュータやネットワーク技術に強く、古典的キャラクター・シフトで言えば天才的「メガネくん」のような扱いだったネネ。婦警としての彼女は仕事熱心で、プロ意識も明解に持っている。それでいて、体重を気にもすれば、悪ふざけで脅かされると泣きもする等身大の女性として描かれている。そこがこの作品の魅力的なところだ。
 オープニングでは、毎朝の風景、白い朝の光の中でネネが寝過ごして母親にモーニングコール(映像つき)を受け、スクーターで出勤するところがサイレントで描かれている。リサとともに高速をパトロール中、スピード違反を発見したら仲間のプリスだったというシーンでは、ネネは見逃さず毅然として切符を切って取り締まる。これらは軽いギャグとして設けられているシチュエーションでもあるが、その中でネネは多彩な表情の変化を見せ、飽きさせない。
 仕事を溜めてネネが残業をするシーンではどうか。夜がふけていき、リサに手伝わせることもなく、強烈な速度でひとつひとつのジョブを処理していくネネ。同僚のナオ子が先に帰るね、と手を振ると、机に向かったままそれに応える。リサを待たせた埋め合わせにと、展望レストランで食事をリサにふるまうネネ……。
 どうということのないシーン? ごく普通のよくあるシーン?
 確かにそうだ。しかし、SFアニメで職業を持った女性がこのように、自己の責任意識と他人への気配りのバランスをもち、プロとしての仕事をこなすというノーマルなシーンが、きちんと描かれた作品はどれぐらいあるのだろうか? しかもこのネネの描写はドラマにからみつき、意味を放つようになっていくのである。

■クライマックスのブーマ急襲
 リサがナイトセイバーズの正体に肉迫してたころ、ついにミリアムは自信作のブーマを使い、ADポリスへ直接攻撃を仕かけてきた。
 メインコンピュータと融合したブーマは署内ビルの全機能を支配下においた。ネネは侵入してきた攻撃用ブーマと戦い、間一髪のところをマッキーのパワードスーツに助けられた。ハードスーツを身にまとったネネのもうひとつの戦いが始まった。サブコントロール室でハードスーツのコネクタを接続、ネットワークに侵入し、コンピュータ室のブーマとアクセス権の争奪を行う。
 それと同時に、閉じこめられたリサに指示を与え、無事なエリアとルートを選んで音声で誘導しようとするネネ。ついにサブコントロール室にたどりついたリサは、そこにハードスーツ姿のネネと対面してしまう……。
 この後、ハッキングしたブーマの自爆のカウントダウンが始まり、一人危険なビルに残り、それを阻止成功するネネが描かれる。そして後日談として、リサの犯人逮捕のスクープ掲載と、正体を収録した映像情報すべてを渡してネネと別れるところで、エンディングとなる。
 ここの部分はオチのためのオチのようなものを感じさせず、さわやかな印象となっている。リサがネネのことをはっきりとナイトセイバーズと認識して、それをどう思っているかは具体的なセリフで描かれていない。なのに、なぜさわやかな印象があるのだろうか。

■交わる心の機微のドラマ
 それは、リサの表情の変化で何を考えているか、映像から容易に想像がつくからである。映像で描かれた言うに言われぬ心情の交錯、機微こそがこのドラマの醍醐味なのだ。
 冒頭から中盤、ネネがナイトセイバーズではないかと疑っていたとき、リサはいたずら猫のような表情をして、その証拠となるようなものを狙っていた。ふざけているようでもあり、軽い緊張感があった。
 はっきり正体を知ったときはどうか。驚きの表情はある。しかし、それは「やった!」という収穫のものではない。リサを死なせまいと極限状態の中で必死で誘導し、ブーマのハッキングと戦っていたネネ。ひとりのプロフェッショナルとして、他人を思いやり生命を護り仕事を完遂させようとする真摯な人間として取ってきたネネの行動と心情は、その声からわかっていた。それとナイトセイバーズの姿が重なって見えたとき、彼女の闘い、そのすべてがリサには一瞬にしてわかったのだ。
 正体を暴くことがスクープになるわけでは決してない。それではただの覗き見趣味である。本当のスクープとは、プロのジャーナリズムとは何か。そこまでリサが考え決意をしたかどうかまで、このドラマの中ではわからない。でも、それでいいのだ。
 リサという少女が等身大のひとりのプロと出会い、その信念と行動に触れ、明るい表情で第一歩を踏み出せたということが見えれば、それで充分なのである。
 決して派手な見せ場はない。でも、ふとしたことで交わったささいな感情。その交流こそが、このビデオでは確かなカタルシスとして存在している。
 ビデオアニメという入れものは「テレビアニメ以上、劇場アニメ未満」とよく言われる。実はそんな中途半端なポジションではなく、「ささやかだけど大事な気持ちの交歓」を描くのに適したものだったのか、とこのビデオを見ると考える。
 『バブルガム8』でリサの起こした小さな波紋は、とても大きなものに結びついているのだ。
(編注:オープニング表記では『MEGA TOKYO 2032 THE STORY OF KNIGHT SABERS BUBBLE GUM CRISIS 8 SCOOP CHASE LISA』となっていますが、本稿ではLDBOXの表記に従いました)

