獣人雪男
(未発表原稿)
『ゴジラ』に続く昭和30年(1960年)の作品。都市破壊から一転して雪山の秘境を舞台に選び、ゴジラと同じ香山滋の原作によって等身大モンスターを登場させた作品である。ヒマラヤでイエティの足跡が発見されたと報じられて大きな話題になっていた。新キャラクター雪男は表情を持ち、ゴジラよりも人間に近い感情を持った存在として画面に登場した。
タイトルバックは雪山の全画で、手前の岸壁が引くと、カメラはゆっくりと左へPANを始めて雪山へ観客を誘う。クレジットの「特殊技術」は円谷英二を筆頭に、ひとり分空けて、渡辺明、向山宏、城田正雄の三人が表記されている。
降りしきる雨の夜、日本アルプス登山口の小さな駅で、山を降りてきた東亜大山岳部の飯島高志(宝田明)が新聞記者に語った事件とは……。半年前、飯島と恋人・道子(河内桃子)がスキー合宿に行った時、道子の兄・武野と梶は別れて山小屋に泊まった。やがて天候は悪化し、雪崩が発生した。飯島たちにかかってきた電話の向こうからは、悲鳴と叫び声、銃声が聞こえてきた。翌朝、警官と飯島が見たものは、つぶされた山小屋と巨大な足跡だった。武野だけが行方不明のまま、捜索は春の雪解けまで中止となった。
半年後、人類学者小泉博士を加えて、残雪の雪山をめざしてパーティーは進んでいく。やがて、がらん谷にさしかかり、一同は何者かに殺された熊の死骸を発見した。そのとき落石が発生した。このシーンはミニチュアセットで撮影され、何十という石が重層的にゆっくりと砂煙をあげて崖を落ちていく。それぞれ複雑な運動をしながら回転する石はハイスピード撮影で重々しく迫力がある。
ある夜、キャンプに眠る道子の顔を不気味な半人半獣の手がそっと触った。後を追った飯島は、雪男を見世物にしようとする自称「日本一の動物ブローカー」大場の一行に遭遇した。格闘の末に飯島は崖下に突き落されてしまった。飯島を助けたのは、前にヒュッテで出あった娘チカ(根岸明美)だった。そこは雪男を「主」とあがめ、守り神とするがらん谷の集落だった。男たちはチカが出ていったすきに、飯島を縛り上げてしまった。断崖に吊された飯島は、実際の役者をロングで合成したものだ。彼の死を待って、猛禽類と思われる鳥たちが集まってくる。この鳥は主にグラスワークによるもので、勢いよく飯島を襲う鳥は、操演によるものと思われる。獣の死骸を背負った雪男が飯島に気づき、軽々と引き上げて助け、立ち去って行った。
一方、大場は偶然出合ったチカをだまして雪男の住みかを聞き出した。大場は麻酔薬で雪男を眠らせて捕獲に成功した。雪男を檻に入れ、移動するトラックを崖下からとらえたカットは、ゼンマイで自走するミニチュアを四倍速で撮ったものである。親を取り戻そうと、子どもの獣人は樹の上で待ち伏せし、檻に取りついて鍵を空けようとする。気づく密猟者の後続車。乱闘部分は、雪男、檻の上の子ども、後続車の正面など、ほとんどがスクリーンプロセスで背景に山あいの移動シーンを合成している。雪男やその子どもをとらえたフレームは固定されておらず、カメラがトラックアップやPANを自在に行って違和感を減じている。雪男は運転手の首をしめて殺害、追突した後続車は崖下に転落していく。落下する車と人間はミニチュアである。
苦し紛れに大場が撃った銃弾が獣人の子どもを殺害してしまった。怒り狂った雪男が力まかせにトラックを持ち上げるカットは、画面手前に置かれたトラックが合成で、雪男の動きにあわせて、ひねるように回転して落下する。続くカットでは、崖を落下するトラックと檻がこなごなに砕ける様子を丹念にミニチュアで描いている。
雪男は続いて興行師の大場の身体を軽々と掲げる。トラックと同じく移動マスク(実際には写真の切り抜きだったらしい)で恐怖におびえる人間の表情とポーズを変化させながら持ち上げるまでを描いたことで、不思議な迫力が生まれた。続くカットは、やはり崖を人形が落ちるミニチュアワークで、崖下を流れる渓流に向かって転落していくカットを積み重ねている。
怒りの収まらない雪男は、がらん谷を襲撃して片っ端から家屋を引っ張って倒壊させていく。やがて火がつき大火災となるが、燃えさかる火事をバックに雪男は家を破壊し続ける。この場面にもスクリーンプロセスを用いているが、画面の手前にも炎を燃やしているため違和感がない。炎を使った大火事シーンはこの映画で一番派手な場面だが、締めくくりに「滅亡を迎えた村」という情景を、夜の山あいの全画に、ほんのり明るく火事の部分を合成して描くことで、全体が寂寞を感じるものとなっている。
チカに案内され、雪男の潜む洞窟に向かった飯島たちは、おびただしい雪男の骨を発見した。雪男一族は毒性の強いベニテングダケを食したためにふたりを残し全滅してしまったのだ。孤独に耐えられなくなった親の雪男は、仲間を求めていたのではないか。その証拠に、武野の残した遺書にも、雪男が助けようとしたことがつづられていた。
雪男は道子をさらって逃走する。急傾斜をあがる雪男は、人形をコマ撮りしたアニメである。他に雪原を歩く雪男もロケ地でオープンによる人形アニメで撮影されたが、太陽光の移動に気づかずNGになった。雪男が昇るにつれ角度が変化し、見上げる追っ手と切り返しの場面で洞窟の上半分が鍾乳石で覆われるようになり、マット画が用いられた。
チカは飯島のためと思い、必死でナイフで雪男に切りかかっていった。ついに雪男とチカはともに崖下に落下し、たぎる熱湯の中へと消えていった。この場面もディテール豊かなミニチュアで描かれ、集落と雪男、それぞれ滅亡を体現した者たちの悲劇を締めくくるのだった。
【初出:「円谷英二の映像世界」用原稿(未発表) 脱稿:2001.04.01】
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