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2006年12月25日 (月)

チャイナさんの憂鬱

題名:チャイナさん:アニメの魅力

 鶴田謙二の連作"Spirit of Wonder"の中でも、チャイナさんを主人公とした一連のシリーズは発表当時から人気があった。ビデオアニメ『チャイナさんの憂鬱』も、まだ原作が「知る人ぞ知る」状態にあった1992年に、チャイナさん人気に押される形で製作された作品である。
 原作者の鶴田謙二は、特異なまで絵にこだわりのある作家である。なにしろ、日本のマンガ文化を特徴づけている擬音の描き文字を排除してまで、絵の構図と描きこみで表現しようとしているくらいだ。原作のチャイナさんは、その超絶的な画力によって、紙のコマ上に鮮烈なイメージで焼きつけられていた。笑顔ひとつとっても、感情の機微が存分に刻み込まれている。目を引くのはチャイナさんの若々しい女性特有の身体の線だ。魅惑的かつ煩悩的な曲線描写は、何度読んでも見つめても、飽きがこない。まさしくチャイナさんは、コマの中で生きているのである。
 しかし、それはあくまでマンガ特有の描写と言える。静止した紙の上に一瞬の時間を止めて定着したマンガでは、読者がコマとコマを行ったり来たり、時間の流れもおまかせで、チャイナさんへの注目ポイントも自在だ。ゆえに、この作品をアニメ化する、という行為は予想外の難問だったはずだ。アニメは量産された絵の連続で表現を行う。1枚の絵としての色つやは、セル画の連続した動きに喪われがちで、時間はフィルムが回るとともに決まったたテンポで流れていく。要するに、アニメ化にはマンガとはまったく別ものとしての処理と工夫が必要なのだ。なおかつ原作の味わいを保たなければならないのだから、アニメとしての課題は大きい。
 では、本作品はこの課題をどうクリアして、アニメ版チャイナさんとしての魅力を確立していったのだろうか。
 監督はこの作品の後に『クレヨンしんちゃん』でヒットを飛ばした本郷みつる。キャラクターデザインと作画監督は、柳田義明。制作の亜細亜堂は藤子不二雄原作作品や、魔法少女ものなど、ていねいに描かれた日常生活の中で、繊細な心理の機微と驚きを発信してきたスタジオだ。そこがキーポイントである。各カットで原作の一枚絵としての密度に迫るかわりに、チャイナさんのキャラクターを、フィルムの流れの中で浮き彫りにする。日常描写を積み重ね、最後に大きくワンダー感で打ち上げる。これによって、チャイナさんの女性ならではの感情の推移を、フィルムとして表現した。これがアニメとしての大きな魅力である。
 いわゆる「アニメ絵」に対して、チャイナさんは名前通り大陸系の造作をしており、絵的にも骨格が感じられ、肉づきよく描かれている。それはアニメ版でも、こだわって描かれた部分である。女性らしいフォルム、表情の変化は、日常的の動きの中で、観客の目を存分に楽しませてくれる。
 チャイナさんの「憂鬱」は、日常の中で、ジムが花屋のリリーと会話している光景を目撃するといった、ささやかな不協和音として始まった。それは、チャイナさんが持っているジムに対する密やかな気持ち、女性ならではの心のゆれ動きとして、映像の流れで描写されていく。子供たちと遊び、髪をとかし、料理を作り掃除をし、酒にへべれけになり、二日酔い明けでお茶を入れたりする、多彩な日常映像が展開する中に、チャイナさんの感情は、実にちょっとしたリアクションの変化として隠されている。それは、言葉にしてしまったとたん、はかなく消えてしまうような、デリケートなものなのだからこそ、映像ならではの大きな魅力となっている。
 もうひとつ、本作品の大きな魅力は、平凡な感情と組み合わされたワンダー感覚だ。SFの神髄は「センス・オブ・ワンダー」にあると言われている。日常的な感覚は、目を常識という名のフィルターで曇らせる。SFでは、科学が心を解き放ってポンと超越した驚きに変えてくれる。これが「センス・オブ・ワンダー」というもので、原作の"Spirit of Wonder"の語源ともなっている。本作でも、フィルムの流れ、扱うアイテムの対比の中で、このワンダー感へと観客を誘うジャンプの仕掛けがしっかりと存在しているのが嬉しい。前半の日常描写がしっとりしていればいるほど、後半からラストへのジャンプ率が上がり、ワンダー感が大きくなる。
 静かに始まった恋愛感情の、ささやかな嫉妬によるバランス崩しの原因は、実は他ならぬジムのチャイナさんへの贈り物だった。このトリックが、月というとてつもなく大きな天体をジャンプ台にしたことによって、世界を大きく包みこむように作動し、同時にチャイナさんとジムの感情の深さ大きさを表現している。ここが味わい深い点だ。
 「本物の月」に二人が乗って語り合うクライマックスのデートシーンでは、語るにつけ多様に変化するチャイナさんの表情が絶品だ。チャイナさんが自分の手を現実の月にかざして指輪としてはめてみる見立てのシーンで、やわらかでしなやかな女性の指と、現実には石コロの固まりである月が、ひとつ画面におさめられて、その対比にゾクゾクする。これが本物の「ムーンライト」、月の青い光に照らされる中、田中公平の音楽が雰囲気を盛り上げていく。これこそが、アニメ版ならではのワンダー感なのだ。
 以上述べたような、アニメ版ならではの魅力を追いつつ作品を観ていくと、表面で描かれた以上のものが浮かび上がってきて、より深い味わいが発見できるに違いない。
 折に触れて、再三見返しても新しい発見があって深みのある作品……それこそがアニメ版『チャイナさんの憂鬱』なのだ。
【初出:「チャイナさんの憂鬱」DVD解説 脱稿:2001.02.23】

※BOXの方には続編やサントラ、チャイナさんフィギュアなども同梱されてます。

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