<コラム>

■ネネよ銃を取れ!
 本シリーズは全体に外国のアクション映画からの影響が強い。この回も、ADポリスに侵入したブーマを迎撃するネネの描写がやけに細かくて嬉しい。緊急事態用と思われる武器庫を鍵で開け、大口径の銃を装備。弾倉をベルトにいくつもねじこむネネ。天井をぶち破って急襲されたとき、ネネはとっさのことで片手で一発目を撃ってしまう。反動で跳ね上がる銃。ネネはすぐさま両手持ちに変えて姿勢を落とすのだ。この体勢の変化は一瞬なので見逃せない。連射するが、やがて弾丸が……というのも、装弾描写がリアルだからこそ高まる緊迫感なのだ。

■ハードスーツを装着せよ!
 ハードスーツの装着シーンは男性ターゲット作品らしく、ちゃんと「必然があれば脱ぎます」(死語)の着替えシーンとして用意されている。この回では、婦警の制服というかワイシャツ・ネクタイからネネが着替えるシーンは、この回のドラマ展開ともあいまって、妙に印象的である。特にネクタイをゆるめてからシュッとはずす動作や、運んできたパワードスーツにマッキー(男性)が乗っているのでメインカメラにワイシャツをかけて見られないようにするところとか、アンダーウェアをたくし上げるとことか、異様に凝っている。色気を感じるべきは、何も直接的な描写だけではないのだ。

■体重計にご用心
 リサがネネを追っているさなか、アジトの中では新ハードスーツの開発がなされていた。そのテストの一環の描写に、さすが女性同士というかで体重の話題が出てくるのが、ほのぼのしていて笑える。プリスが(たぶん違反切符への恨みもこめて)ネネのおなかの脂肪をつまみ上げるシーンは大爆笑だ。この後、ネネは自室でシャワー(お約束)を浴びてから冷蔵庫にしまっておいたケーキを出し、苦悶することになる。その葛藤がどうなったかは、ビデオでぜひ確認して欲しい。

■エレベーターの死刑台
 ブーマに占拠されたADポリス。階段を破壊されてしまったため、ネネはリサをエレベーター・ホールへと誘導する。だがそれを察知したブーマは、電源配線を改変してリサを圧死させるべくエレベーターを始動させる……。エレベーターや通風口を使ったアクションは洋画では定番だが、それをハッキングと結びつけたサスペンスが短いながら気がきいていて良かった。このシーンでのリサの表情の崩れっぷりもまた、アニメならではのお楽しみである。

■STAFF
制作/藤田純二 企画・原作/鈴木敏充 ストーリー原案/合田浩章・松原秀典 脚本/吉田英俊 ストーリーボード/合田浩章 キャラクターデザイン/園田健一 プロダクションデザイン/山根公利・荒牧伸志・夢野れい・園田健一 作画監督/松原秀典・岸田隆宏 美術監督/平城徳治 撮影監督/小西一席 音響監督/松浦典良 音楽/馬飼野康二 原画/梶島正樹・石倉敏一・松原秀典・竹内敦志・岩田幸大(スタジオゑびす)・鶴巻和哉・本田 雄・今掛勇・橋本敬史・合田浩章・伊藤浩二・大張正己・石田敦子・中山兵洋・小沢尚子・野口木ノ実・渡辺すみお・大河原晴男・岡崎武士・吉田英俊・恩田尚之・菅沼栄治・岸田隆宏 制作プロデユーサー/八重垣孝典 音楽プロデューサー/藤田純二 宣伝プロデューサー/岡村英二 プロデューサー/小泉 聡・田崎 廣
監督/合田浩章 制作協力/DARTS 制作/ARTMIC/AIC 製作/ユーメックス

■CAS
シリア/榊原良子 プリス/大森絹子 リンナ/富沢美智恵 ネネ/平松晶子 レオン /古川登志夫 デーリー/掘内賢雄 ADP部長/佐藤正治 ファーゴ/山寺宏一 マッキー/佐々木望 リサ/久川 綾 ミリアム/二又一成
【初出:月刊アニメージュ(徳間書店) 1999年9月号】

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