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2006年12月24日 (日)

マインド・ゲーム

題名:閉塞を吹き飛ばす──
アニメーションの根元的驚異に満ちた作品


 昨年末からの予感どおり二〇〇四年はアニメーション映画にとって大変な節目の年になりつつある。巨匠の大作攻勢、アニメ・マンガ原作の実写化は予定どおりだが、「機械のからだ」を持つアニメ映画『アップルシード』という伏兵の衝撃も覚めやらぬ中、今度はアニメーションの根元的な「おもしろさ」を究める方向からエネルギーに溢れかえった意欲作が登場した。それがスタジオ4℃と湯浅政明監督の『マインド・ゲーム』である。
 まず映像表現が驚きの連続だ。荒々しいタッチと色彩効果で感情表現を支える背景美術。豪快に空間を歪ませまくったレイアウト。ヘタウマ系で感情のおもむくまま表情を崩しまくるフレキシブルなキャラクターは、シリアスになると声を演じる吉本興業の役者たちにいきなり実写変身してしまう。
 こんな風に、画面のテイストがどんどんと変化していくから、初恋の幼なじみ、みょんちゃんに偶然再会した主人公の西が、大阪の横町にある焼き鳥屋に行くという序盤の日常的展開だけでも、充分にワンダーに満ちた空間が拡がっていく。その闊達さは最初はとまどいを感じるほどだが、これに慣れてくると、既存表現の枠組みからの解放感が次第に快感に転じていく。
 重要なのは、表現が単に奇をてらった実験に終わらず、物語に寄りそって常に瑞々しい感情を伝えてくれることだ。相手にフィアンセがいると知りつつ、初恋以来の気持ちをストレートに伝えることのできない西。格好をつけてはみるものの、それは本当は臆病な保身的行為と知っているからこその自己嫌悪と、内心のたぎる思いとの行ったり来たりが、さまざまに変化する映像(花火の表現が秀逸)で描かれ、観ているこちらの鼓動とも共鳴していく。
 静謐なる中で高まる心の内圧は、ヤクザに主人公が最高に格好悪い方法で射殺されてしまうという展開を契機にして、一気にはじけ飛んでしまう。さらに復活後はストーリー展開にもドライブがかかり、カーチェイスや銃撃戦までエスカレートしていくが、勢いづいた驚きの先には、あらゆる予想を越えた巨大な驚きが待っているのだ。
 映画の果たす大事な役割のひとつには、「日常的な閉塞からの解放」がある。本作品は、アニメーションならではの特性をフルに活かしきって、その要求に応えている。その特性とは、実感を抽出して連続した絵の動きの中に塗り込めることだ。湯浅監督は『クレヨンしんちゃん』などでも知られる優れたアニメーターなので、動画技術だけ注目しても、「主人公がひたむきに走る」と画面の時空間全体が「ひたむき化」してしまうほど凄まじいパワーを放っている。本作ではそれに留まらず、ありとあらゆる映像表現を動員して、色彩や抽象化のレベル設定まで微妙に変化させながら、観客の根元的な生理からエネルギーを引き出そうとしているようだ。それが、「人生を前向きに生きるための活力」と直結するところに、快感の源があるのだろう。
 きちんとしたレイアウト、崩れないキャラクター、破綻のないストーリーと、この十年あまりのアニメ作品は「商品としてきれいなもの」を追求してきたようなところがある。それはそれで理由と意味のあることだったが、「もうそろそろ充分じゃないか」「この先には何もなさそうだ」と作り手も観客も思い始めている兆候が顕れ始めている。だから筆者も「大作ラッシュの後は、アニメーションの根元的な手描きの魅力に回帰した作品が出る」と予想していた。だが、「後」ではなく「最中」の登場で、他作品とまったく重ならない角度からの挑戦だったところをとても嬉しく感じた。
 「もっと好きなように暴れたらええやん」という破壊的で未来につながるアニメーション・パワーは国境を越えるのか、ジョエル・シルヴァーによる海外配給も予定されているという。作品外のサプライズも含め、驚異に満ち満ちたアニメーション体験をぜひ『マインド・ゲーム』で感じて欲しい。
【初出:キネマ旬報 脱稿:2004.07.03】

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