ベルサイユのばら
アンドレ(ベルサイユのばら)
<リード>
光と影……離れられないもの
二人はひとつなのだから
■光と影の演出に愛は映える
『ベルサイユのばら』はオスカルが主人公である。
……と言い切ってしまうと何か違った感じがしないだろうか。
そう、この物語は「オスカルとアンドレ」こそが主役なのだから。副主題歌にもあるように、オスカルとアンドレは「光と影」。同じ形をした、二人でひとつの存在だ。
マリー・アントワネットは物語構造上での2番手キャラと言える。だが、1番手キャラと一体になって支える存在、主役を浮き彫りにするアンドレこそ、真の2番手キャラではないだろうか。
『ベルばら』は池田理代子のコミックを原作に宝塚でブームとなり、外国人をキャスティングした実写映画と、何度かメディアに進出している。アニメ版は当初約1クールは長浜忠夫監督、それ以後は出崎統監督と途中監督交代というアクシデントがあるなど、放映時は不遇であった。後に再放送によって中高生の間でブームとなり、『ベルばら』は時を越えた古典的コミックとなったのである。
男装の麗人オスカルは貴族の生まれで王族を警護する近衛隊。アンドレは幼なじみでオスカルを慕ってはいるものの、平民の出である彼とオスカルが結ばれることはあり得ない……はずだった。フランス革命さえなければ。
オスカルの仕える王妃マリー・アントワネット……その圧制とスキャンダルに対する民衆の不満は爆発寸前だった。オスカルを護りたい一心で、アンドレは近衛隊に志願し、近くにいようとする。オスカルが輝く光ならば、アンドレは影で近くいようとした。
この決意が、二人のコントラストをいっそ鮮やかにしている。やがて来るクライマックス、二人が結ばれる瞬間を頂点として……。
出崎統監督になた後半は、画面が一新された。光と影のコントラストがより強調されるようになった。
外を歩くキャラクターにはまぶしい入射光が。窓は全面透過光に輝き、鳩の群が通り過ぎる。翳りもまたフィルムの上に強く現れる。画面の半分近くを覆う暗い影(パラフィン)。時に大胆に黒ベタに光だけで処理された画面。
時間は緩急自在に、ときにはスロー、ときには三回繰り返しの引き。そして感極まった瞬間が描き絵(ハーモニー作画)となって画面に定着し、時間を凍結する。
この演出作法が、オスカルとアンドレを中心とした「光と影」をさらに鮮やかにしていったのである。
■肖像画に見る真実の姿
第37話「熱き誓いの夜に」は、シリーズ上のクライマックスだ。
テレビのアニメ特番で「名場面」としてこの回、オスカルとアンドレが川面に映る蛍の光をバックに結ばれるシーンがよく取り上げられる。表現としても裸で抱き合うのは、当時、衝撃的映像だったので無理もない。
しかし、本当のクライマックスはこのシーンではなく、直前アンドレが見た肖像画のシーンにこそある、と私は確信している。
胸の病で死期が近いことを知っていたのか、オスカルは画家のアルマンに肖像画を描かせていた。完成した絵には、それは白馬に乗り剣をふるう軍神マルスの姿をしたオスカルがいた。水のような静けさの中に秘めた情熱を、アルマンは表現したのである。
アンドレはオスカルを護るために目をやられ、ほとんど失明寸前だった。オスカルを心配させまいと、眼の病を隠しているアンドレは、絵の感想を求められて語った。
「美しい……たとえようもなく……輝くおまえの笑顔が。この世の光をすべてその身に集めているようだ……。(中略)すばらしい絵だ。おまえの優しさ、気高さ、そして喜びまでもが、すべて表現されている……忘れない、おれは……この絵にかかれたおまえに美しさをけっして忘れない」
この言葉を聞いて、オスカルは涙をとめどもなく流すのだ。
アンドレの語った言葉は実際の絵とはことごとく異なっている。アルマンの絵ではオスカルは笑みをたたえていないし、優しさもそこにはない。
アンドレが見えない目で観た絵は、心でつかんでいたオスカルの姿、子供の頃から追いかけていたオスカルの心の美しさに満ちあふれていた。花と月桂冠に飾られたオスカルのもうひとつの肖像画は、同時にオスカルにも共有される。男装の麗人・軍人としてふるまってきたオスカルの凛々しさでなく、優しさ・高貴さ・喜びといった女性らしい美しさに彩られていたことが、何よりオスカルには嬉しかった。自らも目を背けていた自分の真実がそこに発見されたからこそ、オスカルは心を開いて涙する。その涙は、アンドレと自分がひとつの存在と悟った愛の涙なのだ。
この「見えない絵」を通じた交流、ふたりの心がひとつになる瞬間こそが、物語全体でのピークとなる「愛の形」の完成なのだ。肉体的に結ばれるシーンは、確認のために用意されているに過ぎない。
ということで、アンドレこそは主人公をこのような愛の形で包みこんだ至高の2番手キャラなのである。
【初出:ムック「No.2キャラクター伝説―二番手英雄伝」(双葉社) 1999年10月】
